ブルアカ短編集あるいはssまとめ 作:どういうこったあ!
夜の帳を切り裂くような光がそこかしこから差しているネオン街を歩く。季節はもう夏に近いが、ブルリと身を震わせてしまうような風がビルの合間を縫うようにして吹いていた。深夜のセキュリティチェックを終え向かう先は、いつもの自動販売機。
ここ最近は新規の依頼と定期の依頼が重なり忙殺される日々だったが、それもついさっきまでのこと。向こう一週間はゆったりとした時間を過ごせるな、と久々の暇に想いを馳せる。……案外、後輩の面倒を見たり、自分の価値を分かっていないセキュリティ管理の甘い青年に小言を垂れるのかもしれなかった。自身のことを超天才清楚系病弱美少女ハッカーなどと名乗るあの少女に関しては、お目付け役ができたので心配しなくていいだろう。
ネオン街を抜け路地に入ると辺りを照らすものは途端に少なくなり、電灯を頼りに歩を進める。疲れた目にはこのくらいの光で丁度いい。砂利とコンクリートが擦れる音をバックミュージックにしながら、目的地が見えてきたところで、おおよそこんな時間帯には似つかわしくない音が響いた。何か中身の入った缶を落としてしまったときの鈍さと金属音の混じった音と、「あっ」という声。
自販機の近くまで寄って様子を伺うと、自販機の補充を行っているらしかった。ともすれば先程の音は、手に持っていた飲み物を落としてしまった音か。
「あっ、どうも。もう少しで終わるのでもうちょっとだけ待っててください」
向こうもこちらに気付いたらしく、こちらを一瞥すると笑みを浮かべながら声をかけられる。年は同じくらいだろうか。目深に被った帽子と自販機からの逆光のせいで、窺えたのは口元だけだったが、なんとなくそう思った。足元に目を向けると縁の凹んだコーヒー缶が二つ置かれていたので、缶を落としたという予想は当たっていたらしい。
「ベンダー……っていうんでしたっけ、こういう仕事。夜遅くまでお疲れ様です」
深夜特有のテンション感からなのか、深夜仕事をする仲間意識からなのかは分からなかったが、平時であれば特に何も話さずに終わるであろうこの時間で話しかけてしまう。
「おっ、物知りですね。あなたもお仕事ですか?」
「まあ、そんなところです。いつも、このくらいの時間帯に?」
「実は今日からなんです。この辺の自販機は一日一回の補充で大丈夫なので、忙しい日中の担当から深夜帯の担当に変わったんですよね」
聞きたかったのはベンダーの勤務時間についてだったのだが、道理で今まで出くわさなかったわけだと得心する。
「さっき、缶が落ちる音が聞こえたんですけど」
「あちゃあ……。聞かれてましたか。お恥ずかしい限りです。ここが今日最後の担当場所だったので気が緩んでしまったと言いますか」
「あー、すみません。別に責めてるわけじゃないんです。その足元の缶、潰れて商品にならないとかだったら、買いたいなって」
「お気遣いありがとうございます。けど、これは私に買い取らせてください」
「いえ、こちらこそお節介焼いてしまって……」
気まずい沈黙が流れるが、先にその沈黙を破ったのはベンダーの方だった。
「あー。コーヒー、よく飲まれるんですか?」
「私、徹夜明けはここでコーヒーを飲むことにしてるんです」
「そうだったんですね。では、こちら差し上げます。と言っても、不格好ですが……」と、交換作業を終えたベンダーから足元に置いてあったコーヒー缶を差し出される。差し出されたのは、凹みの少ない方のコーヒー缶だった。
「いいんですか?」
「お待たせしてしまったお詫びということで。あっ、上の方は汚れてないので、安心して飲んでくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ、こちらこそです」
「……乾杯、します?」
ベンダーは少々面食らったような顔をしたあと「いいですね」と言った。
自販機の光に照らされた狭い路地に、二人分のカシュッという小気味よい音が鳴る。
「それじゃあ、深夜仕事仲間に乾杯」
「乾杯」
コーヒーを一口飲み干すと「ふぅ……」と、息が漏れる。
いつもはいない誰かと、いつもの場所で、いつものコーヒー。こういうのも悪くない。
いつか、先生とも来れるといいな。私の好きなものを知ってもらって、先生の好きなものを知る。それでお互いに良さが分かれば、それはすごく嬉しいことだと思うから。
「あれですね、ぬるい」
感傷に浸っていたところに呟かれた冷静なツッコミに、口に含んでいたコーヒーを思わず吹き出しそうになってしまう。思っても言わなかったことを。
「よくよく考えたら、自販機に入れる前だから冷たくもないし、あったかくもないんですよね……」
「ふふっ。折角いい雰囲気だったのに台無し。確かに、元々あたためて飲むやつだから酸味が際立ってますけど、気つけには丁度いいですよ」
「かっこよく決まったと思ったんですけどね……」
「そんなこと考えてたんですか?」
「まあ……多少は」
その後も他愛もない会話を交わしながら、コーヒがなくなるのを待った。コーヒーが飲み終わると、缶を回収してくれると言うので大人しく甘えさせてもらう。
「それじゃあ、私はこれで。コーヒー、ありがとうございました」
「気を付けて」
軽く手を振ったのち、背を向けて次なる目的地であるバス停へと歩き出す。コーヒーで冴えた頭には、やりたいことやタスクがあれやこれやと湧いてくる。買ったはいいものの積んだままの小説を消化したいとろこではあるが、後輩たちの様子も見に行かなくてはならない。晄輪大祭も近づいてきたことだし、流石に運動をさせたほうがいいだろうか。ゲーム開発部のように、フィットネスゲームにハマってくれれば楽なのだけど。
そうこうしている内にバス停に着いたのだが、生憎とバスはもう出発してしまっていた。少し自販機の前に居座りすぎてしまったらしい。しょうがないと、ネットカフェへの経路を調べていると、そういえば先生も今日は徹夜だと言っていたっけと思い出す。少しの逡巡の末メッセージを送ると、すぐに既読の二文字がついた。なんとかなりそうだとホッと胸を撫で下ろし、シャーレへと歩き出す。
……が、このあとシャーレにてセキュリティの杜撰さに頭を抱えることとなるのはまた別のお話。