雷陽と黒龍   作:久遠 れもん

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一章『身軽な身体』
合宿が始まるらしいですよ


 

 目を覚ます。

 初めての場所での睡眠だったものの、寝覚めは上々だ。

 

 稲森明日人は軽くあくびをするとともに、自身を寝かせていたベッドから飛び起きる。

 

 稲森のいる部屋には、白い天井と白い壁、入り口の扉と向かい合うよう壁に取り付けられた窓と2つのデスクが置かれていた。

 空間側面を挟む壁と壁には、稲森が眠るベッドともう一方も同じデザインとサイズのベッドが置かれている。

 そちらのベッドを見てやると、同室の亜風炉照美はまだ眠っている。

 

 確認した後、稲森は部屋に置かれたデジタル時計に目をやった。

 ──まだ集合の時間は遠い。

 

「よし……」

 

 稲森は軽く身だしなみを整えながら、衣服を脱ぎ変えていく。

 

 青と白を基調とし、両脇下辺りから上着の裾までに大胆な黄色の稲妻模様が施された上下ワンセットのジャージ姿。

 FFI日本代表となった稲森たちへ、ユニフォームと共に渡されたイナズマジャパン仕様のものだ。

 

 着替えた稲森は改めて、時間を確認する。

 ──まだ、誰も起きていないはずだ。

 そうしてすぐに、タオルと空の水筒をダッフルバッグから取り出し部屋を出た。

 

「いってきまーす……」

 

 公共設備だけあって特段派手な意匠はなく、機能的に整ったデザインの廊下を進む。

 まだ一晩しか滞在できていないものの、受付窓口前にある玄関の場所ならば、記憶に残っている。そもそも昨日に通って入ってきているわけなので当然と言えば当然だった。

 

 まだ早朝の時間帯と言うだけあって、通り過ぎる廊下から見える様々な部屋の大半は暗いまま、カーテン越しに光を漏らす程度の明りが室内設備の輪郭を浮き出させている。

 どうせ朝食までにシャワーくらいは浴びるだろう、と洗面所へ行くことはやめることにした。

 

 しばらく廊下を進んでいくが誰もチームの関係者はいなかった。

 誰にも見つからずに抜け出せそうだ、と稲森は心の中で喜んだ。

 

 内心でとはいえ、フラグじみたことも考えたものなのだが……、

 

 意外にも、あっさり建物の玄関にたどり着いた。

 

 ためらう理由もないので、稲森は屋外へと踏み出した。

 稲森の視界に広がる光景、それは慣れ親しんだ木枯らし荘から見る稲妻町の風景でも、雷門中のグラウンドでもない。

 

 

 ──────富士山麓スポーツセンター。

 

 

 サッカーだけでなく、あらゆる競技会場やトレーニング設備を網羅する施設。

 稲森は出て来た集合施設を正面から見ると、富士山の山影が存在感を示している。

 

 稲森ら20名が選出された日本代表チーム『イナズマジャパン』は、この施設をアジア地区予選期間中貸し切り状態で合宿施設として利用することになっていた。

 

「昨日も思ったけど、ひっろいなぁ……!」

 

 施設の規模に感嘆しながら、稲森は持ってきていた二点を通行路の端に置いた。

 そして、軽くストレッチをしながら物思いにふける。

 

 考えることは沢山あった。

 

 故郷で楽しんでいたサッカーが突然奪われたこと。

 闘病の末、母が亡くなってしまったこと。

 サッカーを追うためにあの雷門中に転入したこと。

 自分たち雷門イレブンがFFを優勝してしまったこと。

 自分が日本代表になったこと。

 

 稲森の追想は、現在の記憶に近づくにつれて進行が遅くなっていく。

 

「はぁああ…………」

 

 どうにも現実味のない現実を受け入れるために、稲森はこんな早朝から特訓のために屋外へ出ているのだった。

 

 特訓とは言うが、やることはただひたすらにランニングをしてやるくらい。

 稲森はストレッチを一通り終えた身体を持ち上げて、ゆっくりと走り始めた。

 

 別に稲森も夢を見ている気なんて一切ない。

 強豪たちを超えて、大会を勝ち上がるための特訓は、本当に夢だとしても現実味がないと放り投げるような真似はできないであろうほどに、鮮烈で過酷な日々だったのだから。

 

 ただ、自分を悩ませる現状は、どうにも理解しがたいものだった。

 

 敷地の正面口に差し掛かるところで、思い立った稲森は進路を敷地の外へと変えた。

 敷地の外は、すぐに広大な湖が広がっていて、吹く風が心地いい。

 

「俺が、副キャプテンって……」

 

 穏やかな日差しと、緩やかな風に、悩みの種がこぼれ落ちる。

 数日経ってなお、現実感は着いて来ない。

 

 それどころか、あれから毎日、何をするにしても未視感(ジャメビュ)が近くにいる。

 

 あくまでも副キャプテン。

 此処まで思い悩むようなことではないだろう、と思うこともあるのだが、如何せん同じ役に就いた鬼道がしっかりしすぎている。場面によってはキャプテンの円堂よりキャプテンらしい瞬間すらある。

 そんなところを東京からこの合宿所まで来て、就寝まで、という半日そこらほどの短期間だけで何度も見てしまった。

 

 サッカーみたいになる、とは言ったが、稲森明日人はサッカーという奴の日常生活を知らないし、「サッカーみたい」が結局何を指すのか本質的には知らない。

 

 肝心のロールモデルが役に立たない。

 そもそも『サッカー』はロールモデル足りえるのかもわからない。

 足りえてたまるかという話ではあるが、論点と違うことだったので、意識の彼方に放り投げる。

 

 自分に揚げ足を取り続けていたら、気が付いた頃には代表合宿が始まってしまうらしいというところまで来てしまっていた。

 

 そもそも、迫っているソレのこともよくわかっていない。

 何度も聞く機会はあったが、役職の重圧に悩んでいた稲森は調査よりも特訓を優先してしまっていた。

 

 悩んでいるうちに、気づけば1時間半経過、湖畔の道を一周する。

 稲森は休憩がてら、湖を見ながら近くの草っぱらに腰を下ろした。

 そして、時間計測のために持っていた接触操作型の携帯端末を手指で扱い、軽く情報を調べてみることにする。

 

 画面内に単語を入力し、検索を掛けると、ソレについての記事が羅列された。

 世間の熱を異常に集中させている一大イベントだけあって、疎い稲森ですら知っているような会社の名前も多い。

 稲森はその羅列の中で、最上に位置するリンクへと進んだ。

 

 『フットボールフロンティア・インターナショナル』。

 通称・FFI。

 ガルシルド・ベイハンという男が大会会長として主催する15歳以下の少年少女のサッカー世界大会。

 世界各国で行われている少年サッカー大会とは違い、女性選手の参加が許可されているのは、大会副会長であるベルナルド・ギリカナンの発案らしい。大会について調べると、ガルシルドとベルナルドの2人が笑い合って握手をしている画像の添付された記事がいくつもある。ガルシルドはよく髭の伸びた老人という印象の一方、白髪に白い肌をしたベルナルドの方は、まだまだ若く見える。

 

 若者の意見が通るのは良いことなんじゃないか、と事を考えるのが苦手な稲森は漠然とした感想を思い浮かべた。

 

 現在世界各地で行われている地区予選はトーナメント形式となっており、アジア予選は日本のFFスタジアムでの開催が決定している。

 そして、勝ち進んだ場合に待ち受ける本戦は“サッカーアイランド”ライオコット島で行われるのだそう。

 

 本戦は今優先して考えるようなことではないので、稲森はそこで検索ページを他に移す。

 

 優勝候補と目される代表チームへのインタビュー記事だ。

 親善試合全戦大量得点・オーストラリア代表チームに、世界最高峰の突破力・韓国代表チーム、無限の体力で他の追随を許さない・ウズベキスタン代表チーム。

 

 流石は世界とだけあって、予選のカードですら触れ込みのインパクトが異次元だ。

 稲森は更に深くページを読み進めていく。

 

「アメリカ……ロシア……アルゼンチン……、スぺ──あ」

 

 そして、日本にとって因縁深い名のひとつを発見した。

 

「この人だ……」

 

 ──スペイン代表キャプテン『クラリオ・オーヴァン

 

 世界最強の選手とも噂される“カタルーニャの巨神”

 そして昨年の親善試合、円堂たち雷門イレブンに大差で圧勝をし、強化委員制度の作られるきっかけとなったスペインの強豪クラブ“バルセロナ・オーブ”のキャプテンだ。

 ある種歴史の特異点の1つとも言えるほどに日本への影響を与えた選手。

 稲森達伊那国サッカー部が故郷でのサッカーを失ったのも、雷門中へ揃って転校をできたのも、すべてその親善試合がきっかけであると言える。

 

 もちろん稲森自身も、親善試合の映像を見たことはある。

 高度な連携と戦術によって繰り広げられる試合展開と、勝敗を決する各選手の鍛え抜かれた個人技は、世界のレベルを液晶越しに稲森たちを圧倒してくれたものだ。

 

「そっか、そうだよな……」

 

 当たり前といえば、当たり前のことだ。

 世界一を決める大会に、世界最強とすら呼ばれる男が出場していないはずがなかった。

 

 未だに遠い先の話だと無意識に思い込んでしまっていたが、そう遠くないところまで来てしまっているのかもしれない。

 

 それならば尚更、監督は自分に何を求めて役職を与えたのか、代表に選出したのかを考えなければならない。

 イナズマジャパンの稲森明日人。

 

 稲森は座ったままでいることはできず、再びランニングへと繰り出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 合宿所・食堂──────

 

 

 汗をシャワールームで流し終えて、食堂へ足を踏み入れると、

 

「おはようございます。稲森君!」

 

 起床から間もないだろうにもう活気の乗っている大谷に、稲森は迎え入れられた。

 

「おはようございます……!」

 

「ハイ! ささ、あちら席へどうぞ!」

 

 勢いに押されながら食事の置かれた座席に導かれる。

 既にチームの面々は食事を始めている。

 彼らは少し遅れながらも時間内に到着した稲森に気づくと、朝の挨拶をして迎え入れてくれた。

 

「おはよう明日人。朝一から気合い入ってるな」

 

「おはよう万作。まあ、色々考えながらね」

 

 食事の隣にキャップを置いた万作の隣の席に座る。

 大谷は案内を終えると、すぐにキッチンの方へと小走りで戻っていった。

 

 席から見渡す食堂は、19人の選手とサポーター数人で使うと思うと広すぎるように見える。

 廊下と同じシンプルなデザインの空間構成と、窓から見える外の花壇の緑と青空は、2度目であっても慣れを感じられる程度に安心感があった。

 

 食堂の長机はいくつも置かれており、端に万作と稲森の座るこの机には、少し離れた席に灰崎や佐久間、岩垣たちが座っている。

 そして机を跨いだ稲森の正面には基山と吉良が座っていた。

 

「そんな調子で大丈夫なのかよ。副キャプテン?」

 

「ヒロト」

 

 冗談めかして笑う吉良を基山が短く諫める。

 稲森は実際絶賛不安定だ。だからこそ、この件でチームに心配をかけてしまうわけにはいかない。

 

「どうだろ。でも、“らしいこと”ができなくても、俺にやれることを精一杯やるよ」

 

 稲森の言葉に、吉良は「へぇ」とだけ呟いて食事を続けた。

 

「オレもそれが良いと思う。変に意識して空回るのも稲森君的にはあんまりだろうし」

 

「2人とも、ありがとう」

 

 基山の肯定を聞いて、改めて自分を納得させる。

 

 吉良と基山、自分はこの2人に多少認められているのだろうか。

 そう考えると、このチームでも前を向いていられる気がした。

 

 稲森は勢いづいて、茶碗に入った白ご飯をかきこんだ。

 

 

「「──おかわり!」」

 

 

 稲森と別の卓からも茶碗が掲げられる。

 チラリと確認してみると、岩垣登郎の姿がある。

 

「はーい! 順番に行くから待ってて!」

 

 返事をしたのはキッチンで食事作りを手伝っていたサポーターの1人だ。

 

 稲森にとっては馴染みのない別の中学のサポーター。いや、正確には稲森と入れ違いになっただけの同校の先輩と言うべきか。

 つまるところ彼女もまた、円堂たちと共に特訓の日々を重ねた“強化委員”の1人。

 

 そんな緑がかった茶髪の彼女──木野秋は、オレンジのジャージ姿にエプロンをつけながら、稲森と岩垣の茶碗を回収しに小走りで台所からやってくる。

 

「ありがとうございます!」

「ありがとう、ございます……!」

 

 互いに白米の盛りなおされた茶碗を受け取った。

 

「…………? あっ! 秋、俺もおかわり頼む!」

 

「はーい!」

 

 円堂が、少し遅れて茶碗を木野に受け渡した。

 

「円堂くん、ボクもいますからね!」

 

「ああ! ありがとな目金!」

 

 地方の学校に配属されたもののフィールドプレイヤーとしてでなくマネージャー方面の能力が開花したという強化委員の中でも特殊な比較的小柄な3年・目金欠流はイナズマジャパンでもその能力を活用するために召集を受けている。

 食堂運営を手伝っているあたり、マネージャーとしての活動もしているようだが、

 

「戦術アドバイザーです!」

 

 だそう。実際のところは監督に聞かなければわからない。

 昨日時点で、紹介は受けているものの3人いっぺんに“マネージャー”としての説明と自己紹介で短く済まされている。

 

 すると、目金は他の机から食事のおかわりを要求され始めた。

 

「朝からみんな超食べるじゃん」

 

 稲森は負けじと食事を進めていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 屋内サッカー場──────

 

 朝食に続けて朝のミーティングを終えれば、遂にこの合宿の主題ともいえるトレーニングがコーチとして参加している久遠の指導の下に始まる。

 

 チームの面々は皆一様にジャージからイナズマジャパンのユニフォームに着替えて、施設内のサッカースタジアム内での特訓を開始する。

 稲森のようなフィールドプレイヤーのユニフォームは深い青と紺色の基調とし、赤いラインの入ったクールさの際立つデザイン。

 ゴールキーパーのユニフォームは一転して、円堂は明るいオレンジ色のがっしりとした雰囲気のもので、西蔭のようなセカンドキーパーのユニフォームは黄緑色が主体のスマートさと力強さを両立した要素のユニフォームだ。

 

 そして、選手のユニフォームには当然、それぞれに対応した背番号が振られている。

 稲森のものは『8』、鬼道のものは『14』、円堂のものは『1』といった具合だ。

 

「こっちだ吹雪君!」

 

 基山が抜けて走りだすと、吹雪がすかさずパスを出す。

 

「岩垣! 岩戸! 裏、気をつけろ!」

 

 攻め側の吹雪と基山たちを円堂が守備に指示を出す。

 

「吹雪! 逆サイドで稲森が上がっているぞ!」

 

「こっちです!!」

 

「ナイスラン稲森くん──!!」

 

 鬼道の指揮と稲森の大胆な動きも段々とリズムが合致してきている。

 吹雪のパスがしっかりと通り、稲森は攻め上がる。

 

 このまま走っていけば、風丸との1対1だ。

 

「来れるか岩戸──!」

 

「岩戸は残れ! 俺が行く!」

 

 佐久間の要請に食い気味に被さって、岩垣が此方をサイドから挟み込んだ。

 だが、連携のリズムが合っていないからか、やはり隙はある。

 

「──イナビカリ・ダッシュ!!」

 

 稲森は最高加速でディフェンスを突破する。

 必殺技の練度は順調に上がっていけているようで、駆ける稲光の一筋が色濃く稲森の後方から伸びている。

 

 円堂や鬼道のような柱としての姿はまだ遠いものの、個人としての実力は着実に段階を踏めている自信があるようで、稲森の口角はニッと上がっている。

 

「クソ……っ!」

 

「ドンマイ岩垣! 切り替えろ!」

 

 一方、岩垣はうまくいっていないようで、今のディフェンスの失敗にかなり食らっている。

 後ろの円堂の呼びかけでようやく上半身を上げると、岩垣は再び周囲を見渡し、走り出した。

 

「…………」

 

 円堂は、自分の言葉に従って走り出す岩垣の背を見つめている。

 といっても、試合から意識を離しているわけではない。

 

「──行きました円堂さん!」

 

 坂野上の言葉と同時に、灰崎が吼える。

 

「ォオオオッッ!!」

 

「ハァ……ッッ!!」

 

 放たれた灰崎の必殺シュートを、円堂は背後に現れた2体の魔神によって打ち止めた。

 ゴールの周辺に広がった風波と電閃の渦が大気に消えていく。

 

「やるじゃねぇかキャプテンさんよォ!」

 

「へへっ、そっちこそ! 良いシュートだ!」

 

 円堂は改めてボールを投げ飛ばし、再びミニゲームが展開する。

 

 

「すまない岩垣! 合わせられなかった」

 

「いや、俺の判断が遅かったせいです。次は佐久間さんの判断の通りに!」

 

「わかった! あと、敬称はいらない。後輩たちならあちらの都合もあるのだろうが……、同い年に言われるのはむず痒いんだ」

 

「いえ、俺なんかがそんなこと……!」

 

「そうなのか?」

 

 佐久間と岩垣はそう意見を重ね、更なる展開に合わせて駆けだしていく。

 

 

「俺が追います!」

 

「頼んだぞ稲森!」

 

 鬼道に確認を取るや否や、稲森がボールの行く先を追う。

 稲森は風丸の下へ向かうボールの軌道を胸板で遮って、今度は吹雪へパスを蹴った。

 

 

「………………」

 

 

 趙金雲は口を出す素振りもない。

 監督であるのだから、極論イナズマジャパンは彼のチームでもあるというのに、まるで口を開く様子もない。

 それどころか、この特訓風景に興味が向いていないのか、携帯端末と時計を気にする様子ばかりが目についた。

 

 コートの際に仁王立ちしていた久道が一歩前に出た。

 

「そこまで!」

 

 直後に集合するよう呼びかけられた。

 それでも、趙金雲は動かない。口を噤んでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼食時間・食堂──── 

 

 

「いや、なんで黙ってるのさあの人」

 

 真都路の露吐した言葉は、全員に肯定されて然るべきものだった。

 

 なにせ、午前中の特訓における数時間、趙金雲は口を開かないどころかコートに近づきもしなかったのだ。

 不満の1つくらい出しても許されよう、というのは共通の認識である。

 

 真都路の隣に座る風丸が苦笑いを浮かべている。

 

「だが、ああでも今FF優勝校の監督だ。口を出さない理由もあるんじゃないか?」

 

 風丸の視線が向かいに座る鬼道へ向かう。

 

「そうだな。俺たちのような1日たりとも無駄にしたくないという思いは、彼方も同じはずだ。何か目的があるんだろう」

 

「目的って……」

 

 坂野上は鬼道の考察に対する答えを探していく末に黙り込んだ。

 言葉の続きを少し離れて稲森の隣に座る吹雪が継ぐ。

 

「監督は、何かを待っているように見えたけど……。だとしたら何を待っているんだろう。稲森くんは何か思い当たることある?」

 

「うーん……似たようなことは何度もあったけど、実際その時に何を考えていたかを明かしてくれたことは中々なかったんですよね……」

 

「この場合、心配している必要はないのかな……?」

 

「多分……」

 

 あの監督はなんだかんだ言われながらも、チームの勝利に必要な策を練ってきた。

 監督を信頼……は出来ていないかもしれないが、監督の行動に対して“何かある”という認識なのは、稲森自身含めた雷門メンバー全員が感じるところだった。

 万作と氷浦、岩戸は稲森の意見と同じようで同意を示すように頷いている。

 

 円堂が立ち上がった。

 

「なら俺たちは、俺たちのやれることを精一杯やるんだ。久遠コーチはアドバイスをくれるし、俺たちなら互いの問題も互いで気づき合える!」

 

 円堂は笑う。

 どこまでも、先頭を行くキャプテン。だというのに、仲間を見捨てない姿勢すら持ち得ている。

 皆を支える精神は、他の誰にも変えがきかないものだ。

 

 

 

 

 

 稲森は一足先に食事を終えて、食器を戻すべく立ち上がった。

 午後からのトレーニングに向けて消費した活力を蓄えながら、皆は午後の特訓に集中していた。

 

「明日人くん、片付け終わったら少しいいですか……?」

 

「一星? 良いけど、どうしたの?」

 

 稲森にとっては、チーム本格始動から一晩しかたっていないかつ午前の特訓では接点が希薄だったこともあって、話しかけられたこと自体が少し意外だった。

 

 一星の武器は、おそらく彼自身の視界を起点に展開される広範囲の観察力と独特な間合いの取り方。先日、紅白戦では武器を活かしたプレイングでチーム白の守備に貢献した。

 わざわざ稲森を名指しでの呼び出しだ。何か一星にとって疑問となるところがあったのだろう。

 

「──そのトレー、私が回収しましょうか?」

 

「わっ、つくしさん……!? ……なら、お願いします」

 

 突然背後に現れた大谷は、稲森の差し出したトレーを持ってキッチンに戻っていった。

 

「じゃあ、行きましょうか。明日人くん」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一星&岩垣共有私室──────

 

 

 2人の部屋は、部屋自体の場所と窓から見えるものに違いはあるものの、稲森と亜風炉の私室と全く同じ間取りと家具配置だった。

 おそらく、他の部屋もこの2部屋と同じ空間が広がっているのだろう。下階の方にジムや会議室、それに多種競技それぞれに必要となる部屋といったメインどころが詰め込まれているためか、宿泊用空間もそれなりに広く、廊下を歩いた限りは扉は等間隔で向かい合っていたことから確信できる。

 

 室内に案内されると、一星側のものであろう椅子に座るよう自然と促される。

 一星は隣のベッドに腰を下ろした。

 

「突然すみません。午前中の練習を見ていて、どうしても気になって……」

 

「いや、こちらこそ。個人技も、連携も、副キャプテンとしたって、みんなの意見を貰わないといけないとは思ってたから」

 

 一星はホッとしたようで、小さく微笑んだ。

 だが、その表情はすぐに真剣なものに変わる。

 

 稲森は一星が変化するや否や、椅子を近づけ前のめりに耳を傾けた。

 

「明日人くんは、キャプテン……円堂さんについてどう思われますか?」

 

「どう……って。……キーパーとしての実力も、特訓に対する姿勢も、普段からのリーダーシップも、円堂さんはイナズマジャパンに絶対必要な人だって思う。円堂さんがまとめるチームなら、俺たちは世界に届くかもしれない」

 

「なるほど……」

 

 一星は「やはりか」とばかりに、神妙そうな面持ちで自分の口元に手を当てた。

 稲森が首を傾げると、一星は稲森に向き直る。

 

「──明日人くんが副キャプテンとなった理由は、そこにあるんじゃないでしょうか」

 

「……!」

 

 なんと。一星は稲森より先に意図に気づいたらしい。

 稲森の身にどこか硬さが走る。

 

 一星はまた微笑んでから、

 

「帰国以前に情報収集として見た過去の公式戦映像や、日本で何度か円堂さんと同じコートに立った経験しか自分には判断基準がありませんから、円堂さんに関して間違っている認識があれば言ってください」

 

 そんな前置きをして話を続ける。

 

「円堂さんは、主役過ぎる──芯まで日本代表のキャプテンなんだと思います。世宇子中への大逆転勝利とそれを決定づけた彼の立ち上がる力強さ、そして勢いのままに挑んだ世界の傑物に大敗を喫し、国内で更に力を付けていくためにゴールを死守し続けた……そんな姿を、追い続けた観客たちから“伝説”とすら呼ばれるようになった。あの人は日本の主人公なんです」

 

「……円堂さんは、純粋にサッカーを楽しんでいるんじゃないかな……?」

 

 尊敬する円堂の純粋なサッカーへの姿勢を否定されたようで、稲森は異を唱えた。

 すると、一星は

 

「もちろん」

 

 と、まるで方向の違う同意を口にして、更に言葉を続けていく。

 

「円堂さんは、わざわざ舞台上に上がろうとしたわけではない。僕にも、あの人が笑顔の裏でそう卑しい考えを持っていないことはわかります。だから、あれはきっと天性のものです。その才に、行動力と努力が乗った結果が今の円堂さんの姿なんでしょう」

 

「じゃあ……」

 

 一星は何を言いたいのか。

 稲森が聞き返そうと言葉を探って言いよどむと、一星が先に答えを述べる。

 

「僕が考えたのは、あくまで観戦者や世間の方々から見た“円堂守像”です」

 

「……!」

 

 確かに、そう補足を受けた後ならば一星の分析も理解ができた。

 

 優勝、大敗、成長、そして再挑戦……。

 円堂の歩んできた歴史と現在は、表現を選ばずに変換すると、読み手をキャラクターにのめり込ませるコミックの導入と近い。

 

 稲森にとって、円堂は大きな障壁となる相手チームの守護神、チームメイトをまとめ上げる頼れるキャプテンという2つの認識しか持ってこなかったから気が付けなかったが、第三者視点となる観客からしてみれば、確かに主人公そのものだ。

 

「なるほど……?」

 

 納得しきれていないのは、やはり円堂の態度が外からの評価を感じさせないからだ。

 

「そこです……」

 

 表情から此方の考えを読み取ったのか、一星が人差し指を立てて言った。

 

「僕たちは、円堂さんへの認識を自覚しきれていない。皆さん、無意識に円堂さんを頼ってしまう」

 

「…………」

 

 円堂の器量に頼ることは多い。

 稲森自身、これは自覚していた気でいたが、一星の言葉に沿うなら無意識で更に寄りかかってしまっているということなのだろう。

 

「円堂さんの強さは、耐える力と立ち上がる力。つまり、精神的支柱としてのキャプテン像と、統率者としてのキャプテン像を併せ持つキャプテンなんです」

 

「……なるほど」

 

 ──言われてみればそんな気がする。

 稲森は眉をひそめながら相槌を打つ。

 

「ですが、無意識に全員が円堂さんを頼ってしまう現状。円堂さんのキャプテンとしての能力は精神的支柱としての力に偏り過ぎてしまう……」

 

 ただの認識のすり合わせであるのに、こうも重く圧し掛かってくるものがあるのは、きっと自分でも察しているところがあるからだ。

 

「明日人くんが副キャプテンになったのは、きっとそこです」

 

「……うん」

 

 だから、答えを伝えてくれている一星の言葉への第一声は、また相槌を打つだけに留められた。

 一星は、思考を回しながら整理していく此方が一区切りつくのを見届けると、更に細かく説明を重ねていく。

 

「……明日人くんの強みは、瞬間加速と脚力での対応力、それと周りを見て加勢に行ける動的観察力です。おそらく、監督は明日人くんの長所を最大限活かすために、あえて円堂さんと近い役職を与えたんじゃないでしょうか」

 

 稲森は、言葉を紡ぎながら一星の立てて見せた2本の指をじっと見つめながら、耳を傾けていた。

 

 一星の言葉は的確なものに思えた。

 何より、自身の自己分析と重なる一星の分析を、稲森は十分買うに値すると考えた。

 

 鬼道のことを語っていないのは、こちらの頭脳で処理できる情報量を絞った結果だろう。

 

「なら……俺は、円堂さんのサポートをするべきってこと……?」

 

 一星は首を横に振る。

 

「いえ。どちらかと言うと……稲森さんは常に動きながら周囲を見られるので、円堂さんとはまた別にチームの不和不調に目を向ける方が良いかと」

 

「あ、そっか。一星的には、現状でも成立自体はしてるんだもんね……!」

 

「そうですね。上を目指すなら、必要なことだと思います」

 

「そうだよね……うん。…………ありがとう一星! なんか目指す先が鮮明になったかも!!」

 

 稲森は座っていた椅子から立ち上がって、拳を天井に向けて突き上げた。

 

 一星は大げさというくらいに首を縦に振った。

 

「はい! 同じチームメイト──仲間ですから、これから優勝目指して頑張りましょう!」

 

「ああ!!」

 

 そろそろ昼食も終わる時間だ。

 稲森は再びチームへ戻るために、一星と共に共同私室を後にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 敷地内スタジアム──────

 

 円堂をはじめとしたイナズマジャパンの面々は午後の特訓へ、改めてスタジアム内の屋内サッカー場へ向かう。

 稲森は同じようにチームと歩いていた。

 

「あれっ」

 

 異変を予感させる言葉の主は、円堂守。

 円堂の視線の先を見てみると、趙金雲が入り口の隅で立っている。

 

「監督。どうしたんですか」

 

「円堂クン、どれだけチームメイトが揃っているかはわかりますか?」

 

「……? 一応19人全員いますけど……」

 

「おお! 流石キャプテンですねぇ。でしたら、午後の特訓を始めに行きましょう♪」

 

 監督に言われるまでもなく、ということを考えたのは、稲森だけではない。

 稲森以外の面々も、趙金雲の言葉の意図を掴み切れていないような表情で疑問符を浮かべている。

 

「どういうことですか監督?」

 

 円堂がチームを代表して確認をする。

 

 

 

 ……までもなく。

 

 

 

「なるほどな……」

 

 円堂や坂野上と並んで最前列を歩いていた鬼道がコートの中心を見て、合点が言ったとばかりに微笑を浮かべる。

 

「……っ!」

 

 その人物に気がついた風丸が目を丸くする。 

 

「思っていたより、早い再会だな……」

 

 豪炎寺は口角をわずかに上げながら、視線を決して離さない。

 

 稲森は仲間の背と背の間から顔を出して、皆の視線の向く一点を追うように目をやった。

 

「な……ッ!?」

 

「もしかしたら、これからが本番なのかもしれないね」

 

 稲森の隣に立つ吹雪はふっと微笑み、此方を脅すようなことを言う。

 だが、そんな彼の態度に救われる気もした。

 余裕とも、高揚とも取れる吹雪の態度は、この瞬間において感情の天秤を平常に戻すのにちょうど良い。

 

「さて、午後のトレーニングを始めましょうかねぇ~!」

 

 趙金雲はイナズマジャパンのそんな動揺見て高笑いをしながら、

 

 

「──お待たせしました。クラリオ・オーヴァンクン♪」

 

 

 視線の焦点で、背を向けていた大男に呼びかけた。

 クラリオは、進入してきたばかりのイナズマジャパンの中心に立つとある人物に視線を送る。

 

 視線を送られると、呆けていたその少年の表情は興奮へとすり替わり、力強く笑う。そして、

 

 

「久しぶりだな! クラリオ!」

 

 

 円堂守は、昨年の自分たちを打ち負かしたその人物、クラリオとの再会を喜んだ。

 

 

 





 話してる理屈のずらし方が露骨すぎるかと思う一方、露骨すぎるくらいでいいかとも思う


 執筆段階で解釈不一致だったこともあって苗字呼びの下り消しました。次以降名前呼びさせます。地の文では全員苗字で進めます。認められて自信ついたのだと思ってください。

 次回『世界』
 投稿予定日・4月中
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