風邪の季節が来た。
陛下が!風邪を引いた陛下が城の、村のあちこちに自慢しに行く。
自分も風邪を引いたぞ!バカじゃないぞ!
そう仰るのだ。
私は、風邪を引いたまま走り回る陛下の後ろを、ついて回っては慌てる。
「陛下、城に戻って寝ましょう!陛下ー!」
「愚かな村人全員に見せて回るまでは帰らんゾイ!げほっげほっ」
息遣いが荒くなり、咳き込み、汗を大量にかいて、顔が熱く、体温が高い。
元気に走り回っていた陛下のスピードが落ち、ふらりと座り込む。私は駆け寄り顔を覗き込むと、明らかに体調が悪そうな様子が見えた。
陛下に渡そうと思い所持していたペットボトルに入ったスポーツドリンクを、陛下に渡す。
「陛下、どうぞ」
「うむ」
弱々しい声だ。蓋を開けて、スポーツドリンクを一口飲んだ。汗をかかれているので、お顔にハンカチを何度も当てる。
「陛下。陛下が風邪をひかれた事は、後日私とリーノが村のみんなに話しておきますので、今日は休んでください」
「……わかった」
両手を広げる陛下を正面から抱っこして、落ちないようにしっかりと腕を回す。
「帰ったら、何が食べたいですか?」
「りんごのすったやつ……」
「かしこまりました。ワドルディたちもメイドたちも、今はみんな風邪をひいていますので、私がお持ちしますね」
「うむ」
力なく私に腕を回す陛下。早く元気になってほしい。そう思った。
城に到着する。
陛下のご要望通りに、玉座の間で陛下をおろした。玉座の間には誰もおらず、静かだ。それに寒々としている。
「お部屋で休まれた方が治りが早くなるかと」
「ここが良いゾイ……。カノープス、りんごの他にも、この部屋で過ごしやすくなるために必要な物を持ってくるゾイ」
「かしこまりました」
「ゆっくりでいいゾイ」
「はっ。では、少々お時間をいただきます」
「許す」
深く理由は聞かず、私は必要なものを揃えるべく玉座の間を出ていく。足取りはゆっくりだ。
「りんごは準備できた。着替えと汗を拭くためのお湯とタオルもある。ベッドも用意した。扉を開ける度に風が入ってきて寒いから、衝立も持ってきた。暖かい飲み物もいくつかある。毛布も、額に貼る冷やっとするシートもある。……他に何か必要かな?」
厨房にて、必要な物を指折り数えていく。
陛下と離れてから三十分は経過していた。腕時計を確認しつつ、少し待たせ過ぎただろうかと考える。
「そろそろ向かうか」
大きな台車に全ての荷物を乗せて、ガラゴロと押した。
そこに見慣れた影が二つ。
「カノープス!」
「大変なんだ!げほっ」
咳き込むのは、マスクをしているフームとブンだ。台車を止め、二人に近寄り片膝をついた。
「どうした?魔獣か」
「違うの!ごほっ……デデデが」
「カービィを連れて行ったんだ!げほげほ……」
「陛下なら玉座の間だ。一緒に行こう」
私たちは急いで玉座の間に駆けつけた。
扉をバン!と、荒々しく開けて陛下に声をかける。
「陛下!」
「カービィ!」
「ぽよ!フームぽよ」
カービィがくるりと笑顔で振り返る。そして部屋の奥で、陛下は倒れていた。
私は足に魔法を込めて、ひとっ飛びで陛下のもとに到着する。子供たちの驚いた声がしたが、無視した。
鼓動がうるさい中で、陛下の様子を窺う。
体が上下しているから息はしている。けれど苦しそうだ。汗を大量にかいている。暴れたのかな?そういえばカービィを連れ去ったんだ。風邪なのに走ったからこうなったのか。このままでは風邪が悪化する。
私はそっと陛下の背中に手を置いた。
「陛下。汗をかかれていますね。汗を拭いて、着替えましょう。そうすればスッキリして、眠れますよ」
「ぜえ……ぜえ……わ、わかったゾイ。その前にりんごが食いたいゾイ」
「承知しました」
私は荷物を取りに、部屋の入り口に足を向ける。
途中、子供たちに驚かせてしまったことへの謝罪をする。
「さっきはすまない。カービィが無事で良かったよ」
「そうね。何もなかったみたいだし、私たちも休むわ……さっきから寒くて」
「陛下がすまなかった。おやすみ。フーム、ブン、カービィ」
「おやすみ、カノープス」
「おやすみ〜」
「ぽよ」
三人は大臣家に帰っていった。
その後、私はテキパキと必要な物を玉座の間に運び入れ、陛下の世話を焼いた。
すったりんごを食べさせて、着替させ、持ってきた病人用のベッドにて眠ってもらう。
落ち着いた寝息を立てる様子に胸を撫で下ろし、私はベッドの下で毛布にくるまる。
そして手元の僅かな明かりを頼りに、本を読む。
陛下が好まれる冒険モノで、挿絵が多い本だ。面白ければ、今度陛下に読んで差し上げたい。
村中が風邪を引く中、慌ただしい一日はこうして終わった。
陛下は次の日も風邪を引いていた。村中の、そして城中の人たちが治ったのに、だ。
陛下が引いた風邪は厄介なものらしい。
玉座の間、起きた陛下が仰る。
「カノープス……」
「はい。こちらにおります」
陛下の顔色は、まだ良くない。これはもう少しかかるだろう。
「側にいるゾイ……」
「かしこまりました。お側にいます」
「うむ……」
陛下は目を閉じ、再び眠りについた。朝食はまだなので、すぐにお腹が減って起きるだろうと思う。
「……やれやれ陛下ったら、ヒヒヒ」
「閣下、人は弱れば誰しもが人恋しくなるものですわ」
私の後ろでそう話すのは、エスカルゴン殿とリーノだ。
二人ともすっかり風邪から復活している。元気になって何よりだった。
リーノは運んできたカートを見つめる。
「コーンスープを作ってきたのだけど……。一度下げて、また温めて持ってきましょうか?」
私は首を横に振った。
「いや、私がここで温め直すさ。陛下がいつお目覚めになるのかわからないから、スープは置いていってくれ」
「わかりました。では、私は陛下のお部屋を掃除してきます。閣下、陛下とカノのこと、お願いしますね」
「はいはい。わかったでゲスよ」
リーノは仕事に戻っていった。どうやら、今日はエスカルゴン殿が私と陛下の側にいて、手伝ってくれるらしい。助かるな。
閣下はくるりとこちらを向く。
「そんで?なんか、やってほしいことあるでゲスか?」
「本屋で新刊を買ってきてほしいですね。冒険モノで挿絵が多ければ、なお良いです」
「病み上がりをコキ使う気でゲスか?」
「エスカルゴン殿しか頼めないのです。どうか」
「はん!仕方ないでゲスね。数は?」
「三冊ほど」
「了解でゲス。お金はあとでもらうでゲスよ」
「もちろんです。よろしくお願いします」
エスカルゴン殿も玉座の間から出ていった。
陛下はまだ眠っている。
部屋には静かな寝息だけが聞こえてきた。
――――――
その一週間後。
新年が明けた。
アーニャとランタンは家族のもとへ一時帰宅し、私の部屋にはリーノが泊まりにきている。
朝のニュースでも見ようと、テレビをつけた。そのテレビで新春クイズショーなる番組をやっていたので、テレビを消した。
「……どうしたの?」
「――カスタマーサービスの顔が見えたから、消しちゃった。見たかったか?」
強張っていたリーノの表情が緩む。
「いいえ。今日は夜に花火があるから、それまでゆっくりしましょう」
幸い、この部屋には陛下に頼み込んで作ってもらったこたつがある。
私たちはそこに集まり、思い思いに過ごした。
そして夜。
部屋着から着替えて、中庭に出る。すると、花火と共に夜空へと打ち上がる陛下とエスカルゴン殿の姿があって。
私は耐えられず、お二人を大ジャンプして救い出した。
ちょっと花火に巻き込まれたが、火傷はしていない。それよりも汚れている陛下とエスカルゴン殿の方が心配だ。
「リーノ、風呂を用意してくれ。陛下、エスカルゴン殿、歩けますか?」
「も、問題ないゾイ」
「あ〜もうダメかと思ったでゲス」
「すぐにお風呂を沸かしますね。ありがとう、カノ。私だけだったら助けられなかったわ」
「いいんだ。私もお二人を助けたかったから」
うん、お二人とも大丈夫そうだな。
リーノは先に浴室へ走り、私はゆっくりと歩く陛下とエスカルゴン殿と一緒に向かった。