「ではアビドス高等学校からは手は引くと?」
『積極的に手を出す余裕がなくなった、というだけだ。いずれ残った土地も手中に納めるのに変わりはない』
オフィスビルの一角。
いかにもな執務室で端末越しに通話を続けるひとつの人影。
座するは黒いスーツを身にまとい、皹の入った頭部から燐光を漏らす異形の人型。
『……他の学園がこうも積極的にアビドスに関わってくるのは想定外だ。ゲヘナに関してはまだいい。だがトリニティは条約のせいで防諜が厚く調査が通らん。ミレニアムに至っては名指しで調べ上げている。もはや対策委員会如きに構っていられる余裕はなくなった』
端末越しに通話を繋げている相手はカイザーグループの幹部のひとり。
カイザーPMCの代表取締役を勤め、カイザーローン、カイザーコンストラクションの幹部を兼任する一角の経営者。
そしてアビドス高等学校に工作を仕掛けていた人物でもある。
カイザーグループはキヴォトスでも有数の大企業だ。
――だが、あくまでも有数の大企業
トリニティ総合学園に通うのは上流階級のお嬢様たち。
言い換えるのなら、様々な企業に影響力を持つご令嬢が、その所属の大半を占めている。
蟲毒の如く内輪で政治闘争に明け暮れていることも含め、下手に藪を突けばどこに飛び火するかも分からない企業連合軍というのが、企業という視点から見たトリニティの裏側だ。
そしてミレニアムサイエンススクールについては、もはや語るまでもない。
最新技術の大半がミレニアムから生まれている以上、企業との関係は切っても切り離せない。
関係の悪化はそのまま企業間の経済闘争に取り残される結果に繋がりかねないだろう。
双方共に、天下のカイザーグループであっても易々と扱うことはできない難敵であると言える。
どこぞのお嬢様の露出騒動は間違いなくトリニティの恥部ではあるのだが、あまりにも致命的過ぎるのが逆に問題なのだ。
話題に上げれば最後、白い手袋がミサイルの先にでも括りつけられて飛んで来るだろう。
いくらお嬢様学校とはいえ、ここは青春と暴動の世界。
ブランドに泥を塗ろうものならキヴォトス全土を巻き込んだ絶滅戦争の引き金となりかねない。
「では貴方方との取引もこれまでですね。互いに、あまり利益を出すことは出来ませんでしたが」
『ふん、損切りが必要な取引などいくらでも湧いて出る。コネクションそのものが無に還らないだけマシだろう』
「そうであることを願っております」
通話が切られ、沈黙が舞い降りる。
彼は静かにテーブルに肘を置き、手を組み、思考を巡らせ始める。
「――奇妙な話です」
彼はこの世界の外から訪れた来訪者。
保有している情報も、観測できる事象の幅も、内側の存在には手の届かない水準にある。
「生徒達は生徒という役割から、学園という箱庭から、神秘という鎖から逸脱することは出来ない。
その視点は生徒達のものとも、キヴォトスに住まう大人たちのソレとも、明確に異なっている。
「仮に……そう仮に、神秘を身に宿すことなく、生徒を導くという役割を持った何者かであれば、変化を齎すことは不可能ではないでしょう。ですが、
彼は観察者であり、探求者であり、研究者。
観察と合理によって研究を進め、成果を見出すモノ。
「何故? 理屈に合わない。変数を見落としている? だとすればそれは一体……」
なので意味不明な理由でなんかこうえいやって行動する変なのが状況を引っ掻き回してしまったとは考えることができない。
そこは論理主義者である彼の明確な欠点だと言えるだろう。
あんなんを想定に入れろというのも中々に酷な話ではあるのだが。
「暁のホルスは、もうこちらの言葉には耳を貸さないでしょう。今の彼女には、余裕が生まれてしまった」
薄い笑みのように罅割れた顔面の口元から、ため息のような音が漏れる。
「最悪、狼の神に手を出すのも暁のホルスがアビドスを去ってからにすべきですね。……仕方がありません、サブプランに移行するとしましょう」
一度頭を振り、雑念を追い出すようにしてから端末でどこかへ連絡を入れ始める。
「マダムの計画に手を貸すのはいささかスマートとは言い難いですが、それに見合ったリターンは得られます」
彼はキヴォトスに住まう【悪い大人】のひとりである。
生徒を食い物にすることなど気にも留めない、自分の目的のために使い潰すことも厭わない、そんな人物だ。
「検算用の生徒の確保も容易ですし、条約に関連して彼女を――
だが、彼は間違いなく見落としてしまっている。
見落としていることは自覚していても、何が見えていないのか、見えているのに気付かない。
報告を受けたにも関わらず、彼が気に留めることのできない生徒が居ることに。
生徒の持つ神秘は単純な強弱の他に、固有の特性を発揮することもある。
たとえば未来を観測する予知夢のように。
たとえば料理から生命を創造するように。
たとえば完全記憶能力、たとえば解を導き出す力。
読心能力に瞬間移動、人類を逸脱した体温を持つ者。
そして、他者からの認識を遮断する者も居る。
だから仮に、秘匿という神秘を持つ生徒が存在するのであれば、それはきっと存在そのものを隠蔽する能力を持つのだろう。
エンジニア部へ向かう際に裸で歩いていたのに捕まらなかった。
黒見セリカは廃墟でストリップしていたのが誰だったのかを間違えた。
特徴的な戦い方をする彼女を知るものは誰も居なかった。
カイザーグループはその影を捉えることしか出来なかった。
便利屋68の面々は隣に座っていた白い髪の少女を見落とした。
アリウス分派の生徒達は確かに被害が出ていたにもかかわらず直前まで存在を信じなかった。
ティーパーティーや
そして彼もまた、不自然に見落としてしまっている。
カイザーからの報告にあった白い髪の生徒の出身はアビドス高等学校であることを。
アビドスが齎す神秘の中には、秘匿の属性を持つ神秘が存在していることを確かに知っているというのに。
頭から衣を被ったような姿で描かれる、
――気付くことが出来ないのだ。
原作ルートとの相違点
・先生が不在
現在の状況
連邦生徒会長が健在かつ、シャーレ及び先生は不在。
対策委員会編2章とパヴァーヌ編2章とエデン条約編2章と3章が同時進行中。
アリスの誕生日、廃墟から発見された日である3月25日がこの作品の時系列の基準です。
その二週間後がミレニアムプライス、締め切りはその三日前。
補習授業部の第一回実力テストがその間となります。
更にミレニアムプライスから約十日後が第三回実力テストとナギサ襲撃事件(未遂)。
またこの時空では第四回までテストがあり、その日がエデン条約の調印式当日となっています。
本来であれば、生徒達は生徒という役割から、学園という箱庭から、神秘という鎖から逸脱することは出来ません。
イッチの振る舞いがあまりにも自由なのも、なんか強いのも、そのモチーフに理由があります。
モチーフはメジェド。
エジプト神話において打ち倒す者とされる闘神であり、姿の見えない秘匿された神。
そしてその正体を隠す布の中身、つまるところ、
神秘を持つ生徒でありながら、定義されていないが故に神秘に縛られず行動が可能な特異点。
――だからアビドス出身の全裸である必要があったんですね。