新年が明けてから数日後。
プププランドでは珍しく、雷雲が立ち込める日となった。
朝からずっと空はゴロゴロと鳴いている。風邪は吹けど雨は降らない。そんな天気となった。
掃除用具を持って、リーノと玉座の間に向かっているときだった。
前方からソードナイトとブレイドナイトが走ってきた。彼らは意識のないナックルジョーを運んでいた。
まずリーノが慌てて三人に駆け寄った。
「ソードナイトさん、ブレイドナイトさん!一体何が……?」
「話は後で」
「今はナックルジョーの治療が優先です」
「そうですね。お手伝いします」
「私が運ぼう」
掃除用具を廊下の端に置く。
そしてソードナイトとブレイドナイトの前で片膝をつき、両手を広げた。
「私の方が早く運べる。どこへ送ればいい?」
「では、フーム殿の部屋へ」
「我々は玉座の間に戻り、ご主人様と共に追手に警戒します」
「わかった。そちらは任せる。ナックルジョーは任せてくれ」
「では」
「ああ」
二人からナックルジョーを静かに受け取り、立ち上がる。
ソードナイトとブレイドナイトは、もと来た道を戻っていった。
その後ろ姿をリーノが見つめている。追いかけたいのだろうか?
だが、リーノにはナックルジョーの治療をしてもらいたい。私やフームよりも上手いから。
「リーノ。今はナックルジョーを助けてやってくれ」
「わかっています。ただ……こういうときはどうしても、あの方のお顔が見たくなるのです。ごめんなさい。行きましょう」
「いいんだ。不安な気持ちはわかる」
私も、こういうときは陛下のお側にいて守りたいし、な。
――――――
ナックルジョーはフームの部屋に通された。
そこでリーノとフームが治療にあたり、その間に私はナックルジョーの体を動かす手伝いをした。大臣家に遊びに来ていたカービィは、念の為残ってもらい魔獣を警戒する。ブンはロロロとラララを連れて、どこかへと向かった。
おそらく、ナックルジョーがここへ来るときに使用したはずのデリバリー装置を、調べに行ったんだろう。
未だ目覚めないナックルジョーに包帯を巻きながら、フームは呟く。
「ブン……ロロロとラララの三人だけで大丈夫かしら」
「問題ないと思うぞ。おそらく、デリバリー装置を調べているのはメタナイト卿たちも一緒だ」
「三戦士が一緒なら、ブン様たちも安全ですわね」
「それを聞いて安心したわ」
「ぽよよい」
胸を撫で下ろすリーノとフーム。それを真似するカービィ。三人に笑顔が戻る。私も、口角を緩やかに上げた。
リーノとフームがキッチンで飲み物を用意してくれている間、私はカービィとナックルジョーを看病していた。
時々うなされる彼の手を握り、ほんの少しだけ回復魔法をかける。完全回復にはさせない。ケガが治った途端、飛び出してしまいそうだからな。
そうして十分ほどたっただろうか、彼は飛び起きた。
「――親父!」
飛び起き、肩で息する彼。私は声をかけず、落ち着くのを待った。
カービィは待たなかった。
「ジョーぽよ!」
「カービィ!……と、カノープスか」
「ああ、私だ。名前を覚えていたんだな」
「最強魔獣をボコボコにした奴の名前を、忘れたりするもんかよ……」
「そういうものか」
「なあ、アンタがいるっていうことは、ここは……」
「プププランドだ。今のところ、魔獣が追ってきたという連絡はない」
「そうか……はあ……」
ナックルジョーは肩から力を抜いて、脱力した体に従い仰向けに寝転がる。
「体中痛えけど、なんか調子いいぜ」
「それは良かったな」
微量の回復魔法が効いたらしい。
私は知らぬ顔で質問する。
「うなされていたぞ。一体何の夢を見ていたんだ?」
「……親父の夢を見ていた。――俺に、何かを伝えたがっていた」
思考の海に沈むナックルジョーを、私とカービィは静かに見守った。
だが、答えが出る前に部屋の扉が開く。ナックルジョーは素早く起き上がった。
目を向ければ、リーノとフームが飲み物を持って部屋に入ってくる。
二人は目を覚ましたナックルジョーを見つけて、笑顔を向けた。
「よかった。目が覚めたみたいね」
「顔色も良さそうです。酷くケガをされていたので、心配したんですよ」
「迷惑かけたな。もう大丈夫だから、俺は行くぜ」
軽やかにベッドを降りる彼を、カービィが止める。
ナックルジョーは片手でカービィを抑えつけたが、赤子の方が一枚上手だった。
抑えつけてきたその手をパクリと加え、ナックルジョーをベッドの方に優しく投げたのだ。
ナックルジョーは元の位置に収まった。
「――わあったよ。大人しくしといてやるよ」
「ぽよぽよ」
「ふふ、素直じゃないんだから」
「そうですね。ところで、お水はいりますか?」
「おう、くれ」
「かしこまりました」
お茶を一杯もらった後、安心したリーノは仕事に戻ると言った。
私は魔獣が来るかもしれないから、と説得しアーニャとランタンと合流することを提案する。リーノが同意してくれたので、さっそく二人を探しに行こうと、イスから立ち上がった。
そのとき、リーノに手を差し出してエスコートする。リーノは自然に私の手を取る。
「ではな、みんな」
「フーム様、カービィ、ナックルジョーさん。失礼します」
私たちは手を取り合ったまま、部屋を出た。
扉を閉め、廊下を歩くこと数秒。
ナックルジョーの大声が聞こえた。
「姉妹!?」
私たちは互いの顔を見合わせ、くすくすと笑みをこぼす。
「知らなかったみたいだな」
「そうですね。これから、私たちのことをフーム様から聞くのでしょうね」
「だろうな」
そういえば、シリカは知っているのだろうか?
彼女が来たあのときも、バタバタしていたから簡単な紹介しかできなかった。
男だと思われていそうだな……。まあ、女性らしく振る舞っていないし、仕方ないか。
「ところで、どこから掃除するんだ?」
「ソードナイトさんとブレイドナイトさんに会った廊下に、まずは行こうかと。掃除用具を取りに行きたいので」
「それからは玉座の間に行くか?」
「ええ。はじめはそこを目指していましたから。ちょっと遅くなりましたけれど、掃除に行きましょう」
「わかった。天井近くの埃を落としておくから、その間にアーニャとランタンを探してきてくれるか?」
「それなら、大臣家を出たらすぐに二人を探しに行きましょうか」
「その方が、いいな」
「ですね。掃除用具を取りに行くことと、玉座の間の天井付近の掃除、お願いね」
「任せてくれ」
ぶらぶらと、握った手を揺らす。
今だけはリーノが小さかったあの頃に戻ったようだ。胸がじんわりと暖かくなった。
――――――
天井の掃除は、浮遊の良い練習になる。
私は魔法を一気に放出させて、スピードを出すことは得意だ。しかし、今のように“同じ場所にとどまる”という技術は中々難しい。一瞬でも気を抜けば体は床に落ちてしまうし、とどまりたい場所から上下左右にズレてしまう。
つまりコントロールが難しいんだ。
ふわふわ。ゆらゆら。くるくる。
風に吹かれる洗濯物のように、私はあぶなげに浮遊しては、天井の埃を払う。埃は空中を舞っては床に難なく着地していく。
ようやく浮遊しなくても済む高さまで、はたき終えた。
浮遊のコントロールに精神的に疲れたものの、埃っぽい空気のままではリーノたちが困る。
やたらと大きな玉座の間の扉を開けて、空気を入れ替えた。それからまた、高い位置の壁に向かってはたく。
全ての壁をはたき終えたところで、リーノがアーニャとランタンを連れて来た。
三人とも浮かない顔をしている。
私は三人に合流し、膝を折り曲げた。一番近いリーノの表情がよく見える。やっぱり顔色は良くない。
「どうした?……まさか、魔獣にでも遭遇したのか?」
「いいえ。その……メタナイト卿がブン様とロロロとラララを連れて、城から出たところを見てしまって……」
「何かあったのか」
「おそらく……」
そう言ってリーノはまた視線を下げた。
今度はアーニャとランタンを見る。二人もリーノを困ったように見ていて、それから何か考えているようだ。
多分、ブレイドナイトとソードナイトのことを考えているのだろうと、思った。
「ブレイドナイトとソードナイトは?」
アーニャがこちらに目を向けた。その目に力がない。
「ブレイドさんの姿も見えません。それに……」
「ソードもいないのよ。きっとどこかで戦っているんだわ」
不安気に揺れる声が、三人の想いを表しているようだった。
――私が平気なのは、リーノがいて、陛下も無事だとわかっていて、アーニャとランタンもここにいるからだ。そして、今回の未来もわかっているから。
彼女たちの安否がわからなかったら?平静ではいられないだろう。
私は顔を隠している兜を取り、リーノとまっすぐ顔を合わせる。
「私に、行ってくれと頼まないのか?」
「頼まないわ!家族を危ない目に遭わせられない!」
「ごめん。変なこと言った」
「あ……いいの。大きな声を出して、ごめんね」
私は気にしていない、と伝えるために首を横に振った。
「みんな、掃除に区切りがついたら、今日は仕事を切り上げよう。私の部屋からなら城の橋が見える。そこで、メタナイト卿たちを待とう」
「――うん」
「そうね……そうと決まれば、ささっと掃除しちゃうわよ!」
「そうですね、こういうときこそしっかりしないといけませんよね」
努めて明るい声を出す妹たち。
私も不安を打ち消すように「そうだな」と笑う。
仕事は午後三時頃に終わった。
それからは、私の部屋に集まり窓から橋を覗く。
日が沈んでも、深夜になっても、メタナイト卿たちは戻って来ない。
結局、帰って来たのは早朝だった。
「!来たぞ」
朝方、橋を見張っていた私の声に反応して、三人が飛び起きる。
「行きましょう!」
「カノープス、階段は作れますか?」
「できる。やろう」
「決まりね!」
橋が見える窓を開けて、下に向かって魔法の階段を作る。小指の先ほどの小さな光の粒が集まり、固まり、手すりも付けてできあがりだ。朝日を吸収して輝くそれは、自画自賛してもよい出来だった。
「いくぞ」
「ええ!」
リーノたちは窓に上がり、階段に足を乗せてどんどん降りていく。私は最後尾についた。
一歩ずつ降りていく。
半ば辺りで、ブンの声が聞こえた。
「なんだ!?アレ!」
どうやら気づいたらしい。
私は手すりから顔を出し、大きく手を振った。
「私が作った!そちらに行くから待っていてくれ!」
「わかったー!」
これでいい。私は再び、リーノたちと光の階段を降りていく。
数分後。ようやく中庭に降りた。最後尾の私が降りると、同時に階段は消えた。
リーノがメタナイト卿の側へ行き、アーニャがブレイドナイトと手を握り合い、ランタンがソードナイトに抱きつく。
互いの無事を確認していた。
妹たちの心からの笑顔に、私も兜の下で微笑む。
「全員無事だな。良かった」
フームが疲れを滲ませつつも、晴れやかな顔で言う。
「なんとかね。そっちも、無事で良かったわ」
「――今回は何があったんだ?」
「パワードマッシャを、カービィとナックルジョーが倒したのよ!」
「パワードマッシャ……」
それを聞いたメイド三人組が、血相を変えた。
「マッシャって、あの強い魔獣ですよね!?また戦うことになったのですか?」
「よくぞご無事で……ああ……本当に良かったです」
「みんな体中汚れているけれど、本当にケガはないのよね?」
「無事だぜ!へへっ」
ブンの言葉に戦士たちは頷く。
その言葉を聞いて、体中から力が抜けたのだろう。リーノたちは、へなへなと座り込んでしまった。
ほう、と息を吐き、恋人たちに背を撫でられる。それに「大丈夫」と笑顔をみせた。
和やかな空気の中で、ぐぅ〜、とお腹が鳴った。
ブンとカービィがお腹に手を当てている。
「あ〜、一日中駆けずり回っていたからお腹空いた……。リーノ、アーニャ、ランタン、なんか作ってくれよ」
「ぽよぽよ……」
リーノはくすくすと笑い、立ち上がる。アーニャとランタンも、笑みを浮かべて立った。
「かしこまりました。ちょうど陛下の朝食の準備もありますし、何かすぐに食べられるものを作りますね」
「わーい!」
「やったあ!」
「メタナイト卿たちも、いかがですか?」
「もらおう」
「わかりました!すぐにご用意します」
私は言った。
「じゃあ、まずは風呂だな。その間に食事を準備しよう。なあ、リーノ」
「あ、そうですね。まずは体の汚れを落としていただいて……」
「食事は私の部屋に運ぼう。あそこなら、みんなで食べられるだろう?食事を作ったら、陛下たちへの配膳はワドルディたちに任せたらいいと思う」
「いいですね。では、カノの部屋で集合です。一時間後に集まりましょう。それまで一時解散ということで……」
「了解!」
「オッケー!」
「ぽよ!」
「来て、ナックルジョー。お風呂に案内するわ」
「おう。わかった」
子供たちが先に城内へと入っていく。
大人組はその姿を見送った後、ゆっくりと歩を進めた。