ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線――   作:(休止中)サン少佐

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カタルーニャ地方に伝わる、物語
第1節『ローブの少女』prologue


 

 

 

 

 

 

―――…むかしむかし…あるところに、らくえんがあった。

 

らくえんは、願い(ウィッシュ)をかなえ、ひとびとをみちびく、ある"ひとり"の王がおさめていた。

 

かなわぬようなねがいでも、王はかなえてくれた。それが王の、願い(ウィッシュ)なのだから…。

 

 

 

 

 …しかし彼等は、自らこの楽園(ロサス)を捨てた。

惑わされたのだろう。生半可な気持ちであったのかは分からない。

しかし少なくとも、在りし日の楽園(ロサス)が失われた事に、変わりは無い。

 国民は黒い星々に成り果て、訪れし者を、ずっと見つめるばかり。

まもなく星も堕ち、土へと還るだろう。

 

哀れと思うべきは、傲慢な国民か…冷酷な王か。

 

 …それはアダムとイブが、一匹のヘビに惑わされ、禁断の果実を食した、

 

あの『失楽園』の様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒みがかったパンを齧る。

しかし…味は無いに等しい。

 

"――ロサスならば、甘い砂糖菓子が毎日食べられると言うのに…――"

 

なおも黒パンを齧り続け、恵まれた故郷に思いを馳せる。

 

 

 

 昔々、ある所に、ひとりの王子が居た。

王子は傭兵騎士(それも、俗に言う黒騎士)として、イベリア半島を旅していた。

 

 時はユリウス2世の時代。アラゴン=カタルーニャ連合王国の片田舎での出来事。

先程のパンを食べ終えた王子は、一夜を明かそうと宿屋へ向う。

…すると王子の目に、ある人物が目に留まった。

姿を隠すようにローブを身に纏い、常に周囲を窺い、まるで今から盗みでも行うのでは、と言う様子の人物。

「…何だ…?」

ローブの人物は、暫く周囲を窺った後、急に走り出し、馬小屋の中へと駆け込んだ。

「―――…っ!」

馬小屋には、王子の馬もある。

 

"まさか馬を盗む気か―――"

 

王子は腰に携えた剣を抜き、先程の人物と同じく馬小屋に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 馬の傍で、灰色の頭が蠢いている。

やはり()のローブは馬泥棒だったのだ。

 

「お願いっ…!言う事を聞いてっ…!」

 

馬泥棒は王子の馬に手をかけている。

 

 

 

 

 

 …王子は剣を構え、一つ大きく、しかし相手に聞こえぬ様、深呼吸をした…。

 

 

 

「…貴様…何奴だぁぁあああ!!」

 

 

 

走り出した勢いでローブの人物を押し倒し、

「動くな!動けば喉元を斬り割く!」

と言って、暴れるローブの喉元に青白い鋼を突き付けた。

馬乗りになる様に覆い被さった王子は、そこで初めて、眼前の者が女だと気づいた。

「…女?」

己の胃に溜まったパンの様に、眼前の女は黒みがかった肌をしている。

王子は、彼女がイスラームなのではと疑った。

「貴様…イスラームか?」

しかし女は、恐怖か何かで、なおも沈黙を貫いている。

「…答えろっ…!」

「……イ、イスラームじゃない…。」

女がやっと出した声は、やはり恐怖に満ちて、震えていた。

…すると王子は、自らが女相手に、鬼気迫る様に問い詰めた事に気付く。

そこで、次はあえて穏やかに、静かに、語り掛けるように問うた。

「私はこの馬の持ち主だ。状況次第では何かしようとは思わん。此処で何をしようとしていたか…話せ。」

 

 

「…私、ユダヤ人なの。」

 

 当時のアラゴン=カタルーニャ連合王国はカトリック両王の治世。

20年前に行われた『血の純潔規定』により、ユダヤ人を始めとする異教徒は迫害を受けていたのである。

 

「審問官に追われてるの…お願い…見逃して…」

 

 

 

 

 

 

「…そうか。」

 

すると王子は、何を考えたか、立ち上がって、一歩、後退(あとずさ)った。

 

「…何があったかは知らんが、私の馬に触れるな。…立ち去れ。」

 

…実は、王子の身体にもユダヤの血が流れていたのだ。

 

 王子の父…(すなわ)は、『血の純潔規定』により迫害を受けたセファルディム()を導いたのである。

 そして父は何もない無人島に、たった1代で。(いにしえ)のローマの如き文化的繁栄を興した。

 

その無人島の名を、ロサスと言った。

 

 彼はロサス王国の第2王子であり、傭兵騎士として出稼ぎに出ていたのである。

 

 ユダヤの英雄たる父を持つ王子は、眼前のユダヤ人を、兵士に突き出す事など出来なかった。

そう教えられていたのだ。

 

…しかし気になる事がある。

彼女は何処へ向かうのだろうか。

ヨーロッパはおろか、最早この世にユダヤの地など存在しない。

 

一つの地(あのロサス)を除いて。

 

「…イベリアにユダヤ人を受け入れる地など存在しない。何処へ行く気だ?」

「グラナダよ、南の。イスラームはユダヤ人を受け入れるってサバ*1は言ってた。」

 

 彼女はあっさりとそう言った。

人を信用する術を持ち合わせていると言う事は、よほどの上流の生まれか。

 

 …しかしイスラーム…。20年ほど前に、多くのユダヤ人がイスラームのアフリカに流れたと聞いたが、多くは父を追ってロサスに定住した。

…それ以前に、イスラームが異教徒たるユダヤを、果たして受け入れるだろうか…?

 

 そして、彼女の計画は間違いなく失敗するだろう。何故なら…―――。

 

 

「グラナダ…まさかナスル朝グラナダ王国の事か?」

「えぇ。」

 

王子の予想は的中した。

 

「…グラナダ王国は20年前に滅亡した。今やグラナダはキリスト教の聖地だ。」

 

少女の目は、戸惑うように揺れ動いている。

 

ローブの少女は、まだ理解出来ていない様だった。

「…君が向っているグラナダは、キリスト教の聖地だ。20年前に再征服(レコンキスタ)されたのだ。

 

君は…ロサスに向い給え。…ロサスは違う。ロサスは宗教・人種問わず受け入れる。偉大なる王の魔法に守られ、アラゴンもカタルーニャも近づけない。」

 

ローブの少女は、王子の助言を聞き入れたかは分からないが…。

 

「そ、そう…ありがと。」

 

そう言って、月明かりすらない闇夜に消えていった。

*1
(ヘブライ語で「祖父」)




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