それはある日の朝だった。
今日は、ジャムとアイスとハチミツがかけられた甘いパンケーキを、テーブルに並べる。それを陛下は、大きな口を開けて食べた。
エスカルゴン殿はジャムとアイスをのせている。どちらもたいへん美味しそうなので、私とメイドたちは、三時のおやつにパンケーキを食べようと話し合った。
甘い朝食をコーヒーで流し込んだ陛下は、パンケーキから視線を外してこちらを見る。
「カノープス」
「はい。陛下」
「お主、キャンプは好きかゾイ?」
一瞬の間、私は正直に答えた。
「どちらかといえば、グランピングの方が好きです」
「グランピ……?」
「グランピングです。ホテル並みのサービスを受けることができ、キャンプの雰囲気も味わえます」
その言葉に、部屋にいた皆が感心したような声を出した。
「ほー、そういうものがあるでゲスか。そのグランピングとやら、面白そうでゲスな!」
「そうですね。キャンプとは違い荷物が少なくて済むアウトドアなので、気軽でいいと思います」
「ぐふふ、ならばキャンプ場ではなく……」
「グランピング施設を……ゲヘヘ」
そんな陛下とエスカルゴン殿を交互に見て、リーノが眉を吊り上げる。
「悪いことを企んではいませんよね?」
室内に、二人分の上手とは言えない口笛が、響いた。
何か企んでいるのは明白だ。リーノの注意を聞いてくれたらいいのだけど……。
さて、どうなるかな。
――――――
結果だけで言えば、森が燃える事態になった。
陛下やフームたちが、ちょうど森に出かけている時に限って、だ。
なんてことだ。私はすぐに城中の気配を探った。
悪運が強い陛下のことだ、生きてくれると信じている。とは言え、消火を急ぐため、ワドルディたちの力を借りようとワドルドゥ隊長を探そうとして……。
「では、どうすればいいんですか!?このまま待っていろと?できません!」
リーノが叫ぶ声が聞こえてきた。
私は迷わずそちらへ走る。
リーノは城の橋の上にいた。アーニャやランタン、メタナイト卿も一緒だ。幼馴染二人がリーノを必死に止めており、そんな彼女たちの正面にメタナイト卿が立っていた。まるでリーノから燃える森を隠すように。
まずメタナイト卿が私に気づいた。私は軽く手を振る。
私がリーノの側に寄った。妹は泣いていた。
ああ、このままでは無茶をする。そう思ったら、体は自然と動いていた。
「リーノ、私が行ってくる。大丈夫だよ」
「だ、だめです。カノ、あなたまで危険になってしまう……」
涙で濡れるリーノの頬を、両手で包み込む。
そして額同士をくっつけた。
「そこはほら、うまくやるさ。だからおやすみ」
「え?」
「ラリホー」
淡い紫の光が妹を包み込み、次の瞬間に彼女は眠った。
体から力が抜けたので、そっと抱きしめて優しく橋の上に寝かせる。
「少し寝かせた。しばらくは起きない。その間に陛下たちを助けてくる。アーニャ、ランタン。リーノを任せたよ」
「ええ、わかりました。気をつけて」
「怪我せずに戻ってきてね」
「善処する。メタナイト卿、共に来るか?」
「行こう」
私たちは森へ走り出す。
間もなく、森の上に雷雲が立ち込めて雨が森を覆った。――森だけが覆われている?
「カービィの能力だろうか?」
「そうかもしれん。とにかく急ぐぞ」
そして森と草原の境目に到着する。その頃にはすっかり火の勢いが衰えていた。
私たちは立ち止まり、陛下たちの気配を探る。
……どうやら森の外側、私たちが立っている地点に向かっているようだ。
「陛下たちとカービィたち、村人らしき気配がこちらに向かって来ている。どうする?」
「――出迎えよう」
「わかった」
メタナイト卿は何かを警戒しているようだ。魔獣だろうか?
できれば走って陛下たちに会いに行きたい。だが、もしも魔獣と遭遇して戦闘になったら、森の中では私も手こずるだろう。
大人しく森の外で待った。
やがて、フームたち一行が見えてくる。
彼女たちは私に気づいて、笑顔になった。
フーム、ブン、カービィが走ってこちらに近寄る。
「カノープス!それにメタナイト卿、迎えにきてくれたのね」
「会えてホッとしたよ!」
「ぽよぽよ!」
「無事でよかった。――ところで陛下は?」
私は、子供たちが答える前に後ろの集団を見た。
陛下がいる。煤だらけで、疲れているようだが、自分の足でしっかり歩いていた。
体が震える。私はふらりと前に出て、陛下の前で止まった。
「――陛下」
手をそっと伸ばし、顔についた煤を優しく払う。
「ご無事で、よかった。……さあ、リーノも心配しています。元気な姿を見せてあげてください」
喜びを込めて、言葉を紡いだ。
そして陛下の手をそっと包み込み、リーノがいる城の方へ誘導する。
陛下がご無事だったことが何よりも嬉しくて、他のことは気にしていなかった。
陛下はちょっと顔を赤くされて、こくんと頷かれた。
「うむ。エスカルゴン、行くゾイ」
「は、はい〜」
このとき、ようやくエスカルゴン殿や村人たちの視線に気づいた。
私は咳払いをして、ぐるりとみんなを見回した。
「コホン。……今回はすみませんでした。今日はお疲れでしょうし、日を改めて、謝罪に伺わせていただきます」
代表して、レン村長さんが言った。
「それがいいですな。みなさん、今日は村へ帰りましょう」
レン村長を先頭に、彼らは村へ帰っていった。
その足取りは重く、ゆっくりゆっくり歩いていく。
その背中を見届けたあと、私は言った。
「さあ、私たちも帰りましょう」
「それはいいけど……。ねえ、カノープス。リーノはいないの?」
フームの言葉に、ブンがさらに言葉を重ねる。
「こういう事件が起きたら、リーノならすっ飛んで来そうだけど……いないね」
「リーノなら、私が魔法で眠らせた。しばらくは起きない」
それを聞いたフームとブンがギョッとした。
「それ、大丈夫なの?」
「起こせるのか?」
「起きなければ、目覚めの呪文を唱えるよ。さあ、行くぞ」
足取りはゆっくり、被害に遭ったメンバーに合わせて帰城する。
城に到着すると、橋の上にメイド三名の姿があった。
アーニャは今も眠っているリーノに膝枕をしており、ランタンはその隣に立っていた。
合流すると、二人の顔から緊張が解けたように見える。
「カノープス、そしてみな様。無事に帰って来られて良かったです」
「あとは、リーノを起こすだけね」
「先ほどから肩を揺らしてはいるのですが、ぐっすり寝ていて……カノープス、起こしてもらえませんか?」
「わかった」
私はリーノの側にしゃがみ込み、閉じている瞼に手をかざす。
陽の光で自然と目が覚めるように、かざした手に魔力を込める。
手のひらが柔らかく輝いた。
「……ザメハ」
かざした手を引っ込める。
数秒後、リーノは何度か瞬きをしたのち、上半身を起こした。
「ここは……わたくし……」
「城の橋の上だ。私に眠らされたんだ。覚えているか?」
「――そうだわ。カノ!」
「みんな、いるよ」
私に言われて、リーノは自身が大切な人たちに囲まれていることに気づく。
安心したのか、リーノは涙を流した。
「よかった……みな様、ご無事だったんですね……よかった」
「リーノ……すまなかった。急に眠らせてしまって」
「……いいの。私、あの時は冷静ではなかったから、一緒に森に行っても、きっと良い結果にはならなかったわ。だから、いいの」
「それでも、ごめんなさい」
リーノを優しく抱きしめて、背中をポンポンと力を抜いて叩く。
そんなリーノに、まいった二人がいた。
「リーノ……泣かせて悪いでゲスよ……」
「しばらくは大人しくするゾイ」
そこにフームからツッコミが入る。
そしてブンが肩をすくめた。
「ずっと大人しくしててよね!」
「リーノ、ガツンと言わなきゃダメだぜ」
妹はぐずぐずと鼻を鳴らして言った。
「無事に、戻ってきていただけただけで、わたくしは満足です……」
「リーノ!そこは怒ってほしいでゲス!」
「たまにはバシッと言うてもかまわんゾイ!」
「いえ、大変な目にあわれたのに、その様なことできません。今日はうんとおいしいご飯を、お出ししますからね」
リーノの心からの笑顔を見て、陛下とエスカルゴン殿は罪悪感に悩まされるのだった。