ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線――   作:(休止中)サン少佐

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第7節『魔法の鏡』

 王城の地下。

窓は無く、完全に締め切られ、隙間風すら入って来ない。

 

暗い回廊の果て、仄かに穏やかな光がある。

 

 「鏡よ鏡…この世で最も美しいのは…

 

   …誰かしら?」

 

蝋燭の小さな光の傍で、ロサス女王は、手元の鏡に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

『…君だ。君に決まっているだろう。』

 

 

鏡の中に、"かつての王"の姿がある。

 

 

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない…。」

 

『グラナダで君を見てから、君の事をずっと考えていた。』

 

「良く言うわ、…あの時は私を、串刺しにしようとしてた癖に。ねぇ?」

 

鏡から響く声は、半ば何かを諦めている様に聞こえる。

 

 

 

 

 すると王城に…一筋の冷風が流れた。

何者かが、地下牢への入り口を開けたらしい。

 

「…?誰かしら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――少し時を遡る。

 

 

 

 昔々、ある所に、ひとりの王子が居た。

王子は星に導かれ、故郷ロサスの王城に辿り着いた。

 

 

 夜の王城。

果てしなく続く回廊を、壁に掛かった松明、その明かりが、仄かに照らしている。

他に照らす物と言えば、あの煌めく星だ。

黄金の粒子を撒き散らしながら、宙を飛びながら回廊を進んでいる。

 

 王子は煌めく星に導かれ、赤の絨毯を進んだ。

 

 

 

 

 …暫くして、王子の前に扉が現れた。

樫に金属板を貼っただけの、簡素ながら強固な扉だ。

「此処に母上が居られるのか?」

星は、体を縦に振る。(恐らく首を縦に振っているつもりだろう。)

 

…王子は扉に手をかけた。

 

 

 ギシギシと言う木材の歪と共に、大きな扉は開かれた。

…やはり中は暗い。

壁に掛けられた松明の、仄かな灯りだけが、"()()()()()()()"の形を写し出している。

 

 此処は王城の北東に聳える塔、その内部。

巨大な中央の塔と比べれば幾分と小さいが、

螺旋階段は上にも下にも、果てしなく続いている様に見えた。

「どっちに行けば良い。上か、下か。」

王子は星に問う。

星は、答える様に、塔の吹き抜けを下降して行った。

 

 …王子は何か言う訳でもなく、壁沿いの階段を降りて行く。

 

大理石の階段を、…一段…一段…降りる度に、…コツ…コツ…と、石の音が響いている。

 

小国の王城にしては彩られた城内。

偉大なる父…ロサス国王の魔法と、力が現れている様だ。

 

 

…コツ…コツ…

 

……突然、王子は、立ち止まった。

 

 

 

 

 

…コツ…コツ…

 

…別の足音が響いている。

 

王子は手すりから身を乗り出し、塔中央の吹き抜けから下方を見た。

 

 

「…!」

 

一瞬だが、音が止まった。

 

…ロサスの女城主と目が合ったのである。

 

 

 久々に見た姿だった。

マントを羽織り、王妃冠を被った姿…。

 

「…母上?」

 

 

 

 

 

 

 

 …夜風か海風か、塔に風が吹いている。

 

 「…今まで何処に居たのですか?

貴方の事、ずっと探していたのですよ?」

 女王は、王子に聞く。

「私は父上や兄上の様に、(まつりごと)が得意ではありません。

それに…私は王位を、兄上が継がれるのとばかり思っておりました。」

 「…と言う事は、エンリケ*1の事はもう…。」

「定期船の船長、ガスパールから聞きました。…病で亡くなられたと。」

 

 …暫時静寂が親子を包む。

王子は兄の事を。

女王は子の事を思い出しているのだ。

 

「…私、何を考えていたのでしょう…エンリケの事もあって、貴方も帰ってこないとばかり…。」

「…もう少し早く帰るべきでした。」

5年ぶりの親子の会話。

…長くは続かず、不自然な間があった。

「…母上。」

 …王子は遂に、核心に迫る質問をする。

 

「父上は何処におられますか。」

 

 

 

 

 「…願い(ウィッシュ)の選別については知っていますか。」

「父上から知らされました。」

「国民が知ったのです。」

「…!何故(なにゆえ)です?」

王子は、驚きながらも理由(わけ)を聞いた。

「エンリケが病に伏せ、貴方が旅に出た時。あの人は、後継者を国民から募る事としました。」

「国民から?我が国には碌な貴族もおりません。」

「…ええ。あの人もそれを考慮していました。私は、選別の事を知っても、その意図が理解出来る様に、国民を教育するのはどうかと言いました。

"無学の国民が選別の事を知れば、その意図よりも行いの方を重視する"と考えての事です。」

 

 かつて、子供に教育を受けさせるべきと唱えた、スペインの人文学者がいた。

名を、フアン・ルイス・ビベスと言う。

…しかし彼は、異端審問によりスペインの地を逃れ、此処ロサスへ亡命した。

 

 だが彼はロサスで…理解されなかった。

 

…ロサス国民は、教育に理解が無かったのだ。

 

「…ですがあの人は、"無知な国民は、()()()()()()()()()()()()()と…

 

それは理想論だ"と。」

 

 「父上は仰っていました。"理想論で国は治まらない"

「―――そうなのかもしれませんね。」

女王は続ける。

 「…あの人は後継者を、ある程度…外界と接触した事のある者達から、選ぶ事としました。

彼直々に魔法を教え、(まつりごと)も覚えさせ、候補者の中から特に秀でた者を王にすると。」

 

「ですが…後継者候補の1人が、王の知らぬ所でロサスの真実を知り、

それを国民に漏らしたのです。」

 

王子は、あの騎士の言を思い出す。

 

―――まさか殿下も…貴方まで…。

殿下!お目覚め下さい!貴方様は悪しき王に操られているのです!―――

 

何が悪しき王か。

意図を理解出来なかった後継者の方が悪いでは無いか。

 

「…父上は何も悪くないではありませんか。」

「いえ…あの人は国民の反発を抑える為に…

 

禁断の魔術に手を出したのです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むかしむかし、あるところに、王国につかえる騎士がいた。

 

騎士は、いきょうとをうち滅ぼし、りゃくだつをくりかえした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ある時、騎士の両親は、仲間の傭兵に殺された。

盗賊行為に手を染める傭兵。傭兵とはそういう者達で、それを咎める事は出来なかったが…。

騎士は、傭兵が両親に手をかけた事が、我慢ならなかった。

 

 

 騎士は多くを失った。

 

 しかし騎士は、騎士とは何たるかと言う、"()()"を掲げ、

騎士であると言う大義名分の下に、異教徒を虐殺し、異教徒に染まった地で略奪を繰り返す。

その姿は、両親を殺した傭兵の様だった。

 

 …またある時、騎士は異教徒の少女に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし何故か、騎士は…少女を殺す事が出来なかった。

 

 

 

 騎士は、王国を裏切り、逃げた。

 

イスラームの少女を連れ。迫害されしセファルディムを導く。

 

 

 …騎士は燦々と輝く星々を見て、懺悔し、願った。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、黄金に煌めく一番星が、その騎士の元に堕ちる。

 

は騎士に、理想郷と言う名の"理想"と、理想を現実とする"魔法"を授けた。

 

 

その騎士こそ、後にロサスに王国を築く事となる、

 

マグニフィコ王その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王は、授けられた魔法の中で、自らの精神を破壊する程の魔法を"禁断"と捉えた。

自我を奪われた自分が、国民に危害を与える事を危惧したのである。

 

それが、"禁断の魔術"の正体である。

 

「あの人は国民に手をかけた。…彼は魔法に見放されたのです。」

魔法が意志を持つ様な物言いだ。王子は聞く。

「魔法に"()()()()()"と言うのは…?」

「最初に貴方がした質問は何でしたか?」

 

―――…母上。父上は何処におられますか。―――

 

 

 

 …悪寒がする。

王子は、父までもが亡くなったのではと考えた。

まるで頭の内に、冷風が流れる様である。

 

 「…あの人は…国民に手をかけたのです。

魔法が彼を封じました。…彼が作った杖に。」

「…杖に封じられた?」

「禁断の魔術を使うにあたって、あの人は魔杖を作ったのです。

…その杖に、空から降って来た星が、あの人を封じました。」

 

 

"星があの人を封じた。"

 

 

 王子は、星が意志を持つ所を、つい先ほど見た事がある。

"まさか"と思ったが、それ以外に考えられない。

 

そうでなければ、"星が封じるとは何だろうか"と言う事になるからだ。

 

「…あの人は地下牢に居ます。」

 

星について聞く前に、女王は、王の所在について語った。

 

「…それは何故(なにゆえ)です?」

「あの人は国民に手をかけました。」

「…それは国民が父を裏切ったからでしょう。」

 

今、親子が居る塔、その真下に。

…父の作った魔杖…そこに、父は、居る。

 

女王は、諭す様に言う。

「…こうしないと示しがつかないのです。

それに…禁断の魔術を使うなんて信じられませんでした。

…ルイス*2、どうか理解して下さい。」

 

 「…母上…ロサス国民は父上を憎んでいるのですか?」

「…ええ。」

 

「…魔法は彼らにとって、父上の真似事なのでは。」

 

「…その様でした。なので出来る限り魔法は使わないつもりです。」

「母上、それでは王国は回りません。

魔法が無ければ、かの神聖同盟に侵略されるやもしれないのです。」

 

 

「…それも一つの運命かもしれませんね。」

 

 女王は王と同じく…半ば何かを諦めていた。

 

 

"…それも一つの運命。"

 

 

 

 

 「―――母上。先程仰っていた、星についてですが…。」

話の途中で生まれた、もう一つの疑問。

「もしや…明けの明星の様な色で、顔のついた―――」

 

「…!"スター"を見たのですか?

何処で見たのです?!」

「先程まで傍に居たのですが…。」

「なんて事…!スターが戻ってきてくれたのね…!」

女王は、舞い上がった様に言った。

 

「母上…あの星は一体…?」

 

 

 

 「…スター?貴方今まで何処へ行っていたの?」

 

 

…王子が振り返ると、そこには、あの煌めく星が浮いていた。

 

 

 

 

王子はふと、思った事がある。

 

 

"…そもそも何故、私はロサスに帰ろうと思ったのだろうか?"

 

と。

 

 

 

 

"思えば、ロサスに理想郷を作ると志したのは…この星と会った時では無いか?"

 

 

 

 

…まさか―――

 

 

 

 

 

 

 思えば、ガスパールもおかしかった。

 

まるで抜け殻のようで、あれは…。

 

 

 

 

 

 煌めく黄金の粒子、今となっては、毒を撒き散らす蛾の様に見える。

 

疑問は、唐突に確信へと変った。

 

王子は操られていたのだ、星に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星よ…我は王にはならない。

 

"相応しくないから"だ。」

王子は決心した。

「ロサス国民は父と、その血が流れる我を求めていない。

…国民は魔法を求めていないのだ。」

「…ルイス?」

女王は、予想外の発言に驚き、王子を見ている。

 

 

 

 

…星は、悲しげな顔をしている様に見えた。

 

 

 

王子は続ける。

 

「理想郷…()()()()()()()なのだ。

…大陸は戦乱の世を迎えている。イタリアで…ノルマンディで…ルーシで…。

魔法が無ければ理想郷は作れない。

しかしロサスは…ロサス国民は魔法を求めていない…!

 

彼等は決断したのだ!失楽園を!」

 

 

…星の顔が変った。

 

先程までの顔は、疑似餌だったのか。

 

…いや、どちらかと言えば、何らかの決心をした顔である。

 

 

 

 

「楽園など、この世に、存在しない。」

王子は言った。

 

 

 

 

 

 その瞬間、星は高く飛び上がり…

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金の閃光を放った。

 

塔が大きく揺れる。

 

 

「母上!こちらへ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭上を、黄色い閃光が通り過ぎる。

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 王子は、背後を気にする(ひま)も無く、螺旋階段を駆け下りた。

 

ロサスは死んだ。しかし父は死んでいない。封じられただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして…星も、まだ諦めていなかった。

 

この世に楽園を齎す為。

"創造主"願い(ウィッシュ)を継ぐ為に。

 

その意思を任せるのに値する人間は、もう一人残っている。

 

 

 

 

 既に東の空が薄明に包まれる中、ロサス国民は、

 

 

燃え盛る王城を前にして、遂に楽園の夢から目を覚ました。

 

*1
(第1王子の本名。"家長"を意味するスペイン語圏の男性名)

*2
(第2王子の本名。"高貴な戦い"を意味するスペイン語圏の男性名)

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