リーノにまた手紙が来た。
リーノの両親の形見があるので、取りに来てほしいという内容だった。
送り主は、間違いなくリーノの親族に当たる方らしく。リーノは形見を受け取るべく、数日出かける事になった。
私はものすごく心配だった。
また襲われてはいけないので、今回はメタナイト卿が旅に同行してくださる。
安全な旅になるだろう。けれども、だ。
どうしても心配だった。
だから、途中まで二人を送っていくことにした。
あの日、リーノが襲われた日と同じように。
早朝に起きて、草原を抜けて、森の中の道を歩く。
途中にヤミカゲの姿はなかった。生きているのか、回収されたのかはわからない。
森の中、道中で。
私は預かっていたリーノの旅行カバンを、リーノに返す。
私はぎゅっとリーノを抱きしめた。
「二人とも、無事に帰ってきてくれ」
「約束しますわ。カノ、だから泣き止んで」
どうやら、泣いていたらしい。
それすらもわからないほど、私は不安にかられていたのか。
「カノープス、リーノは必ず守る」
「どうか、頼みます」
「数日、旅行に出かけるだけですわ。いい子に待っててね」
「ふふ。そっちこそ、迷子にならないようにな」
ようやくリーノから体を離す。
私は二人が見えなくなるまで、じっと動かなかった。
城に帰ったのは、昼を過ぎてからだ。
とぼとぼ、という表現が似合う足取りで歩いていたら、こんな時間になった。
アーニャとランタンにあやされながら、一緒に遅めの昼食をとった。どうやら待っていてくれたらしい。
二人にはお礼を言った。
「二人とも、ありがとう」
「どういたしまして。それで、今日はこれからどうするの?」
「私たちと一緒に、仕事でもしていますか?」
「……陛下のところに行ってくる」
「陛下なら、今はお昼寝中ですね」
「わかった。じゃあな。ランタン、アーニャ」
「またね、カノ」
「いってらっしゃい。カノ」
二人に見送られ、私は陛下の自室に向かう。
ゴンゴンゴン。
陛下の自室の扉を叩く。
「へーかー。陛下あ」
ゴンゴンゴン。
六回目のノックで、扉はバン!と、開かれた。
「だあああ!うるさいゾイ!誰ゾイ!?」
「私です」
「カノープス?何のようゾイ?……何を泣いているゾイ」
私はその場でへたりと座り込み、陛下に甘えるように手を伸ばした。
「抱っこさせてください」
陛下はギョッと目を大きく開いて、慌てて辺りを見回した。
そして、急いで私を部屋の中に入れる。後ろで扉をそっと閉められた。
「ばかもん。そういうのは、二人きりのときにせい!」
「すみません……」
「はあ……まずは泣いている理由を聞かせい」
リーノがまた、襲われるかもしれないから。それが怖くて仕方ないのだ。
これは言えない。あの事件は、リーノが秘密にすると決めたからだ。
だから、それっぽい理由を言った。
「リーノが、旅行に行ってしまいました」
陛下はすっ転んだ。見事な転び方だ。芸人顔負けだな。
そしてすぐに立ち上がる。
「いい加減、妹離れするゾイ!あー心配して損した……」
「あの、抱っこ……」
「……ワシは今から昼寝をする」
「でしたら、寝かしつけて差し上げます」
「子守唄ならいらんゾイ」
陛下はベッドに潜る。私は、そのベッドの布団の上に、乗った。
「なんゾイ!重い!どくゾイ!」
「添い寝します」
「――は?」
驚く陛下をおいて、私は陛下と同じように、布団の上から寝転がる。
胸辺りに陛下のお顔がくるように体を動かして、できるだけ近づいて、陛下のお腹を優しく一定のリズムでトントンする。
「おやすみなさい。陛下」
「……カノープス」
「はい?」
「ワシ以外の者に、こういうことを絶対するなゾイ……」
陛下は疲れた様子で言った。
私は、ぐずっと鼻を鳴らす。
「わかりました」
それから二時間ほど、私は陛下と一緒にお昼寝したのだ。
起きたとき、陛下がずいぶんと疲れたご様子だったのは、なぜだろう。
人の気配が近いと、起きてしまうのだろうか?それだったら悪いことをしたな……。
それから、リーノが帰ってくるまではできるだけ陛下のお側にいた。
陛下を抱きしめていると、安心できたのだ。あったかくて、ホッとできる。
陛下は困惑しておられたが、なんだかんだ、一緒にいることを許してくれた。
リーノとメタナイト卿が、無事に帰ってきてからは、また普段の日常に戻る。
つまり、私がリーノの仕事の手伝いをするために、彼女について回った。
陛下は悔しそうにしておられた。
何故かはわからないけれど、私が笑顔を見せると「泣いているよりかは、いいゾイ」と、一人で納得されていた。
――――――
リーノたちが旅行から帰ってきた数日後。
村に、騎士を自称するお爺さんがやって来た。
何でも占い師メーベルを、どこかのお姫様だと思っているようだ。
そのお爺さんに、ブンがイタズラで「陛下は魔獣」だと、吹き込んだらしい。
リーノと私は怒ったので、城の橋上でブンを待った。
ブンたち一行は、夕方に帰ってきた。
フーム、ブン、カービィ、メタナイト卿、ソードナイト、ブレイドナイトの六人だ。
初めは、にこやかに手を振っていたみんなだが。私とリーノが仁王立ちしている事に気づくと、その顔を引き攣らせた。
「どうしたの、リーノ。カノープス。なぜ怒っているの?」
「ぽよ!」
「それはブンに聞いてくれ」
こっそり逃げようとするブンの肩を掴み、逃げ出せないようにする。
ブンはゆっくりとリーノを振り返り、それから下を向いた。助けてはもらえないと、理解できたのだろう。
「ごめんなさい」
「陛下を魔獣だと言った件につきましては、陛下に謝罪してください」
「はい……。リーノ、一緒にいってくれる?」
「ええ。いいですよ」
「私も同行する」
「はい。みんなで行きましょう。フーム様、そういうわけですから、ブン様をお借りしますわ」
「ええ、いいわよ。ブン!ちゃんとデデデに謝ってくるのよ」
「わかってるよ……」
「それでは、皆様。ごきげんよう」
「またな」
私たちとブンは、上の階の食堂に向かった。
食堂では、すでに陛下とエスカルゴン殿が夕食をとっていた。
ブンの登場に陛下は顔を顰めた。
そして自称騎士から魔獣呼ばわりされた件の原因が、ブンにあると知ると陛下は怒った。
ブンは私の後ろに逃げ込む。
「頼む、カノープス!」
「?」
何を?
陛下は私を鋭く見る。
「庇うのか!?」
「いいえ」
「そんな!」
「ブン様。ちゃんと罰を受けてくださいまし」
「うう、リーノまで……」
私はブンを前に出し、彼の肩をポンと叩く。
観念したように、ブンは頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「ふん!一週間、リーノの仕事を手伝うゾイ!遊びに行くことは許さん!」
「えー!?」
「当然だな」
「ブン様が手伝ってくださるなら、カノープスが暇になりますね」
「そうだな……どうしようか」
ワドルディたちを手伝うかと、考えていたら陛下が言った。
「そちは明日からワシに付け。一週間」
「かしこまりました」
予定が埋まった。
なぜかブンが「キシシ」と笑う。
「やっぱりデデデって……むぐっ」
「ブン様、しっ!」
ブンの口が、リーノの手で押さえられた。
私が首を傾げていると、リーノは「ほほほ……」と笑いながら、ブンを食堂の外に連れて行ってしまった。
何だったんだ?
――――――
その日はリーノと村へ買い物に来ていた。
それぞれ行きたい店が違ったので、私たちは後で落ち合うことにした。
欲しかったものを買い終えて、リーノとの待ち合わせ場所であるカワサキの店に向かう。
だが、村の広場の方が何やら騒がしくて。気になったので、先にそちらへ顔を出す。
人だかりができていた。
視線の先には川が流れている。
普段穏やかな川に、高級車が突っ込んでいた。
車には陛下が乗っていた。
「陛下!?」
私は荷物を放り出し、慌てて川に入る。
幸いなことに川の水位は低く、陛下は半分ほど水浸しになった程度で済んだ。
車のドアを開けて、シートベルトを外す。優しく抱き上げて、私たちは川から上がった。
道の上に陛下を降ろして、顔を覗き込む。
その顔は、どこか力がない。
「陛下?大丈夫ですか?」
「よいゾイ。許すゾイ」
「は?」
いつもなら怒り出すだろう陛下が、許すと言った。
その違和感に、体が芯から冷えていく。
「本当に陛下は怒らないぞ!」
「お〜!」
村人たちが何か言っている。それがなんだ?
今は、濡れている陛下をお風呂へ連れていくことが先決では?
「カノ!」
「リーノ……」
「陛下はご無事ですか?」
「血は流れていない。傷らしいものも見当たらない」
「よかった。では、お風呂に入っていただきましょう」
「ああ……。私が抱えるよ」
「お願いします」
「陛下、少しの間我慢していただけますか?」
「よいゾイ。許すゾイ」
「ありがとうございます」
やっぱりどこか覇気のない陛下を抱え、放り出した荷物を持ち、私とリーノは小走りで帰城した。
その日から、陛下は怒らなくなった。
そして、あろうことかテレビで「何をされても許すゾイ。愛と寛容の精神が世界を救うゾイ」と言った。
ありえない。
私はテレビの収録現場にいた。実際にそんなことを言う陛下を見ていた。
「バカな……陛下は一体どうしたんだ」
別人になってしまった陛下を受け入れることができないまま、その日の内にパーティが始まった。
私は遠目から、本当に何をされても許している陛下を、睨むように見る。
何度もピコピコハンマーで殴られて……あれでは痛いだろう。
私は見ていることができなくなり、厨房に引っ込んだ。
厨房ではメイドたちが一仕事終えて、のんびりとお茶を飲んでいた。
私が厨房に入ると、リーノが目を丸くさせた。
「どうしたの、カノ」
「何がだ?」
「ひどく、疲れているみたい……何かあったの?」
私は顔を伏せた。
「陛下が、怒らない」
「――急に、変わりましたものね」
立ったままの私を、リーノが優しく抱きしめてくれる。
私は腰を曲げて、リーノを抱きしめ返した。
「怖いんだ。すごく」
「ええ、わかります。でも、きっと大丈夫ですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。とにかく、今日一日は様子を見ましょう」
私は子供のように頷いた。
――そこで、爆発音が聞こえて。
私たちは飛び上がり、厨房の扉を見た。音は扉の先から聞こえてくる。
「魔獣か?」
「おそらく……陛下たちが!」
出ていこうとするリーノを私は止める。
「ここにいろ!私が行く」
「カノもリーノも行っちゃダメ!ここにいるの!」
「会場にはカービィがいたはずです。魔獣なら、あの子が何とかしてくれるはずでしょう?」
「それはそうだが……」
また爆発音が響く。
アーニャとランタンが、リーノを守る私を守るように、抱きついてきた。
「やめろ。どこにも行かないから……三人は机の下に隠れるんだ」
「カノは?」
「私は、机に入られない。せめて敵が来たら、すぐに応戦できるよう立ってる」
部屋の中で仁王立ちしてから数十分。
外の爆発音が止んだ。
私たち四人は、厨房から出て会場にそろりと顔を出す。
どうやら魔獣を倒した後のようだ。
そして、陛下がとんでもない怒りの形相で、エスカルゴン殿をハンマーで叩いているところを目撃してしまった。
急いで私とリーノが、そこに駆け寄る。
「陛下、お止めください!」
「閣下が一体、何をしたのですか?」
息を切らして、陛下は言った。
「こやつからワシを殴ってきたゾイ!ワシには殴り返す権利がある!」
いつもの陛下だ!
私はたまらず、陛下を抱きしめた。
「陛下、お帰りなさい!」
「な、なんゾイ!ええい、離れい!」
「すみません……」
陛下の顔は真っ赤だった。そんなに嫌だったのだろうか。
陛下は私の視線に気づくと、そっぽ向かれた。
「く、口の中が変ゾイ!食堂に、料理を持てい!……行くゾイ、カノープス」
「はっ」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
私はリーノとアイコンタクトをとった。お互いに笑顔で頷き合う。
陛下が戻ってよかった!