雷陽と黒龍   作:久遠 れもん

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世界

 

「…………」

 

 稲森は眼前の存在に唖然としていた。

 

 筋肉と骨格が盛り上がった屈強な大男だ。

 日本人ではなく、外国人。修練だけでは到底辿り着けない体躯の構造差以外にも、暗く目元に影をつくる深い彫と鋭い目つきをはじめとした彼の特徴すべてが一目でそう印象付けている。

 

 稲森の出身は、日本の中でも列島の軸から外れた伊那国島。

 監督・趙金雲のような外国人どころか、出身国を同じくする日本の都会人の行動ですら驚かされることはまだ多い。

 当然、自分が遅れているのだと自覚している。

 

 だが稲森にとって向かい合って立つ彼は、其処にいること自体がとても不自然なように見えた。

 既視と未知が混濁する感覚に硬直した身体はどこか痒さを覚え、稲森は全身を探し回るように集中を巡らせる。

 

 すると円堂が一歩前に出た。

 

「――久しぶりだな。クラリオ……!!」

 

 どこか上擦った声になる円堂は軽く手を挙げた。

 見ると、呼ばれた眼前の存在もまた、僅かに口角を上向かせている。

 

 ――『クラリオ』。

 その名を聞いて、稲森にもようやくピンと来た。

 

 同時に、つい数時間前の記憶が呼び起こされる。

 

 クラリオ・オーヴァン。

 世界屈指の傑物にして、日本にとって最大の仮想敵といえる“カタルーニャの巨神”。

 彼が率いるスペインの強豪“バルセロナ・オーブ”を初めとするスペイン代表の面々こそが日本少年サッカー界と因縁深い相手の1つと言って違いない。

 

 稲森は目を見開いて大きく息を呑む。

 

 突拍子もない出来事過ぎたために、記憶と現実とが中々結びつかなかったのだろう。

 全く気付かず、ただ呆気に取られていた数秒前の自分が今となっては信じられない。

 

「なんで、そんな人が……」

 

「なんでも何も、そこの監督サンに呼ばれたんだろ。そうだよな、クラリオ?」

 

 小さく呟いた言葉を掬い上げるように、ため息交じりの言葉が稲森たちの頭上を通り抜けてクラリオへと向けられる。

 

 稲森は跳ねた肩を下ろすと、視線を背後へと変えた。

 

 クラリオと合わせてイナズマジャパンを挟むように立つのは、鋭い目つきをした褐色肌で赤毛の少年。

 どうしても細身な印象を持ってしまうが、クラリオが並外れ過ぎているだけで、イナズマジャパンの誰も及ばない大きな肩幅をしている。

 

(……誰――いや、違う)

 

 稲森の感覚は、すぐに記憶と重なった。

 同時に鬼道がその名を呼び、記憶は鮮明なものに変わる。

 

「ベルガモ・レグルト……!」

 

 ベルガモはクラリオと同じクラブに属している選手であり、クラリオ・オーヴァンと同じようにスペイン代表に選出されていた。

 覚えがあったのは、今朝の記事でクラリオと同じ写真で活躍を写されていたためだ。

 

 屋内体育館の換気設備から入り込む風が止み、状況を探るような静けさがイナズマジャパンを包む。

 

「それにしても、どうして日本に?」

 

 数秒の停滞を破った円堂は、至極純粋に皆がずっと感じていたことをクラリオに尋ねる。

 稲森は心の中で頷きながら唾を呑んだ。

 

「今の日本の実力を知っておきたかったんだ。だから私たち2人は、キミたちの監督の頼みに応じた」

 

 一転して微笑みながらクラリオは言った。

 稲森は視線をクラリオの隣に立つ監督へと向けた。が、ニヤケ顔の朝金雲からは何もわからないと断じてまたクラリオの方に戻す。

 

 クラリオは穏やかな態度に変わっている。

 変わっていてなお、威圧感が半端ではなかった。

 

 クラリオとベルガモの2人だけでも、彼らの覇気を前にして、自由に動ける者は限られる。

 感情の高揚と逆を行く生物的怯えの反応は、世界の舞台を戦う彼らを格上と認めてのものなのか、これから上回る必要のある焦燥が由来のものか。

 この緊張に押さえつけられながら動くのは、昨年の一戦の当時者だけだ。

 

「俺たちの実力を測ってどうする気だ。敵情視察と取られても仕方がないぞ」

 

 風丸は理屈を抜かした反発をしながら、クラリオの双眸を見据える。

 クラリオは風丸の視線を受け入れるように一瞬目を伏せると、再び此方を見渡した。

 

「視察……ニュアンスに違いはないが、何も今回はただそれだけで終えるつもりはない」

 

 クラリオは「でしょう?」と、趙金雲に視線を送った。

 対して、趙金雲は答えをはぐらかすようにニヤニヤと笑っている。

 

 稲森は目を繰り返し瞬かせることしかできない。

 

「…………」

 

 豪炎寺をはじめとする何かを察した数人は、顔をこわばらせる。

 

 視察の先なんてものは、1つしかありえない。

 答えにたどり着こうという直前、

 

 タン。

 

 趙金雲が手を叩いた。

 

 音につられて、稲森は視線を上げる。

 

 他の面々も、つまらなそうにしていたベルガモの注目も向いて、趙金雲は「ハイ」と一拍置いて言った。

 

「では皆さんでクラリオ・オーヴァンクンにお手合わせ願いますよ~」

「宜しく」

 

 軽い口ぶりで本題を口にした趙金雲の言葉に、既知の内容だったようでベルガモは一足先に視線を外す。

 ただ、稲森には衝撃だった。

 他の仲間たちも同様だ。動揺の空気が22人の間に流れている。

 

 ただ、湧き上がるような高揚には気づかない。

 気づかずとも、身体は精神に従って反応する。

 

 FFI開始前に、世界の有望選手のサッカーを知ることができる。

 世界のサッカーと戦える。

 

 稲森がその機会が早々にやってきたことへの理解を高めている一方、一部選手には疑念を抱える者もいた。

 

「お手合わせ? ソイツらは2人なんだろ。俺らを舐めンじゃねえ」

「その通りです。この1年で俺たちは急速に成長しています。全員で2人を相手になんて釣り合うはずがない」

 

 灰崎が言うと、鬼道が続いた。

 

「ハッ」

 

 吉良がくだらないとばかりに鼻を鳴らす。

 

「全員でやる前提なのか……」

 

 万作がやれやれと言った感じで、帽子のツバを深く落として表情を隠した。

 稲森は万作が言うまで会話に着いていけていなかった。なんとなく、全員で挑むものだと自然に受け入れていた。

 

(――言われてみれば……そっか)

 

 稲森は自分の鈍感さに苦笑した。

 

 すると趙金雲は、万作に答えるかのように

 

 

「どうしますか?」

 

 

 とクラリオにわざとらしく問いかけた。

 

 

「……私は相手が何人であろうと関係ない」 

 

 

 クラリオは、彼の後方で面倒そうに待機中のベルガモと確認を取るように視線を交えたうえで趙金雲の問いに答えた。

 

「では、お言葉に甘えちゃいましょう♪」

 

 そんな趙金雲の言葉で、反論の隙もなくサッカーバトルのルールが決定された。

 

「…………」

 

 人知れずベルガモは事の行方を見定めかのように腰に手をついた。

 

 

 ◇

 

 

 1時間前――

 

「たった1年だぜ。クラリオ」

 

 クラリオに同伴したベルガモは、諭すような口ぶりで言うと、力一杯にボールを蹴り放った。

 

「ああ」

 

 クラリオの返答の瞬間、ボールはゴールネットを張り裂かんとばかりに突き刺さり、ゴールの中に落ちた。

 ベルガモは乾いたため息を吐くと、自分たちスペイン代表の主将である返答の主に鋭い視線を向けた。

 

「……お前の感情1つで、俺らが費やした過去の時間をも傷つけることになるかもしれない」

 

「ああ、その通りだ」

 

「眉唾だが大会の裏で何か不審な動きがあるとも聞く。それこそ、俺たちの中に罠が張られている可能性もあるんだ。他に気を取られているうちに足を掬われかねない」

 

 ベルガモは言葉を紡ぐ過程で語気を強めていく。

 どうにも、自分の国を背負う立場の主将としての意識に欠けた行動をしているように見えていたのだ。

 

 クラリオは僅かに目を伏せた。

 その瞬間の隙に差し込むように、ベルガモは問う。

 

「お前は、それでも奴らを支持するのか」

 

 あまりの威力にゴール内から力無く跳ね返ってきていたボールは、クラリオの足元で回転力を失った。

 ベルガモは大げさにため息を吐く。

 

 1つ、解答を持つクラリオは断言する。

 

「これは支持ではない」

「はぁ?」

 

 聞いた途端、ベルガモは眉を顰めた。

 

「私が彼らに与えるのは“事実”だけだ」

 

「……同じだ。俺たちに不利益なことをしていることには変わらない」

 

「私はチームにとって、メリットのある行動をしている」

 

「……」

 

 断言したクラリオに、ベルガモは思わず押し黙った。

 

「FFI発表からすぐ、ある男が世界のサッカーにおける現状を語ってくれた。そして、彼の出身国であるこの日本は我々が戦った時から急激に成長を遂げたとな。私が彼の要求に了承してから、此方の監督と日本の監督を繋げたのも彼だ」

 

「……愛国心が高くて結構だな」

 

 呆れ気味なベルガモの言葉にクラリオは首を振った。

 

「いいや、彼はおそらく……――止めておこう。これより先は彼の意志を疑うことになる」

 

「……?」

 

 ベルガモはクラリオの態度に首を傾げる。

 

 だが、なんとなく理解はできる気がした。

 クラリオの言う“彼”とやらは、イナズマジャパンを踏み台にしようという輩なのだということは少なくとも、といったところか。

 

 ベルガモがそんな推理をしたところで、クラリオは足元のボールを蹴り上げた。

 

「クラリオ――?」

 

「今日は、隣に立つ私を見ていてくれ――」

 

 宝石を磨くような静かな動きで力強い蹴打を落ちるボールに叩き込む。

 瞬間、クラリオのキックは連続し始める。

 

 ――クラリオの必殺技『ダイヤモンドレイ』。 

 

 最早、クラリオとベルガモが戦う世界のレベル相手には不安が残る威力の必殺技だとされているが、ベルガモにとっては未だ破格の威力を持つ技に違いない。

 

「……なるほど」

 

 ベルガモはクラリオの蹴撃に込められた意思を理解し、納得されてやるとばかりに頷いた。

 

「得られるものはあるんだろうな」

 

「もちろん」

 

「断言できるのか」

 

「ああ、昨夜。すでに確認した」

 

 いつの間に宿抜け出したんだ。とは言わず、ベルガモは上着の下に隠したユニフォーム姿となると、イナズマジャパンを待つことにした。

 

 

 ◇ 

 

 

 明日人たちがポジションに付くころには、クラリオは既に相手コートに位置取っていて、準備完了、といった様子だった。

 ポジションについては、FWが五人、MFが六人、DFが六人、GKが二人といった具合。

 稲森の想定は外れ、意外にも自然な形でコート内に全員が配置されている。

 

 稲森はここにきて、ようやく19人という人数による物量という有利条件をしっかりと認識し始めた。

 クラリオから考える必要はないと一蹴された考えが、稲森の脳裏を過ぎていく。

 

 ――勝負になるのか。

 

 全く持って相手を侮るような意図はない。

 それでも17人の人数差。

 相手のコートは体格の大きさが此方とまるで違うとはいえ、たった2人の選手が仁王立ちしているだけ。

 

 空間に空きができているというより、もはや空き地に異物がぽつりと置かれているような感覚。

 サッカーをする上では、数秒の切り替えしによるカウンターでしか成立しないような状態だ。それが常態化するのが今回らしい。

 

 稲森はコートから選手へと意識を移す。

 

 映像で見る彼は、一挙手一投足から自らに視線を向ける全ての霊長への敬意と頂点に立つ者の持つ威厳に満ちた存在感を纏った最高のカリスマを持つ王者。

 だが、今視界の奥で仁王立ちするクラリオの姿は、映像で見た印象だけにとどまらない。 

 

 静かだった。

 

 ただ、立っているだけ。

 それだけだが、クラリオ・オーヴァンが其処に在る影響によって、稲森は巨人が聳え立っているかのような強大な覇気を全身から感じている。

 

 稲森は小さく息を吐いた。

 そこで、やはり釣り上がっている自分の口角には気がつかない。

 

 コートの際に立っていた大谷つくしが、笛を加えた。

 

「大丈夫です。この人数を2人だけで対処できる選手なんて、僕でも知りませんから」

「……そっか」

 

 隣に立つ一星からの声掛けへの答えに悩みながらも稲森は返事を返し、

 

 ――とは言え、此方ボールでの開始で良いのだろうか。

 なんて感じながら、佐久間と吉良によるキックオフの瞬間を待つ。

 

 

 ピ――――――ッ

 

 

 佐久間から吉良にボールが受け渡され、変則ミニゲームが開始した。

 

 ――瞬間。

 

「吉良――!!」

「――言われなくともなァ……ッ!」

 

 鬼道が吉良の背に向けて放った合図を見ず、吉良はその通りの策を展開する。

 叫ばれるのは、吉良ヒロトの最速策の名だ。

 

「ジグザグストライク――ッッ!!」

 

 電光石火の“ゴッドストライカー”が加速・跳躍を連続させる。

 神の領域は瞬く間にピッチを塗り替えながら、その範囲を拡張させていく。

 

 

 

 

 

 吉良財閥の御曹司という立場がありながら、ほんの数ヶ月前までは不良地味た独善的素行に走っていたのが吉良ヒロトという少年だ。

 故にチームに対する外部評価に興味はない、というのは言い過ぎにしても、実際周囲の見え方への意識は他のメンバーより低い。

 

 だが、同じ国の代表として――同じ立場にだった上で下される評価ならば話は違う。

 

「舐めんな――」

 

 吉良は幾度となく空間を直角に折れ、更に加速を遂げる。

 

「ォオオオラァッッ!!」

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

「――それだけではないだろう。貴方たちは……」

 

 クラリオ・オーヴァンが呟くと、隣に構えていたはずのベルガモが難なく光の軌跡からボールを掠め取った。

 

 刹那の静寂。

 

 直後、吉良ヒロトの肉体は愕然と硬直しながら、慣性のままに放り出された。

 

「ヒロト――!!」

 

 追うように円堂が怒声を上げた。

 吉良は咄嗟の姿勢制御によって地面に足の裏を滑らせるように低姿勢の状態で着地をすると、無念を振り払うように首を動かしてすぐに駆けだした。

 

 一方、ベルガモから、走り出すクラリオへとパスが上がる。

 

「来るぞ!!」

 

「……ああッ!」

 

 豪炎寺の一声に堰を切られ、灰崎がクラリオへ距離を詰めた。

 一瞬の差はあるものの、豪炎寺と佐久間、基山が続いている。

 

 クラリオの前方となる180度を四分割して守備陣を上げた灰崎たちは、距離にしておよそ7メートルほどを1秒と使わず仕掛けに出た。

 当然、相手は加速を続けているうえ、味方であるクラリオもパスコースは細いが確実に攻め上がってきているため、一手で打ち取りに掛かる者はいない。

 

「――」

 

 クラリオの瞳が左右した。

 灰崎は一瞬の思考によるラグを突き、更に深く地面を蹴り跳んで――

 

「……ッ!!」

 

 ――競るという瞬間に、表情を歪めた。

 

 クラリオの足元にボールはない。

 

 思考の隙を突くべく動く灰崎の思考の隙を突いたクラリオは、アウトサイドでボールを小突き出していたわけだ。

 それは、実力に差があるからこそ生まれた、1タッチごとの体感時間と技術による実践速度の差。言ってしまえば、単なる実力差だった。

 

 そして、クラリオのパスは、先の展開への起点となる。

 

「そらよ――っ」

 

 ベルガモから、ワンツーがクラリオに返される。

 だが、クラリオの前方は豪炎寺ら3人が距離感を変えながら防いでいる。

 

 数的不利だ。

 3対2。否、クラリオへのプレスは既に、他の展開を許すことなどない。3対1だ。

 

「稲森――!」

 

 不意に、鬼道が呼んだ。

 

 稲森は目を見開いて一瞬、硬直する。

 脳裏に過ぎるのは、数時間前に語られた星夜を思わせる1人の言葉だった。

 

 直後、クラリオは精密なボールタッチと共に3人の障害をさも容易に捌く。

 

 稲森は時間のないことを直感しながら、呼ばれたままに行くべきかと逡巡をしながらも一歩前に出る。

 

「走れ!」

「――!」

 

 鬼道の言葉ではない。鼓膜からの伝達がそう理解を及ぼすよりも早く。

 

 稲森は反射的に、武骨さと洗練さを両立したその声に背を押され――瞬時に雷霆と化すその脚で、地面を蹴り上げた。

 

「イナビカリ・ダッシュ……ッッ!!」

 

「……!!」 

 

 クラリオが目を見開いた瞬間は、雷速で駆け抜ける視界の中で確かに見えていた。

 

 稲森は、ボールを足元に抱えている。

 ボールを奪取している。

 

 ――逃がせ。

 

 何せ攻守は変わっている。

 稲森はとっさに周囲を見た。

 

「明日人……ッ!」

 

 大外を走る氷浦がなぜか転換する姿を見た。

 

 その裏で、耳朶を揺らす仲間の声がある。

 

「坂野上! 一星! 挟み込むぞ!」

「く……ッ、なら僕が!!」

 

 鬼道の策をクラリオが打ち破る。

 隙を狙う亜風炉を突破する。

 

 ――失敗を悟ることすらできなかった。

 何もない足元に視界を落とすことすら、今の稲森にとっては時間の無駄だ。

 

「クソォ……ッ!!」

 

 稲森は遥か遠く、既にいつシュート体勢に入るかもわからないその巨神の背を大気をかき分けながら追い駆ける。

 

「グッ――……ッッ!!」

「アイスグランド――……ッ」

 

 だが、無情にもDF陣の大半はなすすべもなく、踏み越えられる。

 

 クラリオの攻勢が止まらない。

 クラリオの攻勢は止まらない。

 

 間もなくDF陣をも突破したクラリオはボールを打ち上げると、空中に放られたその球体を蹴りつける。

 

 それは、稲森にも見覚えのある必殺技。

 かつての雷門中に決定的な差を打ち付けた至上の一球。

 

「来い……!!」

 

 ここまで一分たりとも時間は立っていない。

 動揺する時間も与えられず、円堂守しかゴールを守れない。

 

 だが、クラリオは未だ知らない。

 

スーパー……

 

 敗北者の力強さを。

 そして──

 

「イナビカリ・ダッシュ――ッッ!!」

 

 挑戦者の根性を。

 

「ッ!!」

 

 クラリオは口端をほのかに上向かせたかと思えば、ボールへのキックを連続させていく。

 二十以上に及ぶ衝撃の中で、蹴打の轟音は次第に重く、鋭く、極限へと向かい、

 

 

 ――宝石の輝きは撃ち放たれる。

 

 

「ダイヤモンドレイ……!!」

 

「はァアアアアッッ!!」

 

 稲森の足が、クラリオの射出の右足にボールを介して重なった。

 

 直後、

 

「……がぁあああッッ!?」

 

 稲森は呆気なく吹き飛ばされる。

 

 クラリオの蹴打から発射された一撃が円堂との距離を光速で縮めていく。

 円堂は右腕を割り込ませた。

 

「――ゴッドハンド……!!

 

 激突した。

 

 円堂の右手は、魔神の剛腕を圧縮したかのように出力を力強く増していく。

 

 昨年では、敵いもしなかった相手のシュートを、円堂は歯を食いしばりながら押さえ続けている。

 どうやっても、時間という壁によって埋まりきらない力量差というものは存在し、事実円堂は拮抗しているだけだった。

 

「まだだ……!」

 

 押し込まれる。

 抵抗をやめることはない。

 

「ハァアアアアア――ッッ!!」

 

 ――止める。

 戦艦の重砲を思わせる光弾は、円堂の独力で止まり得ないことは誰の目にも明らかだった。

 

 円堂の叫びが途切れ、激突の衝撃と共に舞い上がった砂煙が晴れた。

 迸るエネルギーが霧散した。

 

 

 瞬間。

 

 

 ――ガァン!

 

 炸裂するように円堂の頭上で金属が哭く。

 それが、右腕を咄嗟に天へと向けた円堂によって軌道を逸らしたボールがバーに衝突した音であるとこの場の全員が知るのは、

 

「――流星ブレードォオオオオッッ!!」

 

 基山タツヤによる咆哮の直後、黒く焼け焦げたボールが対岸のゴールネットから転がり落ちてからだ。

 

 

 

 

 ピ……ピ――――……ッ!

 

 数秒、呆けていた大谷が鳴らしたホイッスルが静まり返るコートに響いていた。

 

 





 突然の貴公子


 次回『型に嵌まる』
 投稿予定日・未定(5月1〜2週間)
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