新たな地
気がつけば、草原の上に立っていた。
ナイトメア大要塞から帰ってきた服装のままだ。
シャツとズボンの上に、ライトアーマー。愛用の鉄パイプ、顔を隠す兜。
遠くに木々があり、上には遮る物がないも無い青空が見える。
今は昼間か?
「ここは……?」
少なくとも、先ほどまでいたカービィの世界ではない。
私は膝から崩れ落ちた。
涙を堪える事ができない。
ぼたぼたと大粒の水滴が目から流れ、頬をつたい、地面と服にシミを作る。
私は兜を取った。はらりと緑の髪が流れる。
「うう……リーノ、レッド、アーニャ、ランタン……みんな……陛下」
返事はない。
当たり前だ。もう、世界を渡ってしまったのだから。
無事だろうか?
わからない。確かめる術がない。
「みんな、ごめん。ごめんなさい……」
私の願いのせいで、みんなが振り回された。
最後まで生きたかった。
おばあちゃんになる妹たちを見届けたかった。
大人になった姪を抱きしめたかった。
なんて中途半端なんだろう。
すべて遠い。
ジャリ
土を踏む音が、後ろで聞こえた。
「誰」
鋭く、低い声を張った。妹たちに聞かせていたものより低い。
願った通り、私の声は相手に聞こえたらしい。
相手の声は震えていた。カチカチと金属音も聞こえてくる。
「お、オレはテランの兵士だ!そっちこそ、何者だ」
「私は……」
脱いだ兜を手に持ったまま、ゆらりと立ち上がる。
服の袖で涙を拭い、声が聞こえた方へ振り向いた。
相手はヒゲが生えた、四十代の男だった。百七十ほどの背丈、ヒゲは焦茶なのできっと髪色も焦茶なのだろう。
槍を手に持ち、ライトアーマーを着用し、額当てをつけている。槍を構える姿は様になっており、長く使っているのだと思えた。
私はぼんやりと考えた。
忘れたくない。これまでの事、ずっと、大切に覚えていたい。
その想いが、言葉になった。
「私は……カノープス・リーノ。カノープスが名前だ」
「——貴族なのか?」
「いや、そうじゃない」
「どこから来た」
「遠い……遠い場所から」
異世界、なんて言ってもなあ。
荒唐無稽な話だ。とても言えない。
男は少し考えてから、言葉にした。
「……天使なのか?」
「それも違うな」
「では、なぜ空から現れた?」
私は首を傾げた。
「空から?」
「そうだ。オレは見ていた。アンタが空から、巨大な手に乗り、そして地上へ降りて来る所を。オレは見ていたぞ!」
「……そう」
空を見上げる。
もう風は吹いてない。
私は正直に話した。
「私は天使ではない。けれど、確かにあの手に乗っていた」
「……それで?」
「だが、ここに来てからの記憶がない。気づいたら、この場所に立っていた。——そして困っている」
「……何に?」
「今夜の宿に。泊まりたいのだが、どこかいい場所はあるか?」
男はジッと私を観察する。
「アンタは嘘をついていない、そう思う。だからオレも正直に言う。……宿の心当たりはある」
「案内してもらっても?」
「……変な事はするなよ」
「もちろん。ちなみにこの鎧を換金したい。それも願えるか?」
「……一応お話ししてみるが、アンタの願いが叶うかは、わからん」
「ああ、充分だ」
こうして私は、男に案内された。
草原から森の中へ入り、茂みの道をガサガサと進む。
十分ほどで森を抜けた。
開けた土地に城がある。
祭りの会場にできそうな、かなりの広さだ。
視線を動かせば、城から離れた位置に村があった。
……木造の一軒家は、それほど多くはない。目で数えられるほどだった。
「こちらだ」
男は城の方へ歩いていく。
私は黙って後を追った。
——————
白い城の門をくぐり、門から庭へ、庭から城内へと入る。
上品だが、質素な城だった。ここの王様は、無駄な物を置かない趣味のようだ。
デデデ城よりも、まともな建築をしている。そうだよな。城ってあんな無茶な建築できないよな。
城の三階に到着し、今度は廊下を歩く。
少し歩いて、男は両扉の前で止まった。
「この先に王様がいらっしゃる。粗相のないように」
「——わかりました」
気を引き締める。
男は頷き、扉をノックした。
「——王様、あの巨大な手に乗っていたという者を連れて来ました」
「——入れ」
男が両扉を開く。
扉の先は玉座だった。玉座に座る王様と、文官が数人。
——兵士が見当たらない。
ここまで案内してくれた男に、声をかけられる。
「何をしている?早く入るのだ」
「ああ、すまない」
とにかく、中へ入るか。
私はゆっくりと玉座の間に入った。
後ろで扉が閉まる音がする。
気にせず、私は部屋の真ん中まで歩き、そこで立ち止まった。
恭しく王様に向かっておじぎをする。
膝はつかない。
下げた頭は、そのままにする。
やがて王様が言った。
「——面を上げよ」
顔を上げ、姿勢を正す。
真っ直ぐ王様を見た。王様は目を大きく開けて、動揺しているようだった。
なんだ?
「……ごほん!私はテランの国王、フォルケンである。そなたの名前は?」
「カノープス・リーノです。カノープスが名前です」
「そなたは何者じゃ?」
「……難しい質問ですね。一応、人です。強い方だと思います。あ、貴族ではありません」
「もしや……」
「?」
「竜の騎士様……では、あるまいな」
「違いますね」
「そうか」
フォルケン王も、文官と思わしき人たちも息を吐く。
なんだろう。ヤバい人にでも見えたのかな?
そんな事を考えていると、フォルケン王は姿勢を正し、また質問する。
「そなたは、あの天から伸びた手に乗り、この世界へ来たのだな?」
「そう、ですね」
記憶が曖昧な部分があるから、はっきりと頷けないのが辛いところだ。
「なぜ、この世界に来たのだ?」
「さあ……私にはわかりかねます」
「な、なんじゃと?」
「何も聞かされないまま、この地へ来たので」
「そうなのか。それはさぞお困りであろう」
「はい。今日の宿もないので、困っています」
「……では、今日はこの城に泊まると良いだろう」
文官たちが騒々しくなる。
それをフォルケン王は片手を上げて静かにさせた。
私は理由を知る為に、動揺しつつも声を出す。
「よろしいのですか?私を、信用してくださるの?」
「そなたからは、ただならなぬ気配を感じる。それは、確かに恐ろしい。しかし、嘘をついてはおらんだろう。邪悪な気配もせん。であれば……信じよう」
私は深く頭を下げた。
「ありがとう……ございます」
私は目をぎゅっと閉じた。
目を開けていたら、昔を思い出して、泣いてしまいそうだったから。
またみんなに会いたくなった。
——————
それから私は、テラン王国にお世話になっている。
ただ王城の一室を借りているだけではない。
この世界には魔物がいるらしい。
人間の縄張りに侵入してきたそいつらを、追っ払うため城と一番近い村を警邏した。
見回っていると、魔物に遭遇する。
……ドラクエに登場する魔物たちだった。
スライムやら、ごうけつぐまやらを、殺さないよう追っ払う。
スライムには張り手を、ごうけつぐまには背負い投げをした。
逃げていく彼らの背を見て、私は考える。
「ここはドラクエの世界か?うーん……ゲームのナンバリング作品の中に、テラン王国はあったかな?」
うーん。ゲームをプレイしたのが転移する前だから、はっきりと覚えてないぞ。
転移先は、“私が好きな世界”なはずだから、原作を知っているはず。
「ここはどこなんだ?」
私は森と人里の境目で、空を見上げた。