「もうこんな時間か。早速野球の練習といきたい所だけど、今日はこれで解散としよう。いいかい?皆」
「しかたないのう」
「オッケーネ」
「明日こそ三鷹くんをギャフンと言わせるんでやんすね?」
「まあそんなとこかな」
「三鷹? キャプテン、キミは彼も勧誘してたのかい?」
「もちろんです。キャプテンですから」
「了解だ。明日が楽しみになってきたよ」
校門の前で皆と別れ、俺は超特急で帰宅した。
ただいまと言っても返事のないシーンとした自宅の二階に上がると、俺は授業の予習に手を付ける。それを終わらせると、すぐさま野球道具を持って外へ出て、あっとその前にUターンして牛乳と水をコップにあけた。
冷蔵庫の中は男の二人暮らしよろしく、最低限の食材しか入っていなかった。それ以外の物は必要ないし、誰もいない。
「今は食事も一緒にとらない父と息子なわけだけど、かわいそうな『1』のお父さん。
のりかとの結婚式、あの光景を俺達(プレイヤー)と同じ気持ちで見てたって思うと涙が出てくる」
冷えている牛乳をゆっくりと飲んで、それからぬるめの水道水を飲む。内臓は冷やしすぎてもよくない。
「待ってろよ。野球を続けてればきっとまた家族団欒が戻ってくるさ」
空になったコップを置く。するとその時ガチャリと、玄関が開く音がした。
「・・・ただいま」
「! 父さん、おかえり」
「ああ」
「野球の自主練に行ってくるよ」
「学業はどうした」
「さっき予習を終わらせたところだよ。大事だからね」
「そうか。野球ばかりにかまけてないで、学業もちゃんとやるんだぞ」
「もちろん。全部自分の為だからね」
「・・・そうだな」
「じゃあ行ってきまーす!」
「ああ」
駆け出す。すれ違いざまに、顔を見る。そして確信する。眼鏡越しに息子を心配する父親の顔だぜあれ。
本人は妻と息子(主人公の弟)を一度に失った仕事人間(サイボーグ)みたいな顔してるけど、俺(プレイヤー)でなきゃ見逃しちゃうね。
「さあ、練習、練習!!」
走る。目的地へと向かってやる気を込めて。多分びっくりマークが二度出たな。今日はいい日だ。何故なら何故なら、
「999、1000! ふう。とりあえず、素振りは終わり。次はダッシュでもしようかな」
彼がいた。
「パワポケダッシュはトラウマ製造機だよ。止したほうがいいよ」
「え?・・・・誰ですか、君は?」
「あ、ごめん。わん子とさくらとモモコと瑠璃花のこと考えてた」
「だ、誰ですか?本当に」
「練習の邪魔してごめんよ? 猪狩進くん」
「!・・・珍しい。僕の方をご存じなんですね」
「当然だよ。君を知らないなんてモグリもいいところだ。逢えて光栄だよ」
「え・・・。なんだか照れくさいですね・・・」
照れ隠しにはにかむ笑顔と野球帽。目的地である神社に来た俺の目の前に、あのスライダーじゃなかった進くんがいる。パワポケ1最強の強敵(とも)だ。
「これも一つの縁だし、良かったら時々ここで一緒に練習しないかい? 俺は極亜久高校の野球部キャプテン、パワポケだ」
「ええ、いいですよ。パワポケさん」
「よしてくれ。お互い同い年だろう?タメ口でいいよ」
のちの野球マスクとの初対面。俺は興奮してめちゃくちゃ野球の練習をした。だから次に会う時はスライダーとトルネードをよろしく、進くん。
◇
11月1週。
「早速テニス部の三鷹くんを勧誘しに出かける。後に続け!亀田くん!」
「応でやんす! あ、それと朗報が一つでやんす。野球部の部員が一人増えたでやんす」
「うん?なんだって?」
「・・・オッス。俺平山ってんだ、よろしく」
「隣りのクラスの平山くんでやん――、」
「ヒラヤマあ!!!」
「え、・・・なんだよコイツ馴れ馴れしくないか亀田?」
「気にしたら負けでやんす」
「ごほん、失礼した平山くん。改めて野球部にようこそ。歓迎するよ」
彼は由紀ちゃんと縁のなかった平山くん。父親が酒クズ、でも一旗揚げた平山くん。それでも困った顔の平山くん。
めんどいので略してヒラヤマと呼んでいたのを忘れていた。嬉しくて。
「これから三鷹んところに行くんだろ?俺も付いていくぜ。あの優男が面食らうツラを見てみたいからな」
「それでこそヒラヤマくんだ!」
「なんだよう、コイツなんだか怖えよぅ」
「気にすんなでやんす。身がもたないでやんす」
気にせずテニス部に到着した俺は思いっきり部室の扉を開けた。
「戻ってきたぞ三鷹くん!」
「はぁ~・・・、懲りないね。君」
「三鷹くんが首を縦に振るまで!来ることを止めない!!」
「めんどくさいなあ。毎日来てくれても邪魔だし、それじゃあゲームしよっか」
三鷹くんは満面の笑みでそう言った。
「ゲーム? 種目は?」
「簡単だよ。ここにサイコロとボールが一つずつある。これらをこうしてカップで覆って、シャッフル。何処だかわかるかな?」
「こっちとこっちだ」
「いいね。そんな感じで、最後に僕の質問に答えることが出来たら君の勝ちだ。準備はいいかい?」
「ああ」
「おっと忘れてた。ただし、僕が勝ったら、今日から君は『負け犬とクソムシ』だよ?」
「おう!!!」
名実ともにな。トラウマが甦るわ明日香と共に。
「じゃあ、ゲームスタートだ!」
軽快なBGMが俺の脳内でのみ響きわたる。シャッフルされるカップ、ビュンビュン移動するサイコロとボール。
コツは注視しすぎないこと。見ることなく全体を見るようにして画面、じゃなかった眼前を見る。スマホがあったらなぁ。
するとカップのスピードが上がる。めくるめく運命のサイコロとボール。―――それらが止まる。42回。めくるようにして三鷹君が、何も入っていないカップの天頂を手に取った。
「今日は何月の何週?」
「11月1週」
当たりだろ? カップから目を移して、俺は三鷹君を見た。
「・・・。当たり。よくやるぜ全く」
「約束通り野球部に入ってもらうぞ。三鷹くん!」
「しかたないな。――――いいよ、またエースに返り咲くっていうのも悪くない。なあ?キャプテン?」
「負けないよ」
握手を交わす。そしてそれからというもの、俺は部員という名の友を確保していった。
「あ~あ、誰か野球部に入ってくれないかなあ。・・・・・一人前の男――。そんな称号が手に入るのになあ、野球をやったら」
「!?」
「部員足りないんだよな~・・・、誰かいないかなあ、男前な、男になりたい、誰かが、なあ~」
「ぃいい一人前の男!?!?」
「・・・え?」
「なれるかい? あ、いや、なれると思うかい?こんな僕に」
「何言ってるんだ?野球ってのはそういうもんさ」
「つまり『一人前の男』!!そんなカッコいいフレーズが、僕の物に!?」
「ああ」
「すごいや!! ぜ、是非とも野球部に入れてくれよう!!!」
「その言葉が聞きたかった。俺の名はパワポケ。君は?」
「佐藤!佐藤勇太だ!」
英雄の到着だ。歓迎するぜ佐藤くん!!!
「知ってる? 野球やるとさあ、金儲かるってよ」
「マジで?」
「ああ」
「じゃあやる。野球部、入れてくれ」
極亜久高校野球部のムードメーカー。歓迎するぜ田中くん!!!
「――え?文通?」
「ああ。笑っていいよ」
「笑うかよ。かっこいいじゃないか。ちなみに相手の住所は?」
「ん」
「甲子園の近くじゃないか。なんだ、野球部に入ってくれればタダで行けるのに」
「マジ?」
「ああ。相手に一度くらい逢ってみたいって思うのが男だ。だろ?佐藤くん」
「男。だよ勿論」
「佐藤くん、君も野球部なのか。・・・・甲子園。俺も行けると思うのかい?パワポケくん」
「行ける行けないじゃなくて、行きたいかどうかだろ?鈴木くん」
「ああ。そう――だね」
ムードメーカーその2。歓迎するぜ鈴木くん!!!
「む~~ん」
「む~~ん」
「む~~ん」
「よし。部員はこれ以上要らないな」
「何言ってるでやんす。三人も追加でやんすよ三人も」
呼んでないのにそこに居る。荒井金男、荒井銀次、荒井晴夫。荒井3兄弟のエントリーだ!!!
「む~~ん。なんだか誰か忘れてるんだなぁ~」
「む~~ん。陸上部が怪しいんだなぁ~~」
「む~~ん。そんな事よりカツサンドを買いに行ったらパンの耳しかなかったんだなぁ~」
「じゃあやるよコレ」
「む~~~~ん?」
「なんなんだな~~?」
「三色パンだよ。じゃ」
「む~~~~ん。変わったパンなんだなぁ~~~」
「む~~~~ん。仲良く三人で分け合えるんだな~~~」
「む~~~~ん。適材適所なんだな~~~~」
「おいしいんだな~~~~♪」
パワポケにおいてこの三人は切っても切れない。姉は別として。
「いや~、ストップウォッチ3回勝負は難関でやんしたね」
「あんたの勝ちッスね。男、武田剛!喜んで野球部に入部するッス!」
「よろしく!武田くん!」
バッターとしても優秀な武田くん!これで決まりだ!
「よし!とにかくこれで9人、いやそれ以上の部員が集まったな!」
「めでたいでやんす!」
「あと必要なのは顧問の先生の確保と、公式試合での勝利という結果か。なるほど燃えてくるね、この逆境」
「ミズハラって意外とオトコですネー」
「一人前の男!?やはりそういう事か!」
「早速皆で野球の練習をはじめよっか。顧問のことは俺が何とかツテをあたってみるよ」
「頼もしいな、キャプテン」
「水原くん、ちょっと皆を連れて部室に行っててくれ」
「了解。先に練習して待ってるよ」
空気も読める男(水原くん)はそう言って、皆を連れていった。そして俺はというと、
「――失礼します」
「あら・・・?あんた何の用?ここは厳正な校長室よぉ?野蛮で下品な野球部が来れる場所じゃなくてよ」
変なクソオヤジに会いにきていた。
「途中報告に参ったのです」
「報告?・・・あぁ、もう無理ですごめんなさいってとこかしらぁ?じゃあこれで野球部は廃部、」
「我が極亜久高校野球部はキャプテンである私を含め、部員が9人以上集まりました。よって、教頭先生がお認め下さった残りの条件である顧問の先生の確保と公式戦での勝利という結果を次は示せると存じます。我々野球部は、先生のご厚意に深く感謝しておりますこと、努々お忘れなきようお願い致します」
「・・・なんですってぇ?」
「きょ、教頭先生。野球部は頑張っておるようだねえ。知らなかったよ」
校長先生が小さく、しらじらしく、だが確固として言う。決めるときは決めてくれよな校長先生。
「ところでアタクシ、今ふと思ったのよねえ?――顧問が居ない状態で、どうやって、あなた公式戦に出るつもりかしらあ?」
「・・・っ!」
「たしかに約束はしたわねえ。で、も?前提条件として顧問がいなくちゃ試合には出れない。そして現実、いないわよねえ?
どうやって公式戦に出て勝つっていうのかしら?ぉほーっほっほっほっほ」
「・・・・」
しまった調子に乗り過ぎたか。俺はうつむき、拳をギュッと握る。食い込む爪が掌に突き刺さって、でも意外と痛くないのは何故だろう。
「―――待ってくださいっ!」
「!? な、あなたは、」
それは毎日野球の練習をしているからか。それともこの事態を予測していて、余裕が実は生まれていたからなのか。
「野球部の顧問は、私がやります!」
「ようこ先生!気はたしか?」
「ええ。野球をやりたいという野球部の子たちの熱意を無にすることは出来ません!!」
その啖呵は何度も何度も目にしてきたものだった。
すげえ先生だなぁなんて、こんな先生いたら最高だよなぁなんて、後の名監督はちげえなぁなんて思っては感動してきた。
だがそれ以上の感動が今の俺に訪れていた。
「先生・・・」
涙が零れる。拭えず立ちすくむ。背中だけを見せて、俺を守るように先生は立ち続ける。これがあのようこ先生なのだ。みゆき先生と同じく、これこそが先生なのだ。
「パワポケくん。野球の事は、よく分からないけど、よろしくね。それじゃ、部室に行きましょうか」
振り向き、ようこ先生が俺に言う。
右手をしっかりとずっと左手で包んで、震えているのだろう怖いのだろうそれを生徒である俺に隠して。笑顔で。
「――はい!!」
合言葉は。あ、違った。――この人を不幸になんかさせない。改めて誓う俺なのであった。
飛翔編へ続く。