ルフィと対峙した敵に運とタフネスが足りなかった世界   作:浅学寺のえる

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受け継がれる意志、人の夢

 ミス・オールサンデー。バロックワークスにおけるNo.2であり、正体を隠すボスに代わり実質的な運営を一任されているのが彼女である。彼女にとって、クロコダイルという男は理想の協力相手だった。これまで隠れ蓑にしてきた裏組織は数しれないが、それらとはある一点が決定的に違っているからだ。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読。組織の目標にこの条件が必要不可欠である以上、ミス・オールサンデーこと〝悪魔の子〟ニコ・ロビンの安全は保証される事となる。もはや、古代文字を読むことができる人間は彼女以外には存在しないのだから。

 

 政府へと身柄を売られる心配の無いこの数年間は、彼女の人生に置いて稀有な時間であった。

 されど、クロコダイルはあくまで打算ありきの協力相手。決して、信頼の置ける男にはなり得ない。アラバスタに眠る歴史の本文(ポーネグリフ)を解読してしまえば、そこで終了する関係。その先の〝理想郷〟に、ロビンは興味を持てない。彼女の願望は、真の歴史を知る事。どこまで行っても、その〝夢〟だけは決して変わる事はない。

 

 

 〜 カジノ・レインディナーズ執務室 〜

 

 「まさか、このタイミングでMr.2が離反するなんて……!?」

 

 計画も大詰め。オフィサーエージェントの到着を待つばかりとなったロビンの元へ、一風変わった手紙が届く。報告書と同様のルートで届いたそれであるが、内容自体は彼女個人へと向けたものの様だ。偉大なる航路(グランドライン)の島だというのに、時候の挨拶から始まる丁寧な文面。それを読み、差出人を再度確認するロビンだったが、先程と同様にMr.2 ボン・クレーと記されている。普段の言動からは結び付かない真面目な文章に、まさか第三者が名を騙ったのかと警戒心を高めるロビン。だが手紙の最後に付いていた大きなキスマークを目にした瞬間、その疑念は吹き飛ぶ。そして、ようやくこれが組織への絶縁状なのだと理解したのだった。

 

 長い文章の要点を纏めれば「Mr.3は既に死亡しており、その帰還途上でモンキー・D・ルフィと親交を結び、王女ビビに絆されたので、部下を引き連れ旅に出る」たったこれだけの内容だ。ロビンへの感謝なども綴られているが、今はどうでもいい事だ。計画の最終段階で必要な人材が、軒並み居なくなったという事実が大問題である。コブラ王へと成り済ます任務は、Mr.2が適任だった。変装が得意なMr.3も代役候補だったのだが、彼は既に故人。次点で候補となる潜入や変装を得意とする人材はみな、Mr.2と共に去ってしまった。彼らには、国王軍や反乱軍に扮して開戦の火蓋を切る役割もあったというのに──しかしここまでならば、まだどうにか計画の修正が効く範囲ではあるのだが……

 

 「最大の問題は、モンキー・D・ルフィ。まさか、こんなにも頭のキレる人物だとは思いもしなかったわ」

 

 ロビンが知り得るだけでも、ウイスキーピークでのミリオンズ大量虐殺。Mr.3の殺害。Mr.2とその部下達への扇動。と、確実にこちらの戦力を削ってきている。その事実を踏まえれば、最近になって音信不通となった者達──〝13日の金曜日(アンラッキーズ)〟やナノハナに入港した筈のビリオンズ50人も、死を呼ぶ一味に消されたと考えれば辻褄が合う。若い海賊にしては周到すぎる見事な手腕。彼女は内心でクロコダイルを周到な男と評価していたが、モンキー・D・ルフィはそれを軽く凌駕する傑物。まるで真綿で首を締めるかのように、着々と組織を崩壊へと導いている。ロビンは、自身の首へと巻き付く糸を幻視する。そして、恐れに支配された彼女の脳裏には、最悪のシナリオが浮上していた。

 

 Mr.2へ出した指令書の内容は十中八九、一味へと露呈している。ならば当然、集合したオフィサーエージェントは一網打尽にされている筈。戦闘力に長けた彼らだが、行動を読まれる不利は覆せないだろう。なんせ相手は、あの死を呼ぶ一味なのだ。狡猾な罠を仕掛けているに違いない。

 明朝、クロコダイルがオフィサーエージェント達の前に姿を現し、計画は最終段階へと移行する予定だったが……もはやそれは叶わないだろう。予備人員を手配するにしても、盗聴を警戒し〝電伝虫〟の使用を禁じた現状では、どれだけの人員が消されているのか確認の取りようがない。たった数名のルーキー海賊によって、計画は完全に破綻してしまったのだ。

 

 「……これは、潮時かもしれないわね」

 

 クロコダイルが拠点を構える町〝レインベース〟──夜中でも灯りが消える事のないこの歓楽街から、闇夜へと溶けていく女性が一人。手配した〝F-ワニ〟の背へと乗り込み、東へと激走させる。アラバスタで二番目の俊足を誇るこのワニならば、目的地への到着まで4時間程度。丁度日付が変わる頃合に、最後の望みへと辿り着ける事だろう。

 

 

 〜 アルバーナ宮殿 〜

 

 深夜。見張りの兵士以外が、みな寝静まった宮殿にて王の寝室へ一人の闖入者が現れる。高い城壁に囲まれた宮殿であるが、悪魔の実の能力者ならば侵入する事は容易。警備の手薄な北側から階段状に複数の腕を()()()()事で、誰にも発覚されずニコ・ロビンは城壁を越える。城壁さえ突破してしまえば、彼女にとっては王の寝所へ到達したも同然。夏島のため開放的な造りをした宮殿は、先程の様にロビンの能力を活かせば何処からでも出入り可能だからだ。寝所の位置も、既に調査済み。黒髪かつ黒衣を纏った彼女は、夜の闇に紛れながら静かに目的地へと辿り着く。

 

 「……やれやれ、こんな夜中に美女が訪ねてくるとは。私もなかなか捨てた物ではないな」

 

 「落ち着いているのね、Mr.コブラ。そのまま黙って聞いてくれるのなら、これ以上手荒な真似はしないわ」

 

 ハナハナの実の能力によって四肢を拘束されたコブラ王は、騒ぎ立てる事なく対話を試みた。そしてロビンは語る──この国の裏で起きていた陰謀の数々、王女ビビが無事であること、護衛隊長イガラムを密かに生存させていることを。

 裏組織に身を置いてきたロビンであるが、その実殺人は極力避けている。ビビとイガラムに関しても、万が一を想定しコブラ王への取り引き材料として生存させる……という建前で、計画の綻びを論理的に誤魔化し、殺人を忌避する自分自身の心を無意識に守っていた。皮肉にもその万が一が起きてしまった現在、切れる手札は全て使って是が非でも歴史の本文(ポーネグリフ)へと辿り着く魂胆の彼女である。有り体に言えば、勝算など全く見込めないやぶれかぶれの行動。聡明な彼女であるが、長年かけた計画が成就直前で破綻してしまえば捨て鉢にもなる。

 

 「そんな話の何処を信じろと言いたい所だが……確かに辻褄は合う。しかし、一つだけ腑に落ちんな。君がここへ侵入してまで、自らの罪を告白する理由が判らん。よもや減刑が目的でもあるまい?」

 

 「話が早くて助かるわ。私の目的はただ一つ、空白の100年を知ることよ。国を混乱させた罰は、それが叶った後に幾らでも受けるわ」

 

 「なんだと!?」

 

 語られぬ歴史。その話題が出た事でコブラの顔色が変わる。彼もまた、多くの書物から過去の歴史を学んできた人物。この世界に存在する大きな謎、アラバスタ王家に遺された800年前の手紙。もし叶うならば、遠い過去から託された先祖の願いを自身の手で成就したいと考えている。

 そんな思いを知ってか知らずか、ロビンは続ける。自身がオハラの出身であること、古代文字を読めること、そして〝真の歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)〟を求めているという悲願を打ち明ける。

 

 求める物が同じ二人は、止まる事なく語り合う。気が付けば、遠くの空は白み始めていた──

 

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