ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線―― 作:(休止中)サン少佐
王城の地下。
窓は無く、完全に締め切られ、隙間風すら入って来ない。
暗い回廊の果て、仄かに穏やかな光がある。
「鏡よ鏡…この世で最も美しいのは…
…誰かしら?」
蝋燭の小さな光の傍で、ロサス女王は、手元の鏡に話しかけた。
『…君だ。君に決まっているだろう。』
鏡の中に、"かつての王"の姿がある。
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない…。」
『グラナダで君を見てから、君の事をずっと考えていた。』
「良く言うわ、…あの時は私を、串刺しにしようとしてた癖に。ねぇ?」
鏡から響く声は、半ば何かを諦めている様に聞こえる。
すると王城に…一筋の冷風が流れた。
何者かが、地下牢への入り口を開けたらしい。
「…?誰かしら。」
―――少し時を遡る。
昔々、ある所に、ひとりの王子が居た。
王子は星に導かれ、故郷ロサスの王城に辿り着いた。
夜の王城。
果てしなく続く回廊を、壁に掛かった松明、その明かりが、仄かに照らしている。
他に照らす物と言えば、あの煌めく星だ。
黄金の粒子を撒き散らしながら、宙を飛びながら回廊を進んでいる。
王子は煌めく星に導かれ、赤の絨毯を進んだ。
…暫くして、王子の前に扉が現れた。
樫に金属板を貼っただけの、簡素ながら強固な扉だ。
「此処に母上が居られるのか?」
星は、体を縦に振る。(恐らく首を縦に振っているつもりだろう。)
…王子は扉に手をかけた。
ギシギシと言う木材の歪と共に、大きな扉は開かれた。
…やはり中は暗い。
壁に掛けられた松明の、仄かな灯りだけが、"
此処は王城の北東に聳える塔、その内部。
巨大な中央の塔と比べれば幾分と小さいが、
螺旋階段は上にも下にも、果てしなく続いている様に見えた。
「どっちに行けば良い。上か、下か。」
王子は星に問う。
星は、答える様に、塔の吹き抜けを下降して行った。
…王子は何か言う訳でもなく、壁沿いの階段を降りて行く。
大理石の階段を、…一段…一段…降りる度に、…コツ…コツ…と、石の音が響いている。
小国の王城にしては彩られた城内。
偉大なる父…ロサス国王の魔法と、力が現れている様だ。
…コツ…コツ…
……突然、王子は、立ち止まった。
…コツ…コツ…
…別の足音が響いている。
王子は手すりから身を乗り出し、塔中央の吹き抜けから下方を見た。
「…!」
一瞬だが、音が止まった。
…ロサスの女城主と目が合ったのである。
久々に見た姿だった。
マントを羽織り、王妃冠を被った姿…。
「…母上?」
…夜風か海風か、塔に風が吹いている。
「…今まで何処に居たのですか?
貴方の事、ずっと探していたのですよ?」
女王は、王子に聞く。
「私は父上や兄上の様に、
それに…私は王位を、兄上が継がれるのとばかり思っておりました。」
「…と言う事は、エンリケ*1の事はもう…。」
「定期船の船長、ガスパールから聞きました。…病で亡くなられたと。」
…暫時静寂が親子を包む。
王子は兄の事を。
女王は子の事を思い出しているのだ。
「…私、何を考えていたのでしょう…エンリケの事もあって、貴方も帰ってこないとばかり…。」
「…もう少し早く帰るべきでした。」
5年ぶりの親子の会話。
…長くは続かず、不自然な間があった。
「…母上。」
…王子は遂に、核心に迫る質問をする。
「父上は何処におられますか。」
「…
「父上から知らされました。」
「国民が知ったのです。」
「…!
王子は、驚きながらも
「エンリケが病に伏せ、貴方が旅に出た時。あの人は、後継者を国民から募る事としました。」
「国民から?我が国には碌な貴族もおりません。」
「…ええ。あの人もそれを考慮していました。私は、選別の事を知っても、その意図が理解出来る様に、国民を教育するのはどうかと言いました。
"無学の国民が選別の事を知れば、その意図よりも行いの方を重視する"と考えての事です。」
かつて、子供に教育を受けさせるべきと唱えた、スペインの人文学者がいた。
名を、フアン・ルイス・ビベスと言う。
…しかし彼は、異端審問によりスペインの地を逃れ、此処ロサスへ亡命した。
だが彼はロサスで…理解されなかった。
…ロサス国民は、教育に理解が無かったのだ。
「…ですがあの人は、"無知な国民は、
それは理想論だ"と。」
「父上は仰っていました。"理想論で国は治まらない"」
「―――そうなのかもしれませんね。」
女王は続ける。
「…あの人は後継者を、ある程度…外界と接触した事のある者達から、選ぶ事としました。
彼直々に魔法を教え、
「ですが…後継者候補の1人が、王の知らぬ所でロサスの真実を知り、
それを国民に漏らしたのです。」
王子は、あの騎士の言を思い出す。
何が悪しき王か。
意図を理解出来なかった後継者の方が悪いでは無いか。
「…父上は何も悪くないではありませんか。」
「いえ…あの人は国民の反発を抑える為に…
禁断の魔術に手を出したのです。」
むかしむかし、あるところに、王国につかえる騎士がいた。
騎士は、いきょうとをうち滅ぼし、りゃくだつをくりかえした。
…ある時、騎士の両親は、仲間の傭兵に殺された。
盗賊行為に手を染める傭兵。傭兵とはそういう者達で、それを咎める事は出来なかったが…。
騎士は、傭兵が両親に手をかけた事が、我慢ならなかった。
騎士は多くを失った。
しかし騎士は、騎士とは何たるかと言う、"
騎士であると言う大義名分の下に、異教徒を虐殺し、異教徒に染まった地で略奪を繰り返す。
その姿は、両親を殺した傭兵の様だった。
…またある時、騎士は異教徒の少女に出会う。
しかし何故か、騎士は…少女を殺す事が出来なかった。
騎士は、王国を裏切り、逃げた。
イスラームの少女を連れ。迫害されしセファルディムを導く。
…騎士は燦々と輝く星々を見て、懺悔し、願った。
その時、黄金に煌めく一番星が、その騎士の元に堕ちる。
星は騎士に、理想郷と言う名の"理想"と、理想を現実とする"魔法"を授けた。
その騎士こそ、後にロサスに王国を築く事となる、
マグニフィコ王その人であった。
王は、授けられた魔法の中で、自らの精神を破壊する程の魔法を"禁断"と捉えた。
自我を奪われた自分が、国民に危害を与える事を危惧したのである。
それが、"禁断の魔術"の正体である。
「あの人は国民に手をかけた。…彼は魔法に見放されたのです。」
魔法が意志を持つ様な物言いだ。王子は聞く。
「魔法に"
「最初に貴方がした質問は何でしたか?」
…悪寒がする。
王子は、父までもが亡くなったのではと考えた。
まるで頭の内に、冷風が流れる様である。
「…あの人は…国民に手をかけたのです。
魔法が彼を封じました。…彼が作った杖に。」
「…杖に封じられた?」
「禁断の魔術を使うにあたって、あの人は魔杖を作ったのです。
…その杖に、空から降って来た星が、あの人を封じました。」
"星があの人を封じた。"
王子は、星が意志を持つ所を、つい先ほど見た事がある。
"まさか"と思ったが、それ以外に考えられない。
そうでなければ、"星が封じるとは何だろうか"と言う事になるからだ。
「…あの人は地下牢に居ます。」
星について聞く前に、女王は、王の所在について語った。
「…それは
「あの人は国民に手をかけました。」
「…それは国民が父を裏切ったからでしょう。」
今、親子が居る塔、その真下に。
…父の作った魔杖…そこに、父は、居る。
女王は、諭す様に言う。
「…こうしないと示しがつかないのです。
それに…禁断の魔術を使うなんて信じられませんでした。
…ルイス*2、どうか理解して下さい。」
「…母上…ロサス国民は父上を憎んでいるのですか?」
「…ええ。」
「…魔法は彼らにとって、父上の真似事なのでは。」
「…その様でした。なので出来る限り魔法は使わないつもりです。」
「母上、それでは王国は回りません。
魔法が無ければ、かの神聖同盟に侵略されるやもしれないのです。」
「…それも一つの運命かもしれませんね。」
女王は王と同じく…半ば何かを諦めていた。
「―――母上。先程仰っていた、星についてですが…。」
話の途中で生まれた、もう一つの疑問。
「もしや…明けの明星の様な色で、顔のついた―――」
「…!"スター"を見たのですか?
何処で見たのです?!」
「先程まで傍に居たのですが…。」
「なんて事…!スターが戻ってきてくれたのね…!」
女王は、舞い上がった様に言った。
「母上…あの星は一体…?」
「…スター?貴方今まで何処へ行っていたの?」
…王子が振り返ると、そこには、あの煌めく星が浮いていた。
王子はふと、思った事がある。
と。
…まさか―――
思えば、ガスパールもおかしかった。
まるで抜け殻のようで、あれは…。
煌めく黄金の粒子、今となっては、毒を撒き散らす蛾の様に見える。
疑問は、唐突に確信へと変った。
王子は操られていたのだ、星に。
「星よ…我は王にはならない。
"相応しくないから"だ。」
王子は決心した。
「ロサス国民は父と、その血が流れる我を求めていない。
…国民は魔法を求めていないのだ。」
「…ルイス?」
女王は、予想外の発言に驚き、王子を見ている。
…星は、悲しげな顔をしている様に見えた。
王子は続ける。
「理想郷…
…大陸は戦乱の世を迎えている。イタリアで…ノルマンディで…ルーシで…。
魔法が無ければ理想郷は作れない。
しかしロサスは…ロサス国民は魔法を求めていない…!
彼等は決断したのだ!失楽園を!」
…星の顔が変った。
先程までの顔は、疑似餌だったのか。
…いや、どちらかと言えば、何らかの決心をした顔である。
「楽園など、この世に、存在しない。」
王子は言った。
その瞬間、星は高く飛び上がり…
黄金の閃光を放った。
塔が大きく揺れる。
「母上!こちらへ―――」
頭上を、黄色い閃光が通り過ぎる。
「……。」
王子は、背後を気にする
ロサスは死んだ。しかし父は死んでいない。封じられただけだ。
そして…星も、まだ諦めていなかった。
この世に楽園を齎す為。
"創造主"の
その意思を任せるのに値する人間は、もう一人残っている。
既に東の空が薄明に包まれる中、ロサス国民は、
燃え盛る王城を前にして、遂に楽園の夢から目を覚ました。