「カイザーローンとお取引いただき、毎度ありがとうございます」
あくまでも事務的に、あるいは慇懃無礼に、銀行員のロボット市民は金額を確認すると、顔面の電光掲示に(> <)と表示させ、現金輸送車の中にアビドス廃校対策委員会の返済した利息を納めた。
終わらない借金の返済。持っていかれる現金の束。
それはある意味、アビドスでは日常風景の一部だった。
「アビドス高等学校の返済状況を考慮した結果、来月から金利と返済方法を変更させていただく運びとなりました。詳細についてはこちらの書類をご確認ください」
「は?」
「え?」
それが、唐突に崩れ落ちる。
先の見えない毎日ではあったが、代わり映えのしなかったはずの光景が。
たった一枚の紙切れで変貌を遂げようとしている。
いつもであればそのまま現金輸送車で帰還していく銀行員は見慣れない書類を取り出すと、状況が理解できないまま立ち尽くしているホシノに押し付ける。
そこに記されていたのは、要約すればたった二つ。
来月からは銀行振り込みで利息の返済が行えること。
その利息が、現在の金利からは大幅に減少すること。
「え、これ、どうして……?」
「今後の返済についてはカスタマーセンターにご相談ください。10時から17時まで電話対応を受け付けております。それでは私はこれで失礼します」
用件は終えたと速やかに現金輸送車を走らせる銀行員を止める言葉を彼女達は持たなかった。
書類を読み取れなかった面々もホシノの頭上から覗き込むように確認し、内容を咀嚼していく。
「えっと、これ、どういうこと……?」
「来月からは現金ではなく振り込みで、金額も、今の三割程に……え、これ本当なんですか?」
元本の額が額なのでそれでも毎月の返済が7桁に上るのに変わりはないが、金利自体はやや割高だが真っ当と言えるほどにまで減少している。
莫大な利息の返済に苦しんでいたはずの彼女達は、降って湧いた事態の好転に喜びよりも困惑が勝る。
何よりも、理由が分からないのだ。
大人たちが純粋な善意で持って行動を起こすことなど見たことがない彼女達にとって、訳の分からない変化をはいそうですかと頭から受け入れられることなど出来はしない。
だが、彼女達を取り巻く状況の変化はそれだけでは終わらない。
「はい、こちらアビドス廃校対策委員会です。何か御用でしょうか?」
『ゲヘナ学園、
「げ、ゲヘナ学園……!? しょ、少々お待ちください!」
後日、ゲヘナからも別件で連絡が入った。
誰かが捕まえた賞金首の話かと資料を漁ってみたが、相手からの返答は芳しくなく。
結局のところ何か情報に行き違いがあるのではという結論でその場は収まった。
『トリニティ総合学園、ティーパーティーの桐藤ナギサと申します。少々厄介な噂の調査を行っておりまして……お話を伺ってもよろしいでしょうか』
更にトリニティの一番偉い人からも電話がかかってきた。
話を聞いてみれば、アビドスに訪れているトリニティの生徒の噂話を集めているという。
どう考えても例のお嬢様の件だった。
金糸に白翼のご令嬢だなんて説明されたら他に想像が付かないのだ。
アヤネの脳裏に浮かぶのは、セリカの足に必死にしがみついて懇願する少女の姿。
学園にバレたら人生が終わると泣きながら語っていたその様は、未だに記憶から薄れてはいない。
だからこそ考えてしまった。
――もし伝えてしまったら、どうなる?
もうトリニティ側が完全に把握しているのなら、何も問題はないだろう。
けれど相手が、露出の件までは把握していなかったのだとしたら?
息が詰まる。
自分が不用意に言葉を紡げば、知り合いの人生がそこで詰んでしまうかもしれない。
唐突に現れた重過ぎる選択肢に、善良な少女の精神が悲鳴を上げる。
本人の自供と親友が語っていたことから、例のお嬢様が露出をしていたのは紛れもない事実だろう。
だがアヤネ自身がその倒錯的な姿を直視したわけではない。
彼女にとってお嬢様は、ちょっと変わったところのある、たまに遊びに来る知人といった関係だ。
向こうとしては口止め料も兼ねてはいるのだろうが、弾薬等の補給品も手配してくれた恩人でもある。
そんな人の進退が、自分の言葉であっさりと決まってしまうかもしれない。
ひゅうと、喉から奇妙な音が鳴る。
声が出ない。言葉が出ない。
何を言えばいいのか、どう返せば正解なのかが分からない。
電話口の向こうからは怪訝な声が漏れていて、黙っていることさえ選択肢の内だと気付かされてしまう。
そして。
「はいは~い、ごめんね。誰かは知らないけど、ちょっと立て込んでるからまたにしてもらえるかな~?」
唐突に横から小さな手が差し出されて。
何もかも知ったことではないと、ばっさりピリオドを付けた。
「うへ、アヤネちゃん、酷い顔してるよ~? 大丈夫だった~?」
「ホ”シ”ノ”せ”ん”ぱ”い”ぃぃ”ぃぃぃ…………っ!!」
泣きじゃくりながら頼れる先輩に縋り付く。
あまりのストレスにアヤネはダウン。
日中は大体教室で昼寝をしているホシノに電話番が回ってきた。
『ミレニアムサイエンススクール、特異現象捜査部部長、明星ヒマリと申します』
そしてついに三大学園の最後のひとつ、ミレニアムからも連絡が届くことになった。
「あ~もしもし? アビドス廃校対策委員会、小鳥遊ホシノだよ~」
『これはご丁寧にありがとうございます。ぶしつけに申し訳ありませんが、そちらで保管されている資料の閲覧を希望したいのです』
「……資料の閲覧?」
常日頃から彼女が警戒していたことがある。
それは他の学園からアビドスへの干渉だ。
わずか五人の生徒数。
借金という明確な負債。
大量に転校生を送り込んで生徒会選挙を起こしてしまえば多数決による正当な乗っ取りは十分に可能。
借金の解消を行ってもらってもアビドス側は相手に配慮せざるを得なくなる。
悪い言い方になってしまうが、アビドスの経営権は金で買えるのだ。
ただ、誰もそれに利益を見出せないから放置されていただけに過ぎない。
『今でこそ衰退していますがアビドスは長い歴史を持つ学園です。もしやこちらの探している資料が紙媒体で保存されているのではないかと思いまして』
「あ~ちょっと待ってね~。そもそもどんな資料を探してるのか、聞いてもいいかな~?」
『おっと、これは失礼しました。先ほども申し上げましたが、我々は特異現象捜査部。キヴォトスで起こる不可思議な現象の調査、解析を主な活動としております。最近は各所で発掘されるオーパーツの調査に力を入れているのですが、その中でも特殊な代物がアビドスの地に眠っているという資料を発見したのです』
電話を受けたホシノは、そんなものがあったかと記憶に思いを馳せる。
少しでも借金返済の足しになるかもと、学校にある資料はほぼ例外なく読み込んでいるはずだ。
「う~ん、悪いけどちょっと心当たりがないかな~。そんな高く売れそうなものがあるなら昔の生徒会が借金の返済に売っちゃってるかもしれないし~」
『それならばそれで取引相手がどこなのか、売買記録が残ってはいないでしょうか? 最低でも実在の確認までは行いたいと考えているのですが……』
「古い資料は旧校舎と一緒に砂に埋まっちゃったし、確認にも時間かかると思うよ~?」
『それでも構いません。こちらの資料も精査してみれば新情報が出るかもしれませんので、改めて連絡させていただきます』
「あ、その資料ってこっちにも見せてもらっていいかな~?」
『えぇ、PDFで送付しておきました。似たような記述を見つけたら是非一報をお願いします』
通話を終え学園名義のメールボックスを確認すると、宣言通り知らないアドレスから資料が届いていた。
一応ウィルスチェックを入れてから開いてみれば、なんて書いてあるのかも分からないような原文とそれが訳された文章が横並びに記されていた。
しかしながら見覚えはない。
この資料だけでは、本当にアビドスのどこかに何かがあるかもしれないという程度しか分からない。
それも考察途中なのか、末尾に?が付いているくらいには眉唾な情報だ。
だがこれは、明確にアビドスを得ることで獲得できそうな利益の話だ。
カイザーローンの急な方針転換といい、自分達の知らないところで明らかに何かが起きている。
現状を考えればミレニアムから受け取ったコレは相応に信憑性が高いと言えるだろう。
アビドスに落ちている情報など全裸の変質者が出入りしていたことくらいしか思い当たらない。
某お嬢様からは補給も受けているし、なんだかんだ毒にはならずに薬として作用している。
しかしいつまでも全裸に支えられてしまうのは色んな意味で取り返しが付かなくなるだろう。
そのためにやるべきことは、ただひとつ。
「や~、ノノミちゃん? ちょっとみんなに連絡回してくれるかな~? 返済に余裕もできたしさ~、旧校舎のほうに宝探しに行こうかな~って」
他の連中より先に見つけてしまえばいい。
あわよくば高値で売り払って借金も更に減らせるかもしれない。
小鳥遊ホシノ17歳。
これで結構ノリのいい性格である。
アヤネにもちょうどいい気分転換になるだろうと、うっきうきで砂漠を横断する準備を始めるのであった。
原作ルートとの相違点
・連邦生徒会長が健在のため違法武器流通量2000%増加の治安悪化がない
・全裸と便利屋の働きでヘルメット団は壊滅済み
・全裸が動き回ったせいで他の学園からの注目度が上がっている
・露出徘徊お嬢様が補填しているため補給品に余裕がある
・ブラックマーケット関連がスキップされたので裏の事情は全く分かってない
カイザー関連の事情は次回です