夜。玉座の間の向かい側にあるベランダにて。
夕食後に陛下に誘われて、私たち二人は夜空を見ていた。
望遠鏡で星々を観察する陛下は、子供のようにはしゃいでる。何とも可愛らしい。
「カノープス、ちゃんと見ておるか?」
「はい。星も、陛下も、ちゃんと見ております」
「うむ!そーか、そーか!」
ご機嫌な陛下は、さらに機嫌が良くなった。
そんな陛下に、私は自慢の緑茶を淹れた。ププビレッジは常夏だが、夜は案外冷える。ぬるいお茶を飲んだ陛下は、ほっこりと息を吐いた。
陛下は普段着のままだが、今の私は普段の鎧姿ではない。腰に愛用の鉄パイプを装備しているけれど、兜も鎧も身につけていない。Tシャツとパンツ姿だった。
「今日は、お前の顔がよく見えるゾイ」
「いつもは、顔が見えない兜を被っていますからね。……もっと顔を出した方がいいですか?」
「――いや、顔を出すのはこういうときだけにするゾイ」
「承知しました」
「それと、今はその堅苦しい言葉遣いはやめるゾイ」
「しかし……」
「二人きりときは、許す。……ワシの命令がきけんのか?」
「いいえ、そんなことは。……少しずつ砕けた口調にしていきますね」
「それでいいゾイ」
それから、私たちは今日あったことを話した。
私からは、どこを掃除したとか、リーノと何を話したとか、今日は戦士たちとメイドたちの食事会があったことも話す。
戦士たちとメイドたちの食事会の話題を出したのは、リーノとメタナイト卿の仲の良さをアピールするためだ。
物語の中であの二人はラスト、婚約しそうだった。それほどまでに、仲がいいのだ。
いつか二人が、親代わりである陛下とエスカルゴン殿に結婚の許しを得るとき、話をスムーズに進ませるため。
この食事会の話をすると、陛下は微妙な顔をされる。まだメタナイト卿のことを認めていないのかな?
うーん、お互いに大切に思い合って大事にしているようだし、認めてあげてもいいと思うんだけどな。
陛下の横顔をじっと見つめる。
陛下が私の視線に気づいた。――顔が赤くなる。
陛下って、よく顔が赤くなるよね。実は恥ずかしがり屋なのかな?
「カノープスは……」
「はい」
「将来、ペットを飼いたいかゾイ?」
「ペット、ですか」
懐かしいと、心の底からそんな気持ちが浮上する。
前に飼っていたのだろうか。思い出せない。
少し悲しい気持ちになりつつ、私は言葉を紡ぐ。
「いつか、飼えたらいいですけど……でも将来のことはわかりませんから、飼えないですね」
「そーか!飼いたいか!」
「へ、陛下?」
「ぐふふ!楽しみに待ってるゾイ!」
そう仰って、陛下はまた望遠鏡を覗く。
背中に冷や汗が流れた。
何だか嫌な予感がするな……。
――――――
数日後。
陛下は、城の床から天井に届くほど巨大なケーキを、メイドたちに作らせた。
私は、そのケーキをワドルドゥ隊長とワドルディたちと共に、玉座の間へ。
ゆっくり、でも急いで。リーノたちが一生懸命に作ってくれたケーキを、丁重に運ぶ。
玉座の間に到着する。
ワドルドゥ隊長に促され、私が代表して大きな扉を叩いた。
ドンドンドン。
「陛下、カノープスです。みなと共にケーキを運んで参りました」
「よく来た!さあ、中に入るゾイ!」
陛下は待ちきれない、といった様子だ。
私は両扉を開ける。そしてケーキと共に、中に入った。
陛下の方を見る。――何か、陛下の頭部ぐらいの小さめの生き物が四匹いた。
「陛下、それは……?」
「これはスカーフィちゃんだゾイ!ほれ、可愛いであろう?」
スカーフィ!?
私はギョッと、目に力が入った。
あんなに可愛いふわふわの生き物が、一つ目のお化けになっちゃうのか!?
驚きで黙っていると、陛下が「どうした?」と聞いてきた。
今日ばかりは顔が見えないタイプの兜を被っていて、よかった。不審に思われずに済む。
「い、いえ。あまりにも可愛らしくて、言葉が出ませんでした」
「そうかそうか!ほれ、近くで見て、触るゾイ!」
「はい。陛下」
陛下の側に寄ろうとしたが、スカーフィが飛び出したので足が止まってしまった。
「ああ!スカーフィちゃん!どうしたゾイ?」
スカーフィたちはケーキに飛び掛かる。そしてガツガツと食べ始めた。どうやら「待て」は、できないみたいだな。
四匹の勢いによって、ケーキは扉の方に傾いていく。
私はすぐさま陛下の前に飛んだ。そして庇うように立つ。
まもなく、巨大なケーキは倒れてしまった。
辺りをすぐに確認する。隊長と兵士たちは、どうやら先に避難できたみたいで、ピンピンしていた。
ケーキが倒れても、スカーフィたちの食欲は止まらない。
ガツガツ、ガツガツ。大きく口を開けて、食い散らかす。
私は悲しいような、怒ったような気持ちになった。
せっかくリーノが、それにアーニャとランタンだって。三人が、心を込めて作ったケーキをこんな風に食べるなんてあんまりだ。
ケーキを運んでいる時は、陛下が喜んでくれると思いワクワクしていた。
今は……。
たっぷり時間をかけて、スカーフィたちはケーキを食べた。満腹になるまで。
つまり、完食はしていない。床のそこかしこにケーキの残骸が落ちている。
私の心は冷えきるようだった。
陛下は上機嫌な声で、スカーフィたちを歓迎する。
「よしよし、食べたな!それじゃ、次はお散歩に行くゾイ。カノープス、供をせい」
「行けません、陛下。私は残って、掃除をします」
「そんなもの、他の者に任せて……」
それ以上、聞きたくなかった。
するり、と陛下のお側に入り込んで。耳元に、口を寄せた。
「後で、合流します」
陛下が前に、褒めてくれた声で言った。
陛下はびくり、と体が固まった。顔が赤くなっている。
私はニコリと笑みを作って、玉座の間から出ていった。
厨房にて。
そこには、巨大なケーキを作り終えてぐったりとしているメイド三人の姿があった。
私は、ケーキを運び出す前と変わらない姿を見て、胸を痛めた。
「あら、カノ。ケーキを運び終えたのね……」
「お疲れ様。リーノ、アーニャ、ランタン。ケーキは陛下のペットが食べたよ」
「そう。喜んでくれた?」
「そりゃあもう。ガツガツ食べていた」
「ふふ。よかった!」
「作った甲斐がありますね」
「私たち、すっごく頑張ったわ!」
「カノ、ケーキを運んで疲れたでしょう?お茶、淹れましょうか」
「みんなは少し休んで。私が、緑茶でいいなら淹れるから」
メイドたちの顔が緩んだ。
「ありがとう。本当は誰かに、淹れてもらいたかったの」
相当お疲れらしい。
陛下たちが散歩に行かれるまで、私は厨房にて彼女たちとお茶をした。
――――――
それから数日。
私は、陛下から離れていた。というかスカーフィから離れた。
ペットであろうと、妹のような存在を悲しませるものとは、関わりたくない。
事情を話さず陛下から離れていたので、リーノたちからはかなり心配された。
「カノ……その、何かあったの?」
「陛下に何かされた?」
「私たちでよければ、力になります」
「違うんだ。陛下は悪くない。その、スカーフィが嫌で、な」
三人はきょとん、と目を丸くさせた。
それから息をそっと吐く。
「陛下と喧嘩したのかと思いました」
「私は……まあ、とにかく何もなくて良かったわ」
「スカーフィちゃんですか……。ちゃんと躾けてほしいですね」
「ああ。そうだな」
陛下に会えないときは、日常が何とも味気ないものだった。
毎日が少しつまらない。それでも、スカーフィがいる間は会えないと思った。
リーノから、スカーフィの姿が見えないと聞かされた。
ああ、あの子たち捨てられたんだと思った。原作ではそうだったし、間違いないだろう。
気分が沈んでいく。今日は誰とも会いたくないな。
リーノに一言言ってから、地下に篭ろうかな。
それはとてもいい考えに思えて、厨房に向かった。
厨房では、陛下とエスカルゴン殿のお菓子を作っている最中だった。
焼き菓子の香りが充満している。
厨房の中に入ると、三人が一斉にこちらを向いた。
「カノ、どうしたの。……あら、顔色が悪いわ」
「うん。今日は地下に篭ろうと思って……すまない。最近、リーノの役に立ててない」
「……今は、仕方ないわ。カノは、わたくしのことや陛下のことで毎日忙しいのだから、たまにはゆっくりするのもいいと思うの」
「でも、休み過ぎだと……!」
ざわり。
嫌な感じが体を横切る。
私はすぐに扉を氷付けにした。
間もなく、扉に何かがぶつかり始める。
三人は震え上がった。
「な、何ですか!?」
「魔獣なの?ソードたちが……!」
それでも、リーノは祈るように言った。
「落ち着きましょう!メタナイト卿たちならきっと大丈夫。まずは、わたくしたちの安全を確保しましょう!」
「リーノの言う通りだ。三人なら、きっと大丈夫」
それに陛下も。
あの方は悪運が強いから。
大体、二十分後だろうか。
一度、扉が静かになる。
それでも外に出ないで、私たちが身を寄せ合っていると、扉が強くノックされた。
「リーノ、そこにいるのか!」
「メタナイト卿!はい!わたくしたちはここです!」
「無事か……良かった。扉が凍っているが、外に出られそうか?」
「出られると思う」
私はそう言った。
リーノがこちらを向く。
「壊すの?」
「思いっきりな」
「メタナイト卿!カノープスが扉を壊すそうです!離れていてください!」
「わかった!無茶はするな」
「リーノたちも後ろへ。思いっきりやるからな」
十秒待った。
そして体に魔法を張り巡らし、膜を張る。それは力強い繭だ。
グッと足に力を入れて、真っ直ぐ前へ飛んだ。
まるで大砲が扉にぶつかったように、轟音がした。
扉はその周囲を巻き込んで、粉々になった。
大穴が空いて、私たちは厨房から出ることができた。
「カノ、相変わらずすごいですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
外に出ると、メタナイト卿とソードナイト、ブレイドナイトが出迎えてくれた。
それぞれの恋人と、無事を確認し合う。
私は少し離れたところで、それを見守っていた。
そこにドタバタと足音が聞こえてきた。
この重たくて聞き慣れているある足音は……。
「カノープス!」
「陛下……」
陛下が駆けつけてくれた。
陛下は私と、扉が大破してしまった厨房を交互に見た。
そしてクワッと目を釣り上げる。
「無茶をするでないわい!」
「すみません」
「何をにやけておる!」
「へ?私、にやけていますか?」
「しとる!ゆるゆるだゾイ!」
それを聞いて、私は吹き出してしまった。
陛下はとうとう怒り出してしまって。場はカオスな空気に包まれた。
この時、私は思ったんだ。
私ってば、陛下のこと好きかもしれないって。