さわさわ、と草原の草花が擦れ合う。
私はレジャーシートを広げて、その上に寝転んでいた。
ぼんやりと青い空を、流れていく雲を見つめた。
思考の海に浮上するのは、先日気づいた陛下への気持ちだ。
まさか、自分がなあ。という感じである。
陛下は、原作だとかっこいい感じではなくて、どちらかといえば好きではない視聴者の方が多いと予想された。
私も、好きではなかったと思う。
だけど、この世界に来て実際に陛下に会ってからはどうだろう。
最初はお互いに印象は良くなかったと思う。
だんだん力を認められて、待遇を良くしてもらえて、リーノと同じように可愛がってもらえて。
今だって遊びに連れて行ってくださるし、特別優しくしてもらっている。
――優しくされたから、好きになるのか?
それもある。
それが特別に感じたから。大事にされていると思ったから。
私も特別に想うのだ。
「これじゃ、陛下だって私のことが好きみたいだ……」
まさか、ね。
顔が少しだけ熱くなるのを感じた。
そうだったらいいのに、とも思う。
まあ異種族を好きになるってハードル高いと思うし、ありえないかな。
「女性として、見られているとは思えないしね」
実際、陛下はお姫様が来たとき、彼女に夢中になっていた。私なんて眼中にないだろう。
じゃあなんで、色々誘われたりするんだ?――遊び相手が欲しかったのかな?
「あー……男心わからん」
以前はどうだったかな。恋はしたけれど、恋愛はしたことなさそうだな。
うーん、これはリーノたちに近々相談した方が良さそうだ。
――――――
スッキリしないまま、私は昼頃に帰城する。
そろそろ昼食なので食堂に向かった。
食堂では、すでに美味しそうな香りが辺りに充満していた。
開かれていた扉をノックしてから、食堂に入った。
「ただいま、戻りました」
「やっと戻ったかゾイ」
ぐ。ちょっと低い声とか、その流し目がなんかいいなって思ってしまう。
顔が兜で隠れていてよかった。今、顔熱いぞ。
扉の辺りで立ち止まっていると、リーノに背中を押されて、陛下に近い席に座るよう促された。その席に座る。
一緒に食べろ、ということらしい。
あれ?
「エスカルゴン殿がいませんね」
「あれは知らん!」
ああ、ケンカされたのかな。じゃあ別行動しててもおかしくない。
そう考えている間に料理が運ばれた。
今日の昼食はグリーンカレーのようだ。辛いけれどスパイシーな味がとってもおいしいんだよね!
「私、リーノが作ってくれたグリーンカレーが大好きです」
好物がでてきたので、思わずそうこぼす。
陛下はそれを聞いてぼそりと言った。
「また、一緒に食べるゾイ」
「はい」
陛下も、リーノが作るグリーンカレーのファンのようだ。ファン同士、楽しく食事ができるだろう。
私はグリーンカレーを一杯、陛下は二杯も食べた。
好きな人との食事だ。楽しくて仕方なかった。特別、会話が盛り上がったわけではなくて、おいしい物を共有できたことが嬉しかったんだ。
食後はリーノたちと共に下がり、厨房で皿洗いをする。皿洗いの後は、四人でのんびりお茶タイムだ。
そのお茶タイム中でも、私は陛下との食事を思い出してはニコニコしていた。
兜をとっていたため表情がよく見えたのだろう。私の機嫌の良さに、リーノが気づいて疑問を抱いた。
「カノ、なんだか今日は機嫌がいいですね。良い事でもありましたか?」
「ん、あったよ」
「どんなことがあったのか、聞いてもいい?」
リーノだけじゃない、アーニャもランタンも私に注目する。それがなんだか、心の内を少し覗かれたみたいで恥ずかしくなった。
顔が熱くなる。するとランタンが身を乗り出す。
「もしかして、告白でもされた!?」
「いや、違うけど……」
「違うけど……何?」
「その、今日、楽しかったから」
あー、ダメだ。正直に答えることがすごく恥ずかしい。
私の頬はさらに熱くなった。
みんながそれぞれ顔を見合わせて、リーノやアーニャまで身を乗り出す。
「それって、陛下とのお食事が楽しかったから……ということですよね?」
「う、うん」
「ドキドキしましたか?」
ドキドキ?いや、それよりも。
「ドキドキというか、ずっと楽しかったよ」
「そうですか!」
三人が「キャー!」と黄色い声をあげる。
何なんだろう?
「私よりも、みんなの方がドキドキしているように見えるよ。どうしんだ?」
「いえいえ、なんでもありませんわ!」
くふふ、と笑い合う妹たちは可愛らしい。だけど、理由がわからなくて私は首を傾げた。
翌日の朝。
早朝のニュースを見て、昨日がパイ回の始まりだったことを知った。
巨大なパイを全身で被る陛下。その姿を見て、城でも村でも人々が笑うのだ。
そりゃあ陛下の機嫌が悪くなるわけだよ。
「……陛下に機嫌を直してもらうために、私が昼食の席に呼ばれたのかな?」
なんてね。まさかね。
でも昨日の昼食中ずっと、陛下はご機嫌だった。
……それはおいしい物を食べたおかげか?
私だという決め手がない。なので、考えるのをやめた。
パイで処刑でショーの時間は危険なので、私とメイドたちは城に残ることにした。
村から帰ってきた陛下は、軽いものの擦り傷を負って帰ってきた。
急いでリーノが傷の手当てをしたので、問題はないだろう。
陛下は、明日も兵士たちと大量のパイを持って、村に行くと言う。
確かパイの魔獣が出てくるはず。そして、その魔獣に陛下が飲み込まれるはずだ。
私は同行を申し出た。できるなら、陛下だけでも魔獣から助けたかった。
私が手を挙げると、リーノも「行きます」と言った。
陛下は「邪魔しないなら良いゾイ」と、満更でもない様子で仰った。
アーニャとランタンは、お留守番だ。
パイで処刑でショーが終わり次第、きっとお風呂を使われるはず。
その用意を、二人にしてほしかった。
――――――
翌日。
朝食をしっかり食べてから、私たちは村に向かった。
村の広場に到着する。
すると奥に、机や家具で作られた背の高いバリケードが見えた。
バリケードから、こちらを睨みつけるのはフームや村人たちだ。
どうやら徹底的に抗う気らしい。
私はリーノと共に、パイが大量に乗せられた台車の後ろに隠れた。
陛下が「今よりポヨと言ったやつは犯罪者ゾイ!」と、拡声器を使って言った。
そういえば、そんなことも言うんだよね……と、懐かしい気持ちである。
カービィがバリケードの前に出て、何度も「ぽよぽよ」と声をあげる。
その度にパイが投げられるが、すべて食べられてしまった。
まるで大道芸のように鮮やかな技を見て、村人たちは拍手をおくった。
陛下は悔しそうだ。ギリギリと奥歯を噛む。
そして、城からパイの魔獣を呼んだ。
巨大なパイが空を飛び、等間隔に腕が五本生えている。腕の先、手にはそれぞれフライパンを握っていた。
パワーストマックである。
「やれい!パワーストマック!」
「パイー!」
パワーストマックはその場で回転し、フライパンの上にパイを出現させた。
それを数十個、カービィへ投げる!
カービィはパイをくらってしまった。
パイの山に埋もれたカービィを助けるために、フームやリーノが飛び出した。
私も一緒に飛び出す。
「カービィ!」
「掘りましょう!」
三人で掘れば、簡単にカービィを助けられた。
顔を出したカービィは、何だか元気がない。
――食べたな。
私は、自分の手に付着したパイの残骸を見る。
正直に言うと、アニカビのファンとして食べてみたい。だが、恐ろしい。
その時だった。
「――おいしくない」
リーノが言った。
それは周りからも聞こえてくる。
「まずい」
「本当にまずい」
中には口の中のものを吐き出す人もいた。
陛下も、閣下も、村人たちも、子供たちも、リーノも……みんなが魔獣のパイを褒めることはない。
私にもパイが飛んできた。
その拍子に、口の中に入る。
「うゔ……まずい」
塩辛くて、ねっちょりして、酸っぱくて苦い。
好奇心に負けて食べなくて良かったと、思った。
魔獣が静かになる。……なんだか、震えているような気がする。
そこに、突然現れたメタナイト卿が言った。
「パイの専門家だから、自身のパイをまずいと言われて怒っているのだ」
「では、すぐに魔獣の猛攻がくるのでは……!?」
私たちは顔をハッとさせた。
魔獣はパイをセットしている。
「まずい!このままでは……!」
「いけません!メタナイト卿!」
「しまった!」
魔獣は私たちにパイを投げてきた。
「散れ!」
私はフームとリーノを捕まえて、その上に被さる。が、パイは来なかった。
「のわ!」
メタナイト卿の声だ。
振り返れば、パイまみれになった青い戦士がいた。
私の下からリーノが飛び出し、メタナイト卿の側へ寄った。
「メタナイト卿!大丈夫ですか!?」
「問題ない。……しかし、本当にまずい」
広場はどんどん魔獣のパイまみれになっていく。
あちこちで悲鳴が上がった。
フームがカービィを探し、そして「吸い込みよ!」と願うのだ。
「んー!んー!」
「え?嫌なの?」
「ハハッ!カービィも食べないほどのパイだ!」
ブンの言葉にさらに怒った魔獣が、パイを投げてきた。
「カノープス!」
助けを求める声がする。けれど、私は首を振った。
「今のはブンが悪いよ」
「そんな!うわ!」
パイはブンに命中した。カービィは器用に避けていく。
――もうすぐだ。
私は陛下の側に移動した。
陛下もパイまみれ、私もパイまみれだった。
「陛下、ご無事で?」
「ワシはいい!お前は!?」
「元気です。陛下、今のうちに逃げて……」
その先は言えなかった。
カービィがこちらに走ってきて、車の運転席に落ちる。
怒り狂った魔獣が、突っ込んできた。
ぶつかる!
「陛下!」
陛下を守るように抱きつく。
私と陛下、エスカルゴン殿、カービィはクリームの海に溺れた。
不思議と息苦しくない。
目を開けると、そこは薄暗かった。
「なんじゃい、ここは?」
「どうやら、魔獣の中のようでゲスな」
「ということは、魔獣の胃の中……ですか?」
言ったのと同時に、タイヤがパンクする。
それから、嫌な匂いと共にシュウシュウと溶ける音が聞こえ始めた。
「嫌だー!死にたくないでゲス!」
「カノープス!上に乗るゾイ!」
「ぽよ」
「お前じゃない!」
「陛下、爆弾とかありますか?」
慌てる二人、緊張感のないカービィ、冷静な私。現場はカオスだった。
「爆弾!?そんなもの何に使うゾイ?」
「カービィに吸い込んでもらって、ボムカービィになってもらい、内側から魔獣を倒します」
「よし!それでいくゾイ!」
陛下は運転席のボタンを一つ押した。
車のボンネット、右側から爆弾が出てくる。
陛下がフーム様の声を真似た。
「カービィ、吸い込みよ〜!」
「ぽよ!」
カービィはボムの能力をコピーした。
そして爆弾を作り、あちこちにまく。
私は陛下とエスカルゴン殿を抱きしめ、魔法で私たち三人をまとめて覆った。
――爆発する。
いくつかの衝撃がきて、私たちは車と共にずるりと落下する。
私は魔法を下に噴射、三人でゆっくりと地面に降り立った。
カービィはサトさんの日傘を投げてもらい、それを広げてふわりと降りてきた。
リーノが駆け寄ってくる。
その目には涙が浮かんでいた。
「よかった!カノ、陛下、閣下!それにカービィも!みな様、無事ですね?」
「もちろん。大丈夫だよ」
私は陛下とエスカルゴン殿をそっと降ろして、妹を抱きしめた。
リーノも私を抱きしめ返してくれた。
「わたくし、すごく心配したんですよ!」
「うん。伝わっているよ」
「陛下!今日のごはんは素うどんですからね!」
「ぐ……わかったゾイ」
珍しい。陛下が素直に頷かれるなんて。
その姿がなんとも可哀想で、私はそっとリーノと話した。
「明日は豪華にしないか?みんな無事だったんだし」
「もう、カノったら!あなたも危険な目にあったんですよ?」
「それでも、無事だったから……ね?お願い」
頭を下げる。
リーノはふっと息を吐いた。しょうがない、という風に。
「明日ね」
「ああ、ありがとう」
「二人で、なんの話をしているゾイ?」
「秘密です」
そういうと、陛下はちょっとだけ頬を膨らませた。
その姿の、なんと可愛らしいこと!