黒見セリカは購入したばかりの幸運を呼ぶゲルマニウムネックレス(\49,800)を満足げに揺らしながら荒れた市街を進んでいた。
手にしたばかりのアルバイトの給料は消えてしまったけれど、明日にはまた掛け持ちしている別のバイト代が入る予定なのだ。
それで宝くじでも買えばあっという間に億万長者になれるはず!
……とはいえ、一億円ではまだ足りず、一等前後賞を合わせてもアビドスが抱える借金は半分も返せない。
彼女もまたアビドス高等学校に通う、廃校対策委員会の一年生。
借金と砂塵に塗れた青春ではあるものの、それを選んだことに後悔などしていない。
諦めるにはまだ早い。
だって地元が好きなのだ。
ここには砂漠と廃墟だけではなく、15年分の思い出だって積もっているのだから。
優しい先輩も、頼りになる同級生だっている。
バイト先の店長だって、相談に乗ってくれる。
借金の問題も、宝くじが解決してくれるのだ。
そうして意気揚々と帰路に就いているその耳に、聞きなれない音が響いてきた。
(……シャッター音?)
この辺りは、人気のない場所だったはずだ。
対策委員会として日々駆け回っている彼女にとって、アビドス周辺は庭のようなもの。
襲撃を仕掛けてくる不良たちの拠点も大まかに頭に入れているし、未だに地元に残ってくれている人たちがどこに住んでいるのかも把握している。
音を辿るように視線を向けた先にあるのも、やはり砂に埋もれた廃墟だ。
だが、ピロリンピロリンと特徴的なカメラアプリのシャッター音が断続的に聞こえてくる。
頭に疑問符を浮かべながら、音を頼りに砂の上に足跡を残す。
誰なのかはわからないが、誰かが居る。
何もないのに何を撮っているのかと考えたところで、ふと頭に浮かんだことがある。
廃墟観光。
そんな趣味も存在していると、ネットで見たような記憶が浮かんできた。
アビドスには廃墟ばかりだけれど、逆に言えば廃墟ならあちこちに溢れている。
これはもしかしたら観光客を呼び込むのにいいアイディアなのではないかと。
そんな考えは過去のアビドス生が考え付いていないはずがないことも露知らず。
今度委員会で提案してみようと若干軽くなった足跡が砂を食む。
「あっといっちまい! あっといっちまい!」
そんな囃し立てるような声が聞こえてくるまでは。
あといちまい? あと、一枚? 何が?
人気のない廃墟。
響き続けるシャッター音。
興奮したように囃し立てる、少女たちの声。
そして、その中に混じっていた、もうやめてという、か細い悲鳴。
最悪を想像するのに時間は要らなかった。
ギシリと、握りこんだ銃のストックが悲鳴を上げる。
相手が何人いるとか、対策委員会の仲間たちに連絡を入れるべきだとか、そんな理性的な判断は頭から吹き飛んでいた。
激情が身体を動かす。
絶対に許せないと、何が何でも助けてあげると。
響き渡る足音のせいで、声が静まり返っているのも、もう関係がない。
「助けに来たわよ! あんた達、絶対に許さないん、だか……ら……?」
薄暗いホールに駆け込んで声を張り上げたまでは良かった。
だが、勢いのままに最後まで言葉が跳び出ることはなく、尻すぼみに消えてしまう結果となった。
そこで行われていたことは彼女の想像を超えていたのだ。
「いえーい! お客さんだー!」
明るくポーズを取りながら、白髪の変質者はこちらを見るなり最後の一枚を脱ぎ捨てる。
「その笑顔いただきましたわ! ……あら、ごきげんよう。今日はいい露出日和ですわね」
それを撮影しつつ普通に挨拶を投げかけてくる白い羽の生えた痴女。
「うわっ、人来てるじゃん。迷彩オフにするのってどこ押せばいいんだっけ……?」
飛び込んできた闖入者に意識を向け、胸元を隠しながら端末を弄っている黒い羽の生えた全裸の少女。
「モウムリィ……ヤメテェ……」
いやいやと両手で顔を覆い、指の間からチラ見しながら、もうやめて脱がないでと懇願している下着姿の半裸。
「………………………………………………………………えっ?」
え、なにこれ、なんかよくわかんない。
セリカの脳内には宇宙が浮かんでいた。
「えっ、え? あれ、ちょっとまって? 何? えっ? これ何? あなたたち、何をしてるの?」
完全にキャパを超えた異常事態に彼女の頭はまともに出力を発しない。
謎の部族の謎の儀式にでも紛れ込んでしまったんだろうか。
いやでもここはアビドスだし、アビドスに謎の部族なんていないし……あれ?
「ご迷惑をおかけするのは本意ではありませんし、本日は撤収いたしましょうか」
混乱したセリカに、翼の痴女から予想外にまともな返答が戻ってくる。
あ、良かった会話は通じるんだ。
未知との遭遇でようやく彼女に許されたまともな思考はそんなものだった。
脱ぎ散らかした衣服をそそくさと纏めて裸族たちが去っていくのを、彼女は見送ることしか出来なかったのだ。
結局、宝くじは買わなかった。
あんなのとの遭遇はレア度で言えばそりゃレアだろうけど。
幸運だなんて思いたくなかったからである。