ルフィと対峙した敵に運とタフネスが足りなかった世界   作:浅学寺のえる

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悪夢の終わり

 クロコダイルは慢心していた。相手は偉大なる航路(グランドライン)へ入って間もない小僧。話題性だけで、分不相応な額をその首へとかけられた哀れなルーキー。早期段階で七武海への打診を受けたクロコダイルは、元の懸賞金額こそ8100万ベリーであるが、懸賞金額は必ずしも強さの指標と同等と言う訳ではない。勿論、戦闘力も考慮されるが、基準となるのは世界への危険性。仮に現在のクロコダイルの危険性を、海軍が正確に把握できていれば数億の懸賞金がその首にかけられるだろう。研鑽を積んだ能力者であり、知略に長けた狡猾な男。裏社会とも深い繋がりを持ち、秘密裏に大きな野望を成し遂げようとする危険な男。

 そんな男が、新参者になど遅れを取る事は決して無い──決して、無いはずだった。

 

 「グ、ハッ……!?」

 

 「うっし、当たった! じゃあ、ビビ。父ちゃんに会いに行くんだろ?」

 

 「ええ! でも、あの男の〝右手〟に気をつけて! 捕まればミイラにされてしまうわ!」

 

 国の英雄として活躍しているクロコダイルは、能力の一端が周知されている。身体を砂へと変じる能力。右手で触り、対象を干からびさせる能力。だがこの二つの能力は、彼にとって知られた所で何の問題もない。これらは図鑑にも乗っている〝スナスナの実〟の基本能力に過ぎないからだ。並の海賊が相手ならば、隠しておきたい手の内は伏せたまま、基本能力だけで圧倒できてしまう。ここ数年、彼に能力を駆使させるような海賊は現れていない。前半の海というこの場所は、それ程までにぬるい場所なのだ。

 そんな男がたった今、渾身の一撃を顔面に受け地面へと倒れ伏している。油断と慢心から生まれた隙を見事に突かれ、蟀谷(こめかみ)は拳の跡に凹み、額から流れ出る血は止まる気配を見せない。

 

 「わかった! お前らも気を付けろよ。〝オッサンデート〟って奴がまだ残ってんだろ?」

 

 「オールサンデーよ、ルフィさん。あの女が姿を見せないのが不気味だわ。私達は、国王軍に状況を話しに行くけれど……本当に一人でいいの?」

 

 「ああ! その方が思う存分やれる!!」

 

 当初からルフィはサシの勝負を望んでいた。ビビが折れた事で、今それが実現する。まだ残る敵の最高幹部ミス・オールサンデー。サンジとビビ以外が満身創痍の状況で、相手が女性となればビビにしか対処できない。時折核心を突くルフィに、そう指摘されてはビビも納得するしかなかったのだ。仲間達は各々でルフィを激励し、首都へと続く大階段を登っていく。

 

 倒れ伏した男は、会話の節々から自身の計画が瓦解したのだと悟る。しかし腑に落ちないのは、オフィサーエージェントが全滅したというのに、ニコ・ロビンが何も手を打っていないという点。その理由を考え、あの女は歴史の本文(ポーネグリフ)の元へ向かったのだろうと思い至る。その所在は国家機密。情報をどう抜き出すつもりかは判らないものの、数年間の付き合いで大まかな動向くらいは読む事ができる。

 目標の一つ〝古代兵器プルトン〟への道は、まだ絶たれていない。コブラ王へ企みが露呈した所で、この国の軍隊など取るに足らない存在なのだ。世界政府が戦力を向けてくる前に、ニコ・ロビンから情報を聞き出せばプルトンの入手は叶う。叶うのだが、それは──

 

 「クハハハハ……! このおれに()()を強いるとは、恐れ入ったぜ〝死を呼ぶ麦わら〟!!」

 

 「ダキョー? よく分かんねェけど、まだやんだろ? おれも、全然ブッ飛ばし足りねェ!」

 

 

 第二ラウンドが始まる。

 油断も慢心も捨てたクロコダイルは、先程の様に攻撃を当てさせてはくれない。それどころか、攻防の隙を突かれ徐々にルフィの傷が増えていく。痺れを切らし、ルフィは〝ガトリング〟を打ち込むも胴体に無数の穴を開けるだけで攻撃はすり抜ける。エースとの特訓を終えたルフィであるが、完全に自然系(ロギア)の実体を捉えられる訳ではないのだ。最初の一発は、強い意志を乗せたからこそ当てる事ができたが、本気のクロコダイルを相手に次の機会は早々訪れない。ビビが忠告した右手に捕まらないよう立ち回り、砂の斬撃を回避し、左手代わりのフックにも警戒しなければならない。これまでルフィが敵対した者の中で、間違いなく最強の敵だった。

 

 一方クロコダイルは〝覇気〟を警戒していたものの、その練度の低さを知ると余裕が生まれる。なにも格闘だけが海賊の闘いではない。砂漠で自身へと挑んだ愚かさを思い知らせてやると言い放ち、右手で地面へと触れる。するとルフィの足元へ流砂が生み出され、まるで蟻地獄に落ちるかのように、ルフィは砂へと飲まれていく。しかし、腕を伸ばせるゴムの能力ならば脱出する事は可能。砂漠にある朽ち果てた遺跡の一つへ手を伸ばし、無事に瓦礫の石柱を掴むルフィ。だがそれと同時に、自身の腕にも誰かに握られた感触が走る。視線を向けた先には、警戒していた右手──複数の指輪で彩られたクロコダイルの〝渇きの手〟がそこにあった。

 

 「ぐわああ!? 腕がミイラになったー!?」

 

 咄嗟に逆の腕でクロコダイルの顔面を殴り、全身のミイラ化は免れたルフィ。しかし、片腕が干からびたままでは戦闘もままならない。水を飲めば回復しそうだと直感するも、この場に水など存在しない。アルバーナ南東の砂漠地帯は、遺跡以外には木が数本生えているのみ。だが幸運なことに、その木々には実がなっていた。ルフィは本能的にヤシの木をよじ登り、その実へとありつく。硬い表皮を無理やり握り潰し、中の果汁を飲み干すことで干からびた腕を復活させる。

 

 「猿みてェなヤロウだ……! だが、もうその手は使えねェ。この掌に伝うもの全て砂へと還る!──〝侵食輪廻(グラウンド・デス)〟!!」

 

 「い!!?」

 

 遺跡も、ヤシの木も、全てが砂へと変わっていく。一番背の高い石柱へ避難したルフィだったが、どんどんと下から砂に飲まれていき足場が無くなるのも時間の問題だ。危機的な状況だが、その一方でチャンスでもあった。空中へ飛び上がったルフィは、手を付いた状態で地面から動けないクロコダイル目掛けて、両足を伸ばし〝槍〟を放つ。その攻撃は、またしてもクロコダイルの顔面を捉え、そのまま衝撃で跪かせる程の威力となった。

 先程から顔面への攻撃はすり抜ける事がない。そう確信したルフィは、エースの言葉を思い出す──覇気を修得できずとも、弱点を付けば自然系(ロギア)は倒せる──クロコダイルの顔面と他の場所で大きく違う点は、額からの流血。それで攻撃が当たるのなら、濡れる事が弱点。半ば直感で弱点を見抜いたルフィは、自らの拳も既に血まみれな事に気付く。

 次にルフィが打ち込んだ一撃は、胴体をすり抜ける事なくクロコダイルに血を吐かせる事となる。

 

 覇気は思い込みの延長線にある。派手に流血したクロコダイルの頭部は、確かに〝濡れる〟という弱点が成立していた。しかし、ルフィの拳を纏う血は乾いて固まっている部分も多い。この拳で攻撃が当たる事実こそ、思い込みによる覇気の兆候。ルフィの拳は武装硬化こそしていないが、自然系(ロギア)の実体を確実に捉えていた。

 

 

 格闘戦ではルフィに軍配が上がる。渇きの手を躱され続けたクロコダイルは、ついに切り札を出す。フックの中に隠した毒針を解放し、怯ませる目的でサソリの毒の危険性を語る。しかし、それを聞かされてもルフィが動じる事はない。海賊の世界で卑怯などと罵る事はしない。敵が何をして来ようと、自分の目的は変わらないのだから。

 毒に全く怯まないルフィへ対し、クロコダイルは問いかける。

 

 「ぜェ、ぜェ、テメェはこの国に……いや、あの王女に何故そこまで身体を張る? 既に毒が回って、どうあっても死は免れねェその身体で……!」

 

 「おれがアイツを死なせたくねェから、お前をブッ飛ばすんだ! だから! それまでおれは、死んでも死なねェ!」

 

 二人の会話は、これが最後となる。死を覚悟した上で、ルフィはクロコダイルを倒すまで一切死ぬ気はない。気概だけで毒の回りが遅くなる事などあり得ないのだが、サソリの毒に侵されてなおルフィの攻撃が緩む事はない。毒針を圧し折られたクロコダイルは、フック内部に仕込んだ刃物で応戦する。その突きを屈む事で躱したルフィは、クロコダイルの懐へ潜り込み渾身の力で蹴り上げる。空中へと舞い上げられるクロコダイル。ルフィは大きく息を吸い込み、何重にも身体を捻る。そして一気に吐き出し、空気を推進力とし螺旋を描きながら宙を飛ぶ。

 

 「おおおおおおおッ!!」

 

 暴風雨(ストーム)の如き拳の乱打が、クロコダイルの身体をどんどんと打ち上げる。既に意識を失っているクロコダイルは、雲を突き抜け天高く吹き飛ばされる。高さはゆうに、地上から2000メートルの距離まで届いている。その姿を見上げ、ルフィはある事に気付く。雨だ。雨が降り始めた。

 

 ようやく落下を始めたクロコダイルは、雨雲を再び突き抜け遠く離れた荒野へと落ちて行く。仮に意識を取り戻していても、もう身体を砂に変える事は不可能だろう。地面への衝突を見届けず、ルフィは身体を操る糸が切れたかのように倒れこむ。己の死を覚悟した男の顔は、穏やかな笑みを浮かべていた──

 

 

 

 直後、地を揺るがす程の轟音が鳴り響く。クロコダイルが落下したその場所は、彼が用意したアジトの一つ。直径5キロを吹き飛ばす〝巨大爆弾〟を製作する為に誂えた場所である。計画の上では、既に時計塔へと運ばれている筈のそれは何故かまだこの場にあった。そして、大量の人々を虐殺する目的で用意されたそれは──たった一人の男を灰燼に帰すだけでその役目を終えた。

 

 

 振り続ける雨を前に、国を蝕む悪夢が終わったのだと誰もが直感し、身体が濡れる事も厭わず人々は恵の雨に歓喜する。もはや、爆発が起きた事など誰も気にしていなかった。




次回で一旦、区切りとなります。
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