城に戻ってきた。
リーノは、私のマントに包んでいる。彼女の顔は見えるが、耳や尻尾などは見えない。
これで、誰かとすれ違っても誤魔化せるだろう。
城の橋上、フームとブンとカービィにばったり出会う。
私のただならぬ雰囲気に、彼女たちは眉を寄せた。
「あら、カノープス。……どうしたの?腕の中にいる人は、誰なの?」
「リーノだ。倒れた」
「え!?」
「なんだって!」
「リーノを彼女の部屋に連れていく。三人とも、悪いがアーニャとランタン、メタナイト卿たちをそれぞれ呼んできてくれ。私たちの身に起こった事を、話したい」
「わかったわ。行くわよ!ブン、カービィ!」
「オレ、メタナイト卿たちを呼んでくる!」
「ぽよ!」
「頼んだぞ」
再び城の中へ戻っていく三人。
リーノを揺らさないように、私も城の中へ入る。
――――――
リーノの部屋に、合鍵を使って中に入る。
ワンルームだが、広く片付いている部屋だ。壁には、思い出の品々が飾られている。
中から扉にカギをかけて、一直線に彼女のベッドに向かった。
ベッドに彼女を寝かせる。リーノを包んでいたマントを、そっと外した。
……魔獣になった時に生えた耳や尻尾が、ない。
とりあえず、他所行きの服から部屋着のワンピースに着替えさせる。
その間も、彼女は起きなかった。
ただ気持ちよさそうに寝ている。
起こすのは、みんなが揃ってからにしよう。
私はベッドのすぐそばに座り込み、リーノをじっと見守った。
親友たちと三戦士たち、それに子供たちは十分程度で部屋に来た。
彼らを招き入れ、リーノの様子を見てもらう。
それぞれリーノを心配している。
――メタナイト卿だけが、私の方を見た。
私は「すべて話す」と、虚な声で言った。
みんなが、私の声に耳を傾ける。
二人で森を歩いていた事。
途中で、ヤミカゲに出会った事。
二人で逃げずに、立ち向かった事。
リーノが注射器で刺された事。
そして、魔獣になってしまったかもしれない事。
「ちょっと待って……」
フームが待ったをかける。
「どうして“なったかもしれない”なの?」
その問いに、短くなった髪の毛を触る事で答えた。
頭部に視線が集まった。
「……リーノの無事を祈って、髪を切った。髪の毛は光って彼女を包み込んだ。そして今のようになって……」
「じゃあ、治ったのかな?リーノ、もう魔獣じゃないんじゃないんだよ!」
「ぽよ!」
「…………」
明るくブンが言うけれど、彼以外のメンバーは沈黙した。
私は続きを話す。
「光がリーノを包んだ直後、まだ魔獣の証である耳や尻尾は生えていた。今、見えなくなっているのは引っ込んでいるだけだと思う」
「それじゃ……」
「わたくしは、魔獣になったのですね」
「リーノ、起きたのか」
「ええ……」
メタナイト卿が、いつの間にかベッドの傍に立っていた。
なんだか、メタナイト卿の視線が鋭い気がする。
「体調はどうだ」
「問題ありません。……そんな、怖い顔をしないでくださいませ。誰も襲ったりしませんわ」
「……すまない」
「いいえ。カノープス……」
「ここにいるよ」
ベッドの傍へ行く。膝を曲げて、リーノに顔を近づけた。
……うん。いつものリーノだと思う。
「あの時、わたくしを助けてくれてありがとう」
「――いや、全部私のせいだから」
「それでも、あなたの奇跡のおかげで助かったの。ありがとう」
ぶわり、と目から涙が溢れる。
それはベッドに落ちていく。慌てて持っていたハンカチで拭いた。
「ごめんなさい」
「いいのよ。私も逃げなかったから……今度は一緒に逃げましょう?」
「うん」
二度はない。
私が、起こさせない。
涙は止まらず、ぼろぼろと落ちていった。
「何があっても、守ってみせる」
リーノは微笑んだ。
私が落ち着くまで、みんな待ってくれた。
その頃には、リーノはかなり回復していて。体を起こし、自身の変化を話してくれた。
「体の内側から、力が溢れてくるようです。今、力を使えと言われれば使えると思います」
「――やってみてくれ」
「かしこまりました」
リーノは、両手を組んで目を閉じる。
「――凍れ」
パキリ。
リーノの目の前に小さな氷が生じた。それはコロリと、布団の上に落ちる。
ブンがそれを手に取り、じっと観察する。
「これ、本物の氷だよ……」
「リーノ、制御できるのだな?」
メタナイト卿の言葉に、リーノは自信なさげに頷いた。
「おそらくは……暴走しないとは言えませんけれど」
「ならば、鍛えるか」
「そうですわね」
うん。元のお話通りに進みそうだ。
リーノは魔獣になり、氷の力に目覚めている。
連れ去られて、ナイトメア大要塞からププビレッジに帰還するまでの数日間で、あれだけ氷を操れるようになった。才能があるのだろう。きっとうまくいくだろう。
それはそうとして、私は何か彼女の力になりたかった。
どうすれば良いのか考えていると、フームが言った。
「ねえ、カノープスの力はの方は?なんていうか、すごく特別な力だと思うんだけど」
メタナイト卿は「うむ」と言った。
「カノープスの力に関しては、私も聞いたことがない。調べてみよう」
私は、なんとなく感じていることを、言葉にしてみた。
「多分、制御できると思う」
「え?」
「なんだと?」
「リーノ……」
「なあに?」
私はリーノをぎゅっと優しく抱きしめる。
リーノは抵抗せずに、私を受け入れた。
「今から……君が氷の力を、より操れるようにする」
「どうやって?」
「――身を任せて」
リーノから力が抜けた。
私は、自らの氷の力を操作した。
私たちの周囲に緩やかな風が起こり、微細な氷が混じってキラキラと輝く。
――力を譲渡する。
ううん、授けると言った方が合っている気がする。
それなら、できる気がする。
リーノを守ってくれる力。リーノに力を貸してくれるもの。
思い出が溢れてくる。
私の手を引いてくれた幼い手。並んで料理を作った日々。一緒に食事した毎日。休みの日は夕方まで一緒に遊んだ。お互いの為に働いた事。
親友で、姉妹で、共に戦う仲間だ。
「――汝に、我が加護あれ」
風がオーロラとなり、微細な氷が星粒となり、リーノを優しく包み込む。
光はあっという間に収まった。
私は少々の脱力感を味わいつつも、リーノから少し離れる。
「……どうかな」
「――すごいわ」
リーノの瞳を覗き込む。
キラキラと輝いている……比喩ではなくて。本当に、日が当たった水面のように、静かに煌めいている。
「なんだって、できちゃいそうよ」
「それは良かった」
私は、驚いて状況を受け入れられていない他のみんなに、願いを口にした。
「他言無用で頼む」
「無論だ」
メタナイト卿が、すぐに応じた。
子供たちも頷く。
「オレでもわかるよ……絶対、他人に言っちゃダメじゃん」
「あーん!ますますカノープスの力の事、わからなくなったわ!」
「ぽよ……」
親友二人は、頭がパンクしたようだ。
「リーノは……えーと、魔獣になったけれど問題なくて」
「カノープスは、特別な力を持っていましたけれど、さらに特別な力を持っていた……そうですよね」
アーニャの問いにブレイドナイトが答えた。
「その認識で間違いないよ」
「そして、その力の正体は不明だ……。長く、卿にお仕えしているが、加護を授ける力なんて聞いた事がない」
「うむ。オレもだ」
天井を仰いだブンが言った。
「まるで、神様じゃん」
すかさず、私は頭を横に振る。
「まさか」
「そうだよな……アハハ……」
誰も笑えなかった。
とりあえず、今日は一旦解散となった。
リーノと私は休む為、それぞれ自室に戻る。リーノには、メタナイト卿がついていてくれる事になった。
私の方には、ソードナイトとブレイドナイトの二人が、今日は一緒にいてくれるようだ。
私の自室に通すと、二人は部屋数とその広さに驚いた。
「もしかして、大臣家の部屋と同じくらいか?」
「さすがに、あそこまで広くはないし部屋数も多くないぞ」
キッチンと隣り合わせの広々としたリビング。トイレと風呂場は、リビングだけじゃない別室のベッドルームにもある。
リーノ、アーニャ、ランタンを含めた女四人でお泊まり会をしても、充分過ぎるぐらい広い。
「城に住んでからしばらく経った頃、いきなりこの部屋を使えと、陛下に言われたんだ。……リビングと、隣にある風呂とトイレも自由に使ってくれ。私はベッドルームで寝る」
「わかった」
「これ、クーラーのリモコンとタオルケット。使ってくれ」
「ありがとう」
夜食にサンドイッチとカップ麺を用意して、私は早めにベッドルームへ入った。
風呂場で汗を流し、身支度を整えて、ベッドに潜り込む。
目を閉じれば、すぐに眠りについた。