鳥の鳴き声で、目が覚めた。
空にはばたく音も聞こえる。
朝だと気づいて、目を覚ました。
知らない天井、知らない布団、知らない部屋。一瞬、混乱したけれど思い出す。
「そうだ……私、泊まったんだ」
知っている作品の世界に転移して、主人公のリーノに出会った。そして、彼女の家に泊めてもらえたのだ。
リーノにお礼を言おう。
だから、起きた。泊めてもらったのに、朝寝坊はできない。
ベッドから降りると、木の床と足裏が触れ合った。ヒヤリと感じて、早く靴が欲しいなと思う。
ベッドの傍に置いていた小さな桶と、すっかり乾いたタオルを持って、部屋から出た。
いい香りがする。
お腹が鳴ってしまった。
恥ずかしくて固まると、キッチンの方から声をかけられた。
「カノープス、起きたの?」
「起きたよ!」
お腹の音を誤魔化す為に、ちょっと大きめの声を出す。
「もうすぐ朝ごはんができるから、手伝って!」
「わかった!」
どうやら朝食作りは、手伝えなかったらしい。
寝坊しちゃったのかなと思い、リビング兼ダイニングの時計を見た。
……針は六時半をさしている。
――うん。リーノが早起きなのね。
そう考える事にした。
先に顔を洗い、簡単に身支度を整えてから、朝食をテーブルに並べていく。隣同士に並べるように言われたので、その通りに。
朝食はオムレツとハムのサンドイッチ、それにサラダだ。
「あのね、誰かと朝ごはん食べるの、久しぶりなの」
「……そう、なの?ご両親はお出かけ中かな?」
「ううん。どっちも、もういないの」
やっぱり。
私は知らなかったフリを続ける。
でも、込めた気持ちは本物だ。
「……寂しいね」
「うん。でも、今日はカノープスがいてくれるから、楽しいわ」
「それは良かった。……私も、一緒に食べれて嬉しいよ。泊めてくれて、ごはん作ってくれて、ありがとうね」
「どういたしまして!」
リーノが笑ってくれる。にぱっと笑う姿は年相応の子供のようで、たいへん愛おしかった。
サラダから食べていると、リーノが言った。
「今日は、またボルンさんの所に行こうね」
「――あ、そうか。昨日、そのボルンさんにまたおいでって言われたんだっけ」
「そうだよ。カノープス一緒に行ける?体調良い?」
「うん、元気。連れて行ってください」
「はい。任されました」
ぺこりと頭を下げると、リーノも頭を下げた。
そして頭を上げると目が合って、お互いに笑みをこぼす。
ちょっとしたやりとりが、楽しくて安心する。
「そういえば、カノープスは荷物とか持っていないの?」
「荷物……どうなんだろ?持ってた記憶は、ないんだよね……」
「そう……。家事が終わってからでよければ、この家の周りを探してみましょうか?」
「一緒に探してくれる?」
「いいよ。見つかったらいいね」
「うん。あったら助かる」
――ドサリ。
「なに?」
「……カノープス、後ろ」
「え?」
重い物が落ちた音がした。それも近くで。
室内をキョロキョロと見回し、見つからない。
リーノが先にみつけて、声をかけられる。
私たちの後ろに大きなリュックが、パンパンに荷物を詰め込まれて落ちていた。
リーノには大きすぎる。キャピイ族にも大きいだろう。
――私なら、ちょうど良い。
「どうしてここに……何もなかったのに」
「……こわあ」
二人で震え上がる。
でも、リーノは度胸があった。
ささっとごはんを食べ終えると、荷物に近づいたのだ!
私はぎょっとした。
「ダメだよ!何かわからないし!」
「調べなきゃ助けも呼べないわ」
「そうだけどね!?」
リーノが手を伸ばし、リュックのジッパーを引いた。
「ひっ!」
「――大丈夫みたいだよ?」
「え、え?」
「ほら」
リーノがリュックの中身を見せてくれる。
ポーチやら服やらタオルが顔をのぞかせる。
……危険はなさそう。
「……リーノ」
「なあに?」
「もし、次があったら、私がやるわ」
「?怖いなら私がやるよ?」
「……大人として、あなたを守るわ」
「――ありがとう」
私は力強く頷く。
そして席を立ち、リーノとリュックに近づいた。
床の上に座り、リーノと視線を合わせつつ、リュックの中身を出していく。
……危険な物はない。
荷物が多かったのは、中に入っていた衣服の数が多かったからだ。衣服を体に当ててみる。
どれも、私の体にピッタリな物だった。
……え、これって私の持ち物なの?
リーノもそう思ったのか、私の方を見た。
「このリュック、カノープスの物?」
「わからない。でも、服は私にピッタリだよね……」
「うん。そうだよね。――あったら、助かる」
「え?」
「――カノープスがそう言ったら、このリュックが落ちてきたよね?この家の中に」
「そ、そうだね」
「もらってもいいんじゃないかな?」
「うーん……名前があれば、私の物だって主張できるけど……」
どこかに名前がないか、二人で探す。
――見つけた。
「リーノ、ここ」
「?……あ、Canopus(カノープス)ってかいてある。やっぱりあなたのリュックなんだわ!」
「うん……」
――私、苦手な英語をいつから読めるようになったの?
「……カノープス。記憶がなくて、このリュックを使うのに抵抗があるかもしれない。落ちてきた事も変だけど、もらった方がいいと思う」
「どうして?」
「だって、あなた何も持ってないもの」
リーノがリュックの中から、唯一入っていた靴……シンプルなサンダルを取り出した。
「まずは、履きましょう?」
足、痛かったよね。気が回らなくてごめんね。
「……リーノのせいじゃないよ」
私はリュックを受け取る事にした。
――――――
家事をするために、汚れても目立たない黒い上下に着替えた。
裸足にサンダルを引っかけて、リーノの家事を手伝う。
早朝から手伝った為か、九時頃には、あらかた終わった。
「買い物とかはいいの?」
「足りているから平気よ。準備はいい?ボルンさんの所に行こう」
「わかった。行こうか」
全ての窓、裏口と玄関の鍵を閉めて、私たちは村に出かけた。
人間が来たという噂は、もう広まっていたらしい。
私に絡む視線は、好奇心が勝っていた。
村人たちは近寄りはしないが、恐れもせず。遠巻きにこっそり話し合っている。
「カノープス、気にしなくていいからね。みんな、あなたを珍しがっているだけだから」
「大丈夫。わかってるよ。人間も、旅の人も珍しいんだよね」
「そうなの。旅人なんて、年に一回来るかこないかだから」
にこにこと話しかけてくれるリーノを、優しいと思う。同時に、気をつかわせてしまって、ちょっと申し訳ない。
「あ、みんな集まってる。ボルンさーん!サトさーん!」
村の広場、巨木の下に村人たちが集まっている。
ボルンさんにサトさん、他に十人ほどの村人たちがいた。
リーノがボルンさんとサトさんに近づくと、サトさんがリーノを抱きしめた。
……心配だったんだね。原因は間違いなく私ですね。
今のところ私って不審者寄りの人だよね……脱却したいです……。
「カノープス、来て!」
「あ、今行くよ!」
慌ててリーノの傍に寄った。
「どうしたの?お腹痛くなっちゃったの?」
「そうじゃなくてね、ちょっと考え事をしていたんだよ」
「そう?」
「えー、ゴホン」
ボルンさんがわざとらしく咳をするので、そちらを振り向いた。
「これから、カノープスさんにいくつか質問します。よろしいかな?」
「はい。問題ありません」
「では……」
質疑応答は村人たちの前で行われた。
質問に、私はできるだけ正確に答えていく。
もう一度名前を聞かれ、どこから来たのか、何の目的で村へ来たのか。それから私自身に関する事も聞かれる。家族の事、職業など……。
私の答える様子から、ボルンさんは「ふむ。怪しいところはないな」と、言った。
危害を加えないと知ってもらえたようで、嬉しかった。
ボルンさんがメモをとりつつ、言う。
「しかし記憶喪失か……大変ですな」
「そうですね……。でも、昨日も今日もリーノが助けてくれたので、大丈夫でした。――あの、この村に宿屋ってありますかね?」
「ありませんな」
「そうですか……。どうしよう、泊まる場所が……」
「?私の家にいればいいじゃない」
私を含めた、大人たちが一斉にリーノを見る。
リーノはいい案だというように、笑顔だ。
「私の家なら部屋が余っているから大丈夫よ」
私は膝を折り、リーノに目を合わせる。
「リーノ……そう言ってもらえるのはありがたいけれど、私は記憶喪失だから、色々迷惑かけるよ?」
「うん。わかってるよ」
「……食費、かさむよ?」
「?家賃、いれてくれるでしょ?それで何とかするよ」
「すぐに仕事、見つかるかなあ……」
周りの大人たちを見る。
「仕事、ありますか?」
ザワザワと騒がしくなる。
サトさんが最もな質問を口にした。
「あなた、何ができるの?」
「カノープスは家事ができるよ!私、手伝ってもらった!」
リーノが元気よく言う。
女性たちから好意的な声が上がった。
「家事を手伝ってもらえたら、ずいぶん楽になるわ」
「楽だし、自分の時間が増えていいわね」
私は慌てて言う。
「あの、私はリーノの手伝いをしただけで、一人で家事をこなした訳ではありません!慣れるまでは、一緒にやっていただく必要があります」
「あら、そうなの?」
「全てを任せられないのは、困るわねえ」
どうしたものかしら、とみんなが話し合う。
私はそろりと手を挙げて、村人たちの注目を集めた。
「私に何ができるのか、確認してきます。仕事については、また相談させてください。よろしくお願いします」
「そうかい?では皆さん、今日はこのへんで……」
ボルンさんがそう言うと、集まっていた村人たちが離れていった。
リーノが、ボルンさんとサトさんに言う。
「それじゃ、私たちも行くね。サトさん、ボルンさん、時間をつくってくれて、ありがとうございます!」
「いいんだよ。リーノ」
「ねえお昼、食べていく?」
「ううん。今日はアーニャとランタンと約束しているから、また今度お願いします」
「わかったわ。またね、二人とも」
「じゃあな」
「バイバイ!」
「失礼します」
リーノは手を振り、私は深々と頭を下げた。
「行こう。カノープス」
「家に帰るの?」
「そうだよ。アーニャとランタン……私の親友二人が来てくれるから、おもてなしの準備をするの」
「アーニャとランタン……」
「同い年の女の子だよ!二人共とっても素敵なの!」
アーニャとランタン、覚えている。
一人は本が好きで、もう一人はセクシーだと印象に残っている。リーノとはたいへん仲が良くて、お互いに信頼していた。
彼女たちの子供時代にあえるのか。
ちょっと楽しみだな……。
「カノープス、家の中をもうちょっと素敵にしたいから、手伝ってくれる?」
「いいよ。私にできる事があれば、するよ」
「うん!お願い!」
――――――
リーノの家に帰宅して、リビング兼ダイニング……リビングって呼ぶわ……リビングの装飾を手伝った。
写真はそのまま、リーノが描いた絵は外す。代わりに野原に咲いていた花々を飾った。
花の優しい香りが充満して、部屋が華やぐ。
「いいね」
出来栄えを見て、素直な言葉が出た。
「でしょう!」
リーノは胸を張る。嬉しそうで、こちらも嬉しくなる。
「それで、親友の二人はいつ来るのかな?」
「お昼ご飯を一緒に食べようって約束しているから、もうすぐ来るよ」
「そうなの?……私、外に出ておこうか?」
「なんで?」
「え?だって、お邪魔じゃない?」
「??」
リーノの表情は疑問でいっぱいだ。
「邪魔じゃないよ。紹介するから、いてほしいぐらい」
「あ、そうだね。ここに居候するものね。じゃあ、紹介してもらおうかな」
「うん!」
――そういえば居候の話、簡単に決まっちゃたな。
大人たちが押し付けあった訳ではない。譲り合った訳でもない。
リーノが望んだといえば、それまでだけど。
私は顎をなでる。
――なんだか、私の都合の良い方向に物事が進んでいる。
それが何故なのか、わからない。
「――カノープスどうしたの?」
「え、あ……なんでもない。ちょっと自己紹介の仕方を考えてたの」
リーノはにかりと笑った。
「それなら笑顔がいいよ!」
「そうだね」
私もにかりと笑った。
――今は笑顔でいよう。