そよ風が窓を通過する。元来見えないであろうその空気の流れである風はひらひらと泳ぐカーテンによってその存在を否応にも認識させるのだった。
シャーレの執務室にてスーツを着込んだ男がイスにもたれ掛かるように寝ている。顔に乗っている読みかけの本のおかげか昼の日差しは一切彼の目に入ることはなかった。ふと、男の顔に乗っていた本がどかされる。
「先生~起きてください!」
目隠し替わりの本がどかされたかたせいか、それとも声をかけられたからか、はたまたそれら両方か。どれであってもそれは男にとっては快適な睡眠が終わりを告げる者であることは確かであった。男は静かに目を見開き声の主を視界に認識する。
"……ユウカ。私は昼は仕事をしない主義なんだけどな?"
先生と呼ばれた男性は壁に掛けてあった帽子を被りながら青い髪の女の子早瀬ユウカに睡眠を希う。
「知ってますよ。もうお昼の休憩は終わってるからこうして先生を起こしてるんじゃないですか!」
そう言われて初めて先生は現在の時刻を知ることとなった。腕時計を見れば十三時を指していた。
"……十三時半まではお昼休憩ってことにしない?"
「ダメに決まってるじゃないですか!先生そう言って昨日も仕事さぼってましたよね!?」
どうやら同じ手は二度と通じないようである……仕方あるまい。
"あいあい。それじゃあ仕事にしましょうか~"
私はイスから立ち上がりバンザイの姿勢をとって体を伸ばす。
「本当ですよね~?」
「まぁまぁ……ユウカ先輩、先生の方からやる気だしてくれてるんですから大目に見ましょう?」
背後から眼鏡をかけた茶髪の女性がユウカをなだめるように肩に手を置く。
"やー優しいねぇーマツは"
「もーうマツは先生に甘いんだから―」
「えへへ……」
照れながらも後頭部をかき、アホ毛を揺らす少女の名前は松山イチロウ。セミナーに所属するミレミアムサイエンススクール一年生だ。ユウカの後輩にあたり最近頭角をメキメキと出しているセミナー期待の新人である。自身の名前を男らしいと思っているようでコンプレックスを持っているようで私やユウカはマツと呼んでいる。
最近はシャーレの当番に選ばれることも多々あり、こうしてユウカと一緒になることも珍しくない。引っ込み思案だがやさしく思いやりのある良い子である。
"さて、じゃあ仕事と行きますか"
そういって机に向き合い………大量の書類の山に私はげんなりとした気持ちとなった。
"ねぇ、やっぱ仕事やめない?"
「ダーメーでーすぅ!」
「流石に先生それは、ちょっと……」
そうして今日も今日とて私は書類共に揉まれるのだった……
"そういえばマツってさ字が独特だよね"
仕事が終わり私、ユウカ、マツの三人で私の入れたコーヒーを片手に雑談に花を咲かせていた。
「そうですかね?例えばどんな感じなんですか?」
"そうだねぇ…例えばここの『ユウカ』の『ユ』の上の部分が音符みたいに跳ねてるとことか"
私は書き終わった書類をマツに見せる。そこには『ユ』の文字だけが独特の書き方がされていた。
「言われてみればマツが私の名前書く時は独特な書き方に感じるわね」
「えー初めて聞きましたよ。それはそうとユウカ先輩なんか顔色が悪いですよ?」
「……うん。……実はストーカーに追われてて」
歯切れが悪そうにユウカは抱えていた秘密を明かす。
"ストーカー?ユウカが?"
「はい。最近誰かに後を追われているような気がして……」
と突然ユウカがそんな話題を私達に打ち明けてきた。
「ユウカ先輩に迷惑をかけるなんて……ズズッやっぱ先生のコーヒーまずっ」
"ユウカの為に怒ってくれてありがとうねマツ……それでユウカはどうしたいの?できることがあるなら協力するよ?"
「ありがとうございます先生。でしたら……今日の帰り私のこと守ってください」
―――
夜。太陽と人ごみが寝静まり月が顔を出し夜遊びか部活帰りの人々などが活動するとうになる時間帯……
"ユウカ大丈夫?"
私は片手をユウカに差し出す。
「はいありがとうございます」
ユウカは嬉しそうにその手を取ってくれる。
片手を繋ぎながら私たちは碌に電灯もない暗がりの道を歩いていた。結局ストーカーから守ってくれと言われた件は最初こそこんなろくに戦える力を持たない人間がいても……とは思ったものの
『一人より二人の方がきっとストーカーもさりますよ!』
と、強引な圧にやられ私は承諾せざるを得なかった。
"しかし、ユウカいつもこの道を通っているのかい?"
「はい。シャーレの当番の日はいつもこの小道を通っていますよ」
"危なくない?"
そういうとユウカは顎下に人差し指を当て、斜め前を向いて考えるような素振りを見せて『うーん』と唸る。
「あまり気にしたことは無いですね。でも、まぁこんな風にストーカー被害にあってるので先生の言う通り危ないのかもしれませんね?今度からは帰路を変えてみます」
"そうした方が良いよ"
そんな風に何気ない会話をしていた時……
「G”U”L”A”A”A”A”」
「えっ!?何?」
背後から襲い掛かってきたのは怪物だった。全身が赤く、所々が浅黒い。そして赤黒い巨大な蜘蛛が張り付いたような頭部のせいか蜘蛛の怪物であると脳が勝手に決めつけてしまっていた。
"こいつは……まさか!?"
そんなはずは……なぜキヴォトスに?混乱する脳は数秒の遅れももたらした。
「……せい、先生!しっかりしてください!」
ユウカの言葉にハッっとした私は前を向く。そこには蜘蛛のドーパントとその前に立ちはだかるユウカの姿だった。
"ユウカ……わかっていると思うけど…"
「こいつには銃弾が効かないんでしょう?さっきので十二分に理解しましたよ」
地面を見れば、薬莢たちが霧散していた。どうやら本当にドーパントであるようだ。信じたくはなかった……
「というか先生、この怪物について何かご存じなんですか!?」
"まぁ…キヴォトスの外ではこんな奴らを専門に相手してたからね"
ドン引きしたようなジト目で見てくるユウカを他所に蜘蛛のドーパントを観察する。こちらを見つめる目にはとんでもない程の憎悪が向けられていた。しかも、相手は……
"私…なのねッ!"
蜘蛛のドーパントは鋭い爪で私を狙い撃ちしてきた。どうやら、訳はわかたないがユウカではなく私は攻撃対象であるようだ……良かったユウカじゃなくて。
"それでも、死にたくはないからね"
私は蜘蛛のドーパントの攻撃を地面を転がるように回避する。そして、ユウカに指示を出す。
"ユウカ!バリアで私を守って!狙いは私だ!"
「…っ!?はい!」
ユウカがバリアで守っている僅かな時間の間に私は携帯電話メモリガジェットことスタッグフォンとガイアメモリを取り出す。
火力の高いヒートメモリを装填したスタッグフォンは炎を纏い蜘蛛のドーパントにぶつかっていく。膨大な爆発が発生し、やがて晴れていく。すると、蜘蛛のドーパントの姿は何処にもなかった……
"逃げられたね……でも、ユウカに危害が加えられなくてよかった"
「せ、先生~!ご無事ですか!」
涙目になりながらもユウカは私の下に駆け寄って来る。
"うん、おかげさまで大丈夫だよ。"
それからは何事もなくユウカを送り届けて
―――
「せ、先生……これ…」
翌朝ユウカが血相を変えてシャーレの執務室に訪れてきた。
"どうしたんのユウカ?"
「て、手の甲に……」
ユウカが差し出してきた手の甲を見れば蜘蛛のような模様の赤い痣が浮かんでいた。流石に怪しすぎて触ることは出来なかった。
「あと、これが自室のポストに……」
ポケットから取り出したのは一枚のポストカードだった。
"どれどれ……"
| 早瀬ユウカへ今すぐにシャーレの先生と関りを断て、さもなくばシャーレの先生の命はないだろう |
それは完全なる脅迫文であった。しかし、どこか違和感があった。なぜユウカの家を知っている?そして、ユウカではなく私の命がない……?
「何か分かりますか先生?ワルキューレに通報してもまともに取り合ってくれなくて……」
はぁ、一部のワルキューレでは腐敗しているという話があるとカンナから聞いてはいたけど事実らしい。
"私以外に頼れる人がいないわけか。しかし、犯人の手がかりなんて…待て、そんなはずは……"
すると、背後から扉が開く音が聞こえてくる。どうやら誰か来たらしい。
「おはようございまーす。…?先生もユウカ先輩も顔が怖いですよ?今日は午後からみんなでミレミアム博物館に行く予定ですよね?」
入ってきたのはマツだった。
「あっ、おはようマツ。今コーヒー淹れてくるわね」
そう言ってユウカは裏のキッチンへと行ってしまった。
"ねぇ、マツ。ちょっとこの紙にユウカの名前書いてもらっていい?"
「…?いいですよ」
マツは「早瀬ユウカ」の文字を書く。その文字の『ユ』だけは相変わらず上の部分が跳ねていた。
「二人ともお待たs……先生何やってるんですか!?」
ユウカがキッチンから帰って来ると、そこにはマツの締め上げ地面から持ち上げる先生の姿であった。
"……っ。ユウカ"
ユウカの存在を視認した先生は思わず力が緩んでしまう。それによってマツは転がるようにユウカの下に駆け寄って来る。
「ユ、ユウカ先輩!助けてくださぁい」
すがりつくようにユウカの手を掴み涙ぐむマツ。
「大丈夫、何があったのマツ」
慰めるユウカであったが、マツの背中をさすったあたりでマツの異常に気が付く。
「……?どうしたのマツそんなに震えて?そんなに怒った先生が怖かった?」
「あァ……やっぱり先輩にとって私は一番じゃなかったんですね」
わなわなと震えるマルの気迫に恐る恐るユウカは下がってしまう。
"ユウカ、マツから離れた方が良い!その子がこの事件の犯人だ!"
「えっ!?そんなわけ……」
先生の言葉を否定しようとしたユウカであったがその言葉は喉の奥に引っ込んでいってしまった。なぜならマツの視線、その眼鏡の奥にあった瞳にはおどろおどろしいまでの憎悪と理不尽な怒りに満ちていたからだ。
「あぁ、もう全部どうでもいい。先輩の一番になれない世界なら……壊れてしまえばいいんだ!」
骨のような禍々しい茶色のメモリを取り出すマツ。そしてそのメモリをうなじに隠し合った生体コネクタに差し込む
コネクタに刺さったスパイダーメモリはマツの体内へと進んで行き、マツの姿を恐ろしいものへと変貌させていく。その姿は紛れもなく件の蜘蛛のドーパントだった。
「ひっ……」
ユウカは突然の出来事に腰を抜かしてしまう。
『さぁ、ユウカ先輩ィ。私たちの愛の巣に行きまショウ…そこでキヴォトスの最期を見届けましょう!』
マツ……否、スパイダードーパントはユウカを抱えて去って行ってしまう。
"なっ、待て!"
追いかけようとする先生だったが、スパイダードーパントの強靭的なスピードにそそくさと巻かれてしまった。それと同時に遠くから爆発音のようなものが聞こえてくる。急ぎテレビをつけると
『クロノス緊急報道です!キヴォトスの中で不可思議な爆発事件が起きているとのことです!原因は不明!被害者の共通点として一人の時ではなくかならず二名以上が一緒にいる時だそうです』
先生はテレビを消す。原因は明らかにマツの仕業であった。そう、スパイダーメモリの能力は『一番愛する者に触れた時爆発する子蜘蛛を生成する』能力なのである。きっとマツはユウカを愛していたのだろう……それも恋愛的に、しかしユウカに子蜘蛛を仕込みマツ自身で触れた。しかし、爆発しなかった。つまりは『ユウカにとって一番愛する者はマツではなかった』ということである。そして、ユウカが一番愛する者……流石に私とてそこまで鈍感ではない。わかってはいるのだ。
"……会長悪いね。次変身するときはあんたと一緒がよかったんだけどな"
そう言って、己が罪を為、生徒を止めるため、大人の責任のために彼は、
――
「よう、マツ。さっきぶりだな。ここにいると思ったぜ、マツはここが好きだったからな」
スパイダードーパントは声をかけられ振り返る。そこには白い帽子を被ったスーツ姿の先生の姿だった。
『今更戦えない非力な大人が来てどうするつもりだ、先生?』
スパイダードーパントは蜘蛛の巣で磔にしたユウカの首に爪を近づける。
「これは俺自身の責任だ。他の生徒は巻き込みたくなくてね」
先生はその無言の脅しに一切屈する姿勢すら見せずスパイダードーパントに近づいてゆく。
『それだ!お前のその高潔な精神が!嫌いだったんだ!なんでユウカ先輩は私じゃなくてお前を選んだって妬んだよ。でも、その内わかったあんたと言う人となりを知れば知るほど私なんかじゃ勝てっこないってわからせられちまうんだ!』
「……」
独り言のような言葉を先生は帽子を深く被り無言で聞いていた。言い終わった後先生は口を開く。
「一つ、俺はいつも傍にいる生徒の心の闇を知らなかった。
二つ、お前を殺すことになるかもしれない覚悟が出来ず戦う決断が一瞬鈍った。
三つ、そのせいで街を泣かせた。
俺は自分の罪を数えたぜ、マツ…
さあ、お前の罪を……数えろ」
人差し指をスパイダードーパントの方へと向け先生はそう言い放つ。腰にはロストドライバーが装着してあり、懐から黒のガイアメモリをとりボタンを押す。
先生はロストドライバーにスカルメモリを装着し、帽子を持ち上げて変身する。先生の姿は変わっていく、首には白いマフラー、全身は黒っぽく肋骨のような模様も見える。そしてしょれこうべのような顔と額にはS字型の亀裂が入っていた。仮面ライダースカルは変身が終わると帽子を再び被る。いや、スカルにとってはそれすらも変身の為の動作の一種なのかもれない。
『なっ、なんだその姿は……シャーレの先生が戦えなかったっていうのは嘘だったのか!』
『悪いがおしゃべりするほど俺は優しくねぇ』
高速でスパイダードーパントに肉薄したスカルはスパイダードーパントの頭を横から蹴りつける。頭を蹴られ吹き飛んだドーパントは蹴りの速度と同じくらいの速度でぶっ飛んでいき、博物館の近くにあった浅瀬の川に落ちてしまう。
『なんだあの力!?おかしいだろ!同じ系統の力なのにこんなにも差があるなんて!』
『………』
わめくスパイダードーパントの言葉に耳を貸さないスカルはマキシマムスロットにサイクロンメモリを装着した。
風を纏った足による飛び蹴りがスパイダードーパントにぶつかっていき、直撃する。そしてスパイダーメモリはマツの体から離れ、粉々になって砕け散る。
「ァぅ……せん…せい」
「眠れ…私の生徒だった人よ」
先生は変身を解除し、ユウカを救出してその場を去って行ってしまった。
―――
"それで…調子はどうなったんだい?"
「はい!イチロウさんの様態は変化ないそうです!近日には退院できるそうですよ?」
"そっか……"
アロナはマツの状況について説明してくれる。メモリをブレイクしたもののマツの命は奪うことはなかった。どうやら、私の知るガイアメモリとは少しだけ違うのかもしれない。それでも気がかりはある。
「ですが、直近の記憶がないそうでなぜガイアメモリを持っているのか皆目わかりませんでした」
"そうみたいだね、でも、誰かがガイアメモリをこのキヴォトスに持ち込んだのは明らかだ。それこそ……ミュージアムの残党とかね"
ゲマトリアのようにキヴォトスの外から誰かが来て、ガイアメモリを販売したということも考えれる。単に外からガイアメモリだけが流れてきて生徒の誰かが拾っただけなのか知れない。どうであるにしろ、この騒動はまだ終わっていない。マツの事件を皮切りにガイアメモリを使った事件は次々と起こるだろう……風都のように…
"はぁ、憂鬱だ。これからもこうして生徒を傷つけなければいけない時が来ると思うと…"
「……先生、これまだ読みかけですよ?」
アロナが差し出しのは私が一昨日読んでいたまましおりを挟んだ本であった。題名は『Nobody’s Perfect』私と会長。その二人の事件簿であり、思い出もある。
"そうだね、生徒たちがいれば、アロナやプラナが要れば怖くはないね"
そういって本を開くのだった。開いた場所にはクロッカスの模様のしおりが挟んであった。