ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線――   作:(休止中)サン少佐

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第8節『薄明の空、あれは朝日か。』

 

 轟々と燃える王城。

木々は、燃え盛る大火を前に、耳が張り裂けんばかりの悲鳴を上げている。

 

…塔の天辺で、明けの明星が燦々と煌めく。

 

 …あの星は悪魔だった。

 

父を封じ、母を亡き者とし、遂には、かつての楽園を破壊せんとしている。

 

王子は、城門前の広場に居た。

何かする訳でも無く、(ただ)、眼前の光景を目に焼き付けている。

 

 …背後より、囂然たる民衆の声が、王子の耳元に響いている。

慌てふためき、泣き叫び、

またある者は、マグニフィコ王の残骸が消え去ったと、歓喜の声を上げている。

 

「愚民め…。」

 

…この時、王子の心には、"あ奴等(あやつら)の決めた事だ、愚民などもう知らぬ"と、

呆れと諦め、複数の感情が混ざり合い、絡み合った、複雑な感情が渦巻いていた。

 

王子は国民の方を振り向き、歩き出す…。

 

 

 とある、敬虔なセファルディムの男は、茫然と王城を眺めた。

彼の友人たちは、イスラームに改宗してアフリカへ逃れる事を画策しているが…イスラームに改宗すると言う発想は、彼の頭に一片たりとも無く、最早この世に彼の居場所は無かった。

暫くして、彼は、現世での生を諦めた。

 

 とある、キリシタンの学者は、"之は驕り高ぶった我らに対する、天からの罰だ"、と、自身の弟子達に叫んだ。彼は、今、この瞬間に大火に飲まれ、遂には崩れ去った、ロサス王城の巨塔を見て、旧約聖書の創世記第11章に描かれた、"バビロニアの巨塔(バベルの塔)"を例に挙げ、批判した。しかし彼は、(ただ)批判するのみで、特に何かする訳でも無かった。

 

 とある、キリシタンの牧師は、民衆に対し、その命果てるまで、永久(とわ)に説教を行った。

本国で過激思想を批判され、あわや火あぶりになりかけた彼は、泥濘を啜り、草木を掻き分け、農民を襲い、殺し、奪い、遂にはロサスへ辿り着いた。

 彼は絶望に堕ちるロサス国民を見て、決意した。「救済の手を差し伸べよう」と。

そう言って、彼は血塗れの(けが)れた手を差し伸べた。

 

 とある、イスラームの男は、既に荷造りを始めていた。

ロサスに見切りを付けたのである。

かつて、彼が無人島ロサスへ降り立った時の様に、船で何処か別の大地へ逃げようとしていた。

…しかし彼は、船を見つける事が出来なかった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 王子は見た。

 

もう身を隠す様な仕草はしていないが、確かに彼女…いや、魔女である。

 

 「―――…何よ…これ…」

船着き場にて、茫然と佇む、ひとりの女が居た。

 

名を、アーシャと言う。

 

「…私のロサスは…ロサスは何処…?」

「やはり来たか。」

アーシャと王子の目が合った。

「あなた―――」

「驚きだろう?私がマグニフィコ王の血を継ぐ、ロサスの第二王子だったとはな。」

軽蔑と怒気の入り混じった王子の声、アーシャの顔には、僅かな恐怖が見える。

 ―――王子にはやるべき事があった。…事の真相を確かめるのだ。

 

「何故君は…父上を裏切った…!」

 

塔の上で母が語った"後継者候補"の存在。その者が眼前の魔女なのではと、王子は考えた。

 

「…裏切った…?

 

裏切ったのはあの卑劣な王よ…。

 

国民から願い(ウィッシュ)を奪うに留まらず、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「王は国民・国土を国家として統べ、国家を導く為に有るものだ!

 

支配を悪と捉えるとは…君は外界を知らなすぎる!」

 

"外界を知らぬ"と言う王子の言葉は、魔女の心に酷く突き刺さった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 王子は続けた。

 

「貴様は海で外界と隔てられたロサスで、外を知らずに生きていただろう…

 

父上は違う!あの惨憺たる再征服戦争(レコンキスタ)を戦い抜き!

 

現実を知ったのだ!

 

だからこそ"理想論で国は治まらぬ"との考えに至った!」

 

…アーシャは、王子の言*1に聞き覚えは無かったが、それは魔女もつくづく実感していた。

 海を渡って以来、魔女は数々の仲間を失い、傷ついた。

だからこそ…だからこそ…

 

―――アーシャはロサス(楽園)に舞い戻ったのだ。―――

 

 

 

 

 

 「…ロサスは楽園でしょ…?」

 

「確かに、…そう"()()()"。」

 

王子は冷たい声で言い放つ。

「この世に楽園は…もう存在しない。」

 

 

 「返してよ…」

 

…アーシャの声は震えていた。

 

「何をだ。」

「…私は皆の為に…私…

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

楽園を返してよ!ねぇ!

 

わたしの楽園を返してよ!」

 

「貴様だけの楽園では無い!ロサスは人類の楽園だった!

 

"私の楽園"だと…?

 

その様な独りよがりな願い(ウィッシュ)が失楽園を生んだのだ!

 

貴様の様な蛇に惑わされたから…!!」

 

「独りよがりなんかじゃない!私には仲間が居た!

ダリア…ガーボ…サフィ…ハル…バジーマ…ダリオ…そしてサイモン…

楽園を取り戻すって言う"皆の願い(ウィッシュ)"が叶った…のに…」

…声のトーンは次第に下がって行き、遂には黙り込んだ。

 

 

 

 

 …すると、アーシャの背後から、見覚えのある人物が現れる。

 

 

 

 

 

「―――ガスパール?」

 

あの船乗りだった。

 

「殿下…私は操られていたのです…

 

あのマグニフィコと言う男に…!!!」

 

ガスパールの声には、怒気と殺気が入り混じっていた。

「何を言うかガスパール!

我が父は英雄だ!君も良く分っている事だろう!」

 

「違う!私は…

 

 

 

 

私は金で雇われただけだ!

 

あの男の思想など、これっぽっちも分らんわい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むかしむかし、あるところに、船着き場ではたらく青年がいた。

 

青年はいつも…新世界へむかう船を()ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今頃私は"カルタス"*2を得て、

国王陛下の名の下に世界を旅する…"船乗り"になる筈だった…!

 

それが私の願い(ウィッシュ)だったのに…。

 

 それをあの男の…あの男の片棒を担いで…

 

私の人生は終わったんだあああぁぁぁっ!!」

 

夢を失った者の、絶望を伴う魂の叫びである。

 

彼の根底から湧き上がる怒りは、腰に巻かれた火縄銃へ手を動かした。

 

「やめろ!」

 

王子の手から放たれた魔法は、彼の足を貫く。

 

 …あまりの痛みに、絶叫するガスパール。

 

その叫びには、後悔・怒り・痛み…複雑な感情が絡み合っている…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…恩知らずめ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 威厳のある父の声。冷たく冷酷…しかしその根底には善人の心がある。

 

王子は、5年ぶりにその声を聞いた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 …少し時を遡る…。

 

王子の姿は、塔の地下にあった。

 

"時間が無い"

 

 地下にまで響く程の揺れが、連続的に城全体を襲っている。

あの星がロサス王城を破壊せんと魔法を放ったのだ。

 

 王子は走った。

母上の言が確かならば、冷たく重い鉄の格子を開けた、その先に…父は居る。

 

 すると…回廊の果ての広間に、仄かな光が見えた。

見てみれば、広間中央に佇む"樫の古ぼけた机"に、金の蝋燭が光っている。

 

 

 

 

"…父だ。"

 

 

 

 ―――""何と言って良いか分らなかった。言葉が出ない。""

 

鏡に映る、5年ぶりに現れた親子の姿は…

 

 

 なにを喋っていいのか、何を…喋らねばならないのか、

 

哀愁漂うロサス王の姿に…王子は、父の威厳を一片たりとも感じられなかった。

 

 

 

 

 

「…父上?」

やっとの事で発した一言。

 

 

 

 王子は、父の映る鏡を抱えながら、再び回廊を走った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 「その鏡を捨てなさい!

あなたは何を持っているのか分ってない!」

 

 「私の父上だ!

たった一人の!私の父上だ!」

 

王子は左手で父を抱えながら、右手の短剣をアーシャへ向けた。

 

「待って!私を殺すの!?

私はユダヤ人よ!?あなたもユダヤ人でしょ?!」

 

 

 

『…ルイスがユダヤ人だと?』

 

父は、疑問の声を上げている。

 

『私も妻も、ユダヤの血など流れていないぞ?』

 

 

王子は気付いた。…気付けて良かった。

 

「…まさか…貴様まで…―――

 

 

王子が眼前の女に、自分をユダヤ人と言った事は…無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様も私を操っていたのか?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の身体に、一滴たりともユダヤの血は流れていない!

 

父上は、誇り高きカスティーリャ王国の騎士だった!

 

母上は、グラナダ王国に住む、豪商の令嬢だった!

 

確かに父上はユダヤ人の英雄だ!しかしユダヤ人では無かった!

貴様は我と父上、母上の血を侮辱した!

 

洗脳(など)と言う(けが)れた魔法でな!」

 

 

 その瞬間、王子の短剣から…緑色の閃光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…殺したのか?』

 

 

 

 

「…違いますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『…そうか。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガスパール。…すまなかった。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星は、何時の間にか消えていた。

 

*1
("理想論で国は治まらぬ"。)

*2
(ポルトガル王国政府の発行する、船乗りの免許状。)

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