銃を持たない人は裸で歩いてる人より少ない世界   作:こまつな

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062 棗イロハ

 棗イロハがその書類を見たとき最初に考えたのは、こんな真面目な生徒なんてゲヘナに居たっけ、ということだった。

 

 その書類とは、保釈金の申請手続き。

 そんな制度が存在していること自体をほぼ全ての生徒が認識していないような代物である。

 

 前提として、ゲヘナの生徒であればそう簡単には捕縛されたりはしない。

 自由と混沌を愛するゲヘナ生は常日頃何かしらをやらかし、そして見事に逃亡する。

 

 風紀委員が束になってかかろうが、大抵は一緒にテロに走った仲間達が抱えて逃げるのだ。

 捕獲されて臭い飯を食う羽目になること自体が割と珍しい。

 例外は風紀委員長が現場に出張ったときくらいだろうか。

 

 また、お勤めを終わらせずに出所したいのなら書類手続きなんて七面倒くさいことをせずに真っ当に脱獄することを選ぶだろう。

 

 不良たちもなんだかんだ言って団結力は高い。

 仲良しグループがその場のノリでテロリストに変貌することもゲヘナでは日常茶飯事なのだ。

 友達が捕まったのなら助けに行こうとアグレッシブになることも別に珍しくはない。

 

「どうしたイロハ、手が止まっているではないか」

「あぁ、マコト先輩、お早いお帰りで」

 

 書類を眺めて思考を回していたところを、議長から声をかけられる。

 謎のツテでどこぞから仕入れてきた飛行船の車検に出ていたはずだが、思っていたより帰宅が早かったようだ。

 

「保釈金の申請……? ふむ、コイツうちの議員じゃないか。構わん、許可は出す。書類はそのまま進めておけ」

「はぁ、わかりました」

 

 羽沼マコトはゲヘナにおける生徒会、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議長であり、ゲヘナ生からはなんと3.8%もの驚異の支持率を誇る。

 

 たったの、と見るのはゲヘナをよく知らない連中の評価だろう。

 政治になど興味を持たない蛮族からそれだけの支持を得るというのがどれほどの偉業なのか。

 やってみなければ分からないだろうし、やってみようと考えるものすら彼女を置いて他に居ないだろう。

 

 イロハが名前を見ても分からなかった議員のことを確りと記憶しているのも、なんだかんだ部下には慕われている彼女の人柄を表す一助となるのかもしれない。

 

「ところでそいつは何をやらかしたんだ? ん? 銀行でも襲ったか? どこぞの社長を人質にでも取ったか?」

「露出徘徊だそうです」

「ろしゅつはいかい」

 

 初めて聞く言葉でも耳にしたかのように、マコトの視線は宙を泳ぐ。

 そして今しがた自分が何に許可を出したのに気が付いた。

 

「………………やっぱり許可は」

「すみません、もう判を押しました。確認をお願いします」

 

 見慣れない書類に面食らって手を止めてはしまったが、ただでさえ今の時期は忙しいのだ。

 元々書類仕事が出来る人材が少ないのに加え、トリニティとの条約締結が間近に迫っている。

 

 そもそも問題を起こすな、などという難しいことをゲヘナ生に求める方が酷なのだ。

 温泉と襲撃の多い土地柄であるため、その二つが重なって二次被害として露出徘徊が勃発するのはゲヘナではままあること。

 

 とりあえず書類仕事を任せられそうな人材が確保できそうなことを喜ぶべきだろう。

 

「……絶対にイブキには分からんように処理するように」

「何当たり前のこと言ってるんですか?」

 

 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の愛されマスコットだけは何があろうとこの件に巻き込むわけにはいかない。

 というかそんな人物が万魔殿に籍を置いていること自体が問題があるのではなかろうか。

 イロハはいぶかしんだ。

 

「……イブキの教育に悪いですね、クビにします?」

「私の情報網にも今日まで引っかからなかった。何よりうちにイブキの愛らしさを理解してない奴はおらん。ゲヘナの自治区内でやらかさんのであれば放置でいい」

 

 …………確かに保釈金制度なんてものきちんと利用しているあたり、ゲヘナ生としてはかなりまともな部類ではあると思うけれど。

 それならそれでもうちょっと趣味のほうを何とかして欲しかった。

 

「ふむ、そうなるとよく捕縛できたな。誰に捕まったのかは情報があるか?」

「まあ、はい。便利屋68の面々が引き渡しに来てます」

「――ほう?」

 

 便利屋68。

 陸八魔アルの率いる無認可の部活動であり、ゲヘナでも珍しく明確に校則違反とされている在学中の起業を行った生粋のアウトローたち。

 戦闘能力も折り紙つきの少数精鋭であり、だがしかし、情報収集能力はそんなでもなかったと記憶している。

 

「キキキキ! イロハぁ! いぃぃぃぃいことを思いついたぞ!」

「処理が面倒なんで書面でお願いします」

「便利屋に依頼を出せ。連中も条約の会場に連れて行く」

 

 そういえば便利屋のメンバーに風紀委員と折り合いが悪い子がいたなぁと頭の片隅に情報が浮かび上がる。

 

 指名手配もされている学園が許可していない活動を行う団体に、生徒会名義で依頼を出すのはかなり面倒くさい。

 まあ議長が自分で言い出したことなので自分で何とかするだろう。

 

 この段階になってこっちの都合で勝手に会場警備の人員を増やすのも折衝がひたすらに面倒なのだが。

 その辺の調整は連邦生徒会に丸投げしてしまってもいいだろう。

 そもそもあの条約は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「予算の方は?」

「ちょうど減棒にしても問題ない議員がいるではないか」

「……あぁ、なるほど、了解です」

 

 ついでだから保釈金もそっちから回しておこう。

 わざわざ書類を提出するような真面目な生徒なら大人しく聞き入れるだろう。

 ダメならダメでその辺の不良生徒からロンダリングすれば問題はないのだし。

 

「それにしても意外ですね。てっきり先輩は条約を台無しにしたいのだと思ってました」

「思っているぞ? だがエデン条約は()()()()()()()()()()()。謀略であの超人を出し抜くのはこのマコト様でも困難だと言わざるを得ない」

 

 連邦生徒会長。

 まるで未来を知っているかのように最善手を打ち続けて学園間の調停を行う連邦生徒会のワントップ。

 

 ゲヘナにおいてヒナ抜きの風紀委員は大したことがないと考えられているように。

 彼女抜きの連邦生徒会など誰も重要視することなどないと言えるほど。

 

 少なくともマコトが自重を覚えるレベルというだけでもその能力は異常の一言だ。

 

「しかし、それを理解出来ない馬鹿が襲撃をかけるのを止めてやる理由もない。精々こちらが有利となるように踊ってもらおうではないか」

 

 酷薄な笑みを浮かべる様はまさに万魔を従えるに相応しい主の姿。

 

 後日、車検から帰ってきた飛行船には大量の爆発物が積載されていたという報告が挙がってくるのだが。

 それが有効だと考えてる連中なら確かに襲撃くらいはしそうだなと、イロハは改めてため息をつくのだった。

 




原作ルートとの相違点
・連邦生徒会長が健在
・そのためマコトの対応が比較的マシ
・エデン条約が調印式が半年ほど前倒しになっている(原作では夏イベ後の秋頃、この作品では4月末から5月の頭頃)
・便利屋68がエデン条約編へ
・万魔殿に変質者が混入
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