雷陽と黒龍   作:四ツ鼓的な

10 / 14

 注意書きが連続となり申し訳ありません……
 ⚠️原作キャラ崩壊をいつも以上に含む。



グレートウォールのグレートロード

 

 世界において、少年サッカーは一大興行として周知される。

 大小問わず各チームの選手たちは、各自名刺がわりに“ライセンス”の作成及び発行を規則として行い、その登録されたライセンスを公的宣伝材料代わりに使用することもその一環。

 

 ライセンスには、名前や本人の写真以外にも正ポジション、所属チーム、FFIならば世界少年サッカー協会の認定標等が記載される。

 

 そして選手の持つ“二つ名”もまた、記載事項の1つ。

 

 “美濃道三のグレートウォール”

 それが、岩垣登郎に与えられた二つ名だ。

 母校の名と、極限に近い大構造とを組み合わせた誇り高き“異名”。

 

 ただ、世界と比べれば、あまりにちっぽけな名でもあった。

 

 今年度のフットボールフロンティア。

 地区大会早々にして、“難攻不落”という母校の誇りに傷を付けた。

 

 岩垣登郎という“美濃道三のグレートウォール”が尽力しても、他校の一矢にその城砦は崩れ落ちた。

 

 屈辱だった。

 屈辱と同時に、理解した。

 

 ――お前に、【美濃道三】から出る資格はない。

 

 チームの誇りは決して揺らいでいない。

 “難攻不落”は失わせない。

 壁山塀吾郎の教えを無駄にはしない。

 ……日本代表の挑む巨壁に、自分も。

 

 つまるところ――

 

「――オレはどこに行けば良い?」

 

 向く道全てが岩垣を肯定する。

 向く道全てが岩垣を否定する。

 

 そんな中で、岩垣登郎の絶対がひとつ。

 

 

 ピ――――――ッ!!

 

 

 試験開始(ホイッスル)だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 稲森と氷浦の聞いた岩垣の言葉――その翌日。

 イナズマジャパンの合宿は、以前と変わらず続けられている。

 

 現在は、施設内の大部屋を使ったミーティング中。それも、終わり間際。

 

 

「では、一度解散とします♪ 遅刻はなさらないように」

 

 

 いつも通りの脱力調子な敬語で言った趙金雲が、子文を連れて部屋を後にする。

 

 岩垣もまた普段のように、キチリとした態度で――稲森明日人の瞳越しにはどうもぎこちなさそうに、いつもより大きな歩幅で部屋を出ていってしまう。

 彼を気にかけて悩んでいるのは、稲森自身と氷浦くらいのものだろう。

 

 イナズマジャパンの他の面々は、立ち上がるタイミングや歩調こそ違えど皆同じように部屋を去るべく席を離れていく。

 真剣な静寂が、少しずつ緩められていく。

 

 稲森は立てなかった。

 

「…………」

 

「……どうする?」

 

 氷浦は、稲森と比べてずっと冷静だ。

 サラリとした表情で平静を保ちながら――きっとここから先も態度が破綻することはないだろうに、立たずに座ったままでいる。稲森の感情を気遣ってのことだろう。

 

 ……ただ、それでも岩垣対してどう動くかは測りかねているのは明らかだった。

 

 

「――オイ、大丈夫か? 稲森」

 

 

 そして、それを見逃す円堂守(キャプテン)ではないらしい。

 

「円堂さん……」

 

 定まらなかった視線を上げると、円堂が穏やかな双眸と視線が交差した。

 円堂の傍には、豪炎寺がいる。

 

 説明するまでもなく、円堂守はイナズマジャパンにおいて誰よりも頼れる――頼るべきであるチームの柱。

 

 そして岩垣の一件はチームの問題だ。

 黙って得はない。信頼を摩耗させるだけ。

 

 偶然知った。

 ただそれだけの者のみで責任を負うことは、何の競技――何のチームであれ不健全だ。

 

 むしろ知ってしまった者にこそ、猜疑の目が向きかねない。

 

「――な、なんでもないです! 今日も頑張りましょう!」

「オイ明日人……っ」

 

「ああ! もちろんだ!!」

 

 稲森は、隠す選択をした。

 

 ――『円堂さんとはまた別に』

 

 ……自分は、円堂守に負担を掛けてはいけないから。

 

「…………」

 

 

 

 

(氷浦も……円堂さんも、ごめんなさい!)

 

 稲森のか細い思考回路の限界を感じながらも、自分を気遣った人への謝罪を心の中で繰り返す。

 そして、大きく歩幅を取って部屋を後にした稲森は、岩垣にどうするべきかをし始めた。

 

 だが、昨日から呆然としてしまっていた脳に義務感が乗ったのは、稲森にとっては都合がいい。

 

 一本道になった思考を進む歩幅が格段に大きくなった。

 記憶を手繰るのも、進む先が明瞭になった今なら容易。何せ、それしか資料がない。

 

 稲森は廊下を進みながら、昨夜の壁越しの言葉を思い返す。

 

 

 …

 

 

『……俺を、このチームから外していただきたい』

 

 岩垣の言葉は、唐突だった。

 だが、監督にとってはそうではなかったようで、監督の言葉はまるで普段と変わらない様子で発されていた。

 

『おやおや、どうしたのですか』

 

 演技がかった言葉選びと口調。

 監督の態度に驚いたのか、続く言葉を発するのに覚悟が必要だったのか、岩垣が答えるまでに体感して数分――現実の時計の針にして三秒ほどの時間が開いた。

 

『…………オレじゃあ、役不足です』

『ほう?』

 

 諦めるかの如く……というよりも、自分の限界を認めて、という方が正しい気がする。

 そんな何処か穏やかな応答を岩垣の声が言葉にした。

 

 そこに、趙金雲は用意でもしていたのかすかさず刃を向けた。

 

『――“難攻不落”が、敵に気圧され白旗を上げた、と』

 

『……ッ!!』

 

【美濃道三】主将・岩垣登郎に対する最大の侮辱に違いなかった。

 

『……受け入れましょう。オレが、世界(ぶたい)に上がる方がよっぽど母校に泥を塗る』

『本気ですか?』

『ええ。監督の仰った四文字は、オレたちにとって重い』

『明日人クン達に敗れて尚、ですか……♪』

 

 その監督の言葉は的を外れている。

 ただ、日本代表(イナズマジャパン)として――1人のスポーツ選手として、その理由をわかってはいけない気がした。

 

『……指標は導にすぎない。たとえ相反する在り方をしたとしても、導を目指すことは出来る』

 

『詭弁が上手ですねぇ。限界を感じたなら「無理です」で良いでしょうに』

 

 岩垣登郎の矜持(プライド)。それを繋ぎ止める鎖にヒビが入る。

 そんな音が聞こえてもおかしくないような、沈黙。

 

 しばらくしてから、その沈黙を片付けたのは監督だった。

 

『夜も遅いですからねぇ。アナタの処遇に関しては、明日共有することにしましょうか♪』

 

『………………………………ありがとうございます』

 

 監督と岩垣と、二人の言葉が交わされてから、目を見合わせるや否や稲森は氷浦と扉のある廊下から自分たちの来た角を曲がるまで走って離れた。

 

 

 …

 

 

 今思えば、あの時扉の向こうに乱入でもしていれば、何か変えられたかもしれない。

 稲森はあまりに足りていない頭で思いながら、自室の扉を開けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 午前の練習。腹ごしらえ。

 それらを経て、同日の午後――。

 

 円堂、風丸、豪炎寺、鬼道、亜風炉、佐久間。

 個人での特訓をしているはずだった6人が合流していた。

 

 予定にはない。

 円堂たちも、何が起こるから知らされていない様子だった。

 

「…………」

 

 何か、予定表の改編に至る事態(イレギュラー)が起きていることは誰にとっても明らか。

 稲森明日人は知っていた。

 

 岩垣登郎は、俯くばかりだった。

 

 そして――

 

「おぉ! 皆サン、お集まりですか!」

 

 趙金雲が、いつも以上にハツラツとした声でスタジアムにその巨体を見せた。

 空気に合う事の方が稀だが、今のそれはいつにも増して空気を読めていない。

 

 重苦しい空気をかき分けながら、監督は文字通りチームの輪に入る。

 

 鬼道が代表して口を開いた。

 

「監督、一体何が起きたのですか」

 

「ああ……♪」

 

 趙金雲は惜し気もなく答える。

 

 

「岩垣クンの代表除籍試験ですよ」

 

 

「――え」

 

 目金欠流の漏らした一音が全員に聞こえる一瞬先に、選手たちの視線が1人へ向く。

 

「おやおや。意外と騒がないものですねぇ♪」

 

 監督の発する適当な感想を耳に投げ込まれながら、呆然とした全員が流れに従う他なくなる。

 そんな流れあってたまるか、という話だが、本当に。

 

「な、なんで……?」

「どういうことだ――?」

 

 怖がるような真都路と眉を潜めた佐久間の言葉が、稲森や円堂たちイナズマジャパンの感情を代弁した。

 

「…………」

 

 円堂守ですら、鬼道有人ですら、亜風炉照美ですら、言葉を発さない。

 この異様な空気を破ったのは、意外な人物だった。

 

「――監督」

「豪炎寺クン、どうかしましたか」

 

 豪炎寺修也は一言、残酷な問いを尋ねる。

 

「試験の内容は」

 

 

 

「豪炎寺くん……?」

 

 豪炎寺の隣で、吹雪士郎は訝し気な視線を向ける。

 

 仲間を切り捨てるような言葉を吐く男だっただろうか。

 誰の瞳にも、豪炎寺の真意は見通せなかった。

 

 ただ、岩垣登郎がすべてを受け入れていることはわかる。

 それだけで、異を唱えようとした口は閉ざされるのだ。

 

 趙金雲の代わりに、久遠コーチが豪炎寺に答える。

 

「ルールは、3点先取のミニゲーム。こちらが用意した相手にお前たちが敗北したなら……岩垣(おまえ)は晴れて代表から出ていくことになる」

 

 言葉の最中に岩垣へ向いた冷徹な視線は、ただ冷徹なだけ。

 久遠は、発する言葉以上の感情を表情に見せはしない。

 

 ……いつの間にか、試験に進む流れだ。

 岩垣はまだ、一言も話していないのに。

 

「なあ……っ、岩垣!」

 

 稲森は自身を上回る体躯に恵まれている岩垣の双眸を見上げた。

 

 岩垣は稲森の目を見る視線をわずかに外した。

 理解には、行為だけで十分だった。

 

 だが、それでもわかろうとしない誰かに言い聞かせるように。

 

「ああ――」

 

 岩垣は強く宣言をする。

 

「オレ以外に適任は沢山いる。やはり力不足なんだ……何もできないとを自覚しながら、日本の可能性を失わせていられるほどオレは頑丈に出来ていない」

 

「な……ッ!?」

 

 絶句した。

 信じられなかった。

 

 だって、稲森にとって。

 岩垣は選考中から、岩垣に助けられることは多かった。

 

 そんな相手の自己評価がそんなことになっていたなんて気が付けなかった。

 

 稲森明日人は、世界のレベルを知らない。

 だから、岩垣の言葉を覆せない。

 

 そう、思わされるほどの――

 

「そうか! じゃあ……」

 

 円堂は1人前に出る。

 

「……頑張ろうぜ! 岩垣!」

 

 グローブを握りしめた守護神は、岩垣の前に立ちふさがった。

 

 ゴールキーパーは、チームに2人しか所属していない。

 故に2チームでの試合となれば、当然円堂守と西蔭政也は駆り出される。

 

 ――岩垣を負けさせなければ良い。

 

 稲森はハッと気づかされた。

 一方で、

 

(それで……ほんとうに良いのか……?)

 

 岩垣にとって、この代表にいることが苦痛だというのなら、無理にチームに残すことほど残酷な話はない。

 だが、この話を聞かされた者で、全力を発揮できる選手などいないのではないだろうか――

 

「――先に言っておきますが、岩垣クンを脱退させるべく手を抜く真似をした方は、岩垣クンの代わりにチームを出ていってもらいますからねぇ~」

 

 現状、誰も取るわけがない最低の択を監督が用意したうえで、その道自体を潰す。

 これで、抗いようはなくなった。

 

 整えられた機会に乗って、李子文が現れ、いつの間にか用意されていた赤い布切れで脚を隠した机の上に天面に穴が開いた立方体の箱をドサリと置く。

 箱の側面には『くじ引きボックス』と文字が大きく描かれている。

 

「どぞっ」

 

 子文はイナズマジャパンの面々に箱を指し示すと、その場から掃けようとする素振りだけ見せてから机の下にもぐっていった。

 

 

 

 

 

 くじ引きを済ませ、イナズマジャパンは再び輪の集合に戻る。

 すると、結果を集めきった久道が一歩前に出た。

 

「短く終わらせるぞ――」

 

 本来の予定から外れた現状に呆れているのだろう。

 一度言葉をためてから、久遠は言葉を続ける。

 

「――円堂、鬼道、風丸、豪炎寺、一星。これに岩垣を加えた6名」

 

「……!」

 

 岩垣が誰よりも早く反応を示す。

 久遠は無視して続けていく。

 

「そして、お前たちの相手だが……」

 

 

「――失礼します」

 

 

 今度は、知らない女性の声が屋内に響いた。

 真っすぐで、芯の強さと自信を発音だけで感じさせる声。そして、

 

「げっ」

「あ――」

 

 イナズマジャパンから2人が、対照的な反応を示す相手。

 

「初めまして、イナズマジャパンの皆さん。永世サッカー部の監督をしている吉良瞳子です」

 

「瞳子姉さん……」

「瞳子監督……! それに……」

 

 簡単な名乗りを終えて、スタジアムに姿を見せる瞳子に続いて、9人のユニフォーム姿の男女が見える。

 

「みんな……!」

 

 基山が呼ぶ“みんな”――その正体を、監督が紹介する。

 

「それでは、今回()()()()()来てくださった――【永世学園】の皆さんデース♪」

 

 稲森明日人では、最早流れに従うことしかできない。

 

 

 ◇

 

 

 試合開始まで特別時間を費やすようなことはなく、イナズマジャパンから決定された6人と永世学園の6人はスタジアムのコートの半面程度の大きさのミニゲーム場に立った。

 選出されていないメンバーも、仲間の所属が掛かった数分間を見逃せるわけもないらしく、マネージャーの3人と並んでコート外の地面に座り込んで行く末を見守っている。

 

 岩垣登郎は鬼道の横のポジションで、どこか複雑そうに思案顔で俯いている。

 

 円堂守をはじめとしたこのチームには、偶然(露骨に仕組まれていた)、くじ引きによって、皆一様に中学三年での登録をされた――岩垣と同学年の選手たちで構成されている。

 

 ……そして岩垣を除くチームA大半が、少年サッカー界にその才覚と実力を刻む超人だ。

 

 【イナズマジャパン】は未だ始動から数日ほどしか経過していない。

 

 チーム内で最も15歳に近い三年生たちが自然と現状をまとめ上げていた。

 特別誰に言うこともないが……岩垣自身、それを察していて、代表を降りようと主張する理由の1つとしている。

 

 監督とコーチが『学年』という秩序を利用して、岩垣を円堂たちの中に置いた理由がわからない。

 

 勝利は、継続。

 敗北は、終了。

 

 此処に残って、自分は何を成せるのか。

 

 岩垣に結論を出す力はない。

 

 ただ、試合は少人数のミニゲーム。

 除籍の条件は敗北。ただ、それだけ。

 

 たとえ実力者たちの集まったチームであろうと、1人機能を持たなければシュートを多く試行されて、いつかキーパーの守備を相手が超える。

 

 そうだ。

 自分はこのチームに居てはいけない。

 間違いは正す必要がある。

 

 

(――本当に?)

 

 

 岩垣は顔を上げた。

 

 稲森が、心配そうに自分を見ていると気づく。

 その様子を、仲間たちがフォローしているのか声をかけているところが見える。

 

 仲間にそこまで思わせて自分は……。

 

 

「大変そうだな」 

 

 

 岩垣の思考を、風を思わせるやわらかくもハッキリとした音が遮った。

 

「風丸さん……」

 

 風丸は微笑みながら岩垣を見つめていた。

 何処となく、おもしろそうに。

 

「すみません。チームの時間を無駄にしているのに、まだオレは……」

 

「ははっ、良いんだよ。まだ初戦の相手も決まってない。好きなだけ悩んで良いし、逃げたいってのも不自然なことじゃない」

 

 風丸はやはりおもしろそうに、それでいて真剣に、岩垣を肯定する。

 身勝手にチームを振り回している岩垣にとって、風丸の言葉は救いであるとともに、さらに悩めるきっかけを作ることになる。

 

「…………」

 

 無意識に、少しずつ視線が落ちていく。

 そんな岩垣から離れずに、風丸は言った。

 

「……参考になるかはわからないが、良いことを教えてやろうか」

 

 自らの過去を偲ぶように、穏やかに。

 岩垣登郎の現状と確かに向き合ったまま、風丸は表情から二ッと遊び心を滲ませた。

 

「壁山が結構ビビりだって知ってるか?」

 

「……………………え」

 

 聞かれていたとう事実を置いて、岩垣の脳に【美濃道三】へ配属された強化委員――“最強の後輩”の姿が浮かぶ。

 

「始めの頃なんて、試合始まる前に逃げ出したりしてさ。ああ、確か――」

 

 風丸は“彼”について語った。

 

 ――自分の背を預ける一方、岩垣は彼の背を見たことがない。

 

 壁山塀吾郎の知恵と実力は、主将である岩垣にとって誰より頼れる存在だった。

 

「ど……どうして、急にそんな――」

 

 取り乱しながら言いかけたところで、岩垣は理解した。 

 そんな岩垣を見た風丸は、再び小さく笑う。

 

「さあな。……ただ、お前に伝えておかないと、きっと俺は後悔してた。勝手に口走ってるのは、悪いけど」

 

「そうか――そうですか」

 

 岩垣が強ければ、力があれば、もっと驚けていたのだろう。

 もっと穏やかに、頓狂な声を上げていたのだろう。

 

 壁山塀吾郎(チームメイト)の知らない姿は、どうにも想像が難しい。

 

 すると、岩垣と向かい合う風丸は、共感するようにひとつ頷いた。

 

「……逃げたくないのはわかる。力不足だって言いたくなるのも、俺はわかる」

 

「…………」

 

 否定すべきなのだろう。

 だが岩垣は、風丸の言葉を否定してはいけないと思った。

 

「だから、約束させてくれ」

 

 風丸は力強く頷いた。

 

「結果がどうなったとしても、お前に後悔は残さない」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 岩垣は強張っていた肩を緩やかに下ろして微笑んだ。

 風丸にほぐされた緊張と共に、この道で唯一の確定事項である――開始の笛音を待つことができる。

 

(…………そうだ。これは【イナズマジャパン】が――日本が、世界に勝つために必要なことだ)

 

 決意を改め、岩垣は息を吐き出した。

 

 

【イナズマジャパン当選】

[FW]豪炎寺

[MF]鬼道 岩垣 一星

[DF]風丸

[GK]円堂

 

【永世学園選抜】

[FW]緑川

[MF]八神 熱波

[DF]蟹目 倉掛

[GK]瀬方

 

 

 ピ――――――ッ!!

 

 ホイッスルと同時に、豪炎寺から一星へボールが渡り、試合が始まった。

 イナズマジャパンが速攻を仕掛けていく。 

 

 素早いパスと疾走の連続は、永世のフォーメーションを的確に打ち崩していく。

 

「来るぞッ!!」

 

 永世のフォーメーションに、最前の配置となっていた緑川リュウジが声を上げると同時に、

 

「頼んだぞ! 岩垣ッ!!」

 

 風丸から岩垣へとパスが渡った。

 瞬時に、小柄と大柄の永世が誇るディフェンスコンビ――倉掛と蟹目が立ちはだかる。

 

 【永世学園】。

 対面している緑川らに限らず、イナズマジャパンの攻撃力を支える基山と吉良が所属している学校。

 サッカー部は今年度新設されたばかりであるにも関わらず、今年のフットボールフロンティアにて準々決勝にまで駆け上がった国内少年サッカー界における新時代の強豪。

 

 相対する岩垣登郎が受け継いだ【美濃道三】の実力とは、正しく格が違う。

 スポンサードと強化委員の配属による底上げがなければフットボールフロンティア地区予選でも名を上げられなかった岩垣たちでは、到底到達しえない場所に彼らは到達している。

 

 永世の得意とする戦術は、高密度な連携と個人技による超攻撃的サッカー。

 そして、眼前の2人は、何故かこの場にいない正GK・砂木沼治を含めた3人で、アグレッシブなフォーメーションを可能にさせる効率的な守備体勢を回していた。

 

 【美濃道三】の守備が敵の行く手を阻む「要塞」であるなら、【永世】の守備は「天体の公転」の如く、絶えず循環を描く絶対の渦。

 

 岩垣の目に、突破口は映らない。

 

「こっちだッ――!」

「岩垣さんッ!!」

 

 風丸が大胆に駆け上がることでパスコースを作りにかかったが、一星の声が搔き消した。

 だが、結果としてそれは、岩垣の反応を眼前の光景に間に合わせる――

 

「――フローズンスティールッッ!!」

 

「ぉぉぉおおおッッ!!」

 

 倉掛クララの足先から氷結を伴った大胆なスライディングが、跳び上がった岩垣の足元を通り過ぎた。

 

「良いぞッ! 岩垣ッ!!」

 

「ハァ……ッ」

 

 ――奪わせておけば良い。

 ただ敗北を待つようなその思考を、ギリギリのプライドを守るために戦う岩垣は持ち合わせていない。

 

 背に受けた円堂の言葉に応えるべく、岩垣は足を振りかぶる。

 

 だが、

 

「かぜま――」

 

「グラビテイション……ッ!!」

 

 倉掛を突破された直後、狭いコート、選手の中で隙が多い岩垣のボール、という状態を利用した永世DFの連携が炸裂。

 蟹目出郎が地面に両手を打ち付けた瞬間に展開された半球状の領域は、岩垣に反応の隙すら与えない。

 

「ぐ……ッ、ォォオオオオッッ……!!」

 

 領域内の重力が、一瞬にして岩垣の全身を押し付ける。

 岩垣の抵抗は十秒と持たず、膝からボール共々地面に撃ち落された。

 

「ク…………ッ、ソォ……!!」

 

「岩垣ッ!!」

 

 岩垣の視界が陰る地面の緑で埋め尽くされる。

 一方、蟹目は奪ったばかりのボールを八神へと蹴り上げた。

 

「『グラビテイション』にあれ程抗えるなんて……」

「腐っても代表ってワケ……」

 

「く……ッ!?」

 

 八神と熱波のワンツーが通り、鬼道が抜き去られていく。

 

 緑川へとボールが回るのは、あっという間だ。

 

「行くぞ……円堂守ッ!!」

 

「……!! …………頼んだ」

 

 緑川がキーパーである円堂との距離をグングン詰めていく。

 遂に、シュートフォームへと――

 

「アストロ……」

 

「分身ディフェンス……ッ!!」

 

 それを寸前で止めたのは、円堂に任された風丸一郎太だ。

 

「こっちだ風丸!」

 

 そのまま攻勢へと移行した鬼道がボールを呼び、風丸の足元からパスが蹴り渡される。

 鬼道は持ち前のボールタッチで八神の防御を躱し去ると、逆サイドを上がる一星へパス。

 

 そして、

 

「頼みました、豪炎寺さん……!」

 

 豪炎寺修也の頭上へ、ボールが蹴り放たれた。

 

「爆熱……スクリュー――ッッ!!」

 

「ワームホー……ォオグァッッ!!」

 

 瀬方の展開した渦軌道の空間の歪を貫いた豪炎寺の猛炎の螺旋が、ゴールネットへ飛び込んだ。

 

 

 ◇

 

 

「よし! まず一点目……!」

 

 ピッチ外の稲森は、その得点に思わず拳を握っていた。

 岩垣が残る、その結果になることは稲森にとって一番喜ばしい。

 

 それは間違いないのだが、同時に。

 

「…………」

 

 岩垣登郎は、この得点をどう思っているのだろう。

 

 稲森明日人には、わからない。

 だが、ひとつ。

 

 確かなことは――。

 

 

 ◇

 

 

 ピ――ッ!!

 

 

 この試合において、二度目の短いホイッスルの音が響き渡る。

 つまり、それが意味するのはこの試合における二度目の得点であり、豪炎寺修也の二点目が瀬方の構えを打ち崩したということだった。 

 

 岩垣は1人、取り残されていた。

 

(――ここに居ても、いいのか……?)

 

 岩垣は考える。

 考えた末に――

 

 

「――来てるぞ岩垣ッ!!」

 

 

 試合が開始していることすら意識の外にやってしまっていた。

 

「遅いッッ!」

 

 緑川が跳ねるように岩垣を大きく躱し去ろうと加速する。

 

「…………グゥウオオオオッッ!!」

 

 岩垣は緑川に掴みかかろうかという勢いで追いすがり、腕を緑川の進行方向へとねじ込んだ。

 

 そして、気づく。

 

「遅い……ッ!」

「何ィ……!?」

 

 緑川は、ボールを抱えたまま跳躍していた。

 更に、迫る風丸を今度は認識しながら、それでありながら尚、シュートフォームへと移行する。

 

「行くぞ……」

 

 鬼気迫る表情。

 緑川は、先ほどとは違い……ボールを足で弾いて回転を仕掛けた。

 

 

「……!」

 

 吉良ヒロトが目を見張る。

 

「何……!?」

 

 基山タツヤが動揺を音と共に漏らす。

 

 

 それは、2人の永世のストライカーですら知り得なかった――緑川リュウジの隠し玉。

 

「ォオオオオオッッ!!」

 

 緑川の雄たけびは塵と共に全てボールの回転の中へと消え、ボールを中心とした超回転を作り上げる。

 そして、球場のオーラが成しあがった瞬間、右足が振り下ろされる。

 

 

「アストロゲートォッッ!!」

 

 

「熱血パンチ改ッッ!! ――くぅッッ!?」

 

 

 緑川の一撃は盛大に地面を抉り出しながら円堂の守備を打ち貫いた。

 

「円堂さん!!」

「円堂ッ!」

 

 岩垣はゴールネットに吹き飛ばされた円堂に駆け寄った。

 

「へへッ、サンキュー岩垣! ……今のシュート、とんでもない威力だったな」

 

「あ……えぇ」

 

「やっぱり、日本の中でも俺が戦ったことのない強い奴がいるんだ……」

 

「……あぁ」

 

 岩垣も、良く知っている。

 昨夜の無敵ヶ原という少年、フットボールフロンティアで戦った勇士たち、岩垣によって可能性を潰された選手たちが、まだ――――

 

「岩垣、お前もその1人なんだぜ」

 

 何でもないことのように、円堂は言った。

 

 岩垣にとって、円堂の言葉はとても喜ばしい。

 だがその一方で、そう感じてしまう自分がいることこそが、対等になれない証明のようで息苦しい。

 

「……ありがとうございます」

 

 岩垣はまたしても、ぎこちない敬語で礼を言う。

 

「……なんで、同い年なのに敬語にしちまうんだろうな」

 

「岩垣……」

 

 円堂の答えも待たず、岩垣は背を向けてその場を離れていった。

 

 

 

 

 ピ――――――ッ!!

 

 

「ユニバース……ブラストッッ!!」

 

 

 再会直後、イナズマジャパンは2度目の失点を許してしまった。

 

「ク……ッ」

 

 岩垣は歯がゆく思いながら、ただ立ち尽くす。

 

「豪炎寺……?」

 

 ゴール前では、円堂の代わりに豪炎寺がボールを拾い上げていた。

 そして、豪炎寺は何のことでもないようにボールを上空へと蹴り上げる。

 直後――

 

 

「――がハッッ!!?」

 

 

 ――火球が、岩垣の身体を吹き飛ばした。

 

 

 ◇

 

 

 騒然としていた。

 それは、チームの内外に問わず、敵味方すらも同様に。

 

 ――豪炎寺修也が、岩垣登郎に一球のシュートを打ち放った。

 

「オイ……!」

「待て――」

 

 倒れた岩垣へ駆け寄ろうとしたピッチ外の仲間たちを、ピッチ内から鬼道が止める。

 

 一方、内側に立つ一星は静止もされず走り寄るが、岩垣は目を見開いたまま自然と上半身を起き上がらせた。

 流石のフィジカル。だが、一星が岩垣に負傷の確認をしている間、岩垣はうつむいたまま口を動かして応答するだけだった。

 

 その最中、豪炎寺が足音を止めた時ようやく、岩垣は顔を上げた。

 

「何のつもりだ……」

 

 岩垣は小さくぼやく様に言葉を吐く。

 

 豪炎寺は岩垣の姿を見下ろしながら、口を開いた。

 

「自分勝手に生きるのは構わない。お前が()()()自分は相応しくないと結論付けるのも、試合結果に自分を委ねるのも、勝手にしたら良い」

 

 言葉を文面だけ聞けば、寄り添うような言葉だったが、その一音一音は確かな怒気が含まれている。

 

 

「ピッチに立つと決めたなら、まず勝つためにどうするかを考えろ!」

 

 

「……!!」

 

 豪炎寺の言葉は厳しくもあったが、同時に正しくもある。

 そして、岩垣を一番打ちのめした言葉でもあった。

 

「……………………………………アンタに

 

「……」

 

「アンタに何がわかる……!? 今まで死ぬほどボールを追って、強く成り続けてきたアンタに!」

 

 岩垣は勢いのまま、相手を考えない言葉で豪炎寺に怒りを返した。

 怒りは勢いを増して、考えてすらいなかったことすら作り出してそのまま吐き出していく。

 

 だが、

 

「なあ!? 一体何が――!」

 

「――それは違う」

 

 ピシリ、と。

 岩垣の怒りはたった一言で打ち止めにされる。

 

「えんどう……さん?」

 

 他の誰でもない――円堂守の一言で。

 

 円堂は、豪炎寺へと視線を向ける。

 豪炎寺は目を伏せてから、円堂に頷いて返事をした。

 

 円堂はしゃがみこんで岩垣の右肩に手を置いた。

 

「……俺と出会ったばかりの豪炎寺は、サッカーやってなかったんだよ」

 

「え……」

 

「詳しいことは言わないけど、本当に。な?」

「ああ」

 

「だけど、コイツはサッカーが大好きだった。だから、ピッチに帰ってきた」

 

「何が……」

 

 ――言いたいんだ?

 

 と、続く言葉は音になる前に押しとどめられた。

 岩垣自身、結論はなんとなく理解できた。

 

「サッカーやるのに必要なのは、サッカーがやりたくて仕方がないって気持ちだけなんだ」

 

 確かに、岩垣はサッカーがしたいという気持ちを持ち続け、練習試合も、公式戦も、ただの特訓の一幕も、走ってきた。

 だが、岩垣の内心にある問題はそんな話ではない。もっと、合理的に。もっと――

 

「――ッッ!! オレじゃあダメなんだ! アンタたちならわかるだろう! “壁”って役が欲しいなら、それこそ壁山塀吾郎を呼べばいい! オレじゃあ役不足なんだ。オレは……!」

 

「役不足、か……。……なあ、俺は去年、強化委員になってさ。皆で全国に散らばって、思ったことがあるんだ。『俺は俺一人じゃなにもないんだな』って。俺は隣に秋や響木監督がいたけど、それでも」

 

 円堂は穏やかに、また別の過去を語った。

 

「なあ、岩垣。お前の言う“役”って……そんなに大事なのか?」

 

「大事……? ……大事だろ。だってッ! オレがチームに出来ることは限られる! 限られる力を“役”に当て嵌めてやらないといけない! 他の人に出来ることしかできない――役のない俺が、代表の枠を奪ってなんか――」

 

「――なんだよそれ」

 

 岩垣の言葉の裏、遠くからぼやいたのは、鬼道でも、豪炎寺でも、風丸でも、ピッチ外の仲間でもなく言葉の節々から呆れを滲ませた――一星充。

 普段の彼の言動とは想像もつかないような態度の言葉だったが、現状そこに本題はない。

 

 一星充が、チームで唯一世界と対等に渡り合った彼が、岩垣の言葉に不理解を示したのだ。

 

「そうだ。俺たちはそんなもので繋がっているんじゃない。チームって、もっと強い気持ちで繋がってるはずなんだ」

 

 円堂守は一星充の言葉を拾い上げる。

 一星は咄嗟に自身の口を抑えた。

 

「強い……気持ち……」

 

「豪炎寺も、チームのみんなも、俺も、……岩垣、お前もだ。このチームの誰だって、役なんて持っていない。なら俺たちは、勝つために『出来ること』と『出来るようになること』をこのチームに持ち合って、チームの形が出来上がったから選ばれた。こうは考えられないか?」

 

「だが……オレには“日本代表”なんて重すぎる。オレの実力じゃあ、やはり足りないんだ。オレに出来ることは鬼道に出来る。オレに出来ることは壁山に……このチーム内でも出来る奴がいる……! 明確な“役職”がチームに不要だとしても、オレはやはり不要なんだ――」

 

「いいや、違う」

 

 岩垣の抵抗らしくない抵抗に、円堂は迷わず首を横に振った。

 

「――仲間にお前が出来ることを出来る奴がいるんじゃない。お前に()()()()()()()()()()のが仲間なんだ!」

 

 同じ言葉の羅列を並び替えただけのようしか聞こえない言葉。

 

「は――?」

 

 岩垣は思わず、といった様子で不納得の一音を口にしてしまう。

 一方で、円堂は自信満々に笑った。

 

 岩垣に名を挙げられようとも腕を組んで距離を取って事の行方を見定めていた鬼道が、円堂に同意するようにニッと口角を上げた。

 

「美濃道三の絶対防御――フットボールフロンティアという強豪揃いの大会でそれを実現させようとしたお前の責任強さから来る判断力は、俺のソレとは全く違う戦略を組み立てられる。お前の存在は、チームの勝利を強固に出来る」

 

「……!!」

 

 ここまで説明されて、岩垣はようやく理解した。

 理解して、啞然と言葉を失った。

 

「アンタら……本気で――」

 

 岩垣はピッチの仲間たちに視線を向ける。

 流れるように、ピッチ外の仲間たちに視線を移していく。

 

 その中で、稲森明日人がいた。

 岩垣は、鬼道の言葉を思い返しながら稲森とのプレイを思い返す。

 

 瞬間、

 

 ――『自分勝手に生きるのは構わない』

 

 脳裏に過ぎるのは、たった一言の小さな種火。

 岩垣は表情を隠していた自らの大きな右手指をずらした。

 

 眉毛のない二重の吊り目が、ぎょろりと指の隙間から光を浴びる。

 それは、決意の瞬間と呼ぶにはあまりにも「なんて事のない」瞬間で。

 

……………………言ったな?

 

 たった1人の内蔵の温度が、緩やかだろうと確実に盛り始めていることを直感させる――凝視だった。

 

 岩垣の口から転がった問いに、とうに背を向けていた放火犯が応える。

 

「…………ああ、言ったとも」

 

 僅かにやわらいだ豪炎寺の一言が鼓膜に届いた瞬間、円堂に手を引かれた岩垣の巨躯がスクリと立ち上がった。

 

 そして、何を語り合うわけでもなく、イナズマジャパンの6人は自らの配置に戻っていく。

 試合の外で大谷が笛を鳴らすタイミングを計る中、空気を灰に吸い込む音がコート内に鳴り渡る。

 

 岩垣登郎は、再び鬼道の隣に立つと、ふいと顎を上向けた。

 

岩垣登郎(オレ)で良いんだな――円堂ッッ!!」

 

「勿論だ……ッ! さあ行くぞッッ!」

 

 

 ピ――――――ッ!!

 

 

 豪炎寺から一星にボールが渡る。

 今度は一星から岩垣へ。

 

「こっちだ岩垣!」

 

「鬼道!」

 

 岩垣は鬼道へとボールを渡す。

 

「一星、豪炎寺! ――中盤は俺たち3人で崩す!」

「豪炎寺! そのポジションではさっきの氷に狙われる!」

 

 鬼道に続けて響き渡る岩垣の指摘。

 

「ふっ……ああ!」

 

 豪炎寺は小さく笑みを浮かべると、更に攻勢を強めていく。

 

 鬼道と岩垣の連携は永世の面々を翻弄してみせる。

 だが

 

「頼んだ豪炎寺――」

 

「舐めるなッッ!」

 

 後衛まで降りていた緑川の維持に、豪炎寺へのパスが阻まれた。

 

「何……ッ!?」

 

 ――完全に隙を捉えた。

 岩垣の目にはそう見えていたはずだったというのに。

 

「まだだ!! 今度は得意の守りを見せてやろうぜ!!」

 

「円堂……、任せろ!!」

 

 ピッチの中央を掛け合がる緑川。その進行先に立つ岩垣は正面からプレスを仕掛けに行った。

 

「豪炎寺、ゴール前で待っていろ」

「ああ」

 

 鬼道が豪炎寺に指示を出す。

 

「一星! 岩垣と俺たちで挟むぞ!」

 

「いえ、あれは――!!」

 

 風丸の提案は、一星の目によって打ち止めとなる。

 

 ここまでお膳立てをされてしまえば、

 

「負けられない……!」

 

 岩垣と緑川の距離は、両者の速度によって一瞬にして縮められる。

 

(――行かせない……!!)

 

 岩垣は盛大に振りかぶった右手をピッチの地面に打ち付けた。

 一星の視界に映った――必殺技の構え。

 

 美濃道三を代表し、日本を代表することになった男による必殺技。

 それは要塞の壁『レンサ・ザ・ウォール』ではなく、その巨壁を築くための指揮を執り続けた経験を起源とする――壁を打ち破る巨岩の槌。

 

 

「――ロックハンマーァアアアアッッ!!」

 

 

 槌を引き釣り上げた勢いで跳び上がった岩垣は、重力に従った勢いと共に選手以上に大きな岩石の塊を相手を阻むべく叩き落す。

 

「うぁああ――がァアアアッッ!?!?」

 

 地上を揺らす衝撃によって、岩垣はひっくり返った緑川からボールを奪い返してみせた。

 

「良いぞ! 岩垣ッ!!」

 

 円堂が岩垣を称える。

 

 

「岩垣……!!」

 

 稲森が岩垣の必殺技に表情を明るくする。

 

「あんな技隠していやがったのか……」

 

 灰崎が岩垣の実力に感嘆する。

 皆、反応はそれぞれだったが、ただひとつ――誰1人として、実力不足だなどと思うはずがなかったということだけは確かだった。

 

 

 ピッチ内では、鬼道が最速での展開を組み立てる。

 

「岩垣!」

 

「頼んだぞ、鬼道!」

 

「行け――豪炎寺!!」

 

 ボールは高く蹴り上げられ、今度こそ―― 

 

 

「爆熱スクリュー――ッッ!!」

 

 

 猛炎の台風が、3点目をもぎ取った。

 

 

 

「…………」

 

 屋内サッカー場を静寂が覆う。

 永世学園の面々は心当たりを持ちえないだろうが、イナズマジャパンにはそれがある。

 

 ゴールに向いていた視線の数々が、イナズマジャパンの第3得点――勝利という結果を捉えた後から、ピッチ内で仲間と同じようにゴールを向いて仁王立ちしていた岩垣へ向けた。

 

「っしゃ!」

 

 岩垣はひとり、拳を握りしめた。

 その瞬間、イナズマジャパンの全員が理解する。

 

「「「――ォオオオっっ!!!!」」」

 

 イナズマジャパンの全員が、一斉にピッチの中へと駆けこんだ。

 

 岩垣登郎の――イナズマジャパンの世界への挑戦は、まだスタートラインすら離れていない。

 

 円堂たちも合流して勝利に喜ぶイナズマジャパンの輪に、1人の男が近づいていく。

 イナズマジャパンの耳のも草を踏みしめる音が連続して聞こえ、イナズマジャパンの選手たちはそちらの方へと視線を向ける。

 

 その視線が集まり、チームが列に着くと、趙金雲監督は立ち止まった。

 

 イナズマジャパンは号令をされるまでもなく、監督からの言葉を待つ。

 

「……そんな目をしなくても、アナタの活躍が全てでしょう。これからも頼みますよ、岩垣クン」

 

「……!! ありがとうございます!」

 

 監督の言葉をかみしめた岩垣は、深く頭を下げた礼をした。

 そして、岩垣は一歩前に出て、イナズマジャパンの集合に向き直った。

 

「……みんな、オレの勝手に巻き込んでしまって悪かった」

 

 全員の姿を見渡した岩垣が、今度はイナズマジャパンに頭を下げた。

 円堂はチームと顔を見合わせて、ニッと笑う。

 

「埋め合わせは、この大会でのプレイに期待して良いんだよな?」

 

 岩垣は顔を上げると、自信に満ちた笑みと共に

 

「任せろ。円堂」

 

 宣言する。

 

 チームメイトの決断を、イナズマジャパンは喜んだ。

 

「岩垣!」

 

「稲森……!」

 

 稲森明日人は、観測者にしかなれなかったチームメイトを代表して、岩垣登郎に向かい合う。

 岩垣もまた、稲森の双眸を見下ろした。

 

 稲森は何もしていない。

 何も出来ていない。

 

 とはいえ、稲森はそれによって自分を責められるほど自己中心の世界に生きていない。

 

「決めたんだな!」

 

「……おう! オレは、オレの勝手で此処に居座らせてもらうぜ!」

 

 稲森が構えた手に岩垣が応じハイタッチの音が強く響いた。

 

 

「よぉし! 皆集まれ! これからの練習、気合を入れ直すぞ!」

 

 円堂の号令でイナズマジャパンは円陣を組んで、勝利への意志を強めた。

 

 

 ◇

 

 

 その日の夜・監督室――

 

「とんだ茶番ですね」

 

「おや、酷いことをおっしゃいますね。久遠コーチ」

 

 久遠の言葉を趙金雲は笑みを絶やすことなく受け入れる。

 

「貴方はわかっていたはずだ。あんな試験をしようがしまいが、イナズマジャパンが彼を見逃さないことくらい」

 

「ですがアナタだったら、申し出された時点で除籍を受け入れていたでしょう?」

 

「……さぁ」

 

 答えを濁すが、久遠自身、あの岩垣の様子であれば除籍を受け入れていたはずだと自分の決断力を自覚している。代替メンバーに声を掛けるまでに意志を取り戻したのなら話は変わるのだが。

 

「相手は世界だ。私なら、貴方のように遊びに時間は使えなかった」

 

「おや、随分と不満を買っていますね」

 

 監督の席に座る趙金雲はニヤリと笑みを浮かべながら久遠の顔面を覗き込む。

 

「ま、優しい久遠コーチが忠告してくれましたが、これだけで世界に勝つのはムズカシイことくらい分かっています」

 

「……そうですか」

 

 久遠は趙金雲の言葉を聞き、礼を済ますと背を向けた。

 

「ああ、初めの取り決めはまだ継続です。アナタには、ワタシの指示には従ってもらいますよ」

 

「……ええ。わかっています。アナタの策は奇妙なことばかりだが、出来は良い。ただ、私の価値観に合わないだけだ」

 

「へえ、そうですか♪」

 

 趙金雲は楽しそうに目を伏せ、退室する久遠を監督の椅子に座った状態で送り出した。

 

「……さて、そろそろ彼がまた動き出す時間です。頼みますよ」

 

「はーい」

 

 部屋に忍び隠れていた大頭面の少年は、自分の背より高いドアノブをひねって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ドコ行くんです? キャプテン」

 

「げっ、またお前か……!?」

「『郷に入っては郷に従え』か……」

 

 そして、二日目の円堂守の大作戦――今度は仲間だけでなくチーム外の緑川巻き込んだソレは、子文の監視に見事先回りされてしまったのだった。

 





 変に後に回してキャラ解釈の難易度上げるくらいなら大会前にやっちゃおうぜ、ということで岩垣覚醒回を1話に押し込みました

 次回『来たる』
 投稿予定日・7/11……〈投稿頻度〉について目次に追加させていただいております。ご確認頂けますと幸いです。

地の文での稲森明日人について。(投票期限:2026/8/22)

  • 明日人
  • 稲森
  • 俺(一人称化・票数反映は恐らく不可)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。