カノープスが名前だとわかった。
名前がわかると、不思議と落ち着きを取り戻していた。
――それが、また怖かった。
でも、その気持ちさえ沈静化される。気になって、何が起きているのか考えるけれど、思い当たる理由がない。
考え込んでいると、いつの間にか目の前に来ていた女の子に、声をかけられた。
「ねえ、大丈夫?……あ、大丈夫って聞いたら良くないんだっけ?その、何か困っていませんか?」
「……困っています。ここが、どこかわからなくて」
「それは……困りますね。うーん、あなたはどこから来たの?」
「…………それも、わからないです」
「……記憶喪失なのかな?」
「――多分?」
二人で首を傾げる結果になった。
「私じゃ、どうしたらいいか……わからないから、警察署長のボルンさんに相談しよう。それでもいい?」
「任せます」
「うん。じゃあ、行こう」
女の子が「あっちだよ」と、指す方向へ一緒に歩いていった。
――――――
土から石畳の道を歩く。足が痛かったけれど、我慢した。血が出てなければいいけど。
夕方から夜へ、辺りは暗くなる。民家の灯りと、少しだけの街灯が道を照らしてる。
月が出ていて良かった。無ければもっと、道は暗かっただろう。
すれ違う人々は、私を遠巻きに見ていた。
みんな、私と違う姿形をしている。まるでとあるキャラクターにそっくりだ。
視線から恐れ、不安、驚き、たくさんのものを感じる。
私は気をそらすように、両手をこすった。
やがて、巨木がある大きな広場に出た。巨木を中心に、周りに家がたっている。ここが村の広場だろうか?
女の子が、ある建物―看板が大きな星だ―に、入っていく。
私もあとに続いた。
「こんばんは、ボルンさん。サトさん」
「はい、こんばんは……おお!?」
「いらっしゃ……まああ!?」
振り向いた二人は、やっぱりとあるキャラクターに見た目が似ていた。
男性の声がした一人は、顔に髭を生やし、警察官らしい帽子と服を着用している。
もう一人は女性の声で、パーマのショートヘアーにショールを肩にかけている。
二人の視線は、女の子ではなく私に向いている。
そしてびっくりされた。
上げられた声の大きさに私も驚いて、心臓がちょっと跳ねた。
肩にショールをかけた女性が、言う。
「誰なのあなた!?」
「私はカノープスです。えと……人間という種族です」
「ここがどこなのか、帰り道もわからなくなっていたの。だから、ここに連れて来ました」
「おお。良い判断だな。リーノ」
「……リーノ?」
女の子は私の方を見た。
「よんだ?」
「あなたは、リーノなの?」
「そうだよ。私はリーノ。ここはププビレッジだよ。……あ、まだ言ってなくてごめんね」
「う、ううん」
リーノ。ププビレッジ。ボルンさん。サトさん。
……ここは、私が寝る前に読んでいたアニカビ二次小説の中!??
「どうして、よりによって人様の作品の中に……うう……」
どうせなら二次創作ではなくて、原作の中へ行かせてくれ。モブとしてみんなを応援させてくれ。
「何?どうしたの?」
「ごめんなさい。ちょっと頭が痛くて……」
「そうなの?大変!はやく休ませてあげなきゃ……」
「でも村には宿がないわ」
誰が見知らぬ人を泊めるのか。
それは静かな押し付け合いになった。
――私、邪魔者なんだな。
無性に悲しくて、下を向いた。涙が出ても見られないように、腕で顔を隠した。
その時、どよめきがおきた。
見てみれば、ただ一人リーノが手を挙げていたのだ。
「私の家に泊める」
「ダメよ!」
「でもね、サトさん。この人行くあてがないんだよ。誰かが泊めてあげなくちゃ雨風をしのげないよ」
「でも……」
「それに、久しぶりに旅人さんが来てくれたんだよ?おもてなししなくちゃ!ププビレッジはどんな人でも歓迎するんでしょ?」
その言葉に、同意の声が上がる。
サトさんと呼ばれた女性も「そうだけど……」と言った。
リーノはパンッと手を叩く。
「決まり!カノープスは私の家に泊めるね!みんな、心配させちゃってごめんなさい!また明日ね。おやすみなさい!」
無理やりお開きにした為か、村人たちは誰も帰らなかった。
リーノは私の腕を引く。
「帰ろう?」
「あ……うん」
その一言が、すごく嬉しかった。
「あの、お邪魔しました。お騒がせしました」
「……また、明日も来るように」
ボルンさんに言われ、私は頷いた。
たくさんの村人たちの視線に晒されつつ、私たちはリーノの家に帰宅する。
リーノの家は、木造平屋で、ちょっと大きかった。
家族三人から四人なら、ちょうど良い広さだろう。
玄関から入り、すぐにリビング兼ダイニングがある。さらに奥にはキッチンがあった。右手側に廊下が続き、部屋が二つある。
部屋のあちこちに家族写真があった。
優しそうな顔つきの男性と、キリリとした目が特徴の女性。それから、リーノよりも小さい子供が一人。たぶん赤ちゃんの頃のリーノだ。
写真と同じくらい、子供が描いただろう絵も、飾られている。どれも低い位置にあった。リーノが飾ったのかな?
「お風呂と、トイレもあるよ。電気も通ってる。でも自分たちで発電しないといけないから、あんまり使えないんだ」
「私でよければ、手伝うよ」
「いいの?あなたはお客さんなのに……それに頭痛は?」
「頭痛は治ったよ。お手伝いは、一宿一飯のお礼って事で、よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
リーノはニコッと笑い「うん!こちらこそ、お願いします!」と言ってくれた。
「カノープスはお父さんとお母さんの部屋を使ってね。私は自分の部屋があるから」
「それこそいいの?私は床でも……」
「ダメだよ。体が冷えちゃうよ。それじゃ、私は部屋を綺麗にしてくるから、カノープスは発電してくれる?」
「やり方を教えてほしいです」
「もちろん!」
キッチンの左手側から、裏庭へ出る。数メートル先に小屋があった。
扉を開けて電気をつけた。部屋の中央には自転車が置かれ、台に乗せられている。台からはコードがのびており、機械につながっている。
何がなんだかさっぱりだ。
リーノから慎重に扱い方を聞いておく。
……うん。ペダルを回せば蓄電ができるみたい。
「私が乗ったら壊れちゃうかもしれないから、手でペダルを掴んで回すね」
「それはいいけど、ペダル重いよ?回るの?」
「試してみる」
私はペダルを優しく掴み、ゆっくり回した。
――たいへん軽い。
「うん。これならいくらでも回せそうだよ」
「すごい!じゃあ、掃除が終わるまでお願いね」
「わかった。ここにいるね」
リーノが扉を閉めて小屋から出ていく。
私は、鼻歌を歌いつつペダルを回し続けた。
ただ回すだけならば、暇で仕方ない。でも自転車の横に、どれだけ蓄電されているのかひと目でわかる、大きなメモリがあった。
そのメモリが、じわじわと上がっていく。
「――いいね」
私は自転車を壊さないように扱いつつ、軽快にペダルを回した。
――――――
小屋の扉を閉めて、すぐに鼻歌が聞こえてくる。
あれはアニメカービィのオープニングだ。懐かしいな。カービィたちがサーカスをする映像は、いつ見ても可愛らしかった。
私はもう少し聞いていたかったけれど、その場をすぐに離れた。
家に戻って、裏庭に続く扉を閉める。
「……カノープスも、転生者なのかな?」
自分の記憶の中に……地球人の中に、あんなキレイな緑の髪はいない。染めているだけかもしれないが、そのわりには……なんというか、自然な色合いをしていた。
「私みたいに、赤ちゃんからスタートしたわけじゃないのかな?」
転生で、大人からスタートしたのかな?
……転生するとき、神様に会ったのかな?
アニメカービィのオープニングを歌うぐらい、カービィが好きなんだよね?
「もっと話したいな……」
両親が亡くなって、ずっと寂しかった。
カノープスが安全な人かわからないけれど、そのうちわかるだろう。
そうしたら、好きな物の話を少しずつしていこう。
リーノが転生者である事は、トップシークレットだ。
両親にも話していない。幼い親友たちにも話していない。
これから先、誰にも言わないであろう秘密。もしかしたら、秘密を共有できるかもしれない人物が現れた。
ワクワクする。
ドキドキする。
ちょっぴり、勇気がいる。
リーノは頭をふった。
「考え事の前に、掃除ね」
じゃないと、カノープスはずっとペダルを回す事になる。
リーノは急いで、両親の部屋を掃除した。
――――――
夕飯は、お昼に作ったカレーの残りだった。
残りと聞いて、量は足りるだろうか。足りなければ、リーノが満腹になるよう気をつけねばならない。そう考えた。
実際には、あと三人分ぐらいあったので、二人で分け合えた。
家庭的な味で少し甘口なところが、よかった。おかげで、肩の力が抜けた。
「ありがとうございます。リーノ、すごくおいしいね」
「うん。私は好き。カノープスも甘口が好きなの?」
「私は甘口も中辛も好きだよ」
「そっか。よかった」
あまり話題がないので、食事は静かに進んだ。
皿洗いは二人でやった。リーノは少し楽しそうで、手伝ってよかったと思う。
食事の後は、この世界について聞こうと思っていた。
けれど、リーノが眠そうだったので、また明日にした。
洗面所で、新しい歯ブラシをもらって、一緒に歯を磨く。
その時、リーノが嬉しそうに目を細めながら言った。
「そういえばメモリ、満タンにしてくれてありがとう。おかげでしばらくは、電気に困らないわ」
「それはよかったね」
「うん!」
リーノはニコニコと笑う。
私も嬉しくなって、笑みを返した。
案内された寝室は、私には手狭だったけれど、リーノやこの世界の住民たちにとっては、充分な広さがあった。
「それじゃ、今日はここを使ってね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
扉をくぐり、閉めて鍵をかける。
リーノに渡された濡れたタオルで、足をしっかり拭いてから、ベッドに上がった。
小さな桶に、濡れタオルを入れておく。
これでいい。
私は、私の身長より、ちょっとだけ短いベッドに寝転がる。
……このベッドは長方形だから、長い方にそって寝た方がいいかも。
その通りにすれば、ちょうどおさまった。
カノープスは目を閉じる。
――この世界の事、はじめて見る物ばかりなのに、簡単に受け入れている気がする。
私と種族が違うキャピイ族にしても、周りと比べて二倍ほど身長が高すぎる私に関しても。
サラリと髪の毛が流れた。
――“緑になった”髪と目さえも、以前からそうだったかのように受け入れている。
「へーんなの」
ぼそりと呟いた声には、軽さが含まれていた。
軽さを含まないと、どこまでも落ちてしまいそうだと、思った。