ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線――   作:(休止中)サン少佐

3 / 9
第3節『喋るヤギの願い』

 昔々、カタルーニャ地方の片田舎。

旧都バルセロナへ向かう、ひとりの王子が居た。

 

 ―――まだ陽は高いが、沈む頃にはバルセロナに着くだろうか?

王子は馬を走らせる。

 

 

 

 

 「はぁ?」

王子は、気の抜けた声を上げた。

 

前方に、蠢く集団が見える。

農民が動物を引き連れて、移動している様だ。

 

之では進めない。

 

王子は速度を下げた。

 

 

 

 

 次第に…その一団が、不気味である事に気付いた。

 

 "人間の姿が見当たらない。"

 

まさか之だけの数の動物が、一斉に逃げ出したと言うのか?

王子は考える…。

 

群れの中には数頭の牛の姿も見える。

牛肉は貴族や王族のみが口にできる献上品。恐らく只事では無い。

 

動物達は街道を埋め尽くして、通れそうにない。一体どうしたものか…。

 

 

 ふと、王子はある事を思いついた。

 

 

動物の影に見えていないだけで、誰か先導する人間が居るのかもしれない。

 

 

「…誰か人間は居るか?!」

 

尋ねてみる。

…しかし反応は無い。

 

群れはゆっくりと、こちらに近づいて来る。

 

 

「おーい!」

 

すると足元から…

『失礼、騎士様。こちらです。』

と、男の声がした。

 

周囲を見渡すが、声の主は何処にも居ない。

「何処だ?姿を見せろ!」

『此処です!下におります。』

 

その声と共に、動物の群れの中から、最前列に居たヤギが、突如として二足歩行で立った。

 

『私です。人間では無いですが、人間の言葉は分ります。』

「ヤギが喋るとは…貴様、一体何者だ?」

ヤギが人の言葉を喋っている。

困惑する王子に、喋るヤギはこう答えた。

『私はこれから、国を興すのです。』

「国を?」

『そうです。"全ての動物達が幸せに暮らせる国"、それをこの世の何処か、素晴らしい所に作るのですよ。』

 

―――全ての動物が幸せに暮らせる国…。動物の理想郷か。

 

かつて王子は、似たような言を聞いた事がある。

 

 

 

 「私は、この世の全ての人間が、差別される事無く暮らせる、理想郷を作りたかったのだよ。」

「それが…このロサスですか?」

「その通り。それが私の願い(ウィッシュ)だ。」

かつてロサス王…父は、理想郷を語った。

 

「この国の事を"古代ローマ"と称えた旅人が居た。

しかしローマでは、他の民族を"蛮族"と呼び弾圧し、更には私の様な、魔法を操れる者を法で禁じた。」

 

 古代ローマの歴史家、ティトゥス・リウィウス著『ローマ建国史』によれば、

紀元前331年、魔術使用*1の疑いで170人が処刑されている。

 

 しかし王の言にも間違いはある。ローマ初の成文法『十二表法』の第3表では、外国人の財産所有が認められている為、完全に差別していた訳では無い。

 

 「この場所は人類の理想郷だ。ローマ、カタルーニャ、イスラム…誰にも壊させはしない。」

しかしその言葉に、この国の誰も、異論を唱える事は無かった。

 

 

 

 "全ての人間が、差別される事無く、幸せに暮らせる国"

 

"全ての動物達が、幸せに暮らせる国"

 

 

王子は眼前のヤギに、王の姿を重ねた。

『騎士様、貴方は何処に行かれるのですか?』

「私か?私はロサスに行く。」

 

すると、ヤギは顔をしかめた…様に見えた。

(ヤギが表情を変える所を、王子は見た事が無かったが、少なくとも、しかめている様に見える。)

 

『ロサスへ?あの王が治める地ですか?』

 

「…何か?ロサス王が如何(どう)かしたのか?」

 

 

 

 

 

 

 『人々の願いを奪う卑劣者ですよ、あの王は。』

 

王子の脳に、電流が走った。

 

「今、何と言ったか。」

 

『卑劣者の王が治める地ですよ、ロサスは。』

 

王子とヤギに、冷たい風がなびく。

可愛らしいヤギが言う事では無い。

…いや、ヤギが喋る(など)、そもそも有り得ないでは無いか。

 

『…あっ、安心なさってください。今は善良なる女王陛下が治めておいでです。

卑劣者の王は居なくなり、ロサスは真の楽園となりました。』

 

「卑劣者の王だと…?」

 

王子は腰の剣を抜き、刃と共に光る、鞘の家紋を見せつけた。

 

「私はロサス王マグニフィコの子であるぞ!父を侮辱する者は、ヤギであっても許さん!」

 

そう言い、ヤギに向って斬りかかったが、

ヤギはするりと(かわ)し、他の動物と共に森の方へ逃げ出した。

 

『落ち着いてくださいよ騎士様…!』

 

「待て!何処へ行く!」

 

王子は木々の中を走った。

目の先では、動物の後ろ姿だけが見えている。

 

羊、ヤギ、豚、犬、いずれも、何処かから逃げ出して来たのだろう。

 

…先の方に光が見えた。

 

 

 

 

 森林を抜けた先には、果てしなく続く平原があった。

 

だが、ヤギの集団が、遥か遠くまで埋め尽くし、緑色は僅かだった。

「なっ…。」

之では誰が誰だか分らない。

先程の無礼者を打ち首にしようと思ったが…。

 

 

また王子は、ある事を閃いた。

 

「殺すつもりは無い、ただ謝ってくれれば良い!」

 

試しに、そう叫んでみたのだ。

 

 

 すると、直ぐ近くのヤギが、二足歩行で立ち上がった為、

 

王子は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤギを斬った。

 

 

 

 

 

群れは蠢き、一斉に逃げ始める。

 

それに王子は"しまった"と感じた。

 

 

…力なく舌を出し、横たわる、ひとりのヤギ。このヤギが本物であったかは、誰も知らない。

 

*1
(しかし毒殺とも訳す事が出来る為、真偽は不確か)




犠牲になったのか?それとも導く者を失ったのか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。