雷陽と黒龍   作:久遠 れもん

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風雲

 

 キックオフ直後、稲森は、小僧丸を抜き去って勢いに乗る佐久間と並び走る吉良を追うようにサイドを走っていた。

 

「ハァ……ッ、はァ……ッ!!」

 

 明らかに体力消耗の影響が出ている。

 何も稲森だけの異常ではない。

 

 このピッチに立った者全員が、大小はあれど動きが所々鈍い。

 

 経験のないチームでの即興、重なった個人技の応酬と、一転して必殺タクティクスをやり切ったチーム紅の変化。

 普段以上の環境で普段以上の判断と運動量が要求される中、選手たちは走っていた。

 

 

 

 

「挟むぞ鬼道!!」

 

「ここで止めさせてもらう……!」

 

 鬼道と灰崎が佐久間を囲った。

 

「悪いな鬼道! 勝つのは俺たちだ!」

 

 佐久間は咄嗟に左サイドを駆け上がっていた風丸へとボールを逃がし、走り出す。

 だが、風丸の前方では財前が迫っていた。

 

 当然、鬼道は佐久間を自分のマークから離さない。

 

「何を考えている……?」

 

 鬼道は佐久間の行動に疑問を持っていた。

 

 現状、佐久間にとって鬼道の存在は無視できないはず、完全に抜き去らなければ他選手との連携や鬼道自身のディフェンスによってこの猛攻の中でトップの片割れが死にかねない。

 風丸の方も未完成だった〈ローグプレス〉に対しての判断力の鈍化といったように負担が表面化しつつある。

 

 両者共にも現実的に厳しい択を佐久間は取ったのだ。

 

 財前が風丸に向かって来る。

 風丸は真正面から向かっていくしかない。

 

 ──佐久間の狙いは鬼道がそう考えることにこそあった。

 

 

「疾風ダッシュ“改”……ッ!!」

「……ッ!?」

 

 

 必殺技『疾風ダッシュ』。直線スピード、低姿勢での加速、風を切る力強さを掛け合わせた風丸一朗太の十八番。

 常に風丸の能力を支え、帝国時代は形を変えて、必殺技としての意義を与えられ続けてきた基本技は、風丸自身の成長と共に新たな境地へ到達した。

 

 底力で技を進化させ財前を抜くことで自らの役割を果たした風丸に鬼道は驚きながらも佐久間のマークから離れない。

 

「──佐久間ッ!」

 

 だが、風丸は佐久間にボールを返すべくパスを放つ。

 驚かされる鬼道は、駆け出した佐久間を追いかけた。

 

「ま、さっきのタクティクスの仕返しとでも思ってくれ……」

 

 鬼道の意表を突いた佐久間は更に加速をしながらボールを追いかける。

 鬼道は即座に坂野上と万作にプレスを指示したが、間に合わない。

 

 佐久間は本来、昨今の帝国特有の多種にわたる連携技を主体とするストライカー。

 帝国の攻めを確実のモノとするため、かつての鬼道の指揮の下、そして新たに得た仲間と共に、単独技を凌駕する必殺技を2人、3人、とで打ち出して来たのだ。

 

 “強化委員”風丸一朗太が帝国の戦略に合わせて変化させた『疾風ダッシュ』の再現とまではいかずとも、身に染み込んだ己の肉体技術を引き出すことで、新たな必殺技として組み替えることはできる。

 

 佐久間は瞬身を繰り返し鬼道を翻弄し、身体に炎を纏わせて更に加速した。

 スピード瞬発力自慢の選手とはアプローチの違うドリブルは、纏う炎を振り落としながら駆け抜けていった末、一瞬、佐久間自身の姿を消した。

 

 

「──烈風ダッシュッッ!!」

 

 

 起こった炎の筋道が、数瞬の差で炸裂すると、坂野上たちを吹き飛ばした。

 佐久間は既にディフェンスラインを突破し、ペナルティラインへ侵入している。

 

 パワーとテクニックによって、スピードを導き出すドリブル。

 3年もの期間を帝国学園という厳しいサッカー修練環境に捧げ、他をサポートしながら帝国でストライカーの一端として結果を残して続けた佐久間だからこそ成せる新必殺技だった。

 

「佐久間……!」

 

 倒された鬼道は相対するチーム同士でありながら、佐久間の背から彼の歩んできた道の結果を見ていた。

 

「これで集大成! 終わり! ……そんなつもりないからな──ッ!!」

 

 鬼道のそんな視線に意を唱えながら、佐久間はボールを振りかぶった片足で蹴り放った。

 

 円堂は腰を低く構えながら、佐久間のシュートを抑えるべく両手を突き出す。

 

「ハ────

 

「──必殺クマゴロシ……縛ッッ!!」

 

 ……アツヤ!?」

 

「何……ッ!?」

 

 円堂ではなく、吹雪アツヤの回転と共に展開される赤黒い帯状のエネルギーの集積が、佐久間のシュートを打ち止めた。

 佐久間目がを丸くしながら、アツヤの元いた右サイドの方を見た。

 

 稲森は、追う過程で転んだのか右頬と膝側方に擦り傷を作っている。

 

「悪い! 戻るぞ!!」

 

 佐久間は即座に自陣へ振り向くと、攻守の切り替わりを伝達した。

 

 吹雪が同時に地面を蹴り、加速する。

 早々に試合から出されていたことで体力の温存が出来ていたアツヤは、〈ローグプレス〉の粗雑再現を経ても未だにフルスロットルだ。

 

 ただ、試合は終盤というのは選手たちにも共通の認識。

 

「明らかに焦ってる! ルートを塞いで中盤で抑えろ! オレたちで止めるぞ!!」

 

「「ああ!!」」

「ハイ!!」

 

 基山が前線の指揮を取ると、真っ先にアフロディがアツヤにプレスを掛けた。

 左側に寄ったアフロディの守備は、アツヤにとって大した壁にならない。

 アツヤは軽々と抜き去っていく。

 

「──はぁッッ!!」

「ッッ!!」

 

 ところが死角から稲森がスライディングでボールを奪う。

 稲森はすぐに立ち直り、駆け上がっていく。

 

「行くぞ!!」

 

 走る稲森が思い返すのは、再開直前に西蔭から始まった作戦会議。

 自分に期待をしてくれている、そう改めて走り出す底力の動力源。

 

 

 

 …

 ……

 

 

 キックオフの直前、稲森たちは西蔭の計らいによって集められた。

 

『後ろから見ていて気が付いたことがある。……いや、お前たちも気がついているのかも知らないが』

 

『なんでも良い。教えてくれ……!』

 

 西蔭が躊躇いかけると、佐久間が焦りを隠せない様子で要求した。

 それに、佐久間に他のメンバーが続く。

 

『オレも気になる。この試合に後悔を残したくない』

 

 基山が言う。

 

『そうだ。俺たちは出来ることを出し切らなければ』

 

 岩垣が言う。

 それに続いて吹雪、一星、日和というように次々と頷いた。

 

 どうやら皆、一様に焦ってしまっているらしかった。

 

『前置きみたいなものだ。言うに決まっているだろ?』

 

 西蔭がしれっと言ってのけると、亜風炉が小さく笑った。

 

『──お前たち、もっと効率的に動けるんじゃないか?』

 

『効率……?』

 

 稲森はその意味を測りかねて首をかしげる。

 すると、西蔭は続けた。

 

『基山、アフロディ、佐久間、吹雪士郎、岩垣、それと“強化委員”の風丸さん、こちら側のチームはキャプテンやチームを支える役の選手が多い。だから、ひとりひとりのそれぞれの役割を明確にして、皆がそれに沿った動きを取れば……と思ったんだ』

 

『……なるほど。俺たち全員、今までとは勝手が違う中で今までと同じ試合をしようとしてしまっていた……。今から矯正するわけにもいかないから、1人の視野を狭くすることで同じ結果を得ようってワケだ……』

 

 西蔭の言葉に、風丸が自らの解釈を交えながら補足する。

 どうやら正しいらしく、西蔭はひとつ首を縦に振った。

 

『野坂さんは1人でチーム内すべての指揮を執っていた。おそらくそれは、この場の誰にも……鬼道さんにだってできないだろうから例外だ。だから俺にはそんな策が通用するのかわからない。俺より経験豊富なお前たちが決めてくれたら良い』

 

 西蔭の言葉に、稲森は1人で考えを巡らせる。

 だってその案は、勝つためのモノに聞こえた。

 

『それってつまり……』

 

 一星が目を丸くして呟いた。

 きっと続く言葉は稲森の思考と同じだ、と直感的に理解した。

 

 代表選考に残って、イナズマジャパンになる方法じゃあない。

 

『…………』

 

『どうかした? 稲森君』

 

 ふっと視線を逸らすと、亜風炉がすぐに気づく。

 ただ、それより早く吉良が言葉を挟んだ。

 

『──で、オレらがそれやる価値あんの?』

 

 吉良は西蔭ではなく、此方へ視線を向けていた。

 全身に突き刺さるような感覚に、唾を飲む。

 

『それは……』

 

『悪ぃが、稲森に聞いてる。勝ちに行きたいのは勝手だが、テメェみたいな不器用なだけのバカがいるだけで変わンだよ』 

 

 吉良は淡々と言葉を連ねた。

 稲森には言い返す言葉がない。

 

『勝ちに行く。それで一層1人で突っ走って、走り回って、挙句倒れた。──ンなマネされたらオレらが迷惑なんだよ』

 

『…………』

 

『走るなら、走り方くらい考えろ』

 

 まったくもってその通りだった。

 

 無我夢中というより、意図しない自分勝手さが目立つ。

 焦りと余裕のなさが直接プレーにつながっていたことを、吉良は見抜いていた。

 

 基山が吉良との間に入る。

 

『ヒロト、何も当てはまるのは稲森だけじゃないだろ? みんな、自分の力で戦おうとしてしまっている。だからこその作戦がいるんだ』

 

『いいや、コイツはそれ以前だ。チームプレイをしている気になってるだけ。無意識に調子乗ってんだよ』

 

『いい加減にしろ。出し惜しみしないように走っているんだから、オレたちに言う権利があるわけない』

 

『汗水まき散らして相手に向かっていくのが、チームプレイにつながるならな』

 

『…………!』

 

 吉良の言葉に、稲森はハッとした。

 

 苦しくても転んでも、また立ち上がって走り続ける。

 ただ自分1人で完結するものではなく、みんなを支えながら心をつなげていく行為。

 

 それが、稲森明日人の見てきた『サッカー』だ。

 

 勝つための技術だけではなく、立ち上がる意志が連鎖する。

 サッカーが、走る理由だった。諦めない理由だった。

 

 稲森明日人が走る理由は──目指すべき姿は、それ以外にあり得なかったはずなのに。

 

『……変わるよ』

 

『はぁ? 交代希望ならさっさと……』

 

『──俺、サッカーみたいになる』

 

『……、……??』

 

 吉良が怪訝な顔で、助けを求めるように基山へ視線を送った。

 基山もまた、首を傾げる。

 

 ただ何処かで、理解の色が浮かんでいるようにも見えた。

 

『……俺、サッカーのこと追って此処まで来たはずなのに、いつの間にかわからなくなってた。サッカーは、偶然相手になっただけの俺たちを繋ぎ止めてくれてたのに、無意識に俺自身がサッカーを諦めてたんだ』

 

『稲森君……』

 

 亜風炉が稲森の横顔を覗き込む。

 

『俺たちが必要とする限り、サッカーはそこにいる。……お願い。俺にもう一度走らせて欲しい……!!』

 

 稲森は、チームに頭を下げる。

 

 吉良はフン、と鼻を鳴らすとそのまま顔を背けてしまう。

 代わりに、風丸が一歩前に出た。

 

『……全員で全員のことを100パーセント信頼してプレイする。俺たちで勝ちに行くなら、バテている暇はなくなるぜ?』

 

 自分勝手とも捉えられかねない言い分は、同じ諦めない理由を持つ彼らを動かす理由になっていた。

 

 その1人である佐久間が拳を突き上げた。

 

『勝つぞ、お前たち!』

 

『『『おう!!』』』

 

 

 ……

 …

 

 

 稲森が、ひたすらに駆け上がる。

 

「稲森くん!」

 

「一星!」

 

 追い上げる一星へ横パスを渡し、稲森は更に後を追う。

 誰の呼びかけがあったわけでもなく、チーム白の全員がオフェンスに貢献していた。

 

「パスコースを防いで追い込むぞ!」

 

 鬼道の指示は、余力を残すアツヤを動かすための指示だ。

 アツヤは瞬時に意図を解して、一星へと向かっていく。

 

「稲森くん!」

 

 頭上を一星のキックが通す。

 アツヤは、即座に切り返すと稲森のトラップ直後を狙う。

 

「アツヤ……!!」

 

 呼吸は絶え絶えだったが、身体は動く。

 稲森は行手を阻む吹雪アツヤを前にして、この試合において同じ役割を持つ互いの決着の場を理解した。

 

「行くぞ──ッッ!!」

 

 だが、アツヤのスピードを振り切れるほどの体力は残されていない。

 

 一歩目と同時にアツヤが距離を詰める。

 その瞬間、この場において誰よりもサッカーにおける守備戦略を知る男が走りだすことを、視界の隅を駆け抜けたもう1人によって理解した。

 

「此処だ──」

「岩垣──ッ」

 

 即座に稲森は、駆け上がった吹雪に相手の意識が向いた隙にマークを外した岩垣にパスを落とす。

 そして、ボールは更に吹雪に渡され、亜風炉とのワンツーによって前線へと運ばれた。

 吉良はディフェンス陣に厳重なマークに付かれている。数回切り離そうと加速と切り返しを繰り返しているが、3人から監視を受けているためか離しきることが出来ていない。

 

 吹雪は状況を把握すると、足元のボールに両足で回転を掛けた。

 冷気を巻き上げながら氷雪を吹かせるボールを、吹雪は即座に右足で撃ち放つ。

 

「エターナル──ブリザード……ッッ!!」

 

 空中から蹴り出された氷塊は、地面に沿うようなカーブをしながらゴールを狙う。

 

「ザ・ウォール!!」

 

 直後、岩戸の巨壁がシュートブロックに入る。

 シュートの威力は格段に落ちるが、岩戸1人では止められない。

 

 岩壁は打ち砕かれ、岩戸はその衝撃によって吹き飛ばされた。

 

 それは岩戸にとっても想定内。岩戸の壁は次の壁で完全にシュートを止めるためのものだ。

 

「……ザ・ウォールッ!!」

 

 坂野上の巨壁が更に吹雪のシュートを押し止める。

 が、2人にとって意図しない展開がひとつ起こる。

 

「ォオオオオオラァァッッ!!」

 

「──────ッッ、カ……ッッ!?」

 

 シュートブロックによって格段に回転の落ちた『エターナルブリザード』を、吉良ヒロトがボールを通じて岩壁へ追撃を与えることによってシュート無理矢理押し通した。

 

「坂野上……ッッ!!」

 

 吹き飛ばされた坂野上を、その先にいる円堂が咄嗟に受け止める。

 ボールは僅かに軌道を逸らし──

 

「──ぐぅッッ!!」

 

 飛び込んだ万作が、身体でゴールへ突き進むボールを弾いた。

 

「ナイス万作……!!」

 

 ボールを拾い上げたのは、氷浦だ。

 氷浦は即座に鬼道へボール蹴り放つ。

 

「させるか──!」

 

 基山のパスカットによってチーム白の攻撃が継続する。

 

「行けヒロト……!!」

 

 吉良へのパスが通る。

 が、途端に吉良の足が止まった。

 

 吉良を囲い込んだのは3人もの人数ぞ掛けたディフェンス。

 試合開始直後から展開の中心で暴れて来た究極の個人技に、とうとう守備対応が追いついてきている証拠だった。

 

 

「…………チッ!」

 

 舌打ちと同時にボールを浮かせ、並び走る佐久間へパスを送る。

 

「行ったぞ万作!」

 

 鬼道の合図とともに佐久間とボールの間に身体を入れた万作によってあっさりボールが奪われる。

 

「く……ッ!!」

 

 佐久間は万作のスピードに追い付けない。ゆえに取り返すことはかなわず万作のボールが確定。直後に鬼道へのパスが通った。

 

「吹雪、氷浦、内側に寄れ! 万作、佐久間を離すなよ……!」

 

 鬼道は指揮を執りながらも、亜風炉のディフェンスを突破する。

 

「一星! 日和! ゴール前を固めろ!」

 

 守備に戻った岩垣がサイドバックに指示を出す。

 

 岩垣の指示に、鬼道は不敵に笑った。

 

「──ならば、押し通るまでだ!」

 

 鬼道が中央からチーム白側のコートを駆け上がる。

 稲森がサイドから鬼道を追った。

 

「く……ッ!!」

 

 稲森はボールを狙うが、鬼道の左腕が距離を縮めさせてくれない。

 

「悪いな稲森──」

 

「何……ッ!?」

 

 鬼道が宣言すると同時に、稲森はそのまま押し払われる。

 

 ぴィ──ッ!!

 

 鬼道が指笛を鳴らすと同時に、跳躍する。

 直後、6体のペンギンがその嘴を地中から突き上げ、空中で放られるボールに突き刺さった。

 

 新たに必殺技を習得しているのは、風丸と豪炎寺だけではない。

 鬼道もまた、FF敗退後修練を続けてきていた。

 そして、辿り着いた悪魔の必殺シュートだ。

 

 ペンギンがドリルのように高速回転し、ボールに加わる回転エネルギーを高めていく。

 

 

オーバーヘッドペンギンッッ!!」

 

 

 再度跳躍し、天地を返す鬼道の右足が、ペンギンと共にボールを蹴り放つ。

 

「シューティングカッ──うぁあああッッ!」

 

 日和のシュートブロックによって巻き上げられた竜巻は、鬼道のシュートとペンギンの7点の突破に呆気なく突き破られる。

 

 だが、ほんの一瞬の時間稼ぎは、余力僅かの西蔭にとって救いの一手となる。

 

「──ハァッッ!!」

 

 跳び込み、伸ばす腕の先で握った拳で西蔭はシュートを叩き返した。

 

 そう、叩き返した。

 ボールはまだ生きている──。

 

 豪炎寺はボールを拾い上げると、即座に炎を巻き上げた。

 先ほどの『爆熱スクリュー』とは別。伝説の一端たる豪炎寺修也の代名詞。

 

「──ファイアトルネード!!」

 

 速攻の連打に、地面に伏す西蔭では反応が間に合わない。

 

 走り戻っていた基山の足がわずかに揺らぐ。

 過ぎ去る火球を眺めていることしかできなかった岩垣の表情が歪む。

 一星は追いながらも、どこか冷めた視線でその瞬間を見届け──

 

「はァアアア──ッッ!!」

 

 ただ一人、稲森明日人が火球を打ち返さんと頭から跳び込んだ。

 

「……!」

 

 鬼道は、自身が抑えた後の稲森が駆け込んでいたことを瞬時に理解した。

 

「だが……!!」

 

 尚、ボールはコートの中を転がっている。

 更に猛炎が吹いた。

 

「火だるま──バクネツ弾……ッッ!!」

 

 小僧丸の両足が最後の力でボールを回転、射出する。

 再び炎の弾丸がゴールへ落ちてくる。

 

 稲森は動けていない。

 一星は呆気に取られている。

 西蔭は立ち上がるべく膝を立てる……が。

 

 ──間に合わない。

 

 それでも、稲森の一手は、選手たちに壇上へ立つ覚悟を改めさせた。

 

「ぐゥゥゥオオオオオ……ッッ!!」

 

「岩垣さん……ッ!?」

 

 自ら肉壁となる美濃道山中キャプテン──岩垣登郎に、西蔭は目を丸くした。

 

「お……まえたち……ッ、止めろよ──ォオオオオオオ!! ──がァッッ!?」

 

 投げ放つように叫ぶ岩垣の言葉。

 西蔭の答えは、ただ1つだけだ。

 

「「応ッッ!!」」

 

 西蔭は立ち上がり切れていない両足を前へ進ませ、覆いかぶさるように跳びかかりシュートを再び殴りつけた。

 稲森は上半身を逸らせて、地面に腕を立てる。

 

「……ッッ!!」

 

 無情にも、西蔭の右腕が押し切られた。

 ただ、岩垣も西蔭も、タダでやられているわけではない。

 鍛え抜かれた肉体をフルで使った守備は、多少なりとも威力減衰をもたらしている。

 

 ──そのうえ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間稼ぎは十分だ。

 

 

流星ブレード……ッッ!!

 

 

 基山タツヤの右足が、小僧丸の炎弾に叩きつけられた。

 

 夜のFFスタジアムからは、星の光が見られない。

 

 だが、基山の右足に収束する無数の光は、宇宙に散りばめられた星のように煌々と輝いている。

 基山のシュートブロック改めカウンターシュートは、一際強い光と共に大爆発を起こすと、小僧丸渾身の炎弾を夜空の黒を蒼く裂く剣閃となって打ち返された。

 

 ただし、直接ゴールには届かない。基山も自覚するところだ。

 

 あくまでパスだ。

 チーム白の最前線、鬼道のシュートを稲森が追った瞬間から走り出していた彼に送る渾身のキック──

 

「行け……ヒロト──ッ!!」

 

 

 ◇

 

 

「任せろ……っ!」

 

 遥か後方からの宣告に応じる吉良の表情は苦悶に歪んでいた。

 

 吉良は走る。加速する。何としてでも、この機会をモノにしなくてはならない。なのに。

 

(動けねェ……っ!!)

 

 チーム紅のDF陣数人と吹雪アツヤの3人を掛けた完全に吉良ヒロトだけを意識したマーク。

 佐久間は万作に着かれているうえ、動き出しは此方より遅い。

 前線の右サイドにいた稲森が守備に回り不在であることを的確に突くことで成立している守備フォーメーションだ。

 

 此処にきて、究極の個人技たる自らのスタイルが首を絞めてきている。

 

「クッソ……!!」

 

 稲森にあそこまで大口を叩いた癖に、と自らの実力を心の中で罵倒する。

 

 あそこまでして守り切って、打ち返して、散々暴れて信頼させた自分が裏切ろうとしている。

 後悔はない。あくまで自分のプレイをした結果だ。この選ばれた選手たちの中での試合で、30分以上も掛けて続けてきたのなら避けられない事態だ。

 

 故に足搔かなくてはならない。

 自らの責任を果たすことができるのは、この瞬間、自分1人だけなのだ。

 

 基山のキックは遂に選手たちのジャンプで届くくらいに軌道を落としている。

 オフェンスに人数を掛けたからか、そうする相手がいないのはせめてもの救いだった。

 

「アツヤさん……!」

 

 前方を防ぐ坂野上が比較的体力を残している吹雪アツヤに呼びかける。

 と、同時に、走る吉良を3方向から囲うプレッシャーの檻は縮小し、より強く緊張感を此方に押し付けてきた。

 

 直感で陣形の意図を掴む。相手はトラップした瞬間を狙うつもりらしい。

 

 ──トラップせず、ダイレクトシュートをする。

 

 他でもない吉良ヒロトにならば、その択は可能だ。

 ただ、その場合、相手ゴールの円堂守の突破は叶わない。

 なぜなら吉良には、直接シュートモーションに移行できる必殺技がない。『ザ・エクスプロージョン』も『ジグザグストライク』も、自らの個人技の延長上でエネルギーをボールに蓄積させなければならない。

 

 ……かといって、自らの脚力だけを乗せたパワーシュートも、得点は見込めない。

 円堂もおそらく、先ほどの西蔭と同じくらいに不安定なところまで追い込まれている。

 よって近くからシュートを打てればワンチャンスあるのだろうが……、この距離だ。ペナルティエリアはおろか、相手のオフサイドラインになる岩戸すら未だ遠い。

  

 時間は吉良の思考を知る気もないとばかりに流れ去る。

 時間進行に比例して距離を伸ばすボールの進行も止まることはあり得ない。

 

(どうする──)

 

 もう一か八かの選択を取って、ボレーで終えるしかない。

 円堂の反応が遅れそのまま──、と可能性に託すしかない。

 

(つか、岩戸&坂野上(コイツら)で端狙えねーじゃねェか……ッ!!)

 

 シュートコースまで絞られていると来た。

 

 もうヤケだった。

 疲弊していようが、あの守護神は真正面の球なんて難なく止めてくるに決まっている。

 

 ──それでも、これしかない。

 

 延長されていたゾーンとも呼べる時間間隔の最中でも、ボールは止まっていない。

 考えるにしたって、もう時間切れだ。──これで行く。

 

 吉良は走りながら、後方から追い上げてくる彗星を一瞥する。

 流石に、まさかダイレクトボレーすらミスをしてやる必要はなさそうだ。

 

 吉良は立ち止まると、基山のシュートを迎えるために跳んだ。

 

「ォオオオオオオ──!!」

 

 一か八かの大勝負──吉良はゴール以外見ることをやめると決めた。

 

 

「──ヒロトォオオオオオオッッ!!!!」

 

 

 ──その声に、視線を惹かれた瞬間、決意は霧散した。

 

「くはっ!!」

 

 足を振りかぶりながら、思わず笑いが出た。

 

 あり得ない。だって、あり得ない光景だ。

 

 あの男は、吉良が走り出す理由になっていたはずだ。

 豪炎寺のシュートを止めて、たったの十数秒だ。

 

 余力どうこうの話ではないのは分かっていた。

 だが、余力をとっくに使い切った彼は、20分以上ずっと底力だけで走っている。

 

 当然、相手は彼を見ていない。

 前提が覆る絶叫に、反応自体が遅れている。

 

 吉良の口角が自然と上がった。

 認めても良いと思った。

 何より、1人のサッカー選手・吉良ヒロトにとって、実に好みのシチュエーションだった。

 

 

「走れ──稲森明日人……!!」

 

 

 『流星ブレード』に吉良は右足で縦の回転を加え、アツヤと氷浦の間からスルーパスを通す。

 ボールは、駆けあがっていた稲森へと向けられて────

 

 

「──はぁああッッ!!」

 

 

 稲森が放ったワンバウンドボレーシュートは、円堂に反応を間に合わせずに──

 

「はぁ──ッッ!! ……、……すげぇ……!」

 

 シュートコースへ伸ばされた円堂の掌を避け──

 

「っしゃあッッ!!」

 

 吉良のガッツポーズ、その視線の先で。

 突き刺さったボールは、ゴールネットを揺らしていた。

 

 

『チーム白』VS『チーム紅』

   2      2

 

 

「ッ、もう1点!! 吉良……ッもう1点ッッ!!」

 

「ったり前だ! こうなりゃ勝ちしかねえ!! やんぞお前らァ───」

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ────────ッッ

 

 

 同時に、この試合の終了を知らせるホイッスルが鳴り響いた。

 

 

 ◇

 

 

 ──ドサリ。

 

 と、稲森は自分の身体が地面に倒れる音を聞いた。

 流石に体力が限界だ。いや、とうの前から限界ではあったのが……、とにかく限界だ。

 

 他の者たちもどうやら同じらしい。

 たった40分の日本代表を決めるためだけの試合だというのに、コートに残る選手たちのほとんどは、力の抜けたように倒れたり、しゃがみこんだり、様々だ。

 

 すると、スタジアムの観客席に着いていた選考外の仲間たちが、盛大に拍手をし始めた。

 

 スタジアムの照明が眩しかったので、稲森は腕で自分の視界を覆ってやる。

 

「くそ──ッッ!!」

 

 叫んだ声は、拍手の音に消えていく。

 

 スタジアムの雰囲気と反した、デスゲームか何かを思わせるような緊張の解け方は、逆に心臓に悪い気がする。

 

「なに寝てんだ、明日人」

 

 灰崎の声だとわかった。

 腕を退けるとやはり灰崎の顔が此方を覗き込んでいる。

 

「ハハ……すご、よく立ってられるね」

「そらそうだ。は……っ……“フィールドの悪魔”が、この程度で参ってられねーよ」

 

 灰崎は得意げに笑うと、隣に座る。

 何故か、稲森はその瞬間に、真に終わった事を理解した。

 

「引き分けってなんだよぉ……」

「あァ? こっちの台詞だっつの」

 

 此方がぼやいてみると、灰崎は強い口調で言って、頭を掻きむしる。

 

「──大体、ああなる気はしてたンだよ……!!」

 

「ああって?」

 

「お前、ずっと走ってたじゃねーか! あれ、俺にやったのと同じだろ!?」

 

「……?」

 

 首を傾げてみるが、言っていることはすぐに察しがついた。

 FFで、灰崎の徹底マークを俺だけ誰とも代わらずに続けていたことの話だ。

 

「同じっていうか、走ってただけだし」

 

 そう強がりながら煽ってみると、灰崎は「ハッ」と、鼻を鳴らす。

 どうやら、口喧嘩を買うほどの余力はないらしい。

 

「……灰崎も、よくあんなの思いついたな」

 

「は? ……あー、アレか」

 

 わかっているのかいないのかわからない返事だが、訂正するのも疲れてしまいそうだから突っ込まない。

 

「アレ、野坂たちのタクティクスだよな? いつの間に練習してたの」

 

「練習なんてしてねーよ。俺のチームなんだから、やれるに決まってる」

 

「何それ」

 

 根拠なく自信に満ちた表情をする灰崎に、自然と笑いが溢れた。

 灰崎も、おかしくなって笑い出す。

 

 ひとしきり笑ってから、

 

「ハハハ──なんで笑ってんだろ俺たち!」

 

「泣いても笑っても、が終わったんだ。泣いても笑っても変わらないなら笑っとくだけ得なんだろ」

 

「なにそれ!」

 

 ますますおかしくなって笑ってしまう。

 

 と同時に、本題だったはずのものを思い出した。

 

 『イナズマジャパン』。

 世界への挑戦……。

 

 後悔はないはずだが、名残惜しい気もしていた。

 

(ま、とにかく……やりたい事はやれた気がする)

 

 吉良がいる方向に目を向ける。

 

 基山と並び立ちながら此方を見ていた吉良は、口を尖らせ「フン」とそっぽを向いた。

 隣の基山がその様子に苦笑する。

 

 西蔭の方を見る。

 西蔭は灰崎たちと同様に立ったままで、一星と2人で横たわる岩垣を起こしている。

 あんなに苛烈な攻防を終えたばかりというのに、驚くほどのタフさだ。

 

(走った甲斐がある、くらいにはなれたかな)

 

 そう、やはり悔いはないのだ。

 

「なに終わりみたいなツラしてんだよ」

 

 灰崎にツッコまれてしまった。

 

 

 ◇

 

 

「──ここまでの試合は、久しぶりなんじゃないか?」

 

 チーム紅のゴール前で足を崩して座り込む鬼道は、隣で倒れる円堂に尋ねた。

 

「そうだな。みんな、出来る力を出しきれていたと思う」

 

「曖昧だな」

 

「俺たちの立場を考えるとな。不安なところはいっぱいある。けどこの試合は、俺の胸の奥に改めて火を付けてくれた。鬼道もそうなんじゃないか?」

 

「ああ、日本は確実に強くなっている。俺たちも、挑戦者に戻るんだ」

 

 すると、安堵の表情の後に、鬼道は分かりやすくため息を吐いた。

 

「どうしたんだよ?」

 

 心当たりのない円堂はきょとんとした表情で問いかける。

 鬼道は口角を上げて笑みを浮かべた。

 

「完全に読み違えたな……」

 

「……明日人のことか」

 

「ああ、まさか本当にあんなプレイをする選手だったなんて」

 

 星章は、雷門と戦った経験がある。

 しかもその試合で、稲森の運動量によって灰崎を封じられるという展開があった。

 そのデータを分析出来ていなかった鬼道は、挑戦者の立場に戻った自覚が早くも出来上がっているらしく、悔しそうに頭髪を掻いた。

 

「お疲れ、鬼道」

 

「……なんの話だ?」

 

 円堂が夜空に向かってはなった労いの言葉に、立場を変えた鬼道は知らないフリをした。

 

 

 ◇

 

 

「ハハハ、正直になれば良いのに」

 

「うるせ。大体、走って倒れるなってオレは言ったじゃねぇか……」

 

 稲森に背を向けた吉良の言い訳に、基山は呆れながらも微笑んだ。

 吉良がそんな表情に、また何か言いたげに目を細めたが、基山はそんな吉良の態度を受け流す。

 

 すると基山は、吉良に尋ねた。

 

「……お前、稲森に言ってた話。あれ、ほとんど嘘吐いてただろ」

 

「────!」

 

「お前は、昔の自分と試合前半の稲森を重ねてしまったんだ」

 

「……………どうだか」

 

 吉良はどちらとも言えない表情でぶっきらぼうに返事をする。

 基山は続けた。

 

「だから、オレがしたように、ちょっとしたきっかけを与えた」

 

「…………」

 

「最後の稲森の動き。アイツは走っているだけのはずなのに、何故かオレたちの力が引き出されていく感覚。あの感覚は、永世にいた時のヒロトと確かに似てる」

 

「今は違うって?」

 

「まさか。お前は今もオレに力をくれている。……けど、それはオレたちとお前の関係だからだ。ヒロト、今度はお前も感じたんだろ?」

 

「………………さあ。ただ……あの瞬間、アイツはボロボロでぐしゃぐしゃだったのに、絶対勝てるって思った」

 

 吉良の言葉へ基山は共感するとともに、究極の個人技という異名の付く男が変わったものだ、と感心していた。

 

「ンだよ」

 

「別に? 代表でもよろしくな」

 

「ハッ…………言われずとも。この“ゴッドストライカー”吉良ヒロトがいねーと始まらないからな」

 

 基山は、随分と丸くなったものだ、とも思う。

 

 

 ◇

 

 

 観客席──────

 

 試合が終わり拍手が起こると、濃い緑色のジャージで上下が揃えた白いメッシュ茶モヒカン――不動明王が、客席からおもむろに立ち上がった。

 彼の隣に座っていた源田が追うように振り向いた。

 

「何処へ行く気だ、不動」

 

「ちょっとトイレに。一緒に行くか?」

 

「……遠慮しておく」

 

 源田が不動の双眸を見据える。

 不動は大げさにため息をついた。

 

「安心しろよ。居場所はその内連絡する。これでもアンタのことは信頼してンだから」

 

 源田に聞かれるよりも前に言い残した不動は、手も振らず客席を後にした。

 





 明日〜とか言ってましたが、結局書き直しました……俺も思ってます。おっっっそい

 次回『イナズマジャパン』
 投稿予定日・そのうち

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