ある日の昼。快晴だった。
黒電話ならぬ金ピカ電話が、陛下が使われる食堂に鳴り響く。
陛下と閣下は杏仁豆腐を楽しんでおられたため、電話はメイド長であるリーノの元へ届けられる。
リーノは受話器を取った。
「はい。こちらリーノです。――こんにちは、カワサキさん。はい……」
少し話した後、リーノは「それでは、また」と言って、受話器を置いた。
そして陛下の側に寄る。
「陛下、カワサキの店が出前サービスを始めたようですわ」
「ほう、出前か……誰が頼むゾイ?」
「熱々の食事を届けてくれるのは魅力的でゲスが、リーノたちの食事に比べりゃ月とスッポン!」
「注文するのは、村の者共だけゾイ!デハハハハハ!」
「ゲヘヘヘヘへ……確かに!」
そうお二方は笑う。
おっちょこちょいなカワサキは調味料を間違えてしまうからな、それさえなければ美味しいのに。
視界の端でメイド三人が集まってヒソヒソと話しているので、私はそちらにこっそりと近寄る。
そしてしゃがみ込んで、小声で話しかけた。
「どうしたんだ?三人で内緒話か?」
「カノ、あなたもどう?三時のおやつ時に、プリンを出前してもらうの」
「たまには、楽したいですし何より……」
「出前なんて、この村じゃ初めてでしょう?注文してみなくちゃね」
リーノ、アーニャ、ランタンは瞳を輝かせて言った。
私はそれに同意する。
「そうだな。せっかく新しいことが始まったんだ。楽しもう。なあ、村から城にまで来てくれるんだから、届けてくれた相手には冷えたフルーツの盛り合わせでも出して、持て成しをしよう」
「いい考えですね!」
「チップも多めに払いましょう。ここは遠いですから」
「賛成!ふふ、三時が待ち遠しいわ!」
四人で盛り上がっていると、陛下が言った。
「そこ、何を企んでいるゾイ?」
「いえ、何も」
「ただ、カワサキの店の出前を利用するだけです。良いものでしたら、陛下にもオススメしますね」
陛下は杏仁豆腐をちゅるんと飲み込む。
「うむ。報告は必ずするゾイ」
「かしこまりました」
――――――
昼食の後、陛下と閣下は村へ出かけられた。
私たちは、城に残る。そして、朝には干す場所がなかったため洗濯できなかった汚れ物を洗う。
ワドルディたちは足もみで、メイドたちは洗濯板で、私は風の魔法で桶の中に水流を作り洗濯機のように洗った。
やり方は簡単だ。
片手をそれぞれ別の桶に突っ込み、それぞれに水、汚れ物、洗剤を入れる。
準備が完了したら、水の中で優しく風魔法を発動。水が溢れてしまわないように、時計回りと反時計回りを交互に繰り返す。
それは長い時間、微量の魔力を使い続ける。案外大変な作業だった。
新たにでた洗濯物を干し終われば、ちょうどおやつ時だった。
一番濡れなかった私が、カワサキの店に電話することになった。
一階にある厨房の電話を使う。相手はワンコールで電話に出た。
『はい!こちらレストランカワサキ』
フームの声だ。どうやら子供たちが店を手伝っているらしい。
「フームか。こちらカノープスだ。城にプリンを四つ、届けてくれ」
『プリンを四つね!ありがとう。――もしかしてあなたとリーノ、それにアーニャとランタンの分かしら?』
「そうだ。私たちの分だ。陛下たちの分ではないので、その点は注意してほしい」
『わかったわ。届けてくれる人に伝えておくわね。それじゃ』
「ああ。楽しみにしている」
ガチャン、と受話器を置いて、電話を切る。
さて、誰が来るかな。
私は厨房を出て、配達をしてくれる相手を迎えるべく、城の橋に向かった。
城に届けてくれたのは、ハニーだった。
私は片膝をついて、岡持ちを持ったハニーを出迎えた。
彼女の顔がよく見える。
「ハニー、配達ありがとう。一緒に厨房まで来てくれ」
「うん。わかった」
「オカモチ、持つよ」
「でも……」
悪いと思っているのだろうが、彼女は村から城まで走ってくれたのだ。
このぐらいは、してあげたい。
「疲れただろう?さあ、貸して」
サッと、ハニーから岡持ちをもらう。
そして何か言われる前に、厨房に向かって歩き出す。
「あ!待って」
ハニーもついてきた。
なので、並んで歩けるぐらいゆっくりと歩き始めた。
ハニーを厨房へ案内する。
中にはすでにリーノ、アーニャとランタンが、別のメイド服に着替えを済ませて、集まっていた。
リーノが、ハニーに笑顔を向けた。
「こんにちは、ハニー。よく来てくれましたね」
「こんにちは!プリンを届けに来ました!」
「これがそうだ」
私は岡持ちをテーブルの上に乗せて、開ける。
中には綺麗な形のプリンが、上に二つと下に二つ、計四つあった。それらを、私たち四人に行き渡るようテーブルに並べる。
アーニャがスプーンを持ってきて並べ、ランタンがハニーのために冷えたスポーツドリンクと、同じく冷えたフルーツの盛り合わせをテーブルに出した。
ランタンがハニーを、五つ目の席に座るよう促した。
「さあ、ハニーも座って。プリンの皿、持って帰る必要があるでしょう?私たちが食べ終わるまで、ゆっくりしてちょうだい」
「いいの?ありがとう!いただきます」
「では、私たちも……」
「いただきます」
四人で同時にプリンを頬張った。
こ、これは……!
「ちゃんと甘いな」
「ええ、おいしいです!」
その言葉に対してハニーが言った。
「きっとフームが近くにいたから、塩と砂糖を間違えないように言ってくれたんだと思う」
「さすがフームね!」
「このプリン、つるんとしていて、甘くて……カラメルの甘苦さと相性が抜群です」
「いつも、このくらいおいしかったらいいのにな」
それぞれが、カワサキのプリンを「おいしい」と褒めた。
ハニーはフルーツの盛り合わせを食べつつ言う。
「こっちもおいしいわ。みんなありがとう」
「こちらこそ、運んできてくれてありがとう。ハニー」
少女は照れたように笑った。
――――――
ハニーが帰るときは、プリン四つ分の代金と合わせてチップを多めに払った。
ハニーは大層喜んでくれた。そして貰ったチップで、家族にお土産を買って帰る、と話してくれた。
中庭の洗濯場に戻り、洗濯物を取り込む。もちろんワドルディたちも一緒だ。
それらをみんなで畳んでしまえば、すぐに終わった。
さあ、各所に畳んだシーツやタオルを運ぼうと廊下を歩き出したときだ。
陛下とエスカルゴン殿が慌ただしく帰ってきた。
「カノープス!リーノ!ここにおったか!」
「まあ、陛下。どうかなさいましたか?」
陛下は目を釣り上げて怒っており、エスカルゴン殿も不機嫌そうに眉を歪ませている。
陛下は少々声を荒げて言った。
「今日の夕食はいらん!出前をとるゆえ、お前たちは休んで良いゾイ!」
「ではこの仕事を片付けましたら、直帰いたします。……あの、村で何があったのでしょう?」
リーノは、いくらか落ち着いているエスカルゴン殿に聞いた。
エスカルゴン殿は悔しそうに言う。
「村の連中に、出前を取っていないことを“遅れている”と揶揄われたでゲスよ」
「ああ、それで……」
機嫌が悪いのか、と私は思った。
陛下の方を向き、言葉をかける。
「陛下、今日私たちが出前をとったプリンはおいしかったです。陛下たちも、おいしいご飯が届くと良いですね」
「うむ。もしマズイものを届けたら罰金ゾイ!」
「まあ、カワサキの腕じゃ当たるも八卦、当たらぬも八卦でゲスからね。マズイときは、口直しにカップ麺でも食べるでゲスよ」
ワイワイと話が弾む中で、私は思い出していた。
陛下とエスカルゴン殿の注文したラーメンって、確か来ないんだよな……。
その日の夜。
リーノたちメイド組と、メタナイト卿の戦士組が中庭でBBQを楽しみ、そこにエスカルゴン殿も参加したころ。
私は手作り弁当を二つ持って、陛下の部屋に訪れた。
開きっぱなしの扉にノックしてから、室内に入る。
室内は相変わらず広くて、シンプルで、しかし調度品はお金がかかっている。――少しだけ置いてある私のための家具が、なんだかくすぐったい。
「陛下、カノープスです。こんばんは」
「……なんゾイ」
ご機嫌は麗しくないようだ。
私は持って来た弁当を見せて言った。
「出前が来るまで、私の料理の味見していただけませんか?」
「――味見?」
「はい。味見です。今日は特に良くできましたので、陛下の感想が聞きたいのです」
嘘は言っていない。
今、私はサトさんから和食について学んでいる。こうして自分で作っては、主にリーノや、アーニャとランタンに食べてもらっていた。
評価は上々。今日は、陛下に食べてもらおうと思った次第である。
部屋の奥、そして窓から近いその場所。いつもは本が積まれている長テーブルに、お弁当を二つ置いた。
陛下と私は向かい合って座る。
「どうぞ、ご覧ください」
ランチョンマットを解いて、弁当の蓋をパカリと開けた。
――どちらも同じで、ごく普通の弁当だ。
ふりかけを混ぜてカラフルになったおにぎりが二つ。
おかずは唐揚げと得意の卵焼き、茹でたブロッコリーに自信作のきんぴらごぼう。
それらが弁当の中にぎゅっと詰まっていた。
陛下は片方の弁当を手に取って、マジマジと見た。
それから香りも楽しみ、喉を鳴らす。
「うむ。お前にしては中々良い出来みたいだゾイ」
「ありがとうございます。ぜひ、食べてみてください。陛下なら、お弁当の後に出前だって食べられますよね?」
「当たり前だゾイ……では、まあどうしてもと言うなら、食ってやるゾイ」
「どうしても、お願いします」
「うむ」
陛下はニコニコと笑顔になりつつ、お弁当を食べ始める。
私も、もう片方のお弁当を食べ始めた。
うん。まずまずおいしい。リーノみたいに上手にできるよう、頑張ろう。
その日は、陛下が「夜通し起きる」と仰られたので、私か話し相手になる、と提案した。陛下はその提案をのんでくださった。
陛下の部屋に近く、城の橋がよく見えるベランダにて。
一緒に天体観測をして、本を朗読し、お喋りして……そして夜が明ける。
朝になっても出前は届けられなかった。
陛下のお怒りは頂点に達している。
そこにエスカルゴン殿が通りかかった。
「あんれ〜?陛下、まだ待ってたでゲスか?」
「エスカルゴン殿……」
「待ってても来ないなら、別に注文しちゃえばいいでゲスよ」
「いやゾイ!」
「お待ち〜!」
そこに明るい声が届いた。
ブンの声だ。
ブンはチャーシューメンを岡持ちから取り出して、エスカルゴン殿に渡した。
「はい。チャーシューメン一丁!」
「ん。ほらチップとお金でゲス」
「まいど!」
「――ワシのラーメンは!?」
二人のやりとりを見て、陛下が叫ぶ。
私は言った。
「おそらく、まだかと……」
「ぐぬぬ〜!かくなる上は、ダウンロードぞい!」
陛下はどこかへ走り出した。
おそらく玉座の間に行ったのだろう。
私はブンに言う。
「ブン、カービィとフームに伝えてくれ。魔獣がダウンロードされる、と」
「わかった!じゃあな!」
ブンも飛び出していった。
さて、私も行くか。
広げた荷物……本やら天体望遠鏡やら毛布やらを、まとめて、歩き出した。
「カノープスはどこに行くでゲスか?」
「荷物を片付けた後は、リーノを探します。守りたいので」
「あっそ。そんじゃ、私は陛下のお側に」
私たちは二手に別れた。
さて、今頃リーノはどこにいるかな?
――――――
リーノが見つからない。
なので、城の橋で彼女が通りかかるのを待った。
彼女はすぐに買い物かごを持って現れた。
「こんにちは、リーノ」
「こんにちは、カノ。ここで、誰かを待っているの?」
「ああ。リーノ、君を待っていた。……陛下によって魔獣がダウンロードされた。だから、側で守りたい」
「まあ陛下ったら……わかったわ。一緒にいましょう」
私たちは並んで歩き出す。
「今日はどこに行くんだ?」
「コンビニに日用品を買いに行くの。カノは?何か欲しいものがある?」
「特にはないよ……市場には行かないんだな」
「ええ、この間行ったばかりだから」
「そうか」
あの物語とは違うんだな……。
私たちは、草原を緩やかに下り、村へ入る。
お金を持ってきていなかったので、私はコンビニの外でリーノを待った。
リーノは十分ほどで出てきた。
「おかえり。目当てのものは買えたか?……どうした?」
その表情は辛そうだ。
リーノは、膝をつく私を見上げた。
「さっきタゴさんに聞いたのだけれど、出前で問題があったみたいなの。だから、タゴさんはもう“出前は頼まない”って」
「カワサキの店で問題アリか……今日は城に帰ろう。魔獣に遭遇したら、困るからな」
「そうね。カワサキさんの店へは、今度行きましょう」
私はリーノの安全を優先して、城へ帰ることにした。
コンビニの敷地内から出ようと一歩踏み出したそのとき、暴走バイクが目の前を横切る。
――速い。
「あれは……」
「リーノ、下がって」
数秒、リーノとその場で止まる。
暴走バイクは再び目の前を通り、どこかへ去っていった。
「今のが……もしかして魔獣かしら」
「そうかもな」
間違いないだろう。そんな確信を持って、私はリーノをお姫様抱っこをした。
「きゃあ!カノ、何をするの?!」
「リーノを守ってる。歩くぞ。舌を噛まないようにな」
「待って!下ろしてよ!」
止めるリーノの言葉を無視して、私は歩き出した。
人目を集めてしまったが、まあ、それは仕方ないだろう。
素早く、それでいてリーノを揺らさないように早歩きで城に戻る。
橋を渡ってから、ようやくリーノを下ろした。
リーノは少々怒っている。
「もう!恥ずかしかったわ」
だか、全然怖くない。
「すまない。あれが安全だと思ったんだ」
「次はしちゃダメよ、もう」
「……許可をもらってからやるよ」
まもなく、上空で飛行機のようなエンジン音がした。
二人で見上げれば、ジェットカービィが岡持ちを持って、城のベランダに降り立つ。
ああ、陛下とエスカルゴン殿の出前が来たんだな。
とりあえず、来てくれて良かったと思った。