アリウスの王   作:大嶽丸

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罪と罰の中で

 

 

 ──ごきげんよう。白洲アズサ。

 

 あの夜以来だね。あれから随分と惑い、迷い、揺れ動いたみたいだが……無事、選択することが出来たようで何よりだ。

 

 ん? ああ、ご明察通り、ここは夢の中だ。少しばかり君の夢にお邪魔させてもらっている。

 

 ──皆まで言うな、確かにナギサやミカへこういう風に介入して言葉を交わせば事態がここまで拗れるようなことはなかったのだろうが、生憎とリスクが無い行為ではなく、また私以外に夢で起きた内容を覚えていられる人間は限られている……故に大抵の場合は現実へ及ぼす影響は微々たるものだと言えよう。

 

 とどのつまり、今こうして君と言葉を交わしていることも忘却の彼方へと追いやられてしまう可能性が高い。何らかの要因で内容の一部を思い出すことはあるかもしれないがね。

 

 それでも、話したいと思った。君の()()()()()()者の一人として──。

 

 ……そうか。やはり君も、私がミカをここまで追い込んだことについて憤りを覚えているのだね? フフ、()()にも同じことを言われたよ。

 

 無論、申し訳無く思っているとも。すまない……取り返しのつかぬことをしてしまっていることは理解しているし、如何なる咎も受け入れる所存だが、それでもあれは必要なことだったんだ。

 

 ああ、断言する。あれは必要だった、これは言い訳ではなくれっきとした事実だ。流れる大河へただ闇雲に逆らうだけでは、“運命”を変えるには至らないのだから。

 

 ──より良い明日を。私が目指すものもそれであり、その為ならば何だって、どんな残酷なことだってしてみせよう。

 

 あの未来を、あの結末を垣間見た瞬間から、そう思い立ち、誓った。たとえ、無意味で無価値で虚しく終わってしまおうとも、ね──。

 

 墓守の王など論外。かといって王国を築く幼年期の終わりも、皆が崇高へと至る新世界も、誰かさんが追い求める“あまねく奇跡の始発点”も、私が望むものではない……それは概ねハッピーエンドなのだろうが、そこに彼女の幸福があるかと言われれば、決してそうではない、そうであっていいはずがない。

 

 ──失楽ニトは、()()()()()()()()()だ。それは君もよく理解しているだろう? 

 

 全てはその為の布石。ミカによるクーデターも、君が阿慈谷ヒフミらと友情を育み、アリウスを裏切ったことも、これから起こる幾つかの悲劇も、全てが必要不可欠な要素なんだ。

 

 ──そうだ。まだ終わっていない。むしろ、これから始まる。

 

 火と灰に染まる日、アリウスは表舞台に立つ。

 

 満を待して。楽園の名を冠したあの欺瞞に満ちた条約、その式典の破綻と共に。

 

 ……すまない。

 

 君はより辛い体験をすることになる。あの日の葛藤よりもずっと……裏切りの報い、選択の責任、きっとそれが、何かを選ぶということなのだろうが、君へ委ね、しかしそうなるように導いたのは他ならぬ私だ。

 

 恨んでくれて構わないよ。私はアリウスの為だと、失楽ニトの為だと甘言を述べながら、君を地獄へと引き込んだのだから。

 

 ──けれど、私は信じているよ。

 

 白洲アズサ。虚無に抗う者、新たなアリウスを体現する嬰児。

 

 たとえ踏みにじられようとも、たとえ傷付き、心折れそうになったとしても……。

 

 きっと君は、罪と罰の中で、立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

『何ということでしょうかっ!? 歴史ある通功の古聖堂が炎に包まれています!!』

 

 その光景を見た瞬間、白洲アズサは思い出す。

 

 微睡みの中での出来事を──。

 

『エデン条約反対派によるテロでしょうか? やはりゲヘナとトリニティが和平というのは無理があったのでは……ああ、カメラ止めずに回し続けて! これは一大スクープですよ!!』

 

 巨大な街頭モニターに映る中継。クロノス報道部のリポーターが興奮し、熱狂的に実況する声が響く中、ざわめく通行人達と共にアズサは驚愕しながらそれを観ていた。

 

「……まさか。いや、そんな馬鹿な」

 

 まだ終わっていない。むしろ、これから始まる。

 

 火と灰に染まる、式典の崩壊、どれもが夢の中で彼女が……百合園セイアが語っていた通り。ならば、この事態を引き起こしたのは──。

 

「閣下、みんな……一体何をするつもりなんだ?」

 

 思い至り、しかし信じられなかった。

 

 クーデター失敗に対する報復? 否、ならばそもそもあの段階で撤退せずにそのまま戦争へと持ち込んだはず。そうしなかったのはアリウスはトリニティ侵略が目的ではないからであり、それがアズサらの共通認識であった。

 

 単純に動機もメリットも考えられない。だが、実際に行ったのがアリウスならばそれだけのことをやる理由や目的があり、けれどもアズサには何の情報も与えられていなかった。

 

 ただ、分かることが一つ。

 

「先生……!」

 

 あそこには、シャーレの先生が居る。彼は頼りになる、しかしただの銃弾一発で死んでしまう大人だ。

 

 ──アズサは駆け出す。

 

「……アズサちゃん?」

 

 背後に、大切な者達を残して。もう彼女達を巻き込む訳には行かない。

 

 目的地は当然、モニターに映る燃え盛る古聖堂。何が起きているのかは分からないが、シャーレの先生を助ける為に彼女は馳せ参じんとする。

 

「早くこちらへ避難してください……!」

 

「こっちにも怪我人が! 救急車はまだか!」

 

「いてぇよぉ~!」

 

「神よ、ご加護を……!」

 

「ゲヘナだ! ゲヘナの連中がやったんだ!」

 

「ミカ様の仰る通りでしたわ!」

 

「角付き共め! 卑劣な罠を……!」

 

「うるせぇぞトリカス共が!」

 

「先に撃ったのはトリニティの方だって聞いたぞ! お前らが仕組んだことじゃないのかっ!?」

 

「委員長は無事なのかっ!?」

 

「悲しいなぁ」

 

「戦争だ! 今こそ角付きの悪魔共へ鉄槌を!」

 

「血祭りにあげろー!」

 

「イカれてんのかお前らっ!?」

 

「くそっ……羽付きのイカれ共を止めろ!」

 

 悲鳴や怒号が飛び交う。

 

 ゲヘナの生徒も、トリニティの生徒も、それ以外も、皆が騒ぎ立て、狂乱していた。現場への距離が近付くにつれてその声は大きくなっていき、渇いた銃声や爆発音までもが響いてくる。

 

 そこは、まるで紛争地帯。遠い過去の、しかし今も脳裏にはっきりと焼き付いて離れない、あの内戦を思い起こされるような光景を前に、アズサは顔を歪めながら人混みの中を走り抜けていく。

 

「ッ…………」

 

 燃える、燃える。

 

 そうして辿り着いたのは辺り一面の瓦礫の山。つい先刻まで華々しい式典が行われていたとは思えぬ惨状が眼前に広がっていた。

 

 これを、本当にアリウスが──。

 

「先生……どこに──?」

 

 きょろきょろと辺りを見回し、歯噛みする。未だに人の数は多く、これだけの騒乱の中でたった一人の人間を探し当てるなど不可能に近いように思えた。

 

 しかし、彼女は幸運だった。

 

「!!」

 

 見つけた。

 

 直感的に向かった場所。そこで目当ての人物の姿を視界に捉える。

 

「先生! それに……あれは閣下……ッ!?」

 

 無事だったことに安堵し、しかしすぐに目を見開く。先生が対峙しているのは、敬愛する生徒会長だったのだから。

 

 何故二人が? 他にも誰か居るようだが、よく見えず、とりあえずアズサはまだ距離があったのでそこへ向かう為に走り出す。

 

「……え?」

 

 その最中に、目撃してしまう。

 

 鳴り響く乾いた銃声。シャーレの先生へと弾丸が撃ち込まれる、一部始終を。

 

 撃ったのは──。

 

「──サオリ?」

 

 震える声でその名を口にする。

 

 硝煙が立ち上る拳銃を向けている、己にとって姉のような存在……状況的にシャーレの先生を撃ったのは、間違いなく彼女であり、しかしアズサは現実を直視出来ない。

 

 何故? どうして? 

 

“あの時、排除出来ていれば良かったのだが”

 

“アリウスにとって脅威なのは明白。実際、奴がトリニティに来訪したことでこちらの計画は大幅に狂ってしまっている”

 

“──アリウスの為ならば、この手を汚すことくらい躊躇うはずもない”

 

 いつしかファミレスで話した内容を思い出し、けれども永劫に思考が巡り、茫然と立ち尽くす。

 

 錠前サオリが先生を撃った。それは今回の一件を引き起こしたのがアリウスであるという答え合わせでもあり、またアズサにとってこれ以上無い地獄のようなシチュエーションだった。

 

「ふむ……どうやらヒヨリと戒野達は剣先ツルギ相手に随分と苦戦しているようだな」

 

「は、そのようです。神経断裂弾の数にはまだ余裕があるはずですが……空崎ヒナよりも効果的なダメージを与えられていない模様で……」

 

「ほう? オレが構築した物を撃ち込んだ際はかなり効いているようだったが……もしや耐性を得たか? 奴の成長速度ならば有り得るな」

 

 先生を乗せた救急車が走り去り、この場に残されたサオリとニトが何か話しているが、あまりにも遠くにあるように聴こえ、それを聞くだけの余裕は今のアズサには無く、全く頭の中に入らない。

 

「増援を送りますか?」

 

「いや、もう足止めする理由も無いし、撤退しても構わん。撤退が難しいようならば援護しろ……その後は先程命じた通りスクワッド全員と合流し、事態の鎮圧にあたれ。──ああ、秤の護衛も頼むぞ、ベアトリーチェが真っ先に狙うとすれば彼女であろうからな」

 

「はっ、了解しました。閣下は、如何なさるので?」

 

「少し体を休める。空崎ヒナから手痛いのを貰ったからな……では、頼んだぞ。サオリ」

 

 一体どれくらい硬直してしまっていたのか。気が付けばニトは人間離れした跳躍力で瓦礫の山を飛び越え、この場から姿を消していた。

 

「……来たのか」

 

 淡々とした低い声。

 

 未だに思考が完結せず、事態を受け止め切れていないアズサを青い瞳が見据える。

 

「────」

 

 息を呑む。対してサオリは発見した一瞬こそ驚いた様子を見せたもののゆっくりとアズサへと接近する。

 

 その一歩一歩が酷く恐ろしく、しかしアズサは身動きが取れなかった。

 

「久しいな、アズサ」

 

 眼前へと立ち、静かにその名を呼ぶ。

 

 いつしか聞いた時と同じ、優しげな声で、しかし次の瞬間にはその鋭い眼には怒りと憎悪が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「──お前は賢かった。小さな頃からずっと」

 

 淡々と、しかし確かに怒気を孕んだ声が響く。

 

 サオリは語る。マスク越しからでも分かる鬼の形相でアサルトライフルを発砲し、裏切り者を追い立てながら。

 

「アリウスの教義も初めから理解していた。いや、ただ理解しているだけではない……私や他の者とは違う。お前の考え方は、思想は、正しく閣下が提唱するアリウスの教義そのものだった」

 

 喋りながらも狙いは正確無比。その猛攻を前にアズサは防戦一方で銃撃を凌ぎながら後退するしかない。

 

 先刻の出来事の影響で精神が不安定なのもあるが、元よりアズサの得意分野はゲリラ戦。それ以外の全ての能力を上回っているサオリを真正面から相手にして勝てる道理は無かった。

 

「あの頃、旧き教義を強いようとする連中に対して、お前は頑なに歯向かっていたな」

 

 サオリは追憶する。彼女がアズサと初めて出会ったのは、まだ統一が成される前のこと、あの血深泥の内戦の最中だった。

 

 虐げられていたアズサを見かねたサオリが思わず助けたのが始まり。

 

「どれだけ痛め付けられても決して折れず、反抗し続けるお前のことを、当時の私は理解出来なかった。何故そんな無駄なことをするのかとすら思ってしまっていた……お前の在り方は正しく、何よりも尊いものだったというのに」

 

 より良い明日を。たとえ全てが虚しくとも、それは希望を抱かぬ理由にも幸福を求めぬ理由にもならない。統一後、ニトが掲げた新たな教義の内容を知った時、如何程の衝撃を受けたか。

 

 サオリは当時の己の愚かさを呪うと同時に、アズサの強さと正しさが認められたように感じて、我が事のように嬉しかったのを覚えている。

 

「お前は私とは違う。お前は、もっと上へと行けるはずだった。所詮は兵士としてしか役に立てぬ私などと違って……」

 

 サオリにとってニトは救世主だ。

 

 しかし、彼女の思想。その全容を理解出来ているとは言い難いと、サオリは自己をそう評価する。

 

 その絶対的な正しさ、素晴らしさを狂信し、しかし結局のところ上っ面しか読み取れず、ただ与えられた幸福に、恩義に報いたいと思うことしか出来ない。あの内戦での日々の中でサオリはアズサのような強さを持てなかったが故に。

 

 それがどんなに歯痒く、悔しかったか。

 

「自治区を運営するセプテムの方々のように、Empty skyを立ち上げたアイツのように……お前ならば閣下を側で支え、アリウスをより良いものへと変えていく存在になれると、そう確信していた」

 

 自分には、兵士として以外の取り柄は無い。ただ武器を手に取り、戦うことでしか失楽ニトへ、アリウスへ報いることが出来ないだろう。

 

 だが、アズサは違った。一介の兵士で燻っていて良いはずがないと思えるだけの素質があり、それはサオリにとってまるで太陽のように輝いて見えた。

 

「そんなお前が、私は羨ましかった」

 

「────」

 

 知らなかった。言葉を失い、しかしそう言いたげな表情でこちらへ顔を向けるアズサに対してサオリは当然だろうと鼻を鳴らす。

 

 話したことなど一度足りともないのだから。このようなこと面と向かって言えるはずがないだろう……今の今まで明かさなかった胸の内を激情のままに晒け出している。

 

「嫉妬すらした。だが、それ以上に誇りだった」

 

 だんだん声量が大きくなる。あの時、目を叛けずに助け、守ることが出来て本当に良かったと、心の底から思っていた。

 

「なのに、お前は裏切った……!」

 

 しかし、その希望が叶うことはもう無い。

 

「ッ…………」

 

 足元のコンクリートが爆ぜ、銃弾が肩を掠める。しかし、その痛み以上に突き刺さった言葉のナイフにアズサは顔を歪めた。

 

「何故だ? トリニティでの日々は、そんなに楽しかったか? お前のアリウスへの忠誠は、そんなもので揺らぐ程度だったのか?」

 

 サオリは攻め立て、責め立てる。

 

「アリウスを裏切り、閣下のお顔に泥を塗り……ミカの思いまでも踏みにじった。あいつがどれだけお前のことを案じ、可愛がっていたか知っているか? あのクーデターだって、お前の為にやったことだった」

 

 あの日、ミカがどれだけの覚悟でクーデターを決行したか。彼女が如何に優しい人間なのか知っているサオリからすれば想像も絶する迷いと辛さがあったことが容易に察せられる。

 

 だからこそ、アズサの選択は到底許容出来るものではなかった。

 

「クーデターさえ上手く行けば、こんなことをやる必要も無かった。閣下とミカの主導の下、真なる融和が成されればエデン条約など無用だからな」

 

 言外に裏切った結果が、この有り様を招いたのだと燃える炎を見回しながら告げる。事前に今回の作戦について教えられ、準備を行っていたサオリはクーデターが失敗する可能性が高いことを見越していたが、それがアズサの裏切りによるものだとは想像すらしていなかった。

 

 今にして思えば、彼女は既に絆され、迷っていたというのに。それでも自分達を裏切るなど考える余地は無かった。

 

「もう一度言う。どの面下げて私の前に現れた?」

 

 サオリは、歯を食い縛る。噛み砕かん勢いで。

 

「あの夜、お前はただ何もしないだけで良かった、ただ耐え忍べば良かった。閣下もミカも補習授業部やシャーレの先生へ情が湧いているお前の思いを汲んで、そうなるように取り計らっていた……なのに、お前は目先の“正しさ”に縋り、一時の感情のままに反旗を翻した……!」

 

 それはアズサの美徳だ。あの頃から変わらない、己が正義を信じ、間違いは間違いであると否定し、拒絶する。

 

 かつてのアリウスにおいてそれが穢れ無く存在しているのは、とても尊いことだとサオリも認識していた。

 

 けれど──。

 

「この世は虚しい。いつでもどこでも、ただひたすらに正しさが罷り通るような綺麗な場所ではないのだ、此処は。正しきことであろうと悪しきことであろうと、犠牲になるモノは存在する。何かを犠牲にしなければ何も成すことが出来ないと言ってもいい……そんな理不尽でしかないものこそが真理だとお前はとうに知っていただろうに……!」

 

 クーデターという選択は、確かにアズサの正しさを揺るがしたのかもしれない。

 

 しかし、何かを成し遂げる為には少なからず犠牲が出てしまうのが世の真理、理不尽さ。ミカもアリウスもこれを最小限のものにしようとしていたが、それでも犠牲は必ず存在し、アズサはそれが許容出来なかったが故の選択だったのだろう。

 

 それをサオリは愚かだと断じる。その結果、代わりに別の誰かが傷付き、犠牲になっただけではないか。

 

「閣下は慈悲深く、寛大だ。そんなお前の愚行を赦し、一つの選択として、裏切りとも認識していない……」

 

 むしろ祝福すらしていた。アリウスとは違う選択を取ったことを。

 

「だが、私は違う! 我々を裏切り、ミカの思いを無下にしたお前を到底許せるはずがない……!」

 

 その叫びが響き渡る。

 

 並々ならぬ怒りの言葉でありながらその実、誰よりもアズサのことを誇りに思い、信じていたであろう少女の慟哭であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──分かっていた、はずだ。

 

“如何なる選択を取ろうとも、オレはお前の選択を尊重する。それは紛れも無くお前が成長した証であり、ならばオレは長として祝福しよう”

 

 ──覚悟していた、はずだ。

 

“だが、選択には責任が伴う。自らの選択がもたらす結果に関しては決して良いものだけではないことだけは、覚悟しておけ”

 

 たとえそれでも、そうだとしても……そう思って納得の上で選択したはずだ。

 

 けれど、いざその責任を、その結果を目の当たりにした瞬間、途方も無い後悔と罪悪感が濁流のように襲い、張り裂けそうな胸の痛みに呼吸が出来ない。

 

「うっ、ううっ……」

 

 情けない声が漏れる。胃が捩れるような感覚、吐き気すら催す。

 

 どれくらい逃げ惑ったか。瓦礫の陰に身を潜めながら、アズサは咽び泣きそうになるのを必死で自制していた。

 

 知らなかった。

 

 サオリが自分のことを羨望し、あそこまで期待してくれていたなんて。そのような思いを、今の今まで抱えていたなんて。

 

 それを、裏切った。他ならぬ自分自身が。

 

 恩人だった。師だった、姉のように思っていた……そんな存在に怒りと憎しみを向けられ、何も言えなかった。

 

 自業自得、己が選んだ結果が招いたことだ。結局のところ自分がやったことは、ヒフミ達が傷付くのを防ぐ代わりに、ミカやサオリ達を傷付けただけではないか。

 

 全ては虚しい。全てが無意味で無価値。その言葉が、これ程胸に突き刺さったことはない。

 

“だからこそ、より良い明日を”

 

 ──本当に? 

 

 そう信じた結果が、これだ。自分が裏切らなければ、サオリが先生を撃つようなことも、無かったのかもしれない。

 

 そう思ってしまう。

 

 思わずには、入られなかった。

 

「アズサァ……! 何処だ、隠れてないで出てこい……!」

 

 サオリの怒声が響き渡る。こうなることは分かっていたはずだというのに、その敵意が痛くて苦しい。

 

「私、は……」

 

 何が正しかった? 

 

 補習授業部を選んだことか、ミカを止めたことか、先生を信じたことか、それとも──。

 

 アリウスを裏切らなかった未来こそが、本当に正しかったのか。

 

 分からない。

 

 分からなくなってしまった。

 

“きっと君は、罪と罰の中で、立ち上がる”

 

 百合園セイアの言葉が、脳内で反響する。

 

 これも彼女の筋書き通りなのだろうか。だとしたら、もううんざりだ。

 

「私は……何を守れたんだ……?」

 

 ミカを傷付けた。サオリも傷付け、先生までもが撃たれた。そして今も大勢の人々が傷付いている。

 

 自分が選んだ結果として。何もかも全て、自分の選択の先にある現実だ。

 

 ならば、もういっそ──。

 

“──お前が信じる道を往け”

 

 声が、木霊する。いつしかアズサの背中を押したものと、同じ言葉が。

 

 しかし、今はもう“呪い”のようで──。

 

『諦めるのか?』

 

 その問いかけに、思考が止まる。

 

 忘れるはずのない声が、確かに耳に響いた。

 

「……閣下?」

 

 後ろを振り返り、しかしそこに誰も居ない。

 

『──立て、白洲。お前にはまだやるべきことがあるのだろう』

 

 アズサは唇を震わせる。

 

 それが幻聴であることは悟っていた。記憶の想起ですらない都合の良い妄想だとも。

 

 けれど──。

 

「やるべき、こと……?」

 

『お前は、何故選んだ?』

 

 アズサは目を見開く。

 

 あの日、何故自分は母校と、恩人達と道を違えることを選択したのか。

 

『もう一度、 問おうか』

 

 脳裏に浮かぶ。

 

 ヒフミの顔、ハナコの顔、コハルの顔、先生の顔、それから──。

 

『──お前は、一体どうしたい? 白洲アズサ』

 

 雨が頬を伝う。熱風が吹き抜ける。遠くで銃声が鳴り、怒号が響く。

 

 それでも、アズサの瞳に僅かな光が戻る。

 

「……()()()()

 

 顔を上げ、ライフルを握り直す。

 

 自分には、覚悟が足りなかった。自らの正しさを信じ、訴えながらそれに伴う責任の重さを何一つ理解していなかった。

 

 果たして今までの選択が正しかったのか、この選択も正しいものなのかは分からない。もしかするとこれも致命的な間違いなのかもしれない。

 

 けれど、それでも……。

 

 たとえ選択を間違えようとも、それは心折れる理由にはならず、ただ罪を背負い、罰を受けながらも諦めを踏破しなければならないのだ。

 

 ──それが、白洲アズサが選んだ道だ。

 

 ならば恥じぬよう突き通さなければ、ここまで導いてくれた者達への示しが付かない。

 

「サオリ」

 

 その声に。

 

 憎悪を滲ませた青い瞳が振り向く。アズサは真正面からその視線を受け止める。

 

「今の私には分からない。何が正しかったのかも、これから何を失うのかも。それでも……」

 

 弱音のような言葉を吐露する。胸の内に隠した羨望と期待を明かしたサオリのように、アズサもまた初めて彼女へ弱音を吐いた。

 

「私は、戦う。全部背負って、最期まで」

 

Vanitas vanitatum. et omnia vanitas.

 

 全ては虚しく、今一度それを再認識したアズサは自らの罪と罰と対峙する。

 

 立ち上がり、けれども救われず。その選択が正しいのかすら分からぬまま──。

 




百合園所長「君がそのような思いをしてしまったのは私の責任だ。だが私は謝らない。その挫折を克服して、必ず戦いに戻ってくれると信じているからな」
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