「メリリアちゃん」
「どうしたの?」
「腹減ったよ〜」
「酒場で言われてもねぇ」
私は店内を掃き掃除しながら、開店時間でもないのにやって来たお客さんの一人。冒険者のルイズさんの話し相手をしていた。
ルイズさんはこの街でも一番か二番かっていうくらいの冒険者だ。経験豊富で、実力も随一。人格面も問題なしで、正直今すぐ冒険者やめて騎士になったとしてもやっていけるであろう人材だ。
「この前殺して来たオーガ。ありゃ絶対“ボス級”手前の個体だったんだ。なのにギルドが寄越しやがった報酬は相場の半分!ケッ、やってられっか」
「でも、その代わり“一銀”に昇格したんでしょ?すごいじゃん」
「あれ?なんだメリリアちゃん知ってたのかぁ」
「うん、昨日本人から聞いたから」
「えっ」
呆気に取られた様に惚けるルイズさんに私はにんまりとした笑顔を向けた。
「うっそ〜♪」
「……メリリアちゃん。あのなぁ」
「ふふん、流石に奥さんに悪いからね」
私の笑顔を見て、ルイズさんは頬を掻いて困った様な顔をした。
「昇格の話はペレネジャさんから聞いたんだ。オーガの話もね」
「あいつかぁ……くっそ、人の機密情報勝手に喋ってくれやがって」
「ま、色々とサービスしたからね〜」
ピクリ、とルイズさんの片眉が上がった。
「……サービスって、例えば?」
「うーん、一緒にお酒飲んだり、話聞いたり……」
「あぁ、いつものやつか……」
「そのあと宿にお泊まりしたり、色々と気持ちいい事してあげたり?」
「ぶふーッ!!」
あ、吹いた。せっかく掃除したのに。
「おまっ、えぇ!?マジで!?」
「うん。生き返ったって言ってたよ?」
「そりゃそうだろ……じゃねぇ!え。あの……メリリアちゃんは良かったの?」
「なにが?」
「いや、その……そういうサービスをするのは」
ルイズさんがチラチラとこちらを見ながら言うので、私は首を傾げて言った。
「別にマッサージくらい、気にしないよ?」
「……はー」
そう言った瞬間、ルイズさんが背もたれに思い切り体を預けた。
「そうだよな。そりゃそうだよ……当たり前だろ。ったくよぉ」
「うん?どしたの?」
「いやいや、何でもねぇ。そうか、マッサージか……確かにメリリアちゃん腕がいいって評判だったもんな」
「うん。こう見えて力強いしね。冒険者って体バキバキの人多いから、結構やりがいあるよ?」
そう、私はマッサージが上手い。
淫魔としての特性みたいなもので、私は人がどこをどういう風に触られたら気持ちいいかがわかる。だからそれを意識しつつリンパを流し、コリをほぐし、血流を良くする。
これに関しては本職にも負けてないという自負がある。
「……なぁ、メリリアちゃん」
「やらないからね」
「まだ何も言ってねぇよ!?」
「私の手ぇいやらしい目で見てた〜」
「うっ……」
ジトっとした目でルイズさんを睨むと、彼は気まずそうに視線を逸らした。
私は視線に敏感だ。
胸を見たら女の人はわかる……なんていうのはよく聞く話だけど、私は本当にわかる。胸や足だけじゃなくて、顔でも腕でも首筋でも、どこに視線を向けられてもそこがムズムズするような感覚がしてわかるのだ。
とは言っても、やましい気持ちが一切なければわからないんだけどね。視線がわかると言うより、視線に乗ってる“精気”を感じ取ることができるのだ。精気の量は、私に対してどれだけ魅力を感じているかによって異なる。
そして、私がマッサージの話をしている途中から、手……特に指先がものすごくムズムズし始めたわけで。
まぁ、滅茶苦茶エロい目で見られてたというわけです。
「知らなかったよ。ルイズさんが指フェチだったなんて」
「い、いやぁ!?違ぇよ!?ただ……なんていうか……」
「ん〜?」
「……その、最初にオイルとか垂らすだろ?手に。それで……」
「エロオヤジ」
「違ぇってぇ!!」
何が違うのか。今もチラチラ私に手に視線が向いてるのわかってんだからな。
「いや、ゴメンってマジで!!本当に、ちょっとだけだから!一瞬しかそんなこと考えてねぇよ!」
「ふぅん」
ルイズさんは私が淫魔だってことを知らない。
だから、たっぷり10秒以上は私の手に熱視線が注がれてたことも隠し通せると思っているようだ。
「ルイズさん?」
「な、なんだよ……」
「今日はルイズさんのおごりね」
そう言うと、ルイズさんは一瞬体を硬直させ。
「……わかったよ」
諦めたように息を吐いて肩を落とした。
◆
この世界の食事情は貧相だ。
何故かと言えば、魔物が農村や麦畑まで襲って荒らすもんだから食文化が成熟しない。ライ麦から作られる硬い黒パンですら貴重なのに、食べられるかどうかもわからない調理法を試すなんてお貴族様でもやらないのだ。
人は皆、日々を生きていくだけで精一杯。この辺りは平野が多く、川も通っていて立地は食文化が発達する下地はあるのにそれが結果に結びつかない。発明というのは生活に余裕があるからこそ生まれるのだと、身を以て知ったよね。
かと言って私が前世の知識チートでジャガイモなんか育て始めようもんなら目立つ。そりゃもうめちゃくちゃ目立つ。そしたら日々の生活で見せる小さなボロから魔物発覚ルートで即処刑。ゲームオーバーだ。
匿名でお貴族様に手紙で知識だけ渡すって手もある。というか一回試した。だけど、その知識が生活に活かされる前に私が利用した郵便局に衛兵さんが来て二度とやらなくなった。
人間に化ける知能の高い魔物もいるので、差出人不明の手紙なんて不審がられてすぐに捜査が入るのだ。素人の私の隠蔽なんて絶対いつかバレる。リスキーすぎるのだ。
だけど幸いと言うべきか、私は食事を取る必要がない種族だ。
日々生きていくだけなら、それこそ酒場で働いてれば最低限の精気は掠め取れる。なんか嫌だなこの言い方。
だけどそれは言ってしまえば、調理もされてなければ洗ったわけでもない生野菜を丸齧りするのを繰り返しているようなもので、結果的に腹は満たされるけど食の充足は到底得られない。
一番満足感を得られる吸精は、まぁそりゃしこたま溜まった雄とのニャンニャンなのだが……これでも私は元男。そういうのは色々と抵抗がある。
「お邪魔しま〜す」
と言うわけで、今夜は冒険者御用達の安宿に侵入いたしま〜す。
大丈夫。私みたいな夜の魔物は特に隠密行動が得意だ。特に私は“影化”と言って、ほとんど夜の闇に溶けこむ事ができる。その間はゆっくりとしか移動できないってデメリットもあるけど、戦うわけでもないんだから充分だ。
「あったあった」
そうして足音一つさせず、私は一階奥の部屋の前に立った。
さらっと鍵も拝借してきたよ。後でちゃんと返すし、盗みに入るわけでもないからノーカンだ。
解鍵音は消せないのでゆっくりと鍵を差し込んで回し、開ける。
「……ごぉ〜」
木組みの簡素なベッドに身を横たえていたのは……ルイズさんだ。
今日の昼、こっそりとルイズさんがどこに泊まるのかを“影化”で聞いていたのだ。特にアクシデントもなくちゃんとルイズさんの部屋で良かった。
「それじゃ……」
私は、文字通りルイズさんの枕元に立つ。
「いただきます」
手を伸ばし、人差し指の先を近づけ……。
ルイズさんの耳の穴の中に。
「んんっ」
指先が耳をくすぐった僅かな感触が彼を起こす前に。
私はその場から消えていた。
───。
わぁ。
オイルまみれ。
◆
「んんっ……?」
「朝か……なんか、夢見てたような……って、うおっ!!?」
「……クッソ。何履けばいいんだよ……」
食事ってことは、オリーブオイルやろなぁ……。