1日の終わり。イナズマジャパンの活動していた敷地内はとうに夜の闇に覆われ、周辺地域から明かりが消えていく。
その中で、宿舎として使用している一区画だけは、明かりを消さず白い光を夜の影に照らしている。
稲森は明かりの灯った部屋の一室におり、イナズマジャパンの面々もまた、同じように集合していた。
『決まりました! フットボールフロンティア・インターナショナルアジア地区予選一回戦の対戦相手は――』
そして、一時的に自分達の行く末を映像に委ね、その場の全員が1つ限りのモニターに目と耳を向ける。
テレビに映るのは、【イナズマジャパン】の札。そして、映像はその札を画面からは外し、並べられたもう一方の札にカメラを移した。
以前から決まっていた通り、現在流れる映像は、FFI地区予選における抽選会の生放送。
そう――この瞬間こそが、待ち望んでいた世界へ続く道の始まり。
『――韓国代表【レッドバイソン】……ッ!!』
静寂の中で、それぞれが抽選結果を咀嚼するかのように動き始めた。
「……決まったな」
帽子を深く直しながら万作が言う。
「韓国代表……」
「元々アジア地区は強豪揃いだけど、初戦からトップクラスの相手とはね……」
氷浦が口にした対戦チームの名に、吹雪が前提補足を加える。
「相手にとって不足はない……!」
「お前も随分と調子付いて来たじゃねーか」
仁王立ちしながら映像を見ていた岩垣の言葉に、吉良が笑みを向ける。
実際、調子付いているのは事実だった。
ただそれは、岩垣に対してだけではない。イナズマジャパン全体に対して言えるのだ。
岩垣の脱退騒動は、岩垣が考えを改める形で完全に終結したのが最早昨日の出来事。
その目撃者当事者であるチームメイトたちは、岩垣登郎が【イナズマジャパン】にいると臍を固めた瞬間を目撃し、人の根から熱が燃え上がる瞬間を知った。
FFIへ向く熱量の高まり。
並のチームならプレッシャーに負けても良いだろうに、イナズマジャパンは無意識での相互コミュニケーションが更に活発になっている。
結果として、という前置きは必要になるが、騒動はイナズマジャパン全体の結束を高めたのだった。
「試合は明後日、か……」
佐久間が鬼道の様子を伺うように言った。
佐久間の発言の通り“時間”というのは実際に、今度は問題点として、イナズマジャパンの行方を塞ぐ事実。
「俺たちはまだ、チームとして未完成。そして、試合前にチームが真に稼働出来るのは、実質明日一日限り……」
鬼道は思案の過程を口にしながら、更に考えを巡らせる。
今のイナズマジャパンは、昨日までの特訓で基礎基盤のレベルを底上げし、クラリオとの勝負を経てある程度欠点を補うことができている。
ただ、円堂や豪炎寺たちを始めとした一部の主将級の統率力を有する3学年の選手たちの練習からの一時離脱によって、“チームとしての形”は定まり切っていない。
相手の韓国代表【レッドバイソン】が国の代表として選出されたのが日本の【イナズマジャパン】と同時期とは限らない。
全うに特訓を重ね、チームとしての連携を高い次元で実現していたのなら、投げられる賽から勝ちの目すら失いかねないのだ。
だが、今の日本代表は統率性が低いのかと言えば、それは違う。
「みんな! 世界の相手は、きっと尋常じゃないくらい強い! だよな豪炎寺……!」
「ああ、間違いなくな」
声を張った円堂守に、豪炎寺が笑う。
企みも計算もない――ただひたすらに大会が近づく実感に、高揚している。
イナズマジャパンは、利き手次第では今の現状を悲観するような言葉であるにも関わらず、円堂に耳を向けた。
円堂は、たった1つの宣言をする。
「――世界一になってやろうぜ……!!」
それは、夢だ。
だが、遂に現実に、その舞台が迫っている。
「「「「……オォッッ!!」」」」
なら、チームメイト全員の答えは1つだけ。
なにせ皆、同じ道で、同じ夢を見ている。その資格を、全員が持っている。
◇
翌朝――――
朝の集合までは、まだまだ時間がある。
なにせ、起床している者が他にいるかも怪しい時刻。
合宿初日から、現在まで欠かさず続いている早朝のランニングに向けて、稲森は部屋の扉に手を掛けた。
「明日人君」
「……! アフロディさん、起きてたんですか……!?」
呼び止められたことは、初めてだった。
亜風炉は、窓を遮っているカーテンから漏れ出る日の色を背に、稲森と向かい合っている。
ほのかな明かりだけが部屋にある光のすべて。
暗い部屋で優雅に佇む亜風炉照美。長く伸びた金髪は、透き抜けるように輝いている。
「どうしたんですか?」
稲森が尋ねると、亜風炉はわずかに俯いてから、自らに言い聞かせるように「うん」と小さく頷いた。
「今日は、ボクもついて行っても良いかい?」
「え……?」
思ってもみない提案。
稲森は目を大きく見開いた。
「ハイ……!! もちろん大丈夫です!!」
「よかった。ありがとう」
当然、断る理由などない。
稲森は強く頷き、亜風炉の準備を手伝った。
合宿所敷地外・一般歩道――――
富士山麓の朝は、決して早くはない。
車道にはエンジン音すら聞こえてこないし、歩道には他人の姿は影すら見当たらない。
稲森が足を進めるたび、
亜風炉が足を進めるたび、
……コンクリートを叩く足の奏でる音は、そよ風に乗って湖の水面を揺らしている。
「毎日早くに出ていくものだから、気になってね」
「うえッ!? 起こしちゃってましたか……!?」
「ハハ、そんなことはないから大丈夫だよ。ただ、ボクが早起きなだけさ」
「そうなんですか……だったら、もっと早くに声をかけてくれても良かったのに……!」
「すまないね。稲森君の邪魔をしてはいけないと思ったんだ」
今日は一人ではなく、二人並んでランニングをしている。
それ以上に大したことはなく、肌の上に汗を浮かばせながら、ひたすらにいつも通りの道を進んでいくだけだった。
「――アフロディさん」
「うん?」
「アフロディさんって……【世宇子】のキャプテンですよね」
稲森たち【雷門】は、先日のフットボールフロンティア本戦にて、【世宇子中】と激突している。
その際は、亜風炉照美が腕章を巻いていたはずだった。
「…………ああ。その通りだよ」
亜風炉は口にすることに抵抗があるようだったものの、稲森の予測の通りの答えを述べた。
無意識の間に、稲森の足が動きを遅くしていく。
それは、亜風炉も同じで、二人は立ち止まると、互いに視線を交わせた。
「あの……ッ、チームのキャプテンが頼れる選手って、どんな人ですか……!」
「……!」
稲森の問いかけを聞いた途端に、亜風炉は目を丸くした。
そして、稲森のことを再び見つめると、小さく口端を上向かせた。
悩んでいる稲森を見透かすような双眸はやわらかく細められる。
「……全員。少なくとも、チームとして――ボクが彼らと仲間である限り、そこに少しでも差はないさ」
懐かしむように亜風炉は言った。
「少なくとも、仲間である限り……」
「ああ、語弊があったかな……。ボクは――『
「……!!」
「それに……仮に、仲間でなくなるときがあるとしたなら、とうにその時を過ぎている」
断言した亜風炉の言葉は、自信に満ち溢れたものだった。
(……そっか)
稲森の脳裏を昨年から続いていた【世宇子中】の報道がよぎる。
亜風炉たちがチームでい続けられたことにこそ、今の【世宇子】の強さはある。
【世宇子】は大きな困難を乗り越えて、自分たちの弱さを克服した。
そして【イナズマジャパン】は、まだ試練にすらぶつかっていない。
とはいえ、世界の舞台が相手に未熟でいることに負い目はあり――。
「大丈夫。失敗してなんていない。だから稲森君は、稲森君のやり方を見つけたらいい」
「……!! ……はい。ありがとうございます……!」
稲森は、亜風炉の言葉に勇気づけられながら再び共に走り出す。
ランニングも終盤へと差し掛かる。
とはいえ、まだまだ早朝であることは確か。
人は少ないし、車も自転車もない。
合宿所から続く湖畔の道も同様だった。
「……おっと」
先に気が付いたのは、亜風炉だった。
「……?」
稲森は、警戒を強めた亜風炉の視線の先を追って、進行方向にいる存在に目を向けた。
コンクリートの地面にサッカーボールが跳ねる。
その鈍い音と同時に、一昨日の記憶がよみがえる。
帽子をかぶった小柄な少年は、視線に気がついてか顔を上げた。
タイミングよく、それは稲森が視線を向けたタイミングと合致する。
「「――あ」」
間抜けな声が両者から発された。
そよ風が木々の葉を揺らす音がした。
「ぁあああッッ!!!!」
沈黙を破ったのは、指を差した稲森の叫びだった。
相対するサッカーボールを持つ少年――無敵ヶ原藤丸は、煩わしそうに耳を両手で塞いだ。
稲森は、そんな無敵ヶ原の態度を知らぬとばかりに詰め寄った。
「もしかして……」
無敵ヶ原が引き気味に身体をのけぞらせる。
「練習してたの!? サッカー!!」
「はッ――はぁ!? 誰が!」
顔を赤くした無敵ヶ原に、距離を取ったまま様子を見ていた亜風炉照美が薄く笑みを浮かべる。
「キミしかいないんじゃないかい……?」
「ぐ……っ」
正論によって一瞬明らかにひるんだ無敵ヶ原だったが、即座に余裕そうな表情を取り戻した。……つもりなのだろうが、上向かせた口角の動きは固かった。
「そっ、そうだったとして……どうするのさ。僕が何してようと勝手だろ!」
「うん!! けど、サッカーしてるなら、俺も混ざりたくって」
稲森の勢いは、無敵ヶ原のつくろっていた表情すら取り払っていた。
「いや…………なんでだよ」
「君が凄いサッカーをするからに決まってるじゃないか!」
「決まってたかなァ……?」
「さあね。……けど、おもしろい展開だとボクは思っている」
「うへえ、そっちも乗り気になってるし……。……あんだけボコボコにされて、まだやられ足りないんだ?」
「うん!! まだまだサッカーやり足りないよ!!」
「そんな話してないし……」
無敵ヶ原は、隠しもせず鬱陶しさを表情に浮かべている。
そして、目を輝かせている稲森に再び視線を向けると、大きくため息を吐いた。
「まあ……良いよ。わかってないなら尚更、格の違いってヤツをキチンと知らしめてやる」
「今度は負けない……!! アフロディさんはどうしますか?」
アフロディは考え込む。
サッカーがしたいという気持ち自体はあるが、2対1の状況になることに抵抗があるようだ。
「……アンタも、一昨日のこと忘れてンの?」
「……! ああ、それなら混ぜてもらうとしようか」
(割と良いやつなのか?)
稲森は、そう考えを改めるのだった。
次回『開戦の狼煙』
投稿予定日・来週土曜日
(『来たる②』の更新を終え次第、こちらの後書きは②までふくめた後書きとして移動させていただきます)
地の文での稲森明日人について。(投票期限:2026/8/22)
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