ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線―― 作:(休止中)サン少佐
昔々、カタルーニャ地方の片田舎。
旧都バルセロナへ向かう、ひとりの王子が居た。
―――まだ陽は高いが、沈む頃にはバルセロナに着くだろうか?
王子は馬を走らせる。
「はぁ?」
王子は、気の抜けた声を上げた。
前方に、蠢く集団が見える。
農民が動物を引き連れて、移動している様だ。
之では進めない。
王子は速度を下げた。
次第に…その一団が、不気味である事に気付いた。
"人間の姿が見当たらない。"
まさか之だけの数の動物が、一斉に逃げ出したと言うのか?
王子は考える…。
群れの中には数頭の牛の姿も見える。
牛肉は貴族や王族のみが口にできる献上品。恐らく只事では無い。
動物達は街道を埋め尽くして、通れそうにない。一体どうしたものか…。
ふと、王子はある事を思いついた。
動物の影に見えていないだけで、誰か先導する人間が居るのかもしれない。
「…誰か人間は居るか?!」
尋ねてみる。
…しかし反応は無い。
群れはゆっくりと、こちらに近づいて来る。
「おーい!」
すると足元から…
『失礼、騎士様。こちらです。』
と、男の声がした。
周囲を見渡すが、声の主は何処にも居ない。
「何処だ?姿を見せろ!」
『此処です!下におります。』
その声と共に、動物の群れの中から、最前列に居たヤギが、突如として二足歩行で立った。
『私です。人間では無いですが、人間の言葉は分ります。』
「ヤギが喋るとは…貴様、一体何者だ?」
ヤギが人の言葉を喋っている。
困惑する王子に、喋るヤギはこう答えた。
『私はこれから、国を興すのです。』
「国を?」
『そうです。"全ての動物達が幸せに暮らせる国"、それをこの世の何処か、素晴らしい所に作るのですよ。』
―――全ての動物が幸せに暮らせる国…。動物の理想郷か。
かつて王子は、似たような言を聞いた事がある。
「私は、この世の全ての人間が、差別される事無く暮らせる、理想郷を作りたかったのだよ。」
「それが…このロサスですか?」
「その通り。それが私の
かつてロサス王…父は、理想郷を語った。
「この国の事を"古代ローマ"と称えた旅人が居た。
しかしローマでは、他の民族を"蛮族"と呼び弾圧し、更には私の様な、魔法を操れる者を法で禁じた。」
古代ローマの歴史家、ティトゥス・リウィウス著『ローマ建国史』によれば、
紀元前331年、魔術使用*1の疑いで170人が処刑されている。
しかし王の言にも間違いはある。ローマ初の成文法『十二表法』の第3表では、外国人の財産所有が認められている為、完全に差別していた訳では無い。
「この場所は人類の理想郷だ。ローマ、カタルーニャ、イスラム…誰にも壊させはしない。」
しかしその言葉に、この国の誰も、異論を唱える事は無かった。
"全ての人間が、差別される事無く、幸せに暮らせる国"
"全ての動物達が、幸せに暮らせる国"
王子は眼前のヤギに、王の姿を重ねた。
『騎士様、貴方は何処に行かれるのですか?』
「私か?私はロサスに行く。」
すると、ヤギは顔をしかめた…様に見えた。
(ヤギが表情を変える所を、王子は見た事が無かったが、少なくとも、しかめている様に見える。)
『ロサスへ?あの王が治める地ですか?』
「…何か?ロサス王が
『人々の願いを奪う卑劣者ですよ、あの王は。』
王子の脳に、電流が走った。
「今、何と言ったか。」
『卑劣者の王が治める地ですよ、ロサスは。』
王子とヤギに、冷たい風がなびく。
可愛らしいヤギが言う事では無い。
…いや、ヤギが喋る
『…あっ、安心なさってください。今は善良なる女王陛下が治めておいでです。
卑劣者の王は居なくなり、ロサスは真の楽園となりました。』
「卑劣者の王だと…?」
王子は腰の剣を抜き、刃と共に光る、鞘の家紋を見せつけた。
「私はロサス王マグニフィコの子であるぞ!父を侮辱する者は、ヤギであっても許さん!」
そう言い、ヤギに向って斬りかかったが、
ヤギはするりと
『落ち着いてくださいよ騎士様…!』
「待て!何処へ行く!」
王子は木々の中を走った。
目の先では、動物の後ろ姿だけが見えている。
羊、ヤギ、豚、犬、いずれも、何処かから逃げ出して来たのだろう。
…先の方に光が見えた。
森林を抜けた先には、果てしなく続く平原があった。
だが、ヤギの集団が、遥か遠くまで埋め尽くし、緑色は僅かだった。
「なっ…。」
之では誰が誰だか分らない。
先程の無礼者を打ち首にしようと思ったが…。
また王子は、ある事を閃いた。
「殺すつもりは無い、ただ謝ってくれれば良い!」
試しに、そう叫んでみたのだ。
すると、直ぐ近くのヤギが、二足歩行で立ち上がった為、
王子は―――
ヤギを斬った。
群れは蠢き、一斉に逃げ始める。
それに王子は"しまった"と感じた。
…力なく舌を出し、横たわる、ひとりのヤギ。このヤギが本物であったかは、誰も知らない。
犠牲になったのか?それとも導く者を失ったのか?