雷陽と黒龍   作:久遠 れもん

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 ⚠️今まで以上に読みづらいモノを世に出します。



型に嵌まる

 

 稲森の影響でわずかにブレたボールの回転を手のひらで対抗しながら感じ取った円堂が、右腕を咄嗟に上向かせることで必殺シュート『ダイヤモンドレイ』の軌道を逸らす――。

 

 一方、ペナルティエリア内へと駆けこんでいた基山の目には、受けが凌ぎに変わる瞬間が映っていた。

 

 円堂の直感が実践してみせる代案には、欠陥があった。

 それは、ボールが外に出ない場合。

 転がるのか、弾むのか、いずれにしても1つのディフェンスの形は、競り合いにおいて圧倒的力を発揮するクラリオ・オーヴァンがゴール前に存在する以上負け筋に他ならない。

 

 この一瞬、基山の役割は完璧なボールクリアという結果のみに絞られる。

 

 己の足をもって、クラリオの必殺を打ち返す。

 吉良ヒロトと肩を並べるFWの才能は、未だクラリオ――世界のレベルから程遠い。

 

 円堂が受け流し切り、そのボールが何かしらにぶつかる。

 ここまでしてようやく同等だ。

 そして、これ以外の減衰は不可能だ。

 

 基山の脚は意識と遥かに差をつけた直感に応じて神経を伝い、筋肉を収縮させ――跳んだ。

 

 

「――はぁああああッッ!!」

 

 

 円堂がボールを受け流した。

 

 同時に、

 

 

 ――ガァン!

 

 

 音を合図に、基山は右足を振り抜いた。

 一瞬、電柱をそのまま杭のように打ち付けられるかのような衝撃に足が止まる。

 

 

「――流星ブレードォオオオオッッ!!」

 

 

 だが、基山は振り抜いた。

 鞘から抜かれた彗星の刃に、クラリオは反応することすら叶わない。

 

 何せ基山自身も、未だに思考が追いついていない。

 反応できる者がいるとすれば、それはこの場で誰より日本の底力を信じている者、あるいは――

 

 

「獲れる――」

 

 

 この場で誰より日本の力を侮っていた者……ベルガモ・レグルトが、見開いた目に青い煌めきを留めながら一言の音を溢した。

 

 瞬間、跳躍したベルガモが、基山の必殺シュートに足先を伸ばす。

 

 彼は日本を侮っていた。

 良く言い換えれば、見定めていた。

 疑心と共に来日し、プレイをクラリオのサポートのみに絞ることで数歩引いた立ち位置を維持していたベルガモだからこそ、反応が間に合った。

 

 

 ――反応が、間に合った。

 

 

 侮っていた者。

 もう1つの可能性は、基山が打ち返すよりも早く、信頼だけで既に空中を舞っている。

 

 

 ――シュートチェインが、彗星を加速させる。

 

 

「悪いな」

 

 

 日本の底力を疑わなかった――豪炎寺修也の左脚が振るわれる速度は、ベルガモの跳躍を遥かに超えてボールに紅を打ちつける。

 直後、加速した急軌道で落下した紫の弾丸は、ゴールネットを揺らしていた。

 

 イナズマジャパンの勝利。それが、このミニゲームの決着だ。

 

 

 

 ピ……ピ────……ッ!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一時間後、富士山麓一般道――――

 

 クラリオとベルガモ。

 たった一度きりの攻防の後、2人を乗せて来たものと同じタクシーが、2人を再び乗せて合宿所を後にする。

 

 クラリオとベルガモは車内後部座席に詰め込まれたように座っている。

 ベルガモは窓を開き、過ぎていく風に当てられながら湖と山容を眺めている。

 

 クラリオは、瞑想でもするかのような佇まいでありながら、開いた双眸でフロントガラスの先を見つめている。

 

 2人の間に会話はない。

 スタジアムから出るときも、合宿所敷地内から出るときも、互いに言葉を交わすことはなかった。

 

 断じて、信頼は揺らいでいない。

 

 これは決意の表れだ。

 

 自動車は市街地に入る寸前、赤信号に止められた。

 駆動音と風切り音が静寂を奪っていた車内に、明確な沈黙が続く。

 

 

「……飛行機は」

 

 

 ふと、ベルガモは言った。

 

「明日正午前」

 

「正気か」

 

「イナズマジャパンの監督から、帰国の便までの間は東京のある学校で専用修練場を使用する許可が出ている」

 

「なら良いが――……は?」

 

 一音で異を唱えるベルガモにクラリオはさも当然であるかのように、そのサッカー部マネージャーとのメール上のやり取りを映した携帯端末を放り渡した。

 

 タクシーは雷門中へと向かっていく。

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、合宿所スタジアム――――

 

 

「勝ち……か」

 

 稲森明日人はボールを蹴り走っていた足を何気なく止めた。

 何気なくというだけあって、自分がそうした理由は当然わかっていない。

 

 右足をボールに乗せながら息を吐く。

 そうしてみると改めて、先ほど攻防を展開したピッチの内側から、音が聞こえていることに気が付いた。

 ボールを蹴り、地面の人工芝を飛ばし、グローブで弾く。各々が、つい数秒前の稲森のように集合が掛かるまでの自主特訓に励んでいる。

 

 腑に落ちた。

 

 攻防とは言うものの、実際に起こったことはただの蹂躙に他ならない。

 『勝利』とされた結果も、個人ごとの実力の更に一部が、偶然高い天井に届いてしまっただけに過ぎない。

 

 稲森自身を含め、世界のレベルを体感したイナズマジャパンの面々が思うのは“無力感”と“焦り”がほとんどだった。

 

 

 ――『明日人くんの強みは、瞬間加速と脚力での対応力、それと周りを見て加勢に行ける動的観察力です』

 

 

 一星充の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 イナズマジャパンの一員である稲森明日人は現状、自分1人限りでは世界のレベルに到底及ばない。

 身をもって痛感したことだ。

 きっと、他の仲間たちも同じだろう。

 

 対戦相手も定まっていない一回戦に向けて、すべきことは何かと稲森は思考を得意としない頭脳を回し、答えを練り上げる。

 

 ――サッカーはチームで行うスポーツだ。

 たとえ、宇宙人が飛来しようと、この競技自体が禁止されようと、これはサッカーという言葉の持つ不変の核と断言できる。

 

 仲間のために強みを伸ばす。

 そのために、一星の言語化はとてつもない助けになるはずだ。

 何せ、自分ですら自覚していないことだ。自覚ができただけでも気の向けようは変わる。

 

 今、抱えている無力感も焦りも、世界に届く役に作り替えるしかない。

 ――頂の景色を、手に入れるために。

 

 稲森は足で抑えていたボールを蹴り出して、今度は身体を使いながら再び自分と向き合い始めた。

 

 

 ――『稲森さんは周囲を見られるので、円堂さんとはまた別にチームの不和不調に目を向ける方が良いかと』

 

 

 再び、一星の言葉を思い起こす。

 

 稲森の望む頂――世界一の座は、イナズマジャパンの全員が持つ共通目標。

 

 クラリオは自分たちの本気を試しに来たのだと豪炎寺は言った。それはすなわち、イナズマジャパンの秘める力が本物であるなら、より高みへ――クラリオ達世界の強者が戦う領域へ到達できる。

 そして、日本はつい先ほど思い知った。

 世界の壁は分厚く、一筋縄で打ち壊すことは叶わない。

 

 円堂は言った。

 分厚い壁を破れる『大砲』になれば良いと。

 

 一星の分析を踏まえ、大砲へと生まれ変わるイナズマジャパンが火薬の一切を取りこぼすことがないよう、稲森明日人は円堂と鬼道の視野が届かないところにまで自らの瞳を鋭く研ぎ澄まさねばならない。

 

「やるか?」

 

 稲森の前に、灰崎が不敵な笑みと共に立ちはだかる。

 彼もまた、稲森と同じように自分の現状を理解したのだろう。

 

 稲森が自身の重心を引き、揺さぶりを掛けながらフェイントを繰り返すが、灰崎はこれに細かなステップで食らいつく。

 

 ただ、ヒールリフトは想定外だったらしい。

 灰崎の反応が一手遅れ、稲森の蹴り上げたボールは、此方と灰崎の頭上を越えていく。

 

「っし―――」

 

 ボールを追い、稲森は地面を強く踏みしめた。

 

「――甘いんだよッ!」

 

 それを、右腕が阻む。

 

 灰崎はフィジカルをもって稲森の腹を抑えた直後、転がったボールをものにして見せた。

 

「はは……! 流石、灰崎!」

 

「お前の小手先程度で俺を抜けるかよ……!」

 

「……! ああ、そうだな!」

 

 稲森は身体の向きはそのままに、数歩の距離に待ち構える灰崎へと向かっていく。

 

 その過程のわずかな時間で、自身の脚力のギアを上げる。

 一方で、視線は灰崎の動向を監視する。 

 

 初速から加速を重ねる速さと動的観察の実践を意識して行ったためか、身体が一段重くなるような感覚がわかる。

 

(体力は自身あるつもりなんだけどな――!!)

 

 稲森はボールと灰崎の隙間に身体をねじ込んだ。

 

「足りねぇぞ、明日人――!」

 

「な――!?」

 

 灰崎は、割り込まれた稲森の身体に覆いかぶさるように足を伸ばすと、ボールをワンタッチで弾いてみせた。

 

「やったな――!」

 

 口角を上向かせる稲森は、しぶとくボールキープを続けている灰崎に既視感を感じていた。

 

「お前のプレイ。参考になったぜ」

 

「……俺のプレイって――それ、ただの根性じゃんか……!」

 

 灰崎の的確な身体使いと強烈なパワーに、粘り強さを組み合わせる。

 頼もしい――この瞬間においては厄介、であることに違いはなかった。

 

 稲森がボールを奪い返すことができたのは、もう何度か駆け引きを繰り返した後に灰崎の立ち姿勢がわずかに揺れた瞬間だった。

 

「ハァ……ハァ……ハハハ! やるじゃねえか」

 

「そっちこそ! 良いアップになるってね……!」

 

「言ったな? まだまだ取り返してやるよ!」

 

 灰崎は笑いながら、地面を踏み込みボールを奪いに稲森への接近を図り――――

 

 

「みなさ~ん、集合してくださぁい」

 

 

 次の一手を選ぶ思考に、緊張感に欠けた号令が耳に届いた。

 

 稲森は灰崎と同時に動きを止め、声のした方へ同時に身体を向けた。

 競技エリアの入り口から内へと少し進入したセンターラインの延長上――試合中には交代エリアとなる地点で、趙金運監督はぷらぷらと手を振っている。

 

「「「ハイ!!!!」」」

 

 理解を完結させた稲森たちの声が重なり、各々が自分の応答を追うように監督へと駆け寄っていく。

 

 やがてイナズマジャパン全員が趙金雲とその隣に立つコーチの久遠を一部にした大きな円状の集合をした。

 趙金雲は満足そうに大きく頷き、「え~」と一音を引き延ばしながらフラフラと勿体づける。

 代表監督という立場らしい素振りをしている気なのだろうか、と稲森は推測する。

 

(ペットショップ……?)

 

 動物園と考えなかった内心自分の良識を褒めると共に、さほど違いはないかと認識を改める。と同時に、それら全て無駄な思考だと確信して、全て記憶の彼方に放り捨てた。

 

 疑問符だけが場に残り、ようやく

 

「では、FFIアジア予選に向けたトレーニングを開始しましょうか」

 

 監督が話を始めた。

 稲森たちに緊張感がもう一度引き締め直された。

 

「じゃ、とりあえず~―――」

 

 だというのに、監督の方は緊張感を1ミリも見せないまま話を進めようとしている。

 

 しかし、適当なことを抜かしているようで、此処に至るまでに結果が伴い続けているのがこの監督。

 雷門とは違い、日本各地の知識人や指揮者が集うこのチームならば、監督の言葉を適切に分解、理解し、全員で100パーセントのトレーニングを実践できることだろう。

 

 

「円堂クン、鬼道クン、豪炎寺クン、アフロディクン、風丸クン、佐久間クン……以上6人は、これから三日間練習への参加禁止で☆」

 

 

「…………………………………………えっ」

 

 

 途端に沈黙する一同に、静寂が更に層となって降りてくる。

 

「「「ええええええッッ!?」」」

 

 降りて来た層を、大人2人以外全員の絶叫が引き裂いた。

 

「あぁ、そうそう! 6人は複数で行動するのもダメですからねぇ~」

 

 趙金雲が冗談を言うような声音のまま、久遠の指示に付け足している。

 稲森たちは、まだ久遠の言葉の理解をしきれていなかった。

 

 

 ◇

 

 

 久遠に練習参加を禁じられた6人の共通点。

 佐久間と亜風炉は、円堂たち強化委員とは違う。

 吹雪、岩垣らが入っていないことから、三年というのも違う。

 昨年のFF本戦に出場していた6人であるということで間違いないというのは、全員に理解できたことだった。

 

 参加禁止は今日と明日の2日間。

 

 予選の抽選会は明日。

 その抽選次第にはなるが、初戦は最速3日後まで迫っている。

 

 鬼道が代表して、「今、チームを分けるべきではない」と反論したが、趙金雲が決定を曲げることはなかった。

 

 

「1人になるのは、久しぶりかな……」

 

 

 亜風炉照美は、頬に伝わせた汗を拭いながら残ったチームメイトが練習を始めているであろう合宿所の方を見ながら呟いた。

 湖畔の歩道。そのコンクリートの地面には、ラダーが敷かれている。

 亜風炉の立つ真横の草っぱらには、風で飛ばないようにと、サッカーボールがラダーの入れられていたケースを地面に噛ませた状態で置かれている。

 

 亜風炉は、自身の汗を吸ったタオルをボールに掛けるように放り投げ、再びラダーへと足を踏み入れた。

 

(みんなに負けるわけにはいかないしね)

 

 そして、ステップを再開する。

 

 

 ――本当に、人との出会いによって進んできたのが亜風炉照美という少年である。

 

 

 亜風炉は理解していた。

 

 自身を邪道へと惑わした影山零治との出会い。

 世宇子中の狂気を打ち払った雷門中との出会い。

 再起の道を示してくれた新世宇子監督キヨとの出会い。

 何より、正道にも邪道にも、自分が巻き込んだにも関わらず贖罪の荊道を共に歩んでくれている仲間との出会い。

 

 もちろん、亜風炉が物理的に1人きりの状態にならなかったわけではない。今朝も、初日にして1人での起床をしたばかりだ。

 

 ただ、亜風炉が指示とはいえ自ら距離を離すことは数ヶ月ぶりだった。

 

 思い出されるのは、当然の非難を世間から向けられる中で、どう向き合っていくべきかを世宇子中の主将――主犯の1人として考えたあの日のこと。

 今日と同じくらい日差しが厳しく、亜風炉は公園で日陰の下に配置されたベンチに座っていたはずだ。

 

(――あの時も、1人にはなりきれなかったっけ……)

 

 亜風炉はクスリと笑みを浮かべながら、足の動作を鋭く加速させた。

 

 考えると、現在の自分がこの日差しの中動き続けていられるのが不思議だ。

 いや、それも亜風炉は理解している。

 

「みんなの力になりたいんだ……」

 

 心の底からの言葉は、同じ底を埋めていた感謝の想いと共に湧き上がった。

 

 常に亜風炉照美の中には出会った者たちの姿がある。

 自分の力では到底行けない道を進めているのは、出会いの度、思考の度、失敗の度、亜風炉が強くなれているからこそ。

 

 過去は変えられない。

 過去を悔やみ、IF(もしも)の自分に身体が向いていては、世宇子中を新世代へと繋いでいくことはおろか、日本代表に選ばれた意味すら――円堂たちと並び立てた意味すら見えなくなってしまうかもしれない。

 

 故に、亜風炉照美は“今”の自分を見ることができる。そうして、自身を追い込める。

 

 仲間と並ぶ。世界に挑む。

 その幸福を1秒でも長く、世宇子に持ち帰る。

 

 だからこそ、隣国の提案を蹴った。

 

 もう、悔やむことしかできない過去を見ていられない。

 亜風炉は再度心に誓う。

 

 

(自分の全てをイナズマジャパン(このチーム)に尽くす――) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時間経ったのか。

 周期的に急速を取っていたため計測自体は可能だったが、亜風炉照美はとにかく懸命に特訓を続けていた。

 

 段々と、コンクリートは暗く赤らんできた。

 

 認識はそのくらいだった。

 夕食もミーティングも、この程度ならばまだ先だろう。

 

 亜風炉は自分を高め続けている。

 ふと、近づいてくる足音が複数――2人分あると気が付いた。

 

 亜風炉照美は、きりが良くなるもう少し先まで進もうと足を速めた。

 

 

「アフロディ!」

 

 

 それより先に、仲間の声が鼓膜に届く。

 亜風炉は身体を急停止させないようゆらりとラダーから離れ、呼吸を整えながら声の主へと視線を向ける。

 

「……! やあ、お疲れ様。風丸君、それと稲森君に氷浦君」

 

「あぁ」

「「お疲れ様です」」

 

 珍しい組み合わせだ。と思ったものの、同校でなければ誰と誰とが共に行動していようと言えることだ。

 亜風炉はこの3人組への印象をそれまでに止め、タオルを拾い上げた。

 

「どうしたんだい。まだ、集合には時間があると思っていたけど」

 

「目金さんが俺たちに“おつかい”をお願いって、これを」

 

 稲森が手からぶら下げていたトートバッグの中からメモ書きがされた紙切れを掲げて見せる。

 

「あと『アフロディも誘うべき』とのことだったので」

 

「他に灰崎と岩垣も来るぞ」

 

「なるほど」

 

 稲森、氷浦、風丸、岩垣、灰崎そして自分。計6人。

 チーム分の買い出しに行くにはちょうど良い人数だ。

 

「わかった。もう少し待っててくれるかな」

 

 自分が名指しされた理由はわからなかったが、仲間から誘いを受けて断る理由もその気も亜風炉は持っていなかった。

 

「汗だけ洗い流して来い」

 

「そうだね。そうさせてもらうよ」

 

 亜風炉が腰を屈めてラダーケースを手に取り、振り向くと。

 既にたたまれたラダーとマーカーを稲森と氷浦が2人で抱えていた。

 

 

 ◇

 

 

 夕日の赤色が夜の闇に覆い隠される頃、稲森たちはスーパーマーケットに入った。

 

 メモに書かれた要望の品は、全てこのスーパーにあるものなのだと監督は言っていた。

 スーパー自体はそこそこの規模だが、端から端でも声を張れば互いを呼べるくらいの広さ。そんなことを検証するわけもないので、これはもちろん自身の基準による予測に過ぎない。

 

「――じゃあ、俺は日用品の方で!」

「俺もそうさせてもらう。1人じゃあ厳しいだろ」

「……俺も風丸さんたちの方、良いですか」

「決まりだな」

 

 6人はメモ書きの内容を互いに共有し、それぞれ数品を探しに店内を散っていく。

 メモ書きした紙そのものは、流れで亜風炉が持っている。特に意味はない。

 

 稲森は風丸と岩垣と共に日用品売り場に向かうことになった。

 監督から直接要望を受けた稲森、そして居合わせた氷浦以外の仲間は、皆監督の指示によって決められた面々。

 

 風丸や亜風炉に関しては、トレーニングを分けられてしまったため話す機会が少ないため、こういう日常的なタイミングに共に行動できるのはうれしかった。

 

 岩垣は静かだった。どこか疲れきった様子で、今は会話に巻き込む方が申し訳ない気がした。

 

「……そうか、雷門は変わっていないようで良かったよ」

 

「あ! でも不良とかは減っていってるって生徒会長……今、雷門のマネージャーしてるんですけど、その人が言ってました」

 

「ははっ、安心して帰れそうだな」

 

「みんな待ってますよ」

 

「ああ、なるべく遅くできるように頑張らないとな」

 

「確かに!」

 

「――この辺りだな。『文房具』」

 

 会話が一区切りつくと同時に、風丸が頭上の札に記された単語を読み上げる。

 見ると、商品棚を隣へ隣へと行くにつれて、札は『掃除用品』『ボディケア』といった具合になっている。

 

「どうします?」

 

 岩垣が風丸に尋ねた。

 

 メモにて要求された日用品での買い出し物は、主に掃除用品系が多数と文房具が少数だ。

 稲森がそう思い返していると、

 

「じゃあ、俺が文房具選ぶことにする。岩垣と稲森は奥の方頼む」

 

 風丸はそう言って掃除用品系の方の棚を指さした。

 

「わかりました」

「ハイ!」

 

 当然、稲森自身には文房具でないと嫌だと言う理由はない。提案と言うほどでもない提案をそのまま稲森は受け入れるように首を縦に振る。岩垣も丁寧な態度で応じた。

 

 

 

 

 

 

「え……っと、あと予備用の歯ブラシと……」

 

 稲森は隣りでしゃがみ込む岩垣と、床に置いた買い物カゴへと品を入れていく。

 

「……あれ。岩垣さん、監督用の歯ブラシってどれかわかりますか?」

 

「どうだったかな……。ああ、これじゃないか?」

 

「あ、それだ! ありがとうございます!」

 

 そんな中、ふと、岩垣の手が止まったのが横目にわかった。

 

「……?」

 

 稲森は視線を岩垣へと向ける。

 

 岩垣はうなだれるように首を脱力したかと思うと、すぐにピシリと頭を起こして、その精悍な面持ちをやわらかく緩めた笑みを稲森に向けた。

 

「敬語、やめてみないか? 俺には少しむず痒い」

 

「えっ?」

 

 思わず聞き返してしまったが、稲森は願ってもない提案に賛成の意思を伝える前に右手を差し出した。

 

「ああ――わかった。よろしく、岩垣」

 

「助かる。ありがとう稲森」

 

 岩垣が握手を返した。

 サッカー選手にしては、ゴツゴツしている岩垣の手には、最近にも繰り返し何かを握りしめていたかのようなマメが指の付け根や手のひらの下部に点在しているのが自分の右手越しに伝わる。

 

 彼の力強さの印象が、より強固になる。

 

 稲森は岩垣と並び立つ時を思いながら、笑みを浮かべた。

 

「他校の先輩を呼び捨てすること中々ないから慣れないけどね」

 

 冗談めかしく言うと、岩垣は再びしゃがみ込みながら「そうか」と微笑みながら頷いた。

 

「敬意を咎める気はないから、徐々に慣れてくれたら良いさ」

 

「ああ! もちろん。岩垣は凄いから、俺も頑張るよ」

 

「…………ああ」

 

 敬語に関して、すぐに善処すると伝えた此方に、岩垣は少し間を作って頷いた。

 

 何か変なことを言ってしまったかと、稲森は自分の発言を思い返す。

 だが、岩垣登郎が先に口を開く。

 

 

「――昼間は、俺の指示ですまなかった」

 

 

「……え?」

 

 呆気に取られたものの、岩垣の謝罪が何を指しているのかは間もなく理解できた。

 『昼間』――つまり、クラリオたちとのミニゲームの最中についてだ。 

 

 ――『走れ!』

 

 判断を迷っていた稲森の背を押し出した一言を放ったのが岩垣だった。

 岩垣と稲森のコミュニケーションは現段階で限られるため、このことで間違いないだろう。

 

「いやいや! あの時は岩垣のおかげで走れたんだ。謝るなら取り損ねた俺の方!」

 

 稲森は焦って手を振りながら言う。

 だが、岩垣は言葉を飲み込み、首を振って返した。

 

「あの時、鬼道は何か策を持っていたようだった。鬼道の言うようにしていたら守れていたかもしれない」

 

「……けど、それはやっぱり“もしも”の話だよ。俺がミスしてなきゃ、岩垣の判断だって間違いにはならなかった」

 

 岩垣がフッと口角を上げたのが、横顔からながら分かった。

 

「それこそ可能性の話じゃないか。俺は鬼道のように先を見るゲームメイク力はないし、壁山のような重厚な壁も作れない。あの場面で、俺が前に出て声を張る必要はなかった」

「“壁山”って――――」

 

 稲森は、突然話に上がった2人に疑問符を浮かべながら聞き返そうと――

 

 

「……なあ、メモって誰が持っているのかわかるか?」

 

 

 ――ノートを数冊抱えた風丸が棚の端からひょこりと顔を出した。

 

「……! 風丸、さん」

 

 岩垣が目を丸くする。

 稲森は暗くなった空気を変えようと、風丸の問いに呆れたように笑う。

 

「もー、風丸さんがアフロディさんに渡してたんじゃないですか」

 

「悪い悪い。これで間違いはないはずなんだが……」

 

 こちらに歩み寄る風丸が手に持った文房具の数々を買い物カゴに放り入れた。

 岩垣がふむ、と考え込むと「よし」と呟いて、歯磨き粉に手を伸ばした。

 

「これでこっちは全部なことだし、一旦あっちと合流して確認しましょうか」

 

 岩垣の発案に風丸と共に稲森は頷いた。

 

「ああ」

「そうだな」

 

 風丸がひょいとカゴを拾い上げ、稲森は3人で日用品コーナーから離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 稲森たちは棚と棚との間を確認しながら歩いていると、亜風炉の姿がすぐに見つかった。

 冷凍庫の並ぶコーナーで、何者かわからないが2人の人物と向かい合っている。

 

 少なくとも、稲森自身は知らない人物たちだ。

 

 両者、口の開く回数は少ない。

 会話をしているにしては、亜風炉の表情は動かない。

 一方、相対する2人が笑みを浮かべた――。

 

 

「――アフロディさん」

 

 

 なんとなく、嫌な予感がして棚の向こうのアフロディを呼んだ。

 

 亜風炉の表情がこちらへ向く。

 2人は此方に気が付くと、亜風炉に手を振りながら離れて行った。

 

 風丸が立ち尽くすアフロディに近づいていった。

 

「知り合いか?」

 

「……ううん。でも日本代表を応援してくれてるって」

 

「外国にも日本の応援してる人がいるんだな」

「あれ? 日本人じゃありませんでした?」

 

 風丸に続いた稲森は、先ほどの2人が去った方へ向きながら言う岩垣に首を傾げる。

 

「いや、今の韓国辺りの顔つきじゃないか? あまり詳しくないが」

 

 言われてみれば、そんな気がする。

 人種の区別をつけるには、遠い距離での出来事だった。

 岩垣も、他の2人も、核心は持っていない様で断定することは控えている。

 

「僕の出身が韓国だからね。もしかしたら、そのことを知っていたのかも」

 

「ええっ!? 初めて聞いた……」

 

 稲森だけではなく、風丸と岩垣も目を丸くしていた。

 どこかで見聞きした情報であったとしたら、こんな衝撃的な情報を忘れるはずがない。

 

 この場の全員揃って初耳だったわけだ。

 

 亜風炉照美は、驚愕した此方の様子を見て、我慢できないとばかりにクスリと笑った。

 

「あれっ、皆いるじゃん」

「探すまでもなかったな」

 

 そんな4人に、氷浦と灰崎が合流する。

 

「期待に応えるためにも、もっと頑張らないとね」

 

「そうだな」

 

 亜風炉の言葉に、風丸が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 帰路―――

 

 

 稲森たち6人は、トートバッグに収まり切らなかった購入品の詰め込まれたレジ袋をそれぞれ抱えながら夜の帰路に着いていた。

 

「思ったより大荷物になりましたね」

 

「この量でそのバッグって、見通し甘すぎるだろアイツ」

 

「ハハハ……」

 

 灰崎の言葉に苦笑いをしたものの、正直稲森も同感だ。

 メモ書きが小さい紙きれのせいでだまされたが、要求品の羅列の右端を見ると「×」記号と数字が記されている。

 

 明らかに過剰な量だ。

 

「まあ、しばらく皆が楽できるんだろうから」

 

「そうかぁ?」

 

 監督はこの手の時間を用意するタイプだ。

 亜風炉の言葉に灰崎が微妙な反応をしているのもそのことをわかっているからだろう。

 

「どうせ、アイスが欲しいとかで行かされる」

 

 今、イナズマジャパンの面々には、監督の指示は絶対という合宿中の規則が適用されている。

 断ったなら代表を追放されかねない以上、どんな命令であろうと従わなければならない。

 

 今回は筋が通ったものであるだけで、今後がそうとは限らない――

 

 

 ――瞬間、白の弾丸が夜闇の中を歩む稲森たちへと打ち込まれた。

 

 

「……!」

 

 だが、いち早く気が付いた氷浦がその一点――サッカーボールを打ち返す。

 

「――誰だ!!」

 

 打ち返した氷浦は、その弾道の先に立つ人影に叫んだ。

 全員が姿勢を下げて、警戒を露にする。

 

 歩道の近く、公園のベンチの上に、人影――鍔付きの帽子をかぶった緑の髪をした小柄な少年は得意げに笑っている。

 

 

「あれぇ? そこに居るのは、テレビに出てたサッカー日本代表の皆さんじゃないですかぁ」

 

 

 少年は演技がかった態度で、受け止めていたボールを足で扱い始めた。

 

「誰だ」

 

 風丸が氷浦の言葉を繰り返す。

 

「ボクは無敵ヶ原藤丸。見ての通り――ただのサッカー好きさ」

 

 蹴り上げたボールを簡単にトラップした彼は、一見すると年下の少年。

 年相応のやんちゃな風貌は、今さっきにした発言を信用できると思わせた。

 

 だが、直後にこの考えはひっくり返る。

 

「――な!?」

 

 一瞬にして、消えた。

 

(違う――)

 

「速い……!!」

 

 灰崎が稲森を代弁するように言った瞬間。

 

 ――ダン。と、再び音が響いた。

 

「ぁ――――ッッ!?」

 

 その瞬間、岩垣が盛大に吹っ飛んだ。

 

 少年はボールを再び足元に収め、今度は跳ねるようなステップでわざとらしくドリブルをし始めた。

 

「サッカーで勝負をする気か?」

 

「『勝負』? キミらとボクで『勝負』にできるかなあ」

 

 亜風炉と風丸は、笑うようにこちらを煽った少年のボールへと向かっていく。

 だが、少年はボールタッチの連続によって、2人のディフェンスを完全に無力化した。

 

 稲森はそこに隙を見出して、咄嗟にスライディングを仕掛ける。

 

「――ボクが、キミらで『遊んでやる』んだよ」

 

「な……!?」

 

 少年はその体躯からは想像できないような反応と跳躍によって、猶予の一切を与えなかった稲森の守備すらも突破する。

 

「まあ、キミたちみたいな選手がFFIで恥をかかないように。完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」

 

 彼のギアは一段上がり、選手たちを圧倒していく。

 今度は、パワーとフィジカルによって、選手たちを再起していく者から打ちのめし直した。

 

 小柄な1人の少年によるもう1つの蹂躙は、数10分の間続けられていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 3時間後――

 

 

「アイツ、何者だったんだろう……」

 

「……結局、何もできなかったな」

 

 合宿所に戻り、夕食を終え、ジャージ姿で就寝前の時間を過ごす稲森は、氷浦と共に廊下を進んでいた。

 肌に張り付いた砂埃や泥は荒い落ちたが、度重なった地面やボールとの激突の影響は腕や足に傷として残っている。

 

 稲森は、歩く身体の力を抜く代わりに息を吐いた。

 

「国内にもまだ、あんなとんでもないサッカー選手がいるのかな」

 

「アイツ、そもそもサッカー選手なのか?」

 

「あんなに凄いサッカーをするんだ。そうに決まってるよ」

 

「確かに、あそこまでやられたらそうとしか思えないか……」

 

 氷浦は眉間にしわを寄せながら自らの顎に手を当てて考え込む。

 稲森もまた、彼の正体について考えながら廊下を歩いた。

 

 もう少し先に行くと廊下は突き当たりとなって、直角に交わった通路と屋外に面した建物の壁がある。

 

 左に曲がると監督の部屋があり、右に曲がると選手の私室等がある。

 稲森たちが行くのは言うまでもなく右だ。

 

 氷浦は隣で少年の素性について考え込みながら、

 稲森自身は、少年の実力を思い起こしながら、

 

 数秒と経たず右折することになる自分たちの進行先である突き当りの壁をチラリと見上げた。

 その時、右からひとつの人影が現れた。

 

 

 ――岩垣登郎だ。

 

 

 岩垣は、稲森と氷浦に気が付くこともなく、視界を右から左へと横切っていった。

 急いでいたのか、歩幅が更新されるスピードは速く。視線は行く道の方から動かなかった。

 

「今のって……」

 

「岩垣だったな……」

 

 稲森は、氷浦と互いに顔を見合わせた。

 次に、通り過ぎた岩垣の背を視線で追うべく突き当りまで駆ける。

 

 岩垣は監督用の部屋を開いて、その姿を稲森の視界から隠していくところだった。

 

「どうしたんだろう……?」

 

「行ってみるか」

 

「うん」

 

 首を縦に振った稲森は、音を立てないよう気を払いながら早歩きになって、閉じたばかりの扉へと向かう。

 

「……」

「……」

 

 息をひそめながら手振りで意思を疎通させ、2人で扉に右の耳を近づけた。

 意識を扉の向こうへと向ける。

 

 廊下に小さく反響する環境音が、やわらかく遮断されていく。

 

 次第に、曖昧に鼓膜から伝達されていた会話が耳に届いた。

 

 

 

『だから……俺を、このチームから外していただきたい』

 

 

 

「え――?」

 

 理解することを拒むように、岩垣の言葉は稲森の脳内に響いていた。

 






 次回『グレートウォールのグレートロード』
 投稿予定・未定
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