「失礼、黒見セリカ様はいらっしゃいますか?」
ある日、そんな言葉と共にアビドス対策委員会の部室のドアが開かれた。
ひとりで書類の整理を行っていた奥空アヤネが視線を向けると、そこには翼の生えた生徒の姿。
すらりと伸びた長い手足、手入れの行き届いた純白の翼、目元を隠すように長く伸びた金の御髪。
ただ荷物を携えて立っているだけだというのに、隠し切れない気品を感じる佇まい。
「へ? え、あの……セリカちゃんが、何か……?」
名を挙げられた同級生が何かに巻き込まれてしまったのかと不安がよぎる。
少々頭が足りず、素直過ぎる性格も相まって、何かと良くないことに巻き込まれがちな子なのだ。
そこが彼女の美点なのは間違いないが、そんな子供を食い物にしようと画策する大人も居るのがキヴォトスだ。
私服のため所属している学園までは分からない。
だけど、見るからに上流階級のお嬢様が訪ねて来るような事態だなんて、一体何があったというのだろう。
「実はわたくし、先日セリカ様に無礼を働いてしまいまして……こうしてお詫びの品を納めに参りましたの」
手の中の荷物を示しながら、推定お嬢様からはそんなことを告げられた。
物資に乏しいアビドスでは見たこともないような高級感溢れる紙袋がやたらと存在を主張している。
……アレ絶対高いやつでは?
というかいつまでも彼女を立たせておいていいの……?
「あ、あの! 汚いところですけど、こちらにおかけください!」
「汚い? いいえ、雑然とはしているかもしれませんが、活気を感じる素敵な部室です。わたくしどもには見られない類の活力を、そのように卑下するものではありませんわ」
くすりと笑みを浮かべるだけでも育ちの良さが窺える。
教導BDで見た礼儀作法の授業を必死に思い出しながら、席に着いたお嬢様にお茶と茶菓子を提供する。
そこでようやく件のセリカに連絡していないことに気付いて急いで来てとモモトークで頼み込み、お気遣いなくと告げためっちゃ気を使う来客の対応に追われることになったのだ。
物理的に砂を食むことが珍しくない日々を過ごすアヤネにとっても、比喩的に砂を食むように時間が過ぎていく。
「アヤネちゃん、私にお客さんって……」
そうして現れた幼馴染の姿は救世主にも思えてしまった。
「セ、セリカちゃーん……!」
半泣きになりながらネコミミの素敵な友人を迎え入れる。
事態の中心に居るだろう人物の登場に、ようやく状況が動き出した。
「セリカ様、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……?」
――あら、ごきげんよう。今日はいい露出日和ですわね。
穏やかに告げられた言葉がセリカの脳内を刺激する。
簡単に頭から消せるはずもない衝撃的なイベント。
廃墟の一室で行われていた狂気ともいえる埒外の祭典が、彼女の記憶を浮かび上がらせる。
「あああぁぁぁぁあぁぁあぁあ!!! あのときの変質者!!」
目を見開き、指を差し、そして口から飛び出した発言に、アヤネは顔から血の気が引くのを感じていた。
もはや失礼とかそういう次元ではない。
顔面に銃をぶっ放す方がお淑やかと言えるレベルの暴言である。
「セリカちゃん!? 何言ってるの!!?」
「こないだ話したでしょ! 廃墟でストリップしてた変態! それってこいつのことよ!?」
鮮やかに追撃の言葉を解き放つセリカ。
正確にはこいつは全裸で撮影に回っていた側なのだが、あまりにも衝撃的過ぎたが故に記憶を混同してしまっている。
無理もない。
破壊と騒乱が常のキヴォトスといえど、あれほど混沌とした場に遭遇するのはそうそうないことである。
件の変質者(今日は服を着ている)はふあさっと髪をかき上げ、
「ふふふっ――まずは靴をお舐めすればよろしいかしら?」
流れるように床へと這い蹲った。
「えっ?」
「へ?」
実に見事な、力強い土下座であった。
「どうか……学園には言わないでくださいませ!」
対策委員会の二人は雰囲気の変化にとてもではないが付いていけない。
なにこれどうなってんのと疑問符を浮かべている間にも、深々と地に伏すお嬢様の言葉は続いてゆく。
「学園に……学園にバレたら人生が終わりますの!! どうか! どうか内密に! わたくしに出来ることであればなんだってしますからああああぁぁぁぁ!!!」
魂から搾り出しているかのような絶叫が校舎に響き渡る。
隣の教室で眠っていた委員長や登校途中だった他の面々も何事かと慌てて顔を出す。
アビドス対策委員会を取り巻く状況は謎の変質者の襲来で動き始めようとしていた。