ロサスの失楽園 ――マグニフィコに息子が居た世界線―― 作:(休止中)サン少佐
轟々と燃える王城。
木々は、燃え盛る大火を前に、耳が張り裂けんばかりの悲鳴を上げている。
…塔の天辺で、明けの明星が燦々と煌めく。
…あの星は悪魔だった。
父を封じ、母を亡き者とし、遂には、かつての楽園を破壊せんとしている。
王子は、城門前の広場に居た。
何かする訳でも無く、
…背後より、囂然たる民衆の声が、王子の耳元に響いている。
慌てふためき、泣き叫び、
またある者は、マグニフィコ王の残骸が消え去ったと、歓喜の声を上げている。
「愚民め…。」
…この時、王子の心には、"
呆れと諦め、複数の感情が混ざり合い、絡み合った、複雑な感情が渦巻いていた。
王子は国民の方を振り向き、歩き出す…。
とある、敬虔なセファルディムの男は、茫然と王城を眺めた。
彼の友人たちは、イスラームに改宗してアフリカへ逃れる事を画策しているが…イスラームに改宗すると言う発想は、彼の頭に一片たりとも無く、最早この世に彼の居場所は無かった。
暫くして、彼は、現世での生を諦めた。
とある、キリシタンの学者は、"之は驕り高ぶった我らに対する、天からの罰だ"、と、自身の弟子達に叫んだ。彼は、今、この瞬間に大火に飲まれ、遂には崩れ去った、ロサス王城の巨塔を見て、旧約聖書の創世記第11章に描かれた、"
とある、キリシタンの牧師は、民衆に対し、その命果てるまで、
本国で過激思想を批判され、あわや火あぶりになりかけた彼は、泥濘を啜り、草木を掻き分け、農民を襲い、殺し、奪い、遂にはロサスへ辿り着いた。
彼は絶望に堕ちるロサス国民を見て、決意した。「救済の手を差し伸べよう」と。
そう言って、彼は血塗れの
とある、イスラームの男は、既に荷造りを始めていた。
ロサスに見切りを付けたのである。
かつて、彼が無人島ロサスへ降り立った時の様に、船で何処か別の大地へ逃げようとしていた。
…しかし彼は、船を見つける事が出来なかった。
王子は見た。
もう身を隠す様な仕草はしていないが、確かに彼女…いや、魔女である。
「―――…何よ…これ…」
船着き場にて、茫然と佇む、ひとりの女が居た。
名を、アーシャと言う。
「…私のロサスは…ロサスは何処…?」
「やはり来たか。」
アーシャと王子の目が合った。
「あなた―――」
「驚きだろう?私がマグニフィコ王の血を継ぐ、ロサスの第二王子だったとはな。」
軽蔑と怒気の入り混じった王子の声、アーシャの顔には、僅かな恐怖が見える。
―――王子にはやるべき事があった。…事の真相を確かめるのだ。
「何故君は…父上を裏切った…!」
塔の上で母が語った"後継者候補"の存在。その者が眼前の魔女なのではと、王子は考えた。
「…裏切った…?
裏切ったのはあの卑劣な王よ…。
国民から
「王は国民・国土を国家として統べ、国家を導く為に有るものだ!
支配を悪と捉えるとは…君は外界を知らなすぎる!」
"外界を知らぬ"と言う王子の言葉は、魔女の心に酷く突き刺さった。
王子は続けた。
「貴様は海で外界と隔てられたロサスで、外を知らずに生きていただろう…
父上は違う!あの惨憺たる
現実を知ったのだ!
だからこそ"理想論で国は治まらぬ"との考えに至った!」
…アーシャは、王子の言*1に聞き覚えは無かったが、それは魔女もつくづく実感していた。
海を渡って以来、魔女は数々の仲間を失い、傷ついた。
だからこそ…だからこそ…
「…ロサスは楽園でしょ…?」
「確かに、…そう"
王子は冷たい声で言い放つ。
「この世に楽園は…もう存在しない。」
「返してよ…」
…アーシャの声は震えていた。
「何をだ。」
「…私は皆の為に…私…
…
楽園を返してよ!ねぇ!
わたしの楽園を返してよ!」
「貴様だけの楽園では無い!ロサスは人類の楽園だった!
"私の楽園"だと…?
その様な独りよがりな
貴様の様な蛇に惑わされたから…!!」
「独りよがりなんかじゃない!私には仲間が居た!
ダリア…ガーボ…サフィ…ハル…バジーマ…ダリオ…そしてサイモン…
楽園を取り戻すって言う"皆の
…声のトーンは次第に下がって行き、遂には黙り込んだ。
…すると、アーシャの背後から、見覚えのある人物が現れる。
「―――ガスパール?」
あの船乗りだった。
「殿下…私は操られていたのです…
あのマグニフィコと言う男に…!!!」
ガスパールの声には、怒気と殺気が入り混じっていた。
「何を言うかガスパール!
我が父は英雄だ!君も良く分っている事だろう!」
「違う!私は…
私は金で雇われただけだ!
あの男の思想など、これっぽっちも分らんわい!」
むかしむかし、あるところに、船着き場ではたらく青年がいた。
青年はいつも…新世界へむかう船を
「…今頃私は"カルタス"*2を得て、
国王陛下の名の下に世界を旅する…"船乗り"になる筈だった…!
それが私の
それをあの男の…あの男の片棒を担いで…
私の人生は終わったんだあああぁぁぁっ!!」
夢を失った者の、絶望を伴う魂の叫びである。
彼の根底から湧き上がる怒りは、腰に巻かれた火縄銃へ手を動かした。
「やめろ!」
王子の手から放たれた魔法は、彼の足を貫く。
…あまりの痛みに、絶叫するガスパール。
その叫びには、後悔・怒り・痛み…複雑な感情が絡み合っている…。
『…恩知らずめ…。』
威厳のある父の声。冷たく冷酷…しかしその根底には善人の心がある。
王子は、5年ぶりにその声を聞いた。
…少し時を遡る…。
王子の姿は、塔の地下にあった。
"時間が無い"
地下にまで響く程の揺れが、連続的に城全体を襲っている。
あの星がロサス王城を破壊せんと魔法を放ったのだ。
王子は走った。
母上の言が確かならば、冷たく重い鉄の格子を開けた、その先に…父は居る。
すると…回廊の果ての広間に、仄かな光が見えた。
見てみれば、広間中央に佇む"樫の古ぼけた机"に、金の蝋燭が光っている。
―――""何と言って良いか分らなかった。言葉が出ない。""
鏡に映る、5年ぶりに現れた親子の姿は…
なにを喋っていいのか、何を…喋らねばならないのか、
哀愁漂うロサス王の姿に…王子は、父の威厳を一片たりとも感じられなかった。
「…父上?」
やっとの事で発した一言。
王子は、父の映る鏡を抱えながら、再び回廊を走った。
「その鏡を捨てなさい!
あなたは何を持っているのか分ってない!」
「私の父上だ!
たった一人の!私の父上だ!」
王子は左手で父を抱えながら、右手の短剣をアーシャへ向けた。
「待って!私を殺すの!?
私はユダヤ人よ!?あなたもユダヤ人でしょ?!」
『…ルイスがユダヤ人だと?』
父は、疑問の声を上げている。
『私も妻も、ユダヤの血など流れていないぞ?』
王子は気付いた。…気付けて良かった。
「…まさか…貴様まで…―――
王子が眼前の女に、自分をユダヤ人と言った事は…無い。
「私の身体に、一滴たりともユダヤの血は流れていない!
父上は、誇り高きカスティーリャ王国の騎士だった!
母上は、グラナダ王国に住む、豪商の令嬢だった!
確かに父上はユダヤ人の英雄だ!しかしユダヤ人では無かった!
貴様は我と父上、母上の血を侮辱した!
洗脳
その瞬間、王子の短剣から…緑色の閃光が放たれた。
『…殺したのか?』
「…違いますよ。」
『…そうか。』
『ガスパール。…すまなかった。』
星は、何時の間にか消えていた。