「……先輩? なんだか嬉しそうにしてますけど、何かいいことでもあったんですか?」
「いえ、出資していた方がコンクールで入賞を果たしたと聞きましたので、つい」
補習授業部唯一の三年生は、なんというか、掴みどころのない人だ。
成績は優秀、だけど
けれどハナコは彼女に対してやけに怯えていて、その様子を見たアズサも警戒を隠さない。
部長のヒフミは仲を取り持とうとしているけれど、ティーパーティーへの書類の提出があるとかで、今は居ない。
アズサが言うには、ハナコが倒れたのは心因性ストレス障害、いわゆるトラウマが原因ではないかということ。
そしてそのトラウマには、先輩が少なからず関わっているだろうこと。
一対一で勉強を教わっているコハルには悪い人ではないのは分かっている。
時折寂しそうな表情を浮かべて嫌われているのを許容するこの人は、どこか放っておけない気がしたのだ。
「あの、聞いてもいいですか? よく考えたら、先輩のこと、何にも知らないなって思ったので……」
「今はお勉強に気を向けるべきですよ、と言うべきなのでしょうけど」
休憩にしましょうかと、触っていた端末を制服のポケットに仕舞い、慣れた手つきで紅茶を入れ始める。
こぽこぽとカップに注がれる音と共に爽やかな芳香が巻き上がり、常備されているおやつセットからお茶菓子もセットされた。
「コハルさんはスク水で徘徊する生徒の噂をご存知ですか?」
「えっ???」
そして話題がいきなり異次元へと飛んだ。
噂話は女子会の花かもしれないけれど、流れ的に先輩自身のことを話してくれる展開だったのでは?
「新年度の初め頃でしたか、そのような噂話が話題に上がりまして……個人的に興味が湧いたので調べてみましたの」
「確か、スクール水着を着た生徒が徘徊してて、見つかると同じ格好をさせられてしまうっていう、アレですか?」
「はい、アレです」
コハルの脳内には疑問符ばかりが浮かんでは消える。
確かに気になるかどうかと聞かれればものすごく気になる噂だった。
だけど噂が本当なのだとしたらスクール水着を着せられてしまう。
そんなえっちなのはダメだ。
正義実現委員会として、本当にそんなことをしている生徒がいるのなら注意するために探しただろうけど、あくまで噂話だったはずなのだ。
「その、本当に居たんですか? スクール水着の生徒……」
「残念ながら見つけることは出来ませんでした。ただ、その際に少々過激な手法を取ってしまいまして……ハナコさんには、その姿を見られてしまったのかもしれませんね」
まただ。
それは彼女が時折見せる寂しそうな笑顔だった。
理解されないことには慣れているという、諦めの混じった悲しい顔だ。
「……先輩っ! お茶会をしましょう! ヒフミもハナコもアズサも呼んで! みんなで!」
「コハルさん……?」
思うが侭に、勢いのままに、思いの丈をぶちまける。
だってそんなの寂しいじゃないか。
仲良くなれないことを当たり前だと思ってるなんて。
先輩に何があったのかなんて分からない。
ハナコがどうして怖がっているのかもよく知らない。
それでも。
「私、バカだから、みんなに迷惑かけちゃうけど……今も先輩に、教えてもらってるけど……喧嘩したままがよくないのは分かります!」
「いえ、悪いのはわたくしで……」
「悪いことをしたら、ごめんなさいでいいんです! 私、ハナコと先輩が話してるところ全然見てません! 友達と友達が喧嘩したままなの、私はイヤなんです!」
無茶なことを言っているのは自分だって分かってる。
ハナコだって嫌がっているのではない、怖がっているのだ。
無理に会わせたりしたら、よくないことになるかもしれないとアズサも言っていた。
だけど、ちゃんと顔を合わせて話し合うくらいしか、バカな自分には思いつかないのだ。
「……コハルさんは優しい子ですわね。それに強くて、厳しい方です」
「うぅ……な、生意気なことを言ってすみません。それに、強くなんか……」
「いいえ、お友達を想ってあげられることもひとつの強さだと、わたくしは思います。その純粋さは忘れないようにしてください」
言いながら席を立ち、コハルの頭は優しくなでられる。
そのまま三つ分のティーセットが追加され、入れたての紅茶から湯気が立ち昇る。
「皆さま、お掛けになってくださいな。ティーパーティーのホストが心待ちにしておりますわよ?」
自然な流れで再び席に着き、先輩は入り口に向けて声を投げかける。
えっ? と想ったのも束の間、カラカラとドアが開かれて、その向こうには気恥ずかしげに視線を逸らした仲間達の姿。
「き、聞いてたの!?」
「あはは……廊下まで響いていましたので……」
「すみません、コハルちゃんのことが心配で……」
「私はハナコの護衛。何かあったら、対処しなきゃいけないから」
三者三様に親愛と警戒を示しながら、促されるままに椅子に腰掛ける。
「ハナコさん」
「っ! ……はい」
「わたくし、学外にお友達が出来ましたの。同じ趣味を共有して、襟を開き、互いに全てを晒け出すことの出来る……親友と呼べるような、そんな相手が」
「え゛っ?」
その言葉を境に、ハナコの視線の色が変わる。
言葉の裏を瞬時に理解したことで恐怖の色は大分薄れ、代わりに浮かび上がるのは――ドン引き。
「こんなわたくしでも、心の底から友と呼べる方を見つけることが出来ました。貴女にも、きっと素敵な出会いがあることを信じておりますわ」
「それは……」
「先輩! ハナコに友達が居ないみたいな言い方、いくらなんでもヒドイです! だって私たちもう友達なんですよ!」
思わず割り込んで声を張り上げてしまう。
年上の友人たちはきょとんとこちらを向いて、それから顔を見合わせて、綻ぶ様に破顔する。
「……まあ、余計なお世話だったかもしれませんね」
「ふふっ、コハルちゃん、ありがとうございます」
なんだか暖かい目で見られているようでちょっと落ち着かない。
けれど、二人の雰囲気が今までとは変わったのは確かなことで。
「あぁそれと、あのことはどうかご内密にお願いしますね?」
「言えませんよ、あんなこと……っ!」
添えられた言葉でマジかこいつみたいな別種の警戒を抱き始めたハナコの様子は、今までよりずっと自然体で。
やけくそ気味に紅茶を呷る姿を笑いながら、騒がしいお茶会はようやくここから始まるのだった。