カノープスの終生   作:紅絹の木

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準備

 

 

 

「ウェルザーを倒すか……確か、ドラゴンだったはず」

「そうだ」

「ドラゴンの討伐は初めてだな」

 

 私はぽりぽりと頬をかく。

 バランは急いでいる様子だった。

 

「それで?返答は……?」

「行く。困っている人がいるなら、助けたい。それで地上を離れる前に、テランの王様にご挨拶へ行ってもいいか?世話になっているんだ」

 

 私は、この場所から辛うじて見えるお城を、指した。

 バランは一つ頷く。

 

「わかった。ここで待っている」

「いやいや、一緒に行ってくれ。その方が説明しやすい」

「む……そうか?ならば同行しよう」

「頼む」

 

 こうして私たちは城へ向かった。

 城の門番に事情を話すと、彼らは腰を抜かした。

 一人は何とか走って王様に伝えに行ったが、もう片方は目を大きく見開いたまま、バランの横顔を凝視していた。

 私はぼんやりと思い出す。

 

「そういえば……聞いた事がある。竜の騎士とやらは、伝説の存在だと」

「そうだ。……ここは、まだ竜の騎士への信仰が残っているのだな」

「ああ、あるぞ」

 

 何せ、空から降りてきた私を、竜の騎士と間違えたぐらいだ。

 伝説を強く信じているのだろう。

 

 まもなく、私たちはテランの王様……フォルケン様がいる玉座の間へ通された。

 そしてフォルケン様の願いに応じて、バランは竜の騎士の証拠である額の紋章を輝かせる。

 玉座の間にいたほとんどの人間が、両膝を床につくのだった。

 

 王も、文官も、武官も、メイドたちも兵士も……。

 みんなが神様に祈るようだった。

 フォルケン様が仰った。

 

「竜の騎士様……戦いが終わったあかつきには、どうぞ我が国へ。微力ながら、宴を催させていただきます」

「……考えておく。では、カノープスを借りていくぞ」

「ははあ。かしこまりました」

 

 そうして私たちは玉座の間から出て行った。

 部屋から出るときに、私はみなさんに頭を下げた。

 

「お世話になりました。ちょっと行ってきます」

「……気をつけて、武運を祈っておる」

 

 フォルケン様は目尻をキラリと輝かせていた。

 

 

 

 城から出る前に。

 自室の荷物をまとめて、この数日で得た収入を握りしめた。

 

「バラン、村の道具屋に寄ってもいいか?薬草とか、買っておきたい」

「わかった。カノープスよ、お前の防具はないのか?」

「ああ。この国に売っぱらった」

「そ、そうか」

 

 装備も心許ないか。先に防具屋に行くべきかな?

 城の廊下に出て、そう思案する。

 すると、朝の訓練で私と模擬戦した兵士が、こちらに走ってきた。

 

「よかった!間に合った!王様からの伝言です」

「なに?」

 

 聞き返せば、兵士はビシリと背筋を伸ばす。

 

「宝物庫に入れたカノープス様の鎧を、お返しする……と。鎧を購入したときに、お渡ししたお金は、敵の討伐に役立てて欲しい、とも」

「そうか……いいのだろうか?」

「王様はぜひに、と」

「——わかった」

 

 一度、城の宝物庫に寄って鎧を回収した。

 前の世界から愛用していたライトアーマーは、私の体によく馴染む。

 さて、これで防具はいい。

 

「バラン、道具屋に寄ったら、次の場所に行きたい」

「何が必要なのだ?」

「布を買いに行く。いざ、パプニカへ」

 

 バランは、何を言っているのかわからない様子だった。

 私は説明する。

 

「パプニカで、できるだけ質の良い生地を一反、その他を三つほど購入する。それを魔界で売るんだ。パプニカの生地は良質で、他国でも高値で取引される。魔界でも、高値で買ってくれるだろう」

「……魔界の通貨を手に入れる為か?」

「ご名答。地上の通貨では、魔界じゃ使えないかも知れない。その世界の通貨を得る手段は、考えておくべきだからな」

「わかった」

「バランの分のお金は、そのまま持っておいてくれ。地上に帰ってきたときに、使おう」

「承知した」

 

 私たちは道具屋の後、さっそくパプニカへ飛んだ。

 バランはトベルーラで、私も羽を生やして、そのスピードについていく。

 

「やるな」

 

 嬉しそうなバランに、私も笑顔を返した。

 

「そうか?ありがとう」

 

 パプニカの王都の外れに降り立つ。

 そして王都の中に見つけた、生地屋に入った。

 

 木造で、店の外側は質素だった。

 だが、中は女性向けの花柄のタペストリーが、目立っている。

 男性は入りづらいかもしれん。

 壁には生地がたくさん並んでいた。

 

 おばあさんが店番をしていた。白髪をお団子にまとめて、櫛をさしている。手作りだろう赤いケープを羽織り、カウンターの奥で椅子に座っていた。

 暇つぶしだろうか?縫い物の手を止めて、こちらを見る。

 

「いらっしゃい。何かお探しかな?」

「ええ。その前に……今あなたが縫っていたそちらを、見せてもらいたい」

「いいよ」

 

 そっと手渡しされる。

 不死鳥をモチーフにした刺繍だった。

 うん、綺麗だ。丁寧だし、素早く縫われていたところを見ると、おばあさんは相当な職人だな。

 私は刺繍を返して、おばあさんに「私たちは明日から武者修行の旅に出る」と話した。

 嘘だが、正直にウェルザーを倒しに行きます……なんて言えない。

 

「そこで生地をこの国で買い、他国で売ろうと思ったんだ。旅の資金を得る為に」

「ああ、パプニカの生地は高値で取引されるからね。野盗に狙われるかもしれないけど……旦那さん、かなり強そうだね」

 

 おばあさんは、私の後ろにいるバランを見て言った。

 思わず噴き出してしまった。

 そしておばあさんに話を合わせる。

 

「ふふ、まだ旦那じゃないよ」

「そうなのかい?早いとこ、収まるところに収まりなよ?」

「いいんだ。私たちはこのくらいのペースで」

「ふーん?心配だねえ」

「どうもありがとう。それで、お金だが……三千ゴールド持っている。これで上物を一つ、他を二つほど買いたい」

「長さはどれくらいだい?」

「一反ほど」

「……一反を、三つかい?重いよ?」

「彼に持たせるからいいんだ」

 

 今度はおばあさんが笑った。

 

「そりゃ良いね。ちょいとお待ち」

 

 おばあさんは刺繍をカウンターに置いて、立ち上がる。

 そしてこちら側……売り場に入る。私はその後ろを追った。

 

「旅をするなら、旅に耐えられる、丈夫で破れにくい物がいいね」

「ええ、それに魔法を付与しやすい物がいいな」

「アンタ、付与ができるのかい?武者修行なんてせず、お国に雇われたらいいのに」

「付与の修行をする為の旅でもあるから」

「ははあ、なるほど。それじゃ、ここら辺でどうだい?長さはあんまりだが、魔法の付与が長持ちする上物だよ」

 

 出された布は、よく布の服に使われるものとは違う素材だった。

 少し厚みがあって、なのに柔らかい。

 色は水色で、六メートルほど木の板に巻かれていた。

 前の世界でいう、オックスみたいだった。

 

「付与したら、どのくらい持ちますか?」

「数年だね。もちろん、術者の力量によるよ」

「ですよね」

 

 それから色々と見せてもらった。

 バランと話し合った結果、重くても量があった方がいいだろう、と一反が長い物を選ぶ。

 もちろん、品質は良い。

 以下、三つを購入する。

 

 上物、魔法付与がしやすく、付与が長続きする。

 並、魔法付与がしやすく、長続きはしない。しかし、再度付与ができる。

 並、布の服に使われる素材。丈夫で破れにくい。魔法付与は長続きしない。

 

 おばあさんは言った。

 

「針やら糸やらも付けてあげるよ。アタシから新婚さんにお祝いだよ」

「結婚していないが……いいのか?」

「その代わり、三千ゴールドぴったりだ。まけないよ」

「ああ、ありがとう。……おばあさん、そのケープにお礼をしても?」

「何をするんだい?」

「付与を。手先が冷えるのだろ? 温かくなるように、少しだけ」

「それじゃ、頼もうかね」

 

 私はぽん、とおばあさんの肩を優しく叩いた。

 ケープがわずかに光りだす。

 

「……こりゃすごいね。春の日差しを浴びているみたいだよ……。あったかいねえ」

「良かった。しばらくは使えるはずだ」

「アンタ、簡単に付与ができるなんて、すごいじゃないか!オマケしてあげるから、またウチに寄りな」

「はい。また寄らせてもらうよ。ありがとうございました」

「はいよ。こちらこそ、ありがとうね」

 

 私たちは生地を持って、店を出た。

 ほとんど喋らなかったバランを見る。

 ——顔が真っ赤だった。

 

「どうしたんだ?」

「私たちは夫婦では……ないぞ」

「ああ、わかっている」

「むう」

 

 夫婦に見られたのが恥ずかしかったのかな?

 バラン、からかいに慣れてなさそうだもんな。

 

「嫌だったか?」

「そうは言っていない」

「なら、いいけど。話を合わせてくれてありがとうな」

「別に、何もしておらん」

「それでも、だ」

 

 さて、準備は終わった。

 

「昼ごはん、食べたら行こうか?魔界へ」

「ああ」

 

 旅が始まる。

 

 

 

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