アリウスの王   作:大嶽丸

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戦い続ける者

 

 

『おお! 何でしょうかあれは!? まるでシスターの幽霊のようですが……まさかシスターフッドが関係しているのでしょうかっ!? トリニティには古くからオカルティックな力が隠されているとまことしやかに噂されていましたが、それが真実だったということなのでしょうか……!? となると、今回の黒幕はやはりトリニティ側なのでは──』

 

「くそっ、クロノス報道部の奴ら……! 好き勝手言いやがって……!」

 

 灰塵が舞う雨の中。

 

 ローターが回転する音を激しく鳴り響かせ、上空を飛び回るヘリコプター。

 

 その騒音に負けぬと言わんばかりにマイク越しから大音量で実況する声に対して悪態を吐く者達が居た。

 

「どれだけ残ったっ!?」

 

「十人だけ! 弾薬も残ってないし、これ以上はもう……!」

 

「あの“お化け”達は襲って来なくなったけどこれじゃあ暴徒を抑え込むのは厳しい! 退却しないと!」

 

 正義実現委員会の部隊。古聖堂の爆発に巻き込まれなかった彼女達は混乱しながらも事態の鎮静化の為に動いていたが、現在壊滅的な被害を受けていた。

 

 その原因は──。

 

「チィッ! あの青白い幽霊……急に大人しくなってどういうつもりなんだ?」

 

 ──ユスティナ聖徒会。

 

 突如として出現した亡霊の軍勢は正義実現委員会も、ゲヘナ風紀委員会も、両校の暴徒達も一切合切区別無く攻撃を開始した。

 

 ただでさえ数に負け、倒しても倒しても次の瞬間には復活するユスティナ聖徒会を前に為す術無く、このまま蹂躙されるしかないと誰もが覚悟した。

 

 しかし、どういう訳か、あるタイミングから攻勢が目に見えて鈍り始めた。

 

 以前のように積極的に追撃してくることはない。ただ辺りを彷徨い、目の前まで近付いた相手だけを緩慢に襲うのみ。一定以上の距離を取られると、まるで興味を失ったかのように追跡を打ち切ってしまう。

 

 元より怪現象で理解不能だというのに、その行動原理は更に不可解。正義実現委員会の生徒達は困惑し、薄気味悪さに身を強張らせる他無かった。

 

「古聖堂の周りから動かないみたいだし……放置して良いとは思うけど……」

 

「一旦退いて装備を整えようよ、もしかしたらハスミ先輩達とも連絡がつくかもしれない」

 

「……分かった。じゃあ、撤退して──」

 

 その時である。

 

 前方に“黒いナニカ”が流星の如く墜落してきた。

 

「うわっ!? 今度は何だっ!?」

 

 地面が砕け、土煙が舞う。

 

 その中心でゆっくり立ち上がった影を見て、一同は息を呑んだ。

 

 姿を現したのは──。

 

「──ツルギ委員長ッ!?」

 

「ギィィッ……ゲハァ……」

 

 驚きの声をあげる。我らが委員長である剣先ツルギが、いつも以上に血だらけな状態でそこに立っていた。

 

「だ、大丈夫ですか……っ!?」

 

「くけけ……二人を頼んだ」

 

 相も変わらず狂気的な笑みを浮かべ、しかしすぐに真顔になったかと思えば両肩に抱えていた()()()()()をゆっくりとその見た目に似つかわぬ優しい手付きで地面へと下ろす。

 

「え、負傷者ですか……って、ハスミ先輩ッ!? 嘘でしょ……!?」

 

「それにこちらは……」

 

「知ってます! シスターフッドのヒナタさんです!」

 

 羽川ハスミと若葉ヒナタ。二人ともボロボロの状態で意識を失っており、特に副委員長で戦術指揮官であった前者の有り様に皆衝撃を受け、信じられない様子だった。

 

 一体、何があったというのか──。

 

「二人を救護騎士団まで。その後、まだ残存する部隊と合流して再度鎮圧にあたれ」

 

「りょ、了解しました……その、ツルギ委員長は……?」

 

「……私は、まだ戦える。このまま暴れ、元凶を潰す」

 

 そう言い、ツルギは踵を返す。

 

「へ? その大怪我で無茶では……あ、もしかして、ぜっ、全部返り血だったり?」

 

「いや、自分の血だが、もう傷は塞がった。問題無い」

 

「……えぇっ!?」

 

「じゃあ、頼んだぞ」

 

「あ、ちょ──」

 

 呼び止めるよりも先に地面を蹴り、気付いた時にはツルギの姿は遥か遠くへと映っていた。

 

 その目にも止まらぬ速さに、呆気に取られてしまう。確かにこの化け物染みた動きを見れば問題無しと言わざるを得ない。

 

「きひひっ……」

 

 一方、そんなツルギは瓦礫の上を疾走しながら獰猛に笑う。

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは標的ただ一人。あの日、苦渋を舐めさせられた悪魔の姿。

 

「次は殺す、必ず殺す……!」

 

 まるで餓えた獣が如く渇望する。

 

 今一度あの怨敵と矛を交え、雪辱を果たすその瞬間を──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 同時刻。

 

 古聖堂の地下にて──。

 

「うわああああん! 死ぬかと思いました!」

 

「喧しい。響くから静かにして」

 

 泣き声が反響する。槌永ヒヨリと戒野ミサキ、及び彼女達が率いる部隊がぞろぞろと地下へと入って行く。

 

 それを、秤アツコが出迎える。

 

「大丈夫? ヒヨリ、ミサキ」

 

「姫ちゃん! ツルギさんが、ツルギさんが本当に恐ろしくて……神経断裂弾を全身に浴びてるのに狂ったように笑いながら突撃してきて……!」

 

「だから喧しいって。……けど、確かにあれは空崎ヒナ以上の化け物だった。聖徒会のミメシスによる物量のごり押しが無かったらたとえ弾薬が尽きても素手のままくびり殺されてたかもね」

 

「ひぃっ!? もう二度と戦いたくありませぇん!」

 

「……そんなに強かったの? 情報と違った、ということ?」

 

 トリニティの歩く戦略兵器。その恐ろしさをありありと語る二人に対してアツコは目を丸くする。

 

 事前に聞かされていた情報では、剣先ツルギの戦闘力は高く見積もっても小鳥遊ホシノや空崎ヒナと互角かやや劣るレベルだという話だったが……。

 

「そういうことになる。にしても、他ならぬ閣下が実際に戦って下した評価だったけど……まさか、自分の強さ基準で判断しちゃって見誤ったとか?」

 

「ううっ……閣下に限って、そのようなことは無いと思いますが……」

 

「……とにかく、二人とも無事で良かった」

 

 話に聞くだけでも相当な強敵だったことは容易に察せられ、アツコは安堵しながらそう言う。

 

「それで、そっちはどう? あの木人形は?」

 

「……マエストロさんならロミナ技研部長達と“ヒエロニムス”の準備をしている。後、人形呼ばわりは嫌らしいから本人の前では言わないようにね」

 

「ヒエロニムス……ああ、確かベアトリーチェが来なかった場合のサブプランだっけ?」

 

「ということは、もう来る可能性は低いと……?」

 

「少なくともマエストロさんはそう判断したみたい。後は閣下のご判断次第だけど……ミメシスの“試運転”も終了したみたいだし、作戦が終了するのも時間の問題だね、多分」

 

「なら、大変有り難いのですが……」

 

 作戦終了が目前であると推測するアツコの言葉にヒヨリは仄かな希望を抱く。

 

(ナツさん達……式場には居ませんでしたが、巻き込まれてないと良いですねぇ……)

 

 放課後スイーツ部。あの日、ニトと共にクレープを食している際に偶然出会った柚鳥ナツを通じて親交を深めたトリニティ生達……その姿を脳裏に浮かべ、身を案じる。

 

 彼女達もトリニティの生徒なのだから式典を見に来ていても不思議ではなく、もしも友人と言って差し支えのない間柄である彼女達が暴動や爆発等に巻き込まれてしまっているのだとしたら……想像するだけで胸を痛めてしまう。

 

 とはいえ、アリウスの兵士として任務遂行への意欲は微塵も揺らぐことはない。ただ後で誠心誠意謝罪して責め苦を受けるのみだ。

 

「さて……リーダーは? もう奥に?」

 

「いや、まだ来ていない」

 

「そうなの? 応援にも来なかったから、いの一番に到着しているのかと……」

 

 我らがリーダー、錠前サオリの姿が見えないことにミサキが疑問を口にする。スクワッドの合流を指示したのは彼女であり、てっきり真っ先に来ているとばかり思っていた。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「なら、事前に連絡があると思うけど……それが無いなら単なる些事か、或いは……」

 

「………………」

 

 僅かな違和感。

 

 スクワッドの面々は、特にアツコは何となくではあるもののそれを感じ取る。

 

 しかしながら彼女達はまだ知らない。サオリは未だに集合場所であるこの場所へ向かっておらず、かつての同胞と雌雄を決する、戦いの幕が上がっていることなど──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「チッ……無線が壊れたか。後で電話するしかないな」

 

 廃墟の中、サオリは忌々しげにそう悪態を吐き、耳元の無線機を乱暴に投げ捨てた。

 

 もっと早くに連絡しておくべきだったが、会敵した瞬間から頭に血が上って怠ってしまった。兵士として常に冷静さは保つべきだったと己の迂闊を恥じつつ、サオリは前方に広がる暗闇を見据える。

 

「また逃げ隠れか? アズサ──」

 

 そう声をかけるとほぼ同時に閃光が迸り、それを視認するよりも先にサオリは飛び退く。

 

 連鎖する爆発音。地鳴りのような響きと共に柱が砕け、天井が崩れ落ちる。突然の連続爆破に対してサオリは先読みするかのように瓦礫を避けながら部屋から飛び出す。

 

「やってくれる。随分と手早く仕掛けたな」

 

 ダメ押しとばかりに投げ込まれ、足元に転がる手榴弾を蹴り返して物陰から逃げる白髪を目で追いながらサオリは淡々と呟いた。

 

 逃げ回りながら爆弾や罠を仕掛け、張り巡らせている。それは消極的な行為ではなく、それこそがアズサの得意分野であり、何よりそうしなくてはサオリ相手に勝てないことを彼女はよく理解している。 

 

「フッ……トリニティでも鍛練を怠っていなかったようで何より」

 

 こちらを確実に仕留めんとするその強い意志を感じ取り、サオリはマスクの下で笑みを浮かべる。

 

 少なくともつい先程までの動揺して、見るに堪えぬ醜態であった逃げっぷりとは違う。覚悟を決めたアズサは実に厄介で強かった。

 

 少しの判断ミスも、僅かな隙ですら致命的に成り得る。サオリは気を張り詰めさせ、コンクリートの床を進む。

 

「ッ…………」

 

 一方、アズサは息を潜めながら真綿で首を絞められるような感覚に歯噛みする。

 

 極力こちらの姿を見せずに散発的な銃撃を行い、分かりやすいブービートラップと、その影に隠した巧妙な罠へと誘う。それはかつてサオリが教えた通りの戦法であり、しかしそんな彼女の隙を突き、屠る為の工夫が施されていた。

 

 けれども、サオリはその上を行く。罠を的確に避け、或いは潰し、一つ一つ丁寧にかつ素早く処理してこちらとの距離を着実に縮めていっている。

 

 当然だろう。相手は精鋭たるスクワッドのリーダーで、アリウスにおいて兵士として彼女の右に出る者はニトを除いて存在しない。

 

 ──勝機は万に一つ。

 

 互いに覚悟を決めた今、その圧倒的な実力差は覆らず、だからこそ、アズサは全身全霊を尽くす。

 

「──そこか」

 

 そう思った矢先に、すぐ隣から響く声に身の毛がよだつ。

 

「ッ────!!」

 

 目を見開きながらもアズサは素早く銃口を向け、しかし照準を合わせる前に肩口へと銃撃を受けて仰け反ってしまう。

 

 そして次の瞬間、サオリは眼前まで接近し、腹部へと足刀が叩き込まれる。

 

「がはっ……!?」

 

 思わず蹲り、続け様に銃床による打撃が後頭部から脳を揺さぶる。どうにか意識を保つも、その連撃に堪らずアズサはその場に倒れ付した。

 

「チェックメイトだ、アズサ」

 

「ッ……なんで──」

 

「作戦区域のマッピングは事前にしておくのが基本だろう。この建物の地形についても既に把握していた……特にこの辺りの廃墟はお前のような奴が誘い込むのは打ってつけだからな、よく調べたよ」

 

 手に持つスマホの画面に映る図面を見せるサオリ。対するアズサはふらふらとよろめきながらも尚も諦めずに銃を拾い、構えようとするが、額の冷たい感覚により動きを止める。

 

 視線を向けた先には、アサルトライフル。そして、サオリが冷たくこちらを見据えていた。

 

「──往生際が悪い。これ以上の抵抗は、無駄だ」

 

「…………」

 

「お前の意志はよく伝わった。今回勝ったのは私だが、それでももう私はお前を否定するつもりはないさ」

 

 その声は、優しげで酷く穏やかなものだった。

 

「安心しろ、閣下はトリニティを滅ぼすつもりはない。今回の作戦の目的は“戒律”の複製と、我らが真なる敵を葬り去ること……いずれ全てが丸く収まる」

 

「……サオリ」

 

「ああ、分かっている。何を言ってもお前はもう止まりはしないのだろう? ただ、伝えたくて伝えただけだ」

 

「……そうか」

 

 真なる敵。それがかつてアリウスを襲った侵略者、ベアトリーチェであることをアズサはすぐに察した。

 

 その為にここまでの惨状を築き上げたことへの是非はともかく、アリウスにトリニティ侵略の意図が無いことを知り、酷く安堵する。

 

 “──失楽ニトは、幸せになるべき人間だ”

 

 “──これから起こる幾つかの悲劇も、全てが必要不可欠な要素なんだ”

 

 しかし、かといってやはり納得は出来ない。これも、今までの行動も、胸に抱くこの感情すらも、何もかもが百合園セイアの筋書き通りなのかもしれないが、だからこそアズサは見てみぬフリなど出来ず、動かざるを得なかった。

 

 それが、この選択をした己への罰なのだ。

 

「事が済むまで、眠っておけ」

 

 対して尚も抗わんとするアズサの意志を感じ取りながら、サオリは冷徹に、しかし慈悲深くそう告げ、引鉄へと指をかけ──。

 

「ペロロ様! お願いします!」

 

 その刹那、眼前へと何かが投げ込まれる。

 

「は?」

 

 グレネードかとサオリは身構えるも、それは爆発的に膨らんだかと思うと軽快な音楽と共に踊り出す。

 

「なっ、これは──」

 

 その姿には見覚えがあった。以前にファミレスでアズサが見せてくれたマスコット……確か、ペロロと言ったか。突然の登場にサオリは僅かに動揺するも後方へと下がって距離を取りながらアサルトライフルを乱射する。

 

 デコイだったのか、呆気無く蜂の巣にされて破れて萎んで行くペロロ。しかし、その中から白い煙が勢いよく噴き出す。

 

「!」

 

 煙幕。しまったとサオリはすかさずアズサが居た場所へと発砲するが……。

 

「ッ……逃げられたか」

 

 煙が晴れたそこに、既にアズサの姿は無い。仲間が隠れていた……ならばもっとやり様があったであろうから恐らくアズサにとっても予期せぬ救援者だと思われる。

 

 いずれにせよ、まだそう遠くへは逃げていないはず。サオリは直ぐ様、追跡しようとし──。

 

「何をしている? 錠前」

 

 背後から思わぬ声がした。

 

「閣下……ッ!?」

 

 まさかと振り返り、その姿に目を見開く。対してニトは何とも言えぬ表情を浮かべている。

 

「何故ここに……」

 

「それはこちらの台詞だ。秤達と合流するように命じたはずだが?」

 

 責めるような口調ではなく、淡々と事実を確認するだけの声音。

 

 だからこそ、サオリは一瞬で己の非を悟った。

 

「は。申し訳ありません……!」

 

 即座に頭を下げるサオリ。

 

 言い訳はしない。一時の激情に任せて命令に叛いたことは紛れもない事実だった。

 

「まあいい。もう一度命令する。速やかに秤達と合流し、任務遂行にあたれ」

 

「し、しかし閣下、アズサは……」

 

 言葉を遮るように、ニトは首を横へ振った。

 

「白洲のことはオレに任せてくれ。──頼む」

 

 どこか切実に、そう告げるニトに対して、サオリは一瞬息を呑む。

 

「! ……了解しました」

 

 尚も言いたいことはあったが、その重々しい声音にサオリは頷くしかなく、敬礼を一つ残して踵を返す。

 

「さて……」

 

 残されたニトは、静かに息を吐いた。

 

 雨音だけが廃墟へと響く。崩れ落ちた天井から滴る雫が瓦礫を濡らし、先程まで激しい戦闘が繰り広げられていたとは思えぬ程の静寂が辺りを支配していた。

 

「任せてくれ、などと言ったが、ううむ……どうしたものか」

 

 悩ましげに言葉を溢す。

 

 煙幕に紛れてヒフミに連れ去られるアズサ。その寸前までの表情を見ていたが故に。

 

 それは、あまりにも危うく──。

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