ブルアカ短編集あるいはssまとめ 作:どういうこったあ!
夜も更け、街灯と窓から漏れる微かな光だけが辺りを照らす住宅街。人通りの少なくなったそこに瞬く火花が二つ。一つは重厚な盾を左手に構え、ショットガンを放つ少女のもの。もう一つは向かい合うようにしてサブマシンガンを構えた少女のもの。地面にはサブマシンガンの少女と同じ、スケバンといった風貌をした少女たちが伏していた。
「ホシノ後ろ!」
電柱に隠れ、ショットガンの少女の指揮をしていた青年の声が木霊する。ホシノと呼ばれた少女の背後で、既に倒れたと思われていた少女が引き金を引かんとする。ホシノはそれを盾で受け流しながら接敵すると、お返しとばかりに銃弾を浴びせる。たっぷりと銃弾を浴びせて動かなくなった少女からサブマシンガンの少女に視線を戻すと、その手には見慣れない手榴弾が握られていた。
「これでも!」と、投げられた手榴弾は青年を目掛けて放物線を描く。
「先生ッ!」
咄嗟にホシノが盾を投擲し、軌道を逸らすことで事なきを得る。
が、少女の足元には先ほど投げられたものと同一のものが転がっていた。爆発を防ぐための盾は手中にない。どうやらこちらが本命だったらしい。数瞬ののちに手榴弾が爆ぜ、視界が桃色の煙に包まれる。
(肉体的なダメージはなし。ただの煙幕……もしくは毒かな?)
「ははッ、モロ――ぎゃんっ!?」
煙の中から少女のいた方向へと飛び出し、相手が引き金に指をかける前に先手を撃つ。
煙の晴れた後に先生が目にしたのは、悠然と佇むホシノの姿と地面に倒れ込んだ少女の姿だった。
「ごめんホシノ! 大丈夫!?」
「心配しすぎだよ先生〜。私たちがこれくらいじゃなんともないって知ってるでしょ〜? それより、この子たち退かしちゃおっか」
そう言って、動かした足が途端に覚束なくなる。
「あれ? これはちょっと、マズイかも……」
「ホシノ!?」
立っていることすら怪しくなり、近づいてきていた先生に抱きとめられる。
「なんか、ダメかも……ひっくッ」
ホシノを観察してみると、顔は紅潮し会話の節々にしゃっくりが挟まるようになっていた。怪訝に思い鼻を鳴らすと、鼻腔を突いたのはアルコール特有の刺激臭。
「まさかお酒……?」
体にかかる体重が重くなる。ホシノの顔を見れば、いつの間にか緩んだ表情で寝息を立てていた。
「ど、どうしよう……」
(き、気持ち悪い……)
ホシノが目を覚ますと、そこは先生の背だった。普段なら存分に堪能するのだが、今は体から伝わってくる揺れのせいで吐き気が着実に溜まっていた。
目を閉じ、先生の首筋に鼻を近づける。そうすると、少しだけ吐き気が和らぐ気がした。けれどそれも時間稼ぎにしかならず、ホシノの吐き気は刻一刻と限界に近づいていく。
「先生?」
「ヒュッ」
先生にそれを申告しようとするが、耳元だったこと、ここまで起きたことを伝えていなかったことが災いして、先生の体がビクッと大きく揺れる。頭に戦車砲を受けたときのように視界がグラリと揺れるが、「ここで吐くわけには」と咄嗟に手で口を抑える。
「グエッ」
しかしそこは先生の背。ホシノの短い腕で口を抑えれば、先生の首が締まるのは必然だった。よってホシノは苦渋の決断を迫られることとなる。すなわち、先生に吐くか、先生を絞め殺すか。
「……ぅ゙お゙ぇ゙」
◇◇◇
「わ、私は大丈夫だから! 気付けなくてごめんね、本当に……」
返事がない。ただの生きる屍のようだ……。
「も、もうちょっとで私の家着くから! ねっ?」
(家あったんだ……。ずっとシャーレにいるから無いのかと思ってた)
長い沈黙の後に、小さく頷いたホシノの手を引いて先生の自宅へ向かう。ホシノの手は汚れていたけれど、それを気にする先生ではなかった。ホシノは存分に気にしているが。
(もう一週間くらい帰ってないんだけど、綺麗だったかな……)
若干の現実逃避をしつつ歩を進め、なんとか自宅までたどり着く。部屋に入るといの一番にホシノをトイレへと案内する。道中、吐き気を訴えていたホシノのためだった。
トイレでホシノが蹲っている間に、水の溜まった洗面台を用意し、そこにスーツとシャツを浸しておく。
「ホシノ、大丈夫? ちゃんと吐けた?」
「ま、まだ……」
「ごめん、入るね」
「へっ」
便座を机のようにして突っ伏すホシノの横に入ると、狭いスペースでなんとか膝立ちになる。
「うーん、吐いちゃった方が楽になるんだけどなあ……」
背中を擦ってみたものの、しばらく待っても吐く気配のないホシノに呟く。吐けない理由は見られているからなのだが、先生がそれに気付くことはなかった。
(先生、早く出ていってくれないかな……)
「よしっ、しょうがない。辛いだろうけど、吐いちゃったほうが楽になるから!」
ホシノが言葉の意味するところを理解するよりも早く、先生のゴツゴツとした指がホシノの喉に突っ込まれる。
「ん゙ぐっ!? まっで、ぜん゙ぜ――」
「ごめんね?」と、先生の指が舌奥を押し込み、激しい吐き気がホシノを襲う。
「まっ゙で、これなんかダメ――んごっ゙!?」
吐き気と苦しさでホシノの目尻に涙が滲む。先生の手を口から出そうにも、えづいてしまって上手く体が動かせなかった。
「もう一回いくよー」
「ぅ゙、うお゙ぇえ゙え」
「はい、よくできました」
胃の中のものを吐き出し楽になったものの、羞恥心やら申し訳無さやらで消えてしまいたいたいホシノだった。
「先生ひどいよ……。それと手、汚してごめん……」
「汚くないよ」
ひらひらと先生が手を振ってみせる。
「じゃあ、舐めて」
「え?」
「汚くないって言うなら、舐めて」
答えに窮してる内に、ホシノが泣き出してしまう。
「やっぱり汚いんだ……。戦闘では先生に迷惑かけるし、先生には吐いてかけちゃうし、私なんてゴミだもんね」
(なっ、なんという酔っ払い……!)
渋ってみせれば、わざとらしく泣いたふりをする。典型的な面倒くさい女と化したホシノだった。
「き、汚くないよ〜。ほ〜ら」と、意を決して指についたものを舐め取るも、ホシノは便座に突っ伏したままだった。
「ホシノ?」
胃の中のものを全て吐き終えたホシノを次に襲ったのは強烈な睡魔だった。朦朧とした頭ではそれに抗うこともできず、ホシノの意識はまどろみの中へと落ちてしまっていた。
「寝た!?」
こいつマジかと驚愕しつつ、どうしたものかと天井を見上げる。
「取り敢えず、ベッドに寝かすか……」
寝てしまったホシノを抱きかかえ、ベッドに横向きに寝かせる。汚れた服のままで寝られては敵わないので、仕方なく服も脱がすことにする。
(これは治療行為これは治療行為……)
そう自分に言い聞かせながらシャツのボタンを外す度、ものすごい罪悪感が胸に生まれる。シャツの隙間から覗く小さな二つの膨らみから目を逸らす。
(肌白……)
「いやいやいや、良くない良くない……。落ち着け私」
深呼吸をすると、いつもの匂いにホシノの匂いが混ざっていることに気が付いてしまって、余計にダメな気分になってしまう。
さっさと終わらせてしまおうとスカートのチャックを下ろし、手をかける。
「ええい、ままよっ」
一思いに脱がせるとホシノはついに下着だけの姿となった。白い肌に花の刺繍が施されたピンク色の下着が映えていた。
さすがにこれ以上は脱がせられないのと理性がいよいよ壊れそうだったので、見なかったことにする。
タンスの中から引っ張りだしてきたパーカーを着せる。先生にとってもオーバーサイズのものなので、ホシノであれば全身を隠してくれることだろう。
一段落ついた先生は、眠ってしまわない内にやることを済ませねばと気合を入れて立ち上がった。
◇◇◇
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
先生が目覚めて最初に見たのは、そう狂ったように呟きながら銃口を自身の口腔内に突きつけるホシノだった。
「ホシノさん!?」
「あ、先生。起きる前に死ねないダメな生徒でごめんね。でも今から死ぬから安心してね」
「ホシノさん!?」
力でホシノに勝てるわけもなかったが抵抗しないわけにもいかないので、銃を離そうとしてみるがまるで動かない。
「言っておくけど、ホシノが死んだら私も死ぬからね!」
ビタッとホシノの動きが固まる。その隙に銃を奪い、ホシノの手の届かない場所に立てかけておく。
「あっ」
「ふう……」と、ひと心地つき、暗い顔で俯くホシノの頭を撫でる。
「ご飯買いにいこっか」
先生から向けられる柔和な微笑がホシノにはたまらなく痛かった。
◇◇◇
「ごめんね先生」ホシノは箸を置いて言った。
机の上には食べかけのサンドイッチや味噌汁が並べられていた。
「むしろ私が謝らなくちゃいけないんだから、謝らないで。けど、ホシノはそれで納得しなさそうだから、もうこの話はおしまい。話すなら楽しい話じゃなくちゃね」
「……ごめん」
「次謝ったら昨日のホシノの写真をアビドスのみんなに見せるから」
「撮ってたの!?」
「さあ?」と、先生が肩をすくめる。
「先生!?」
「可愛かったよ」
「消してね!? 絶対だよ!?」
◇◇◇
「そういえば先生、お仕事は?」
ふと、ホシノが呟いた。
二人はソファに座り、海洋生物のドキュメンタリー映画を見ていた。映画は既にエンドロールに差し掛かっており、机に広げられたポテトチップスの袋は空になっていた。
「今日はお休みだよ」
「お休みとかあったんだね」
「酷い言い草だなあ」
「ごめんごめん。先生、いっつもシャーレにいるから。家あるって聞いたときもびっくりしたんだよ?」
「どんな社畜だと思われてるんだ……」
「そう言えば先生さ」
「うん?」
「私のこと着替えさせてくれたでしょ?」
「待って。私は悪くないと思うの」
先生は思わず頭を抱えた。今の今まで話題に上がらなかったのだから、できれば墓場まで持っていってほしい次第だった。
「まだ何も言ってないよ」ホシノが笑う。
「私は可愛くていいと思うよ」
「……えっち。みんなに言ってやろ」
体を隠すようにして、体勢を体育座りへ移す。膝の顔をうずめると、先生の香りがホシノの肺を満たした。
「すみませんでした……」
「うへ、イジワルしちゃったね。次は何見よっか、先生?」
「ホシノはまだ眠くない?」
「うーん、ちょっとだけ眠いかも」
「いつでも寝て大丈夫だからね」
「うん、ありがと」
普段から寝不足気味なこともあってか、二本目の映画が始まると徐々にホシノの瞼は閉じ始めた。
映画が中盤に差し掛かる頃には、揺れていた頭が先生の膝へ横たえられていた。一時停止ボタンを押され、主人公が強力な武器を手に入れたシーンのままテレビの画面は動かない。
先生の手がそっとホシノの頭を撫でるたび、ホシノはくすぐったそうに頬を緩めた。
二人分の息遣いと少しの布ズレだけが部屋に響く。
そうして時計の長針が二周した頃、机の上に置かれていた先生のスマホが震えた。見ると、仕事の連絡のようだった。
「うぐっ」
見なかったことにしようかと思ったが、メッセージの一番上には緊急の二文字が表示されており、思わず声が出てしまう。
「行ってあげて、先生」
「ホシノ? 起こしちゃった?」
「私のことは気にしないでさ、困ってる子を助けてあげて」
少しの寂しさが滲んでいることは分かっていたが、行かないわけにもいかなかった。
「……ありがとう」
「うへ、それじゃあ私もそろそろ帰る準備をしよっかな」
忙しない様子で準備を始める先生にホシノが呟き、立ち上がろうとすると、ホシノの手にジャラリと金属質のナニカが乗せられる。
「それ鍵だから、ホシノが帰る時に締めていって」
「へ?」
「あっ、返さなくていいからねー! 寝れないときとか、いつでも来てもらって大丈夫だから!」
ホシノが何かを聞く間もなく先生の声はみるみる遠のいていき、やがて扉の閉まる音が木霊した。
(準備早……。さすが社畜)
一体どういうつもりで自分に合鍵なんてものを渡したのか。私を気遣ってのことだというのは分かっている。けどそれは、私以外にもおんなじことをするということで。そうやって思考を巡らせている内になんだかいじらしい気持ちになって『誰にでもこういうことしちゃダメだからね』なんてモモトークを送ってしまう。
やっぱり重かったかなと消そうとするも、既にメッセージの左端には既読の文字がついていた。
『ホシノだけだよ。家に入れるのも、鍵を渡すのも。
『だからみんなにはナイショだよ』
「ん゙ふッ゙」
なんとも形容しがたい声がホシノの口から漏れる。
「そっ、それはズルいよ先生……。うう……」
家主の消えた部屋では、しばらくの間ホシノのうめき声が響いていた。