前方1km先に敵小隊確認、銃器を持った歩兵と戦車一両、対してこちらは銃器を持った精鋭5人、他敵影ナシ。
「隊長!いかがなさいますか!」
「構わん突撃だ!俺に続けぇ!」
飛び交う弾丸、不意に投げ込まれる手榴弾、引っ掛かれば死にかねないトラップ、無限軌道は絶望の足音、空に爆撃機の影が見えれば全力回避行動。
そんな毎日が俺の日常だった。
だった。
「うむ!播磨一郎トレーナー!これからよろしく頼む!」
にゃー
「承知いたしました、最善最短で導きましょう。」
何故トレセンで働くことになっているのだ。
底知れない緑のウマ娘にここでのルールを叩き込まれた俺は早速自分の担当をスカウトするためにレース場へと足を運んだ
にしてもスカウトとは何をすればいいのだろうか、どんな未熟な兵士も鉄火場をいくつも潜れば立派なソルジャーだ。まぁダメなやつは死んでいくってだけの話なんだが。
今回見るレースは芝・中距離、比較的人口の多いレースだ。
目につく選手は...そうだな、一枠一番、名はサクラバクシンオーか、この中では1番筋肉が付いているなそれくらいしか分からんが、
本当になんで俺はトレセンに移動させられたんだ。
「あの!播磨トレーナーでしょうか?」
背後から声がかかる、この女足音が一切しなかったな、こいつもタズナと同じ類いか?
「はい、私が播磨一郎です、失礼ですがあなたお名前を聞いてもよろしいでしょうか。」
「わぁ!やっぱりあなたが播磨トレーナーでしたか!私は桐生院葵と言います、たずなさんから一目見れば分かるって言われてたんで、ピンと来ました!」
こいつ...やはりタズナと同じ類いだったか、その小柄な体に見合わぬ筋力、それはさながら人サイズの猫科の如し。
歩法も常人のそれとは違う、気配を殺している。
「失礼ですが桐生院トレーナー、武術の心得は?」
「?ええ、一通りは修めるのが家の方針でしたので、あ!それよりレース始まっちゃいますよ、行きましょう播磨トレーナー!」
ここがトレセンッッ、強者揃いだ!
『各馬ゲートに収まりました』
「始まりますよ、播磨トレーナー!」
最初は後ろの方で見ようと思ったのだが先に着いていた先輩トレーナー方からあれよあれよと言う間に最前線へと送られてしまった、なるほど、新兵ほど前線に出て慣れろと言うことか、中々にスパルタだ、
ただ気になったのが皆が口を揃えて「あれが噂の」とか「例の」とか言うのは何だったのだろうか、やはりこの桐生院トレーナーは余程の強者だったのか。
『スタートです』
「バクシーーン!!」
スタート直後爆発の如きスタートダッシュを決めたウマ娘、先ほど見ていたサクラバクシンオーだ、
見た目の筋肉量に合った素晴らしい爆発力、いやここは爆進力と言うべきだろうそれには思わず舌を巻く。
中断後ろには桐生院トレーナーが目をつけていた芦毛のウマ娘、ハッピーミークが足を溜めているのが見える。
多くのウマ娘たちが自らの才能やペースに合わせた走りをできていない中ハッピーミークはそれを成し得ていた。
そしてもう一人、ペース配分は置いておくとして天賦の才を100%生かして走るウマ娘、サクラバクシンオーだ、
スタートの反応力、風を切る推進力、後ろからの圧に負けない肝。
素晴らしい、だが流石に中盤で20馬身位差をつけて走るのは足が持たないだろう。
終盤に差し掛かった頃にサクラバクシンオーの足がガクッと落ちた、スタミナ切れだ、約1300mあのウマ娘は全速力で走り抜けたのだ。
つまりは短距離であればあのウマ娘は理論上スタートからゴールまで足を使う事ができると言う事だ、しかし代償無しとはいかないだろう、あまりにも足への負担が大きすぎる。
失速したサクラバクシンオーだったが稼いだ馬身は距離にして60m、それは大きなアドバンテージであり一歩一歩を根性でゴールへと足を走らせる。
しかし残り700mの前では60mのアドバンテージなど無いに等しくサクラバクシンオーが必死に足を動かす中、他のウマ娘たちは次々と追い越していき結局レースで1着を取ったのはハッピーミーク、決め手は終盤での大外一気であった。
レースが終わるとトレーナー達は各々の目的のウマ娘達にアプローチを掛けに行っていた。
なるほど、これがスカウトか、やはりと言うか1番に人が集まったのはハッピーミークであった、どこかほやほやした雰囲気のウマ娘だったが流石にあの物量と熱量には困惑気味である、桐生院トレーナーはどうやら後ろの方で機を伺っているようだ、
うむ、素晴らしい気配遮断だ、やはり只者では無いな。
そして2位、3位と集まるトレーナーは減っていき私の本命に集まったのは数人であった。
「サクラバクシンオーちゃん!貴女は素晴らしい才能を持っているわ!私と一緒に短距離の重賞を総なめしましょう!」
「サクラバクシンオー君!君はスプリンターの天賦の才を持っている、君ならウマ娘界の最速だって夢じゃ無い!」
やいのやいの、各々がサクラバクシンオーを褒め称え我と共にと声を張る、が。
「私はステイヤーになりたいのです!私の爆進は未だ未熟ですが、いずれ3000mだってバクシンできるようになります!なので!申し訳ありませんがスプリンターには成りません!」
ピシャリと言い放った。
それに周りのトレーナー達は狼狽えるが、さすがはプロと言うべきか即座に理論武装を展開し終え、スプリンターの素早さを説きにかかった。
しかしそれでもバクシンオーの気は変わらないらしく周りのトレーナー達は悔しげに去って行った。
しかしどうしたものか、スプリンターとして先輩トレーナー方から天賦の才や最速を目指せると言われるほどの逸材。
下手に私のような新人が手を出していいものなのか。
云々考えているとサクラバクシンオーと目が合った。
「そこの教官みたいなトレーナーさん!私と一緒に最速のステイヤーを目指しませんか!」
「私は播磨一郎だ、少し時間をくれ、考える。」
まさか逆スカウトされるとは、しかし長距離か、素人の私から見ても彼女の才は短距離にある事が分かる、それを捨てステイヤーを目指すと言うのは如何なのかと言う気持ちも大いに分かる、
戦場では色々な人間が集まる、俺の部下も兵士になんかなってなかったら別の場所で大成していただろうやつが大勢居た。
しかしだからこそ思う事がある、才能ってやつはどんな過酷な逆境でも輝くものなのだと。
「サクラバクシンオー、お前は何も別に短距離を走らずに長距離だけを走るってわけじゃ無いんだろ?」
「そうですね!私の目標はステイヤーですがその為であれば短距離でもダートでも走りますとも!」
要は3000mでも全力で走れる体づくりをしてやれば良いのだ、規模は違うが俺は装備を着るだけで潰れていた部下をフル装備で一日中行軍出来るまで鍛え上げたのだ、今更どおってことはない
「わかった、じゃあ俺と契約しようサクラバクシンオー、俺がお前を最速のステイヤーにしてやる。」
サクラバクシンオーの瞳の桜がいっそう明るく輝いた
「播磨トレーナー!私の名前はサクラバクシンオー!どんな距離でもバクシンしてみましょう!」
レース場を見守る三女神像が微笑んだような気がした。