銃を持たない人は裸で歩いてる人より少ない世界   作:こまつな

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041 浦和ハナコ

 その日は最悪の日だったと、浦和ハナコは今でも夢に見ることがある。

 

 自尊ではなく、驕りでもなく。

 客観的事実として、ハナコは極めて優秀な人間だ。

 

 一を聞いて十を知り、そこから百の手法を見出し、千の成果と万人からの喝采を得る程に。

 

 俗っぽい言い方をすれば、天才だなんだと騒がれるような能力があった。

 

 だが同時に、当たり前の話だが、彼女は一人の少女でもあった。

 友達と笑い合い、くだらないことに一喜一憂し、泣いて、笑って、青春を謳歌する。

 学園生活にはそんな当たり前が広がっていることを疑わなかった、普通の少女だった。

 

 最初は求められているのだと思った。

 次第に言葉の裏が分かるようになった。

 最後には何も期待しなくなった。

 

 だから逃げた。

 

 誰にも期待されないように。

 誰にも求められないように。

 引き込んでしまえば政治的汚点になるような、変な生徒を演じ始めた。

 

 自身が打算のない真実の愛を求めていることも徐々に自覚していった。

 スク水で校舎を徘徊するのがだんだん楽しくなってきたというのも否定することは出来なかった。

 

 ――本物と出会うまでは。

 

 

 彼女がスク水で歩き回るようになってしばらくのこと。

 

 スク水で徘徊する生徒の噂はトリニティでまことしやかに囁かれるようになっていた。

 どこから尾ひれがついたのか、捕まったらスク水を着せられてしまうなんておまけもくっついて。

 

 心からそうしたいと願い、行動したのであれば、彼女の才は遺憾なく発揮されただろう。

 

 しかしながら、彼女の選択は結局のところ妥協の産物だ。

 例え見られないようにと行動していても、やはりそこには粗がある。

 

 そして意図的に変容を遂げたとはいえ、彼女の耳目は優秀だ。

 噂のスク水を探しているという誰かの話も、いつしか耳に入ることになる。

 

 政治の駒(浦和ハナコ)を探しているのか、謎のスク水生徒を探しているのか、その時点では判断がつかなかった。

 

 前者であればスク水で出て行こうと。

 後者であれば制服で話しかけようと。

 軽い気持ちで待ち構えた。

 

 だから放課後、夕日の差す校舎の片隅で。

 ひたひたと、裸足の足音を聞くことになる。

 

 最初は自分の目を疑った。

 ――それはスク水のように見えてスク水ではなかった。

 次に自分の頭を疑った。

 ――身体の輪郭がスク水を纏っているそれではないと結論付けた。

 最後に疑うべきは、相手の正気だと気が付いた。

 ――自分が何を呼び寄せてしまったのかと、恐怖に慄いた。

 

 現れた少女は裸だった。

 いや、裸ならまだ良かった。

 まるでスク水を着ているかのように、青と白の塗料で裸体を装飾していたのだ。

 

 普通であれば意味が分からな過ぎて思考を放棄してしまうだろう。

 非常に残念なことにハナコは優秀だった。優秀過ぎた。

 だからこそ気付いてしまったのだ。

 

 相手がどんな理由でこの場所に居て。

 相手がどんな意図であんな格好をして。

 相手がどんな嗜好の人物であるのかを。

 

 悲鳴が喉から漏れないように、必死になって口元を押さえた。

 見られた? 見られてはいないはずだ。彼女の視界に入るよりも隠れる方が早かった!

 

 布擦れの音も、心臓の音も、相手に聞こえてしまうのではないかと不安に駆られる。

 

「おかしいですわね……次の彼女の徘徊ルートはこの辺りのはずですのに……」

 

 読まれていた。狙われていた。行動パターンまで把握されていた。

 かつて政治ゲームにかまけていたときも、思考を読まれることにこれほど恐怖を感じたことはなかった。

 

 ひたひたと足音が遠ざかっていく。

 

 浴びるような汗で白の制服はしっとりと重さを増し、その下にはスク水が透けてしまっている。

 それがなんかえっちだなとは思ったけれど、あそこまで堕ちたくはないというのも紛れもない本心であった。

 

 

 誰にも期待されないように。

 誰にも求められないように。

 引き込んでしまえば政治的汚点になるような、変な生徒を演じ始めた。

 

 そのせいで本物の変質者に目を付けられるだなんて、他人より少し優れているだけの普通の少女には想像も出来なかったのだ。

 

 

 そして、現在。

 

「長期療養で出席日数が危ないということで、奉仕活動の一環として皆様の講師役を仰せつかりましたの。よろしくお願いしますわ」

 

 意図的に落第するほど成績を落としていたことを、ハナコは心から後悔していた。

 

 記憶にこびり付いた金糸の癖が、翼の角度が、羽根の艶が。

 そして何より、記憶から消すことの出来ないその声が、紛れもなくあのときの彼女だということを示していて。

 

「あはは……無理はしないでくださいね。調子を崩したらすぐに教えてください!」

「お気になさらず。実はサボっていたのがバレただけですので」

「ちょっと! 授業は真面目に受けないとダメでしょ!?」

 

 自分を探していた変質者が目の前にいる。

 逃げることも隠れることも出来ない、部活という箱の中に。

 

「……ハナコ? 顔色が悪い、呼吸も……まさか、PTSD!?」

 

 ハナコの頭上に輝いていた幸運の象徴がしばし明滅して姿を消すと、彼女はその場に崩れ落ちた。

 

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