村で赤子にミルクをあげて、一休みした私たちは帰城した。
やはりというか、橋の上ではアーニャとランタン、陛下とエスカルゴン殿、大臣夫妻と子供たち、ソードナイトとブレイドナイトが、待っていた。
彼らは私たちを見つけた途端、駆け寄り、周りを囲んだ。
一番乗りはメーム様だ。
「リーノ!赤ちゃんができたって本当!??結婚もまだなのに!」
「あの、できたのではなくて、連れ帰ったのです。産んだわけではないのです」
「あら……おほほ……そうだったのね。産んだわけじゃなくて、連れ帰ってきた。――連れ帰ってきた!??」
「はい。この通り」
リーノは体の向きを調整し、みんなに赤子を見せる。
女性陣は「かわいい」と虜になり、男性陣は「おお!」と驚かれた。
そしてソードナイトとブレイドナイトが、メタナイト卿の方へ集まる。
「メタナイト卿、お帰りなさい。その……」
「お二人が、ご結婚されるとも聞いたのですが……」
「事実だ。式の費用が貯まり次第、行いたいと考えている」
「おお!おめでとうございます!」
「おめでとうございます!お二人の幸せを……」
「心から祈っております」
「うむ。ありがとう」
その様子を見て、悔しそうな声を出すのは陛下だ。
「ぐぬぬ……先を越されたゾイ」
「陛下、まず相手がいないと結婚はできないでゲスよ」
「相手ならおるゾイ!デハハハハハ!」
「恋人関係じゃないと、意味ないでゲスよ〜ん!」
「ぐ!い、いつかそうなるゾイ!」
陛下とエスカルゴン殿のやりとりを聞いて、心がざわついた。
不快感を感じる汗も出てきたところで、リーノに声をかけられた。
「カノ、大丈夫?」
「ああ、まあ、大丈夫だ。最近、寝不足だったからな。二人が帰ってきたから、安心して眠たくなってきたよ」
「まあ、そうだったのね。わたくしたちと一緒に休む?」
「いや、まだ仕事があるから」
そこに陛下が待ったをかけた。
「休んで良いゾイ」
「陛下。しかし……」
「昼寝ぐらいすれば良い。起きたら夕飯に付き合うゾイ」
「かしこまりました。ありがとうございます。陛下」
「うむ」
「へへ!カッコつけてやんの!」
そう言ったエスカルゴン殿に、陛下はハンマーを勢いよく当てる。
ドガン!
「いってー!」
「余計なことを言うでないゾイ!早う行くゾイ」
「はい、陛下。リーノ、メタナイト卿も、よかったら私の部屋に行きましょう。広い分、ゆっくり眠れるはずです」
「そうね……お邪魔するわ、カノ」
「すまないな」
「遠慮せずに、どうぞ。では、今日はここで解散ということで」
私とリーノに赤子、メタナイト卿は城の中へと入る。
その後ろで、「まだ式の話を聞いてないわ!」と叫ぶメーム様の声が響いていた。
追ってこないあたり、パーム様が止めたんだと思う。
――――――
城内にある私の部屋に到着した。
私は三人が眠れるように、リビングを片付ける。テーブルとソファを部屋の隅へと、どかしたのだ。
そしてリーノからの提案で、布団を三枚、川の字に並べた。
左側からメタナイト卿、リーノに赤ちゃん、私の順番だ。
飲み物などを枕元に用意して、それから布団の上にそれぞれ座る。
サトさんの家……警察署の方で休んだリーノが「先に赤ちゃんの面倒をみる」と言った。
「そろそろ、おやすみになってください。お疲れでしょう?」
「……そうだな。一時間ほど眠るとしよう。起きたら、そなたと交代だ」
「はい。お願いしますね」
「うむ。では、おやすみ」
「おやすみなさい。良い夢を」
「おやすみなさい。メタナイト卿」
メタナイト卿が、鎧もギャラクシアも外さずに布団に潜った。
アニメと同じだ……!
驚いていると、リーノがこそっと教えてくれる。
「昔からクセらしいの。鎧を着用していた方が、眠れるんですって」
「そ、そうか」
私たちはメタナイト卿が寝入るまで、静かに赤子の面倒をみる。
そして五分ほどたったころ、メタナイト卿から寝息が聞こえてきた。
そこで、リーノが私に声をかける。もちろん小さな声で。
「カノ、わたくしとメタナイト卿との結婚、すごく驚いていたわね。どうして?」
「ええと……」
冷や汗が、背筋をたらりと流れる。
この世界が物語の世界で、私が読んだ道筋と違う出来事が起きたから、驚いたんだ。
なんて、言えるわけない。
「きゅ、急だったからな。二人の関係がそんなに進んでいるとは、思わなかったんだ」
「そう……。あんまり、メタナイト卿について、話してなかったものね」
「そうだな」
私も、陛下について相談しようと思っていて、できていない。
お互い様だな。
リーノが赤子を撫でながら、呟く。
「カノ。わたくし、幸せよ。姉がいて、親友がいて、家族のように大切な人たちがいて、村のみんながいて……。好きな人と一緒になって、子供もいる。夢のようだわ」
「でも、夢じゃない。それはとても、嬉しいことだな」
「ええ、そうなの。……カノも、お姉ちゃんも幸せになってね?」
リーノの言葉を聞いて、私は優しく微笑む。
「ああ、きっとなるよ」
「そのときは……結婚するときは、わたくしに一番に教えてくれる?」
「もちろん。まあ、結婚するだけが幸せとは限らんが、な」
「それはそう。だけど、カノは寂しがり屋でしょう?一人でいられるの?」
ちょっと考える。
「難しいな」
今だって、一人の部屋を好きになれないのに。
妹たちが女子会のときに、この部屋に泊まりにきてくれる日が、いつだって楽しみなのだ。
「誰かが、カノといてくれたら、わたくし安心できるわ。その、一緒になってくれる方を探してもいいんじゃないかしら?」
「ああ。考えてみるよ」
リーノの顔が、こちらを向く。
笑みを浮かべていたが、何だか緊張している様子だった。
「――案外、カノの運命の人は、近くにいるかもね」
「さあ、どうだろうな?」
それは未来にならないとわからないよ。
それから、今度はリーノたちがいなかった日々の話をした。
美術館が爆発したことに驚き、ケガ人がいないことを、リーノは喜んだ。
話は進み、どんな結婚式にしたいか、これから何が必要なのか、住居はどうするのか……それらの案をまとめてメモに書く。
「やっぱりメタナイト卿には、ご自身の部屋が必要だと思うの。わたくしとこの子が近くにいては、やりたいことに集中できないでしょうし」
「今は、な……。魔獣の件が片付いたら、リーノたちに専念できるようになると思う」
「ええ、わたくしもそう考えているの」
そこで、ふと気づいた。
「ところで、赤ちゃんの名前はなんというんだ?」
「まだ、決めていないの」
「そうなのか。性別は男子と女子、どちらなんだ?」
「女の子よ。でも……」
「うん?」
「心はどちらかわからないから、どちらでも困らない名前にしてあげたいの」
「ああ。確かに、リーノの言う通りだな」
赤子は目を覚まし、ふやふやと笑っている。
ご機嫌のようだ。
パチリと開いている目を、覗き込む。
「瞳の色は赤いんだな」
「ええ。情熱的でしょう?」
「ああ、綺麗なレッドだ」
「――レッド」
リーノは繰り返した。
「どうした?」
「素敵な響きだと思ったの。ねえ、赤ちゃん?」
赤子はニコニコ笑っている。
その様子を見て、リーノもニコリと微笑んだ。
「――私も、良いと思う」
「メタナイト卿」
メタナイト卿が体を起こした。
布団を整えてから、こちらへ近寄る。
「いつから聞いていたのですか?」
「……ほんの少し前からだ。ところで名前だが、レッドも候補に入れないか?」
「はい。そうしましょう。そのときはカノが名付け親ね」
「へ?そうなるのか?」
「ええ。そのときは、ぜひよろしくね」
「ああ……今から緊張ちゃうな」
「まあ!カノったら」
穏やかな笑い声が響く。
そこにドアをノックする音が響いた。
私は立ち上がり、ドアの方へ歩く。
「今開けます」
声を張る。それからドアを開いた。
廊下には、メーム様がいた。
手には、いつもの持ち歩いている扇子だけがあった。
「先ほどぶりですね。どうしました?」
メーム様がニコリと微笑まれて言った。
「昔、フームたちが使っていたベビーベッドとサークルを引っ張り出したの。新しいものを買う間にでも使ってちょうだい」
「ありがとうございます。ちょうどベビー用品が欲しいと、話していたところなんです。どうぞ中へ」
扉を大きく開いて、中へ招く。
メーム様は部屋の中へ入り、まっすぐ布団の上に座るリーノと赤子の方へ歩いていく。
二人の前でもう一度、ベビー用品の話をされた。
「引っ張り出したのはいいんだけど、重くて部品がそこそこ多いから、部屋に置いてきたの。悪いけれど、メタナイト卿はうちの夫と合流して、ベビーベッドとサークルを持ってきてくださる?」
「それなら、私も……」
「カノープスは残りなさい。大事な話があるから」
「?わかりました」
メタナイト卿は「行ってくる」と仰って、部屋を出て行った。
メーム様の話とはなんだろう。
布団の上で、三人は向かい合い座る。
「それで……話とは何ですか?」
「女同士の……妻となる私たちだけの、ナイショの話をしたかったのよ。赤ちゃん、抱っこさせてくれる?」
「どうぞ」
リーノから赤子をそっと預かるメーム様。
その優しくも慣れた手つきに、私は羨望の眼差しを向けた。
「カノープスも抱っこしたいのかしら?」
「抱っこしたいのですが、私では落としてしまいそうで……」
「あら、それでもあなたも赤ちゃんのお世話、手伝うんでしょう?今から慣れておいたら?」
「そうですね……では、メーム様の後で。リーノ、いいか?」
「もちろん。抱っこしてあげてちょうだい」
赤子を見守る、そんな穏やかな時間が流れた。
メーム様が懐かしそうに言う。
「フームとブンにもこんなころがあったわ……。ねえ、リーノ。子供は天使で、時には悪魔に見えるわ。フームとブンの赤ちゃんのころ、手伝ってくれたあなたなら、わかるでしょう?」
「はい。わかる気がします」
「親って大変よ?」
「覚悟しております。そして、何より楽しみです」
私とメーム様は驚いた顔でリーノを見た。
リーノはやっぱり、ニコニコと笑って赤子を見つめている。
「そう……なら、きっと大丈夫ね。たまには、いいえ、いつだって私を頼りなさい。あなたの姉なんですからね」
「ありがとうございます。メーム様。そのときは、よろしくお願いします」
「私も。未熟者だが、何だって言ってくれ。ベビーシッターも家政婦も、必ず慣れて、完璧にこなしてみせるぞ」
「ふふ、ありがとう。カノ。私、幸せ者ね……」
リーノの目元がキラリと光った。
それから、メーム様は経験を踏まえて「夫婦とは何か」を話してくださった。
グチも笑いも交えつつ、エールをくださる。
どんな内容かは、私たちだけの秘密だ。
「リーノ。メタナイト卿と仲良くね。悩んで、ケンカもして、よく話し合って、互いに歩み寄って……いつまでも幸せにね」
「はい。メーム様!」
「ところで式はいつするの?お金ならどーんと、出しますからね!任せなさい!」
そこで、メタナイト卿とパーム様が荷物を持って帰ってきた。
女だけの秘密の話はおしまいだ。
ベビーベッドとサークルは、この部屋に置かれることになった。
育児に慣れるまでは、ここにいれば良いと思ったのだ。この部屋は、リーノの部屋からも、そしてアーニャやランタンの部屋からも近い。
みんなで赤子を育てればいいのだ。
それに、ホーリーナイトメア社との決着が済む数ヶ月後まで、メタナイト卿は多忙だ。
メタナイト卿が自由になるまで、それまで私が近くでリーノと赤子を守れば良い。
今度は私も、ベビーベッドを組み立てる手伝いをする。
できあがった物を赤子が使うのだと考えれば、疲れを感じるよりも楽しさが満ちるような。
そんな作業だった。