アリウスの王 作:大嶽丸
「……どうやら鎮火したようだな」
焼け落ち、もはや面影すら残っていない通功の古聖堂と呼ばれていた建物の残骸。
その中へとサオリは入り、小さく呟く。そこにはつい先刻まであれだけ居たはずのゲヘナやトリニティの生徒は一人残らず避難したか追い出され、アリウスの兵士のみが駐留していた。
(私達が“神秘”を込めることで銃弾の威力が増すという性質を利用し、閣下が自らの“異能”により編み出された特殊な爆弾……物体に多量の“神秘”を凝縮し、一気に解き放つことで爆発を引き起こすもの、だったか。聞いてはいたが、これ程の威力とはな……)
トリニティの警備を掻い潜って爆発物を仕掛け、発破することに成功した真相。
それは一見すると何の変哲もない物体が爆弾に成り得る、知らなければ到底見抜けぬ恐るべきステルス性を誇る兵器が用いられたが故だった。
(現状、閣下にしか作成することが出来ず、量産が容易な代物ではないらしいが……“神秘”がもたらす技術には、つくづく驚かされる)
調査技研を中心にアリウスが研究している
この現代の科学体系から大きく外れたその技術を極めれば、アリウスのような小規模な学校でも三大校、延いてはキヴォトスそのものを相手取ることを可能とするのだから。
そして、そのような力を支配下に置き、十全に扱ってみせる失楽ニトの姿は、正しく理外の存在。まるで魔術師、或いは超能力者のようにサオリ達には見えていた。
「──遅かったね。リーダー」
声がする。
視線を向ければ、ミサキ、ヒヨリ、アツコ──アリウス・スクワッドの面々がこちらを出迎えていた。
「待たせたな、皆」
「し、心配しました。何かあったのですか?」
「ああ、少しな……」
「……もしかして、アズサ?」
「! ……何故分かった? 姫」
アツコの問いに、サオリは瞠目する。
「何となく。でもそっか、あの子もここに来てるんだ……」
「アズサさんですか……? も、もしかしてアリウスに戻って来る……ようではありませんね、すみません」
言いかけ、しかしサオリの様子からそうではないと察したヒヨリは残念そうにしながら俯きがちに謝った。
「当たり前でしょ。あいつも覚悟の上で裏切ったんだから……でも、そうなると戦闘になったってこと? 大丈夫だったの?」
「ああ。損耗は軽微……いや、だいぶ手こずらされたが、問題無い」
「……サッちゃん」
「安心しろ、言葉を交わして理解した。あいつは何も変わっていなかったさ」
「………………」
アツコは案じていた。アズサが離反したことを聞いた時、酷く動揺し、憤慨していたサオリの姿を覚えているから。
しかし、どのような会話をしたのかは分からないが、今の様子を見るに、サオリは彼女の離反に対して納得の行く結論が出たようである。
そして、それでも尚、サオリとアズサは、同じアリウスの同胞で家族であるはずの二人は、敵対してしまっている。
その事実が、ただひたすらに悲しかった。
「アズサは、どうしたの?」
「ああ、実は閣下が──伏せろ!」
──その時だった。
言葉の途中でサオリが叫ぶ。これに三人とも瞬時に指示に従い、飛び退くように姿勢を低くする。
同時に、投げ込まれた手榴弾が爆発した。
「ッ──敵襲ッ!?」
「ま、まさかトリニティとゲヘナがもう──」
「……やはり来たか」
「サッちゃん……もしかして……」
連鎖するように外から響き渡る爆発音。
スクワッドの面々と、潜伏していたアリウスの兵士達がざわつく中、唯一サオリだけは落ち着き、そして分かり切っていた様子である方角へと視線を向ける。
「一度ならず二度までも閣下がご慈悲を与えてくださったというのに……本当に頑なだな、お前は」
「──言ったはずだ、最期まで戦うと。サオリ」
「ああ、決着をつけよう……アズサ!」
そこに立つ人物、白洲アズサを見据え、サオリは目を細める。
任せろ、というニトの言葉を信じていなかった訳ではないが、それでも覚悟を決めた彼女は己が納得するまで決して止まらぬだろうと察しており、どうやらそれが的中したようだ。
愚かだとは言わない。サオリ自身、こうなることを望んでいたのかもしれないのだから。
「え、えへへ……お久しぶりですねぇ」
「ハァ……外の連中は何やってんだか。けどまさか、たった一人で来た訳ではないでしょ?」
一方、薄ら笑いを浮かべるヒヨリの傍らでミサキは溜め息混じりに、そして訝しげにそう呟く。
外部を徘徊しているユスティナ聖徒と歩哨や外哨に気取られずにここまで接近してくるとは。恐らく今の爆発もこちらを撹乱させるためであり、その手腕は見事と言う他無い。
しかし、見たところこの場に居るのはアズサ一人。伏兵が潜んでいると考えるのが普通であるが、もしも本当に単独で乗り込んできたのだとすれば、無謀にも程がある。
「……ま、どちらでもいい。一人だろうと、何人仲間を引き連れようと、私達には敵わない」
「油断するなよ、ミサキ」
「分かってる。──全力で殲滅する」
ミサキはセイントプレデターを構える。白洲アズサという人間を知るが故に、たとえ単独であろうと全身全霊で叩き潰すべき敵であるということは理解していた。
「!」
それを見たアズサがすかさずアサルトライフルの銃口をミサキへと向け──。
「させませんよ」
開戦の火蓋を切る前に、腕に走った凄まじい衝撃によりアサルトライフルが吹き飛ぶ。
アズサが引鉄を引くよりも速く、ヒヨリがその巨大なスナイパーライフルで撃ち抜いたのだ。
「ッ──」
「──堂々と正面から来たのは失敗だったね」
そして、光のシャワーが降り注ぐ。
轟音と共に無数のミサイル子弾がアズサの居た場所一帯を破壊し尽くし、爆炎へと包み込んだ。
「……もはや吹き抜けの廃墟とはいえ、屋内で使うものではないな」
襲い来る風圧と黒煙に顔をしかめるサオリ。
「ちゃんと範囲は狭めた。これだけすればあいつがいくら罠を仕掛けていようと大丈夫でしょ」
「仕留めたかどうかすぐに判別出来ないのが難点ですねぇ……」
人知れずブービートラップを仕掛けるのはアズサの得意分野。だからこそ、ミサキは潜伏せずに正面へと姿を現したアズサを警戒してセイントプレデターによる広範囲攻撃で罠ごと焼き払うという選択を真っ先に選び、そしてアズサもその行動を止めようとした。
尤も、それを先読みしたヒヨリにより阻まれてしまったが。如何にアズサとてこの短時間では大して罠を仕掛けることは出来ないだろうと考えられるが、念には念をだ。
「……いや、これが狙いか?」
一方、サオリは違和感を覚える。
これくらいのことを、あのアズサが想定していないはずがない。
「で、では索敵を──ひゃっ!?」
次の瞬間、アズサの姿を探そうとしていたヒヨリの後頭部に衝撃が走る。
「ヒヨリ……!? チッ──」
サオリが視線を向けるも、煙に隠れて見えない。
「嘘。今のを切り抜けたの?」
「みたいだな。それに、煙が濃い……爆発に乗じて煙幕も張ったか……!」
ミサキが驚く。セイントプレデターによる広範囲攻撃を正面から受けながら切り抜けた。しかも煙幕を張り、攻撃を仕掛けられる状態で。
流石に無傷ではないだろうが──。
「ヒヨリ、無事か?」
「は、はい……頭を撃たれましたが、このくらいは……」
そう言いながらも痛みに悶えている様子のヒヨリ。彼女の耐久ならばすぐに復帰可能だろう。
(一番眼の良いヒヨリを先に狙ったか……だが、いくら闇討ちを仕掛けようとも、下準備も無しに私達相手にどうするつもりだ? お前のことだ、単なる悪足掻きではないはず……)
少しでもこちらの戦力を削るつもりか? 否、それならば自分達ではなく、倒しやすい一般兵士を優先して狙うはずだ。
アズサの目的が、アリウスの作戦の妨害、ないし阻止であるのならば──。
「まさか……ん?」
その時、足元に何かが転がっているのに気付く。
また手榴弾かとハッと視線を落とせば、そこにあるのは小さな“ぬいぐるみ”。
ペロロ──アズサに、あの子に友が出来た証。身に付けていた物を落としてしまったのだろうか──。
(──違う!)
ほんの一瞬、しかしその0コンマに満たぬ判断の遅れが致命的となる。
咄嗟に飛び退いたのとぬいぐるみが内側から爆ぜるのはほぼ同時であり、飛び散った破片と共に熱風が身を襲う。
「リーダーッ!?」
「私のことはいい!」
が、そんな痛みなど気にも留めない。それもまた囮に過ぎぬとサオリは理解していたから──。
「──姫!」
「え?」
叫び、振り向いたとほぼ同時に。
アツコの背後。そこから煙の中から飛び出すようにアズサが姿を現す。
「────」
これにアツコは即座に振り返って銃を構え、しかし仮面の裏で瞠目する。
既に目と鼻の先。煤けた顔に浮かぶ表情は恐ろしい程に冷たく見え、そしてその手に握られているのは
「伏せろ、姫!」
次の瞬間、辺りが光に包まれる。
「けほっ……」
意識が朦朧とする。
瓦礫の上。アズサは仰向けの状態で倒れ、か細い呼吸を続けていた。
「……肝を冷やしたぞ。まさか、自爆するとはな」
その前に立って見下ろしながらサオリが言う。傍らにはミサキも、ヒヨリも、そしてアツコも、スクワッド四人共に多少のダメージを受けながらも健在、しかもアツコが操るドローンによる回復が行われていた。
アズサにとってそれは自らの作戦が失敗したことを意味する絶望的な光景であり、顔を歪ませる。
「ロイヤル・ブラッド……姫こそが“戒律”の要だと予想し、無力化すればユスティナ聖徒達も消える、と考えた訳か」
確かにアツコは“戒律”を支配するのに必要不可欠な存在。彼女の身に何かあれば、たちまちその制御は不安定となることだろう。
そもそもアズサには
「だが、生憎と姫の“仮面”は特別性だ。命を奪うような攻撃ならいざ知らず、あの程度の爆発ならば防いでくれる」
恐らくはC4爆薬。アズサはそれを自らの身体に装着し、自爆特攻を仕掛けた。
至近距離でそのようなものを受ければ一溜りもないが、ロイヤル・ブラッドが代々受け継ぐというアツコが身に付ける“仮面”には致命的な攻撃から装着者の身を防護してくれる機能が搭載されている。
「ッ……そう、か。それは残念だ」
苦虫を噛み潰したような表情。一矢報いることも出来なかったかと己が不甲斐無さを呪う。
「とはいえ焦ったぞ。もしもお前が使ったのが噂に聞く“ヘイローを破壊する爆弾”などという代物だったとしたら……無意味な仮定ではあるがな」
かつての内乱においてベアトリーチェが用いたとされる、アリウスが抱く彼女への恐怖を象徴する兵器。
ふとその存在を思い出し、サオリはどこか独り言のようにそう告げる。あのアズサが他者へ殺意を以て害そうとするなど如何なる理由があろうとも到底有り得ぬ話なのだが、それでもあのぬいぐるみが爆発する瞬間、不思議と脳裏に過ってしまった。
そのようなこと、在るはずが、在っていいはずがないというのに──。
「……でもかなり痛かった。サッちゃんも爆発に巻き込まれてたけど、大丈夫なの? それに、アズサの方も……」
アツコが問う。仮面の影響で傷らしい傷は無いものの爆発の直後には痛みを感じたし、そこまで万能ではなかった。
故に、同じような爆発が直撃したにも拘わらず平気そうにするサオリと、それから酷く痛々しい満身創痍の姿で倒れているアズサの身を案じる。
「私は大丈夫だ。ギリギリ防御が間に合った、アズサの方は少なくとも動けぬ程度には重傷のようだが、気絶させた後に衛生へ連れて行くさ……だから、何も心配することはない。アツコ」
不安の混じった声に、サオリは穏やかな声でそう語りかける。
つくづく優しい性根。相変わらずだと笑い、そしてそんな彼女に対してかつての同胞と争う光景を見せ付けたことを考えると、申し訳無く思ってしまう。
「さて……今度こそ、終わりだ。アズサ」
しかし、次の瞬間には切り替えるように視線を移し、アズサへと銃口を突き付ける。
「安心しろ、目覚めた時にはきっと、何もかもが丸く収まっているはずだ」
万事休す。死力を尽くしても届かぬ結果を前に、ここまでかとアズサは目を伏せ──。
「──アズサちゃん!」
しかし、突如として鳴り響く銃声により阻まれた。
「何──?」
サオリが後退する。
同時に、眼前に迫る一つの影──。
「ん、久しぶり。あの時は世話になったね」
「なっ、お前は……っ!?」
目を見開く。
白髪、狼の耳、オッドアイ──こちらへ銃口を向けるその顔には見覚えがあった。
アビドス高校の──名は確か、砂狼シロコ。
何故ここに。否、それよりも奴が来ているということはまさか──。
「……やぁ、サオリちゃん」
彼女だけではなく、他のアビドスの面々も来ているということ。
「小鳥遊、ホシノ……!」
こちらの名を呼ぶその姿に、かつて圧倒された苦い記憶を思い出すと共に、サオリは焦りの感情を露にする。
あの時、アビドス高校を襲撃した傭兵の中にアリウスの生徒が居たことが知られてしまえば──。
「ッ……あの時は、その、込み入った事情が……」
「──ああうん、大丈夫だよ。もう話は聞いてるから。ただまあ次からアルバイトはちゃんと考えて選びなよ?」
「! ……すまない」
どうやらあの後、駐留部隊が話を通してくれていたらしい。複雑そうにしながらもそう言ったホシノに、サオリは安堵しつつ謝罪の言葉を述べる。
「…………?」
一方、気まずそうな二人にシロコは首を傾げた。
「ああっ! あの時の!」
「あらら、なんか顔見知りだらけですね……」
そして、続いて現れたセリカとノノミも対峙する四人を見て反応を示す。便利屋68と共に襲撃してきた傭兵二人に、柴関ラーメンが破壊された時に大暴れした二人組まで居る。
結局、その後も依然として正体不明のままだった四人共が、アリウス分校。エデン条約の式典を襲撃した謎のテロリストだという事実に、ホシノを除いた三名は驚きを隠せない。
「な、何でアビドスが……」
「チッ……アズサといい、外の連中は本当に何をやって──」
『報告! 報告!』
対してスクワッドの方も予想だにしていなかった陣営の乱入に大いに戸惑っていた。
そんな中で、追い打ちを掛けるように彼女達の無線機から大声が発せられる。
『ゲヘナ風紀委員会、正義実現委員会が侵攻! アルファ、及びベータが交戦中! 繰り返す! ゲヘナ風紀委員会、正義実現委員会が侵攻 アルファ、及びベータが交戦中!』
「なっ……」
目を剥き、そこで外からけたましい銃声や爆発音が絶えず響いていることに気付く。
「風紀委員に正実まで……もう部隊を再編成したっての?」
「…………」
「そ、それでアビドスの侵入に気付かなかったということですか? ま、まずくないですか? リーダー」
「……問題無い。空崎ヒナはまだ万全ではないはず。そもそも連中がいくら集まろうと無尽蔵に現れ続けるユスティナ聖徒達の前には無力だ」
おろおろと慌てた様子で尋ねてくるヒヨリに対してサオリは落ち着き払った声でそう言い、片手を挙げる。
すると空間から滲み出るように出現する青白い亡霊達。風紀委員会と正義実現委員会がどれだけの戦力を残存させているかは分からないが、たとえ幾千幾万であろうと無限の兵力には到底敵いはしない。
「──故に、脅威は目の前の連中のみだ」
鋭い目付きでサオリはアビドスを、そしてホシノを見据える。
「小鳥遊ホシノ……私達の前に立ちはだかるということは、
「ッ……先生や風紀委員長ちゃん達から聞いた、君達がやったことが本当なら、そうなる。でも、信じてくれるか分かんないけど、私は──」
「──構わない。シャーレの先生へ大恩があるお前がどちらを選ぶかは、閣下も大方察していた。そして、こうなったところで我々との関係が崩れることはないだろう」
言葉を遮り、そう告げる。
ホシノの様子から秘かに同盟を結ぶアリウスと敵対することへの負い目があるのは明らかだった。
自分達が今やっていることが端から見て正義であるとはサオリも認識しておらず、元よりシャーレとアリウスならばホシノは前者を選ぶだろうと考えていたこともあり、その時が来ればこのような展開になることは予想していた。
とはいえサオリ個人としては、アリウスを選んでほしかったという思いはあるが……。
「ッ…………!」
その言葉に、ホシノの顔が歪む。
「ホシノ先輩……?」
「ど、どういうことなの?」
一方、そのようなやり取りを前に、事情を知らないアビドスの面々が戸惑いを見せる。
あの襲撃以外でサオリと、或いはアリウスと面識があったのか。今にして思えば、今回の騒動をニュースで観た際にもホシノは真っ先に動いていたし、そこからどこか様子が変だった。
「……ごめん。後で説明するから」
そんな彼女達へホシノはただそう告げる。
か細い声で、どこか居心地が悪そうに、懇願するようなその物言い。それだけでアリウスと並々ならぬ関係であることは容易に察せられ、しかしそう言われた以上はここで問い詰めても明確に答えてはくれぬだろうと、シロコも、セリカも、ノノミも、アヤネも黙り込むしかない。
その対応にホシノは感謝しつつ、鋭く、けれども未だに迷いが残った眼でサオリへと向き直る。
「──ニトちゃんは、どこ?」
静かな問いかけ。
「残念だが……この中で一番脅威であるお前を、閣下へ近付けさせる訳には行かない」
「……ま、そうなるよね」
敵意と共に告げられた返答に、ホシノもまた銃を構える。未だに彼女の心は揺れ動き、判断の付かぬ有り様であり、そんな状況下で戦うのは望むところではない。
しかし、だからこそニトと会い、決断を下す為にも立ちはだかるサオリ達と戦い、突破するしかなかった。
(万全でない状態で小鳥遊ホシノを相手にしたくはないが……幸いにも向こうには迷いがあるようだ。消耗させ、ユスティナ聖徒達の物量で押し潰せばいい)
外で戦っている部隊にも同様にユスティナ聖徒──即ち、補給や損耗という概念がそもそも存在しない不死の軍団が付いているのだ。
反抗勢力の鎮圧にそう時間は掛からないはずであり、そうすれば外の部隊もここへ合流する。想定外の事態ではあったが、アリウスの敗北は勿論のこと、計画が崩れる可能性も極めて低かった。
サオリは冷静にそう判断し、銃を構える。
「──なに?」
その時だった。
突如として、吹き抜けの天井から射し込んできた暖かな“光”に眉を細める。頭上を見上げれば、つい先刻まで空を覆っていた分厚い雲が消え、澄みきった青空が広がっていた。
それも、この古聖堂跡を中心に、まるで曇天が穿たれるかのように──。
「これは……一体、何が……」
瞠目し、そして気付く。
ホシノやアビドスに気を取られていたが、倒れているアズサのすぐ傍にもう一人、誰かが寄り添っていることに。
「──阿慈谷ヒフミ?」
知っている顔だ。
補習授業部の一員で、アズサの友人。確かにアビドスとも繋がりはあったが、それ以外は取るに足らぬトリニティの一般生徒だったはず。
もしもニトが聞けば首を傾げるを得ない評価であるが、少なくともサオリの認識はそうだった。
にも拘わらず、何となく、しかしどうしようもなく予感してしまう。今引き起こされたこの不可解な現象に彼女が深く関わっているのだろうと。
「私は、“納得”する為にここまで来ました」
ヒフミが告げる。
サオリ達に、そして傍らで力無く、しかし驚いた様子でこちらを見据えるアズサへと語りかけるように。
「納得、だと……?」
「私は平凡です」
「は?」
「特にこれといった取り柄も無い、普通の人間でしかありません。アズサちゃんが言うように、日溜まりの中で過ごす、優しい世界に生きる人間なのかもしれません」
脈絡も無く話し始めるヒフミ。その言葉に彼女がつい先刻アズサから別れを告げられていることを知らないサオリは当惑してしまう。
一方、アズサは苦しげな表情をする。ならば何故また来てしまったのかと。
「ですが、私はこう見えて悪い子なんです。ブラックマーケットを頻繁に出入りしてますし、エンプティの傭兵ですし、覆面水着団のボス、“ファウスト”だったり……とてもではありませんが、優しい人間なんかじゃありませんよ」
しかし、その暴露にぴしりと固まる。嘘を言っているようには見えない。友人の知らされざる意外な一面に驚きを隠せなかった。
「ヒフミ……でも、それでも……」
「何が正しくて、何が間違いだなんてどうでもいい」
「…………!」
「私も同じです。ただ私はこんな展開に納得が行かないから、普通でしかない私でも決して譲れないモノがあるからここに立っているんです」
それは純粋なエゴ。
アズサにも、アリウスにも、それ以外にも、複雑な事情や不幸の積み重ねでこうなってしまっていることは重々承知しており、自分ではどうしようもないことである可能性が高いということも理解している。
けれど、理解した上でそのようなこと知ったことではないと言わんばかりに言い放つ。
「私は、“ハッピーエンド”が好きです。友情で苦難を乗り越え 、努力がきちんと報われて 、辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……苦しくても、最後には誰もが笑顔になれるような……そんなお話が、私は好きなんです。たとえ現実がそうじゃなくても私がそれが好きだから、アズサちゃんが居なくなるのも、皆が傷付くのも、悲劇が悲劇のままで終ってしまうのも、到底認められません……!」
夢物語。誰もがそう理解し、けれども彼女が微塵も揺らぐことなく言葉を紡ぐ。
「いくら否定されようと、誰が何と言おうと、それが私が望み、目指すもの。だから、私は私が納得するまで、何度だって言い続け、抗って見せます」
故に、“奇跡”は起きたのだ。
「私達の描くお話は、私達が決める……終わりになんてさせません、まだこれからも、ずっと続いていく私達の物語……」
人差し指を天へと向ける。
「私達の、
高らかな宣誓。
それにより暗雲が更に消え去り、地上に光が満ちる。まるで絶望が打ち払われていくかのように。
「こ、これって……」
「まさか、“戒律”が……」
「……馬鹿な」
サオリ達が異常を察知する。前方のユスティナ聖徒達──その動きが、その実像がより亡霊のように霞んでいく。
「“今ここに、宣言する”」
そして、また何者かが姿を現す。
「なぁっ……!?」
それはゲヘナ風紀委員長を傍らに連れた大人──シャーレの先生だった。
銃撃を受け、救急車に運ばれて行ったはずのその人物の登場に、彼を撃った張本人であるサオリはただ驚愕するしかない。
「“私達が、新しいエデン条約機構”」
「ッ……“戒律”の書き換え、改竄……否、新しい調印か……!」
有り得ない宣誓を前に、サオリは一瞬戸惑うもすぐにその絡繰に気付いた。
襲撃により有耶無耶となった所をアリウスが乗っ取った条約を、その上から連邦生徒会長と同様の権限を持つシャーレの先生の手によって新しく締結し直したのだ。
この場所は調印の場である古聖堂。しかも付近にトリニティもゲヘナも集まっているので、調印の条件は十分に揃っている。
これにより二つのエデン条約が同じ空間に存在している判定となり、ユスティナ聖徒達は動作不良を引き起こしたかのように力を失い、もはや無限の兵力と呼べるような代物ではなかった。
「“本当に出来るのか心配だったけど……どうやら無事成功したみたいだね”」
「ふざけるな! そんなことで、そんなもので閣下の偉業を無為にさせてなるものか……!」
激昂するサオリ。
ここに来てアリウスはアドバンテージを一つ失ってしまった。それが形成が逆転したことを意味する訳ではないが、その圧倒的有利に大きな綻びが生じたのは確かである。
──パチパチ、と。
その結果を前に、何者かが拍手を送った。
先生・ホシノ「……ニトおらんやんけ」
ニトちゃん「なんか空晴れてね……?」
漸く、エデン条約編も折り返しに入ったかな……