059 調月リオ
「そんなもん、知るかーーーーーーっ!!」
雑多に物が散乱するゲーム開発部の部室で、少女の雄たけびが木霊する。
元々、理解や共感を求めていたわけではない。
説得出来る可能性が高いとも考えてはいなかった。
事実として蓋然性の高い結果が生じたに過ぎない。
ただゼロではないから、開示できる情報は全て開示した。
余計な手間が省ければ楽であると考えたから。
だが、返答は先述の通りだ。
「何言ってるかよく分かんないし、なもなきなんちゃら? とかいうのが危ないって言うけどさ!」
AL-1Sの危険性を伝えた。
無名の司祭たちの手足が動き出していることも伝えた。
自身がその解決策を用意していることだって伝えた。
だが。
「キヴォトス、滅んでないじゃん!」
桃色の衣装を身に纏った少女は鬼の首を取ったかのようにビシィっと指を突きつける。
「キヴォトスの文明は一度断絶しているわ。用途不明、製法不明のオーパーツが多数出土していることからも、これは明らかな事実よ」
「だーかーらー! そんなもん知らないって言ってるでしょ! ポストアポカリプスならゾンビのひとつでも連れてこーいっ!」
理解が得られないのはいつものことだ。
特段気にするようなことでもない。
「アリスはアリス! ゲーム開発部の天童アリス! はい論破! お帰りはあちらですっ!」
AL-1Sの危険性を確認する為に、監視に留めて様子を伺っていたのは事実だ。
だがそれは、いつ爆発するか分からない爆弾を放置するにも等しいこと。
導火線の長さも、解除コードも、何故爆発していないのかすら不明な不発弾。
分かっているのは爆発の規模だけ。
起爆してしまえば、全てを滅ぼす破壊が訪れる、ただそれだけ。
だが、それだけの理由で、除去するには十分な理由なはずだった。
あるいは、AL-1Sが誰かを傷付けるような暴走を起こしていれば話は違っただろう。
最も近くに居る彼女達の中から被害者が出ていれば、ここまで躍起になって拒絶されることもなかったかもしれない。
しかし、暴走――否、正常に動作し始めてしまった時点で既に手遅れだとも言える。
「リオ、アリスはどんなクエストをこなせばいいのでしょうか?」
ただの可愛い後輩に見えると語っていた友人の顔が頭に浮かぶ。
「アリスはアリスのことをよく知りません。リオのお話が本当なのかも分かりません」
情に流されて危険を放置するようでは本末転倒だ。
「でも、いじわるな王様はクエストをクリアすれば勇者のことを認めてくれます! ラーの鏡が必要なら毒の沼地も浚います! アリスは勇者ですから!」
無垢な少女にしか見えない彼女を捕縛してヘイローを破壊するのが最善なのだと。
合理的に考えたら否定できるものではないはずなのに。
「そのくらいにしておいてあげましょう」
「ヒマリ」
「えぇ、超天才病弱美少女ハッカーが折衷案を用意しました。いくら下水道に流れる水のような相手でも、よってたかって袋叩きにしては外聞も悪いでしょう?」
いつの間に現れたのか、開きっぱなしのドアの向こうには車椅子に座った儚げな少女が姿を現していた。
「リオの端末をハッキングするのは流石に清楚系美少女ハッカーの私でも手間取りましたが、これを伝えずに一方的に要求を押し付けるのはいくらなんでも不公平ではないでしょうか」
ホログラムで示されるのはリオが纏め上げた資料の一部。
AL-1S――名もなき神々の女王の危険性と、それに対抗するために製作されたという過去の遺物の存在が仄めかされた文章だ。
「世界を滅ぼすなどという情報があるにもかかわらず、世界は滅びてなどいない。ならばそれを止めることの出来る何かがあったということです。同時にアリスが廃墟で眠っていたことから考えても、命に関わるほどのダメージはないとも推察できます」
ヘイローを破壊するという強硬な手段など取らずともよいと友人は語る。
だが、その選択は合理的ではない。
ソレが見つかるなどという保障はなく。
十全に機能するという保障もない。
そんな不確かな何かに縋るくらいなら、既に用意されている解を適応する方が遥かに合理的だ。
「これならばどちらの要求も満たすことが可能ではありませんか? リオは彼女が暴走した際に切れるカードを手に入れる。ゲーム開発部の皆さんは、リオを説得できると共に万が一アリスが暴走してしまっても穏便に止められる手段を用意できる」
「そんな判断、合理的ではないわ」
「――今は貴女がそうなのですよ。自覚がないのですか?」
そう返されて、はたと言葉が止まる。
「普段の貴女がこんな暴論を通すつもりなら、真っ先に私を拘束していたはずです」
言い返せない。事実だからだ。
計画を運ぶ上で一番の障害になり得る彼女を放置したまま実行に移すなど、合理的ではない。
「アリスが起こしていた問題なんて可愛らしい子供のわがまま程度でした。資料に綴られていた殺戮兵器なのではなく、ただの少女である姿を散々見せ付けられて。けれど破壊する方法だけは完成してしまって」
彼女と共謀してAL-1Sの危険性を測定する状況を作り上げたつもりだった。
だが結果は空振り。
精々発生するのは目溢しても問題のない程度の些事だけ。
想定以上にゲーム開発部のお行儀が良かったのは、良いことと言えば良いことなのだけど。
「……もしかして怖気づいたのではありませんか? 自分は正しいことだと言い放ちながら、何の瑕疵もない無垢な生徒を殺そうとしているのではないかと」
「彼女がガイノイドであることは客観的な事実よ」
「
自他共に感情の機微に疎いという自覚はあるのだけれど。
面と向かって指摘されたことで初めてそれに気が付いた。
「リオ、貴女もしかして……私に止めて欲しかったのですか?」
「それはないわ」
世迷いごとをばっさりと斬り捨てる。
彼女には出来るのなら協力して欲しかったとは考えていたが、逆はない。
虚を突かれたようにぽかんと口を上げたヒマリ。
ちょっとだけ胸がすいたように感じたのは気のせいではないだろう。
「ただ……迷いがあったのは認めましょう」
目を瞑り、ため息をひとつ。
「そこまで言うのであれば私を納得させるだけの合理性は用意してきたのでしょうね」
「ええ、まあ。名前まで分かっているのなら絞込みは可能です」
資料には対AL-1Sを想定されたオーパーツの存在も記されていた。
だが、その探索を断念するに足る理由もあった。
その地は広大な砂漠が広がる以外には何もない場所。
文字通りの意味で砂漠に落ちた針のひとつを探し当てることなど、大凡現実的な発想ではない。
どうしてそんな確実性の欠ける理想論に、世界の命運なんてものを賭けることが出来るのか。
「カイザー系列企業のアビドス支店に情報が断絶している資金の流れがありました。アビドス高等学校から回収しているはずの利息の動きが完全に途切れています。それでPMCで採用されているパワードスーツの戦闘ログを漁ってみたのですが、どうもアビドスから買い上げた何もないはずの砂漠の一画に防衛陣地を築いているようでして」
自称だけではない実力を持ち合わせているミレニアム随一のハッカーは、独自に調べ上げた情報を新たにホログラムに投影する。
「少なくとも、カイザーグループがそこまでの情報隠蔽を行う必要があると考えている何かが、そこにはあるはずです」
先ほどまでとは違う、喜色に満ちたざわめきが溢れる。
彼女の方針にも問題はもちろんある。
彼らの探しているものが本当にこちらに必要なものなのだとしても、素直に譲ってくれるなどとはとても思えない。
それを求めるというなら文字通りカイザーに喧嘩を売ることにも等しいだろう。
――だが、殺人という何よりも重い罪を抱えるよりは遥かにマシなはずなのだ。
撃って、撃たれて、奪って、奪われて。
その程度のこと、キヴォトスでは日常風景に過ぎないのだから。
「トキ、彼女達を支援なさい。私も資料を洗っておきます」
「了解しました」
制圧のために待機させていた従者が光学迷彩を解いて姿を現す。
監視を付けないのは論外であり、外部に露出する期間は最小に留めるべきである。
極論、それをミレニアムが確保できなくても構わないのだ。
存在していることさえ確認できれば、それで良い。
カイザーとてキヴォトスの住人。
万が一の際には彼らも使用を躊躇うことはないはず。
だから、この選択を行うのも、合理的なはずなのだ。
「モモイ、すごいです! メイドニンジャ! メイドニンジャです! 複合ジョブはどうすれば解放できるのですか!?」
「ねえお姉ちゃん、あの光学迷彩技術ってもしかして……」
「ダメだよミドリ。人の趣味にとやかく言うのはマナー違反! ……でも無理矢理着せられてないよね? もしそうだったら相談してね?」
「……? 問題ありません」
自身が他者の感情の機微に疎いという自覚はあるのだけれど。
こちらに向けられる視線の色が変わったように見えるのは気のせいなのだろうか。
「太古に存在したオーパーツ、名をウトナピシュティムの本船。さあ皆さん、宝探しとしゃれ込もうではありませんか」
最後にヒマリはそう締めくくり、おーと揃って声を上げたゲーム開発部は元気に部室を飛び出して行った。
原作ルートとの相違点
・ゲーム開発部がG.Bibleが入手できなかった
・鏡確保のための襲撃事件がなかった
・ケイがいないためアリスが暴走していない
・モモイが健在