聖園ミカの頭は決して悪くない。
感情と思いつきで動く悪癖はあるものの、それでもティーパーティーのひとり、パテル分派の筆頭としてその座に収まるくらいには優秀な人間だ。
ナギサのように卓越した政治力を持つわけではない。
セイアのように予知能力なんてものを持つわけでもない。
ただ極めて単純に、他より優れた能力を持っているから彼女はその席に付いている。
どれほど優れているかと聞かれれば、アリウス分派の本拠地を単独で探り当てるほどに。
歴史の闇に埋もれ、連邦生徒会すら所在を把握出来ていないそこに、仲良くなりたいなんて子供じみた考えだけで。
けれど、彼女がトリニティに招き入れたアリウスの生徒達は気が付けば消えていた。
書置き一つ残さず、かといって用意した屋敷を荒らしたりもせずに、忽然と。
あとに残されたのは何が起こっているのかわからない彼女自身。
一体何を間違えてしまったんだろうと、彼女は自問自答を繰り返していた。
最初にアリウス分派に対して手を差し伸べたこと?
セイアちゃんにちょっとしたイタズラのつもりで取り返しの付かないことをしてしまったこと?
もうあとには引けないとナギちゃんにまで手を掛けようとしてしまったこと?
何も知らない間に、正義実現委員会はアリウス生を見つけ出して捕縛していた。
何も知らない間に、残っていたはずのアリウスの生徒達も逃げ出していた。
何も知らない間に、全裸の変質者の噂なんてものも流れ出していた。
……なんかノイズが混ざったけれど。
これでよかっただなんて口が裂けても言えない。
だってまだ何も出来ていないのだ。
彼女を起点に良くない事ばかりが起きようとしていて、起こそうとしていて、そして既に、起きてしまっていて。
次が起きなくなったことは、きっと悲しむべきなんだろう。
次を起こせなくなったことは、きっと喜べばいいのだろう。
状況に流されているとは自覚していた。
気が付けば引き返せないところまで来ていて、前にしか道がなくなってしまったとも思っていた。
当たり前だと思っている何かが突然なくなるだなんて、既に経験していたはずなのに。
「ミカさん。……聞いているのですか、ミカさん」
「え、なになに? いつものお小言だと思って聞き流してたよ。ゴメンね、ケーキが美味しくって!」
お茶会とは名ばかりの苦痛の時間が過ぎていく。
別に、以前からそうだったわけじゃない。
ナギサの小言はうっとうしいけれど、ちゃんと自分のことを見てくれているから。
セイアの口からは理解が難しい婉曲な悪口が飛んでくるから嫌いだったけど、いなくなって欲しいとまでは思わなかった。
私はまだ笑えているのかな。
ナギちゃんは本当に気付いていないのかな、私が心から笑えていないって。
……気付いて、くれないのかな。
ナギサの紅茶に角砂糖が落とされる。
「セイアさんが失踪したのと同時期に消息不明になった生徒がいました。同時に、長期療養の名目で姿を晦ましていた生徒も」
ぎゅっと、心臓が締め上げられる。
「確か行方不明って救護騎士団のミネ団長だよね? でも長期療養って、そっちはわかんないかなぁ」
それは事実だけど、真実じゃない。
白々しく、トリニティらしく、大切な幼馴染の前で、友達のヘイローを破壊してしまったことを隠しているから。
「サンクトゥス分派の生徒のひとりです。品行方正とは言えませんが、成績は優秀。近頃はリゾート事業に手を出しているそうですね」
言えるはずがない?
それはそうだけど、だからって罪がなくなるわけじゃないのに。
「そして露出徘徊の常習犯でもあります」
「ごめん待って???」
なんか唐突にお出しされた濃い味の情報に脳の処理が追いつかない。
あれ、そういう流れだった?
なんかこう、怪しい相手に目処が立ったとかそういう方向性じゃなかった?
「最悪なのは、ティーパーティーと正義実現委員会の双方、トリニティの主要な行政機関が彼女に借りを作ってしまったことです」
手渡された資料に目を通す。
それは何やら多くのことが書き込まれているトリニティ総合学園の地図だ。
東西南北余すことなく、人気のない、武装集団が潜伏できそうな場所が示された、地図。
「これって……」
「彼女のお散歩ルートだそうですよ。人目につかないように歩き回ることにかけては、露出趣味というのは一日の長があるようでして……」
遠い目をしながら紅茶を呷るナギサ。
けれど、ミカは紙面から目を離せない。
だってこれは、この場所には、心当たりがあるんだから。
「そしてミカさんが呼び込んだアリウス分派の潜伏先のリストでもあります」
息が、止まる。
資料から目が離せない。
顔を上げるのが怖い。
ナギちゃんはどこまで知って、ううん、そうじゃない。
私の知ってる彼女なら、知らないなんてことは、きっとない。
「正直、ここまで大事にならなければ問い詰めるつもりはありませんでした」
ぽちゃんぽちゃんと音が響く。
「……別に責めるつもりはありません。ミカさんが考えなしなのは今に始まったことではありませんから」
水音は続く。
紅茶に角砂糖が追加されていく。
「それが可能かどうかは別として、アリウスと仲良くしたいという考えは尊いものです。ですが時期が悪すぎます。エデン条約の調印式が終わるまで待ってくださればこちらも手が空いたのですが……」
「――責めてよ」
思わず言葉が口を突いていた。
「……ミカさん?」
「そこまで分かってるなら責めてよ! 私が何したか全部分かってるんでしょ!?」
もう止められなかった。
もう限界だった。
「ミカさん」
「私がっ! 私のせいで……セイアちゃんが死んじゃったんだよ!? 私のこと、責めてよっ!!」
笑ったフリをするのも。
開き直ったフリをするのも。
人殺しの自分が大好きな幼馴染の前でのうのうと薄っぺらい笑顔を浮かべているという事実にも。
もう耐えられない。
「――ミカさん」
「もうやだよ! 自分が何してるのか全然わかんないの! やりたかったことはなんにも出来てないのに! やりたくもないことばっかりやらなきゃいけないの! もうどうしたらいいか全然わかんない!」
ぽろぽろと、ぽろぽろと。
涙と一緒に感情も零れ落ちていく。
ゲヘナが嫌いで、仲良くなんてしたくないから、エデン条約を台無しにしようとしていた。
大好きな幼馴染がゲヘナに騙されて酷い目に合わされる前に、何とかしたかった。
でもそれは本当に、大好きな人を自分で酷い目にあわせてでもやりたかったことなの?
そんなわけ、あるはずがない。
「ごめんなさい……ごめんなさいのやり方もわかんなくてごめむがっ!?」
唐突に、甘いものが口いっぱいに突きこまれる。
何事かと顔を上げてしまえば、視界の真ん中に突き立つのはロールケーキ。
もむもむと口を動かすと徐々に徐々に短くなっていき、最終的に丸まる一本が乙女の別腹へと消えていった。
「ミカさん、貴女には二つ、伝えておくことがあります」
ケーキの後でもはっきりと甘さを感じる紅茶で口の中がじゃりじゃりする。
人様の小さなお口にロールケーキをぶち込んだティーパーティーのホスト代理は何事もなかったかのように優雅に語り出す。
「ひとつめですが、その……セイアさん、生きてますよ?」
「……はえ?」
ぱちくりと目を瞬かせる。
「生きてる? セイアちゃんが?」
「数日ほど昏睡状態に陥っていたのは確かですが、命に別状はないと報告を受けています」
「でも、確かに死んだって! アリウスの子達がっ! ……アリウスの、子達、が?」
頭の中がぐるぐるする。
何で? どうして? なんて、考えるまでもなくて。
最初からあの子達は、自分を利用しようとしていたってだけで。
「こちらを」
混乱した頭でも、差し出されたのが手紙だってことは流石に分かった。
「セイアさんからミカさんにと。私も中身は確認していませんが」
飛びつくように便箋を取る。
大慌てで封を開いて、慌て過ぎたせいでちょっと皺になって。
紙面に描かれていたのは、可愛らしいイラストと、セイアちゃんらしからぬ短い文章がひとつ。
マイクロビキニを着込んだアニメ調の狐耳の女の子が、セクシーセイアですまないと。
「ナギちゃんどうしよう!? セイアちゃんがおかしくなっちゃった!??」
掌から零れ落ちた手紙を確認して、幼馴染は顔を顰めてしまう。
頭痛を抑えるように眉間を揉みながら、ぼやくように語り出した。
「もうひとつ。今回の騒動の種になった露出狂の件ですが……セイアさんの仕込みです」
「ん~~~???????」
言っていることが正しいのなら、セイアは露出癖の変態を派閥に引き入れていたことになる。
横から手が突っ込めそうなあの服はそういうことだったのだろうか。
正直意味が分からない。
「もう一度言います。全裸の変質者がトリニティの敷地内で露出徘徊を行っていたのはセイアさんが原因です。本人から聞きました」
「ねえ私、感情がめちゃくちゃでどんな顔すればいいのかよくわからないじゃんね☆」
確かに悪かったのが自分なのは間違いない。
間違いないのだけど、自分にこんな思いをさせておいて、やっていたのが変質者の育成だなんて言われたら。
セイアのことがもっと嫌いになれそうだった。
原作ルートとの相違点
・ナギサ襲撃事件が未遂解決
・シャーレの強権がないため補習授業部はあくまでも隔離政策(39話参照)
・補習授業部に異物混入してる
・セイアが昏睡から早期に回復している
・トリニティに全裸の変質者が闊歩している
・セクシーセイアですまない...