「……メリリア先輩、何してるんですか」
「いやぁ」
私は、マシロちゃんから注がれる冷たい視線を受けて冷や汗を掻いていた。
「なんだろうね……」
そこには、空気椅子で足がプルプルになっている私がいた。
「トレーニングよ」
カウンターから出てきたアズ先輩が、赤毛のモフモフヘアーを揺らしながら言う。
「トレーニングって……これがですか?」
「えぇ。空気椅子は下半身を鍛えるのに向いてるから。やってもらってるの」
「どうしてそんなことを?」
「だってメリリアが言うんだもの」
アズ先輩が、ファサ……と髪を揺らした。
「“媚び”を教えて欲しい、って」
「……」
そう、そうだ。確かに私はそう言った。
そして今、私はその発言を猛烈に後悔している。
「意味わかんないんですけど」
「私もわからないんだけど!何これアズ先輩!」
「だから言ったでしょう。トレーニングだって」
「なんのだよ!!」
私はすでに限界を突破した太ももを支えながら叫んだ。
「いい?メリリア。大事なのは姿勢よ。わずか数歩を歩く所作でも、相手に与える印象は大きく違うわ。堂々とした姿勢は、安定した足の支えあってこそなの」
「それとさっきの話関係ないと思うんですけどー!!」
「“媚び”は、洗練された体の動きなの」
「やっぱり意味わかんねー!!」
声を1オクターブ高くするとか、前屈みになるとかそういうやつじゃないんか!!
「アズ先輩。もう見てられませんよ。メリリア先輩をこの苦痛から解放してあげましょう」
「ダメよ。まだ腿が充分プルプルしてないじゃない」
「地震でも起きてんのかってくらい揺れてると思いますが」
そう、すでに私の筋肉痛マグニチュードは7.5に達している。これはもはや災害クラスだ。
「痩せちゃう! 痩せちゃう〜〜!!」
「ほら、限界超えて出来もしないこと言ってますよ」
「マシロォ!!」
てめ〜〜〜!!!
「……そうね、そろそろ充分でしょう」
アズ先輩が壁掛け時計を見て、頷いた。
「あと10分やったら5分休憩ね」
「グオオオオオオ!!」
空気椅子ドラゴン、爆誕。
◆
「ゼェ……ゼェ……!!」
全ての体力を使い果たして、地面に倒れ込む私の頭がポンポンと撫でられる。
「よくがんばりましたね、メリリア先輩」
「……マシロちゃん」
私を覗き込むのは……このファンタジーの世界観にはまるで合っていないパンク系のファッション。
耳、臍とバチバチにピアスを開け、黒色の髪には青色のメッシュが入っており、黒いネイルを付けた指先で私の髪を撫でる少女。
その真っ黒な全体印象とは真反対の名前を持つ“マシロ”ちゃん。
「止めてくれても……良かったんじゃない……?」
私は息も絶え絶えで、そう言った。
「止めたじゃないですか。アズ先輩がダメって言っただけで」
「もっと……積極的に……止めてくれたら……嬉しかった、かも……ゼェ……」
空気椅子、マジでキツかった。
いや、私って人間じゃないから体は結構強いんだけどさ……単純に筋力の問題でどうこう出来る辛さじゃないよね。
同じ姿勢を維持し続けることはキツいのに、バランスを崩して姿勢が乱れればもっとキツくなる。“もう限界”が10回くらい来るような感覚。
「私、今日は仕事行けない……」
「えぇ。マスターもアズ先輩も、今日は休んでいいって言ってましたよ」
クソッ……そういう気は回るのかよ……!!
「安心してください。今は冬ですから。そんなにお客さんは来ませんよ」
「そういう問題じゃない……」
いや、まぁ確かにそれも重要な問題ではあるけどさ。
「……メリリア先輩」
「うん……?どうしたの……?」
「ありがとうございます」
私の頭をさすさすと撫でていた手が止まる。
私は首を傾げた。
「? なにが?」
「メリリア先輩のおかげで、私は今ここにいますから」
「……あ〜」
私はゆっくりと体を起こした。
「あの時は、必死だっただけだよ」
「その必死さのおかげで、今私は生きていられるんです。ですので……」
さわ、とマシロちゃんの手が私の髪を撫でる。
「ありがとうございます。メリリア先輩」
……うーん。
なんだか、こう正面切って感謝を伝えられると……。
恥ずかしいな!!!
いや、いいんだけど!!
「……さて、じゃあ後片付けを頑張りましょう。メリリア先輩」
「……そうしよっか、マシロちゃん」
私はゆっくりと立ち上がって。パンパンと服についた砂埃を払った。
「メリリア先輩は休んでていいですよ。足ガクガクでしょうし」
「いいんだって。ま、まぁ確かにあんなの初めてだったから? まだこう、股の辺りの違和感すごいけどさ……」
私はポリポリと頬を掻いた。
「この疲労感がちょっと、心地いいって言うか……」
ガタンッ
「あ、あ……」
入り口の方から音がして、私とマシロちゃんが視線を向ける。
「? ペレネジャさん?」
そこにいたのは、お店の常連の一人で冒険者のペレネジャさん。
ルイズさんと同じパーティ、”悪鬼羅刹“のメンバーの一人。
……今更だけど、このパーティ名なかなか凄いな。
「メ、メリリアちゃん……う、嘘だよな……?」
「え?何が?」
酒場はまだ開店時間じゃない。
:だけど、単に駄弁り目的で”ヒツジ亭“に通う人は多くいる。彼もその内の一人だ。だけど、今日のペレネジャさんはどこか様子がおかしかった。
まるで信じられないものを見たような目をして、手に持っていた長剣も落としている。
……信じられないもの?
私は直前の自分とマシロちゃんの会話を思い返した。
『足ガクガクでしょうし』
『あんなの初めて』
『股の間の違和感すごい』
『疲労感がちょっと、心地いいっていうか……』
……。
「ペレネジャさん?」
「……」
「違うからね」
私は真顔になってペレネジャに断言した。
「何も起きてないから」
「……メリリアちゃん」
ペレネジャさんは、動揺していた表情から一転。堂々とした様子で前を向く。
「……なに?」
私は僅かな不安と共にペレネジャさんに問いかけた。
「俺、女の子同士の仲には……理解、あるからさ」
「違ぇよ!!」
「いえ、違いませんよ」
「マシロちゃん!?」
「私たち、そういう仲です」
「マシロォ!!」
てめぇ〜〜〜!!
「そうか。道理でメリリアちゃん、浮いた話が全然なかったんだなぁ。結婚とかしててもおかしくない年齢なのに、全然そういう気配とかなかったしな」
「はい。ですので、残念ですがメリリア先輩は諦めてください。すでに先約がおりますので」
「いないから!!」
「ですが、メリリア先輩が男性にそこまで興味がないのは事実だと思います」
「興味なくな……!!」
「……」
「……」
……いや、まぁ、それは、うん。
元男だから、そりゃ、そうなんだけども。
「で、でも女の子にしか興味ないわけじゃ……!!」
「……」
「……」
「わけ、じゃ……」
……いや、でも。
私は今のところ、男女どちらであっても恋愛対象としては見ていない。それは私の精神と体がどちらの趣向も残していて、そしてお互いに相殺し合っているからだ。
だけぢ、あえて恋愛対象が男性か女性どっちかと言われたら。
……それは女の子、なのか、も。
「……」
「ほら」
「ほらじゃない……!」
マシロちゃんの頭をパシンと叩く。
だけどそこに込められた否定の色は、随分弱くなってしまった。
これじゃあまるで……。
「認めたも同然、だな」
「ですね」
「……くっ」
否定……し切れない!!
なんてこった。
「先輩、先輩」
歯をギリギリと食いしばっていると、ちょんちょんと肩を突かれた。
マシロちゃんだ。
「……何やってんの」
マシロちゃんが、いきなり何もないところで腰を落として、足をプルプルと震えさせていた。
「“媚び方”、覚えておこうかと」
「……」
……さいですか。