銃を持たない人は裸で歩いてる人より少ない世界   作:こまつな

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055 槌永ヒヨリ

 トリニティ各地に潜伏し、機を待っていた同胞達との連絡が途絶えていく。

 

 それがありえるかもしれないとは分かっていた。

 

 難しい話ではない。

 単にトリニティの警備が自分達が想像していたより強固だった、それだけの話。

 

 幼い頃から厳しい訓練で篩に掛けられてきたアリウスの生徒といえど、慣れない土地で補給も最低限しか与えられず廃墟で息を潜めていれば、どうしたって精神は滅入る。

 逆に訓練から一時的にでも解放されて、気が緩んでしまった子だっているだろう。

 鏡を見ればきっと映るはずだ。

 

「集まったのは、これだけですか……」

 

 その結果が、これなのだ。

 

 Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 

 ずっとそう言われて続けて、そう学んできて。

 だけど、無事に残った人数という目に見える形でお出しされてしまうと、思っていた以上に気が滅入る。

 

 アリウス分派の戦闘部隊、その半数あまりをつぎ込んだ作戦は、始まる前に終わっていた。

 

すっすすっ(サオリは居ないの?)

「ヒヨリ、リーダーから連絡は?」

「えっと、別の分隊を纏めて帰還するそうです。あんまり一箇所に集まり過ぎても危険だとのことで……」

 

 アリウスの強みは高度な軍事訓練を受けた軍隊であることだ。

 平均的な質が高く、数も多く、何より対人戦闘の経験値が平和に生きている連中と比べて格段に濃い。

 

 その中でも突出しているのが彼女達、アリウススクワッドと呼ばれる特殊部隊だ。

 

 トリニティにスパイとして潜伏しているアズサへの情報伝達も含め、現在リーダーは別行動をとっている。

 彼女であればよほどのことがない限り無事に帰るだろうし、よほどのことがあったとしてもこちらに連絡も入れずに倒される姿など想像できない。

 

 ただ、帰還指示の中にひとつだけ奇妙な情報が混じっていた。

 曰く、部隊が撃退された状況は全て事実だと。

 今更それを強調するようなことなのかと、疑問に思ったのだ。

 

 ヘルメットを被った不良集団が突然襲撃してきたのは正直に言って予想外だった。

 しかも暴れるだけ暴れて速やかに去っていくという、まるで騒ぎを起こすために騒いでいたような有様だった。

 自分たちの潜伏がトリニティに知れ渡ったのも、ある意味では連中のせいであるのだろう。

 

 正義実現委員会に無力化された部隊もいた。

 奇声を上げながら真正面から突撃してショットガンで無双する怪人も現れたらしい。

 戦闘狂の狂人ではないかと命からがら逃げ出した子達は震えていた。

 

 自警団を名乗る何者かに捕縛された者だっていた。

 相手が少数であるが故に被害は少なかったが、少数ゆえに交戦距離に到るまで存在に気付かないという危険もあった。

 拠点からバラバラに逃げ出し、他の部隊と合流できる前に捕縛されたものもいたらしい。

 

 そして、もうひとつ。

 一際存在感を放っていたのは全裸の変質者に襲われたという話だ。

 

 いくらなんでもお嬢様学校にそんなのはいないだろうと高をくくっていた。

 ここに集まったみんなは誰もそんなのは見ていないし、何なら失笑さえ聞こえてきた。

 

 リーダーに渡る情報にはこんな馬鹿みたいなノイズは省かれてたんだなと思っていた。

 

 そりゃそうである。

 情報が錯綜していたのは間違いないが、こんなありえないことを一々注意して行動するような軍人などいない。

 というか全裸の痴女に注意しろと言われても反応に困る。

 

 ――だから、ソレには誰も反応できなかった。

 

「護りながらは無理だから、ごめんねっ!」

 

 気が付いたときにはソコに居た。

 

「へ?」

 

 疑問の声を上げられたのはミサキが裸の女に投げ飛ばされた後だった。

 

「着水するように調整はしてるから! 向こうで助けてもらって! それじゃ!」

「ちょっとぉ!?」

 

 そしてヒヨリの身体も気が付けば宙を舞っていた。

 

 一連の行動はわずか数秒の出来事だ。

 だがアリウスの生徒達はその大事な数秒を、突然現れた全裸の変質者に驚愕、あるいはドン引きするということに費やしてしまった。

 

 放物線を描きながら夜空を突き進むヒヨリには状況を理解するだけの時間が足りない。

 その場に残された姫と生徒達が呆然とこちらに視線を向けているのだけは奇跡的に確認できた。

 彼女達に踊りかかり凄まじい勢いで武装を破壊し始めた、全裸の変態の姿も。

 

 その光景を上空から眺めて、一周回って冷静になった思考で、気付くことがある。

 あの場で()()()()()()()()()()()()()()()()自分とミサキの二人だけだったことに。

 

 そして変質者が口に出した言葉。

 護りながらは無理。向こうで助けてもらって。

 

 ……あの変質者はもしかして、連れ去られようとしていると勝手に勘違いして二人の生徒(ヒヨリとミサキ)を助けようとしたのでは?

 むしろ自分が連れ去りそうな格好をしていたのに???

 

 そうしている間にも上昇が止まり、落下が始まる。

 

 あ、これ痛いやつだと意識に上ったのはその時だった。

 

 痛みと苦しみ。

 それがヒヨリの見出した虚しさの本質。

 

 アリウス分派の生徒は、訓練中にヘイローが破壊されてしまったものもいる。

 だからこそ彼女達は命懸けで訓練に取り組まざるを得ないし、同時にどこまでやれば人は死ぬのかを感覚的に理解してしまう。

 

 このまま地面に叩きつけられても死にはしないだろう。

 だが痛い。間違いなく痛い。

 

 背中の荷物をクッションにする?

 それはダメだ。もし銃身が歪んでしまえば狙撃兵として死ぬ。

 アリウスの環境で修理するのは容易なことではないし、戦えなくなった者の末路など、イヤと言えなくなるほど見せられてきた。

 

 というかなんなんだあの全裸。

 荷物だけでもかなり重いのに自分ごと投げ飛ばすとかどんな怪力なのか。

 

 状況は加速する。

 重力に引かれて物理的に加速もしている。

 眼下は暗くてよく見えないが、何かが水に叩きつけられるような音が聞こえてきた

 

 先に投げられたミサキは無事だろうか。

 白を基調としたアリウスのジャケットは闇夜の中でも見えるはずだけど。

 

「うわぁぁぁん! 馬鹿! 変態! 変質者ああぁぁぁぁぁ!」

 

 そして派手な水しぶきを上げながら、ヒヨリもまた長方形の区画……時期外れにも関わらず水の張られたプールに着水した。

 

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