イッチの行動としては
誘拐犯(誤認)を発見してお嬢様に連絡 → 強襲して二人を救助(投擲) → 今回
という順番になります
それは悪夢のような光景だった。
この場に居るのは敗残兵。
トリニティの防衛組織から追われ、指揮を執るものも排除された、逃げ帰る寸前の部隊に過ぎない。
だが、どれだけの手練でも、人数差というのはそう簡単には覆るものではない。
何よりこの場に居るのは十把一絡げに扱われるような雑魚ではないのだ。
彼女達ひとりひとりがアリウスの戦闘部隊として選び抜かれた者たちであり、人員を失いつつある状況でさえ言葉もなく連携をこなしてみせる。
その様子を見て練度が低いなどと文句を言うのは、当たりの強い教官位だろう。
だが当たらない。
尋常ではない速度で駆け回り、隊員達の隙間を縫うように走り抜け、ついでと言わんばかりに武器を破壊して死角へと消える。
自爆覚悟で榴弾を放っても逆に掴み取って投げ返され、足を止める為に躍りかかった者はぶん投げられて夜空の向こうに消えていった。
そしてそれを行っているのが素っ裸の変態であるという事実が混乱に拍車をかけていた。
全裸の不審者は虚空を掻くように胸元に手を伸ばすと、何も掴んでいないその手で何かを投げるように振りかぶる。
そして数瞬後、虚空が爆ぜる。
誰がどう見ても爆発物など持っていなかったというのに、何もないはずの空間が炸裂した。
ひらひらと目の前を横切った何かに視線を向ければ、そこにあるのは焼け焦げたブラジャーの残骸。まるで意味が分からない。
もはや完全に状況は理解を超え、アリウスの生徒たちにはこの光景が現実であるのかすらも分からなくなっていた。
これが正義実現委員会などの統治組織に制圧されているのであればまだ理解出来る。
奇声を上げて笑い転げながら戦線を蹂躙する化け物を飼っているとの報告も挙がっていた。
全裸の変質者に襲われたという話も、一応聞いてはいた。
信じている者など誰もいなかったけれど。
一体だけではなく、他にも。
もしかしたら二体でもなく、それ以上に。
トリニティという魔境には理解の範疇を超えた異次元の魔物が存在しているのではないか。
そう考えてしまった矢先のことだった。
「貴女がリーダーだよね?」
変質者のねめつける様な視線が、集団の中で一人だけ護られるよう配置されている生徒に向けられた。
一目で分かる特別仕様のマスクを装着している少女は、全裸の変質者に確りと認識されてしまった恐怖でびくりと肩を震わせる。
「――私さ、怒ってるんだ」
全裸が足を止めてなにやら語り始めた。
「そりゃ自分が人に文句を言えるような趣味をしてるだなんて思ってないよ。全裸の変質者に銃を向けるのは生徒として当然の権利だし、貴女達みたいな不良が相手でもそれは変わらないよ?」
その隙を見逃すアリウス部隊ではなく砲火が重なるものの、武器破壊で射線が減った影響なのか、体捌きと切り払いを超えてまともにダメージも与えることもできない。
あるいは、そこまで見切った上で声高に主張を始めたのだろうか。
「人気のないところを駆け回ってるから、裏路地の事情にだって多少は詳しくなる。自分のことを棚に上げて誰かを叱るだなんて馬鹿馬鹿しいこともしたくない」
静かに高まる圧に、それでも気圧されることなく抵抗は続く。
一対多にもかかわらず、彼女達の方が押されていることはもはや疑うまでもなく。
「でも流石にさ……人攫いは黙って見過ごせないかな!」
瞬間、全裸の姿がブレて消える。
アリウスの生徒たちはその動きこそ見えていなかったものの、瞬時に反応を示してみせた。
相手の狙いが分かっていたが故に、狙われてしまった対象へと意識が集中する。
だからこそ、決定的な瞬間を誰もが直視することになった。
――護られていたはずの紫の髪の生徒の服が弾け飛んだ光景を。
空気が固まる。
死と諦観に満ちたアリウス分派の生徒達にとって、こんなギャグみたいな展開は想像も付かないことだったからだ。
そして、ピロリンピロリンとやけに明るく耳に残る場違いな音が響く。
カメラを向けられている少女は気付くだろう。
自分が今どんな格好をしているのかを。
防弾チョッキごと服が切り裂かれ、インナーは破かれ、下着もガスマスクも毟り取られ、ついでのように奪われた携帯端末で写真に収められているという事実に。
「はい送信っと」
軽い調子で告げられたその言葉と同時に、各自の保有している端末が着信を告げる。
今の全裸は隙だらけだというのにもかかわらず、アリウス生たちは攻撃に移ることもできず、恐る恐る自分の端末に目を落としていた。
――モモトークに送られてきたのは、引き裂かれたインナーから瑞々しい素肌を晒した、同胞の姿。
彼女たちは身を持って知っている。
他者の尊厳を容易く踏み躙る人間が確かに存在することを。
苦痛と恥辱、その差はあれど、目の前に居る変質者はそれが出来る輩なのだと、気付いてしまったのだ。
ひぃっ、と誰かが引きつった声を漏らしたのが切っ掛けだった。
「い、いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
写真を撮られた少女は絹を引き裂くような悲鳴をあげ、自分の身体を抱くように蹲る。
ジャケットに記された校章のようにずたずたに引き裂かれたその心からは、年相応の少女らしい恥じらいが発露していた。
「さあ! 次は誰にしようかなぁ~! 何しても心が痛まない相手って中々いないんだよね!」
変態は嬉々として獲物を吟味し始め、混乱は伝播し、悲鳴を上げて部隊は壊走する。
涙目で顔を真っ赤にしてぼろぼろの衣類をかき集めている少女が最優先保護対象だと頭に残っている生徒は、もういなかった。