わいわいがやがやかしましく。
アビドス廃校対策委員会の少女たちは遠足気分で砂漠を歩いていた。
契約というものは、キヴォトスにおいて酷く重い。
不平等なものであれ、一方的に押し付けられたようなものであれ、例え騙されてしまったのであれ。
双方が同意して結ばれたソレは無意識下で生徒たちを縛り付ける。
同時に、正式な契約として告げられた内容を疑うことは稀だ。
アビドスの抱える借金の利息が軽減されたというあからさまに疑わしい内容も、正式な書面として渡された以上は信じる他ない。
カイザー側の事情など彼女たちは知る由もないが、それでも希望を持って先を見据え始めていた。
それこそ宝探しになんて興じることが出来るほどに。
「……あの、ホシノ先輩?」
「うへ~、気付かないフリをしてあげたほうがよくないかな~?」
ちらちらと背後を振り返りながら、少女たちの歩みは鈍っていた。
視線の先にあるのは――ダンボール。
誰がどう見ても砂漠に転がっているようなものではない不自然な物体が五つ。
小柄な生徒であればすっぽり収まりそうなモモ、メロン、ブドウの描かれた直方体が、びくりと反応を見せて動きを止める。
リンゴの箱は気配など感じさせない程自然に静止していた。ここが砂漠でなければ見落としていただろう。
そしてそれらよりふた周りほど大きな、聞いたことのない企業のクソダサロゴマークの記されたダンボール。
単なるキヴォトスハシリバコの群れであれば、変な連中もいるもんだと軽く流しただろう。
セリカをからかいながらみんなで談笑する図も目に浮かぶほどだ。
変人奇人の類であることは間違いないが、どう見ても悪人には見えないのだし。
ただ、彼女たちにとっては決して無視できない要素がひとつ。
その集団の六人目、引率しているらしい隠れる気も隠す気もなさそうな痴女が携帯型の扇風機でピンクの髪をはためかせながら、気にしないでといわんばかりのジト目で手を振っていた。
そう、痴女だ。
またアビドスに痴女が訪れたのである。
最近見ないからみんな油断していたのだ。
全裸でないだけまだマシかもしれないと考えるには格好があまりにもあんまりだった。
思い切り着崩した制服からは隠そうともしていない上半身がさらけ出されている。
下着を着けているだけ褒めるべきなのかもしれないけれど、縦割れチャックがどっからどう見ても痴女案件なのだ。
『ホシノ先輩、ミレニアムからオーパーツの話を聞いたって言ってましたけど、あの痴女の人の学生証って……』
「うへ~、おじさん悪くないよ~? 流石にあんな格好の子が来るなんて誰も予想できないでしょ~?」
「ん、セリカ、例のお嬢様に確認取れる?」
「ダメ、反応が返ってこないわ。絶対あいつ関係のやつだと思うんだけど」
服を着ているのだけは褒めるべきなのかもしれない。
だが例のお嬢様でさえ、着衣状態では割とまともな衣装を着ていたはずだ。
アビドスの面々にとってもショッキングなピンク頭の痴女には覚えがないのだが、他所で仲間を増やしたとでも言うのだろうか。
いったいどれだけキヴォトスには全裸が蔓延っているのだろう。
こうなってくると箱を開けてもいいのかすら悩んでしまう。
中から裸がこんにちわしたら絶対に気まずいのは間違いない。
本人たちがあれで隠れているつもりだというなら、なおさらに。
わいのわいのと変質者への対応を決めかねていると、ホシノの端末が着信を告げた。
誰だろうと、真っ先に頭に浮かぶのは疑問である。
なにせ連絡してきそうな面々は全員この場にいるのだ。
誰だろうと端末に視線を向ければ、登録した覚えのない番号に、超天才病弱美少女ハッカーとかいう登録した覚えのない名前。
「……もしもし」
『お久しぶりになります。ミレニアムの誇る一輪の花、超天才清楚系病弱美少女、明星ヒマリです』
通話を切る。
「え、誰今の?」
「なんか聞いたことある名前の気がするけど、間違い電話じゃないかな~?」
『アビドスに眠るオーパーツについて追加の情報がありますので連絡させていただいたのですが、私の可愛い後輩たちとは合流できましたでしょうか?』
「うへ? 今通話切ったよね~?」
『ふふっ、超天才美少女ハッカーにとってその程度は些事です』
前に電話を受けたときよりだいぶ押しが強い。
流石に交渉の場ということもあって自重でもしていたのだろうか。
「まあいいけどさ~、他所の自治区に痴女みたいな子を送り出すのはおじさんどうかと思うな~?」
『痴女……あぁ、エイミのことですか。どうにも彼女は熱が篭る体質のようで、あまり厚着が出来ないのです』
「砂漠への出張ならもうちょっと別の人選があったんじゃないかな~?」
『仰る通りですが、人手不足なもので。申し訳ありませんが、あの子の体調には気を配っていただけますか?』
件の痴女は手持ちの小型扇風機から出るとは思えない強風でオールバックになりながら距離を詰めてくる。
思っていたより相手側の行動が早いのはもう仕方がない。
なんだかんだ変質者との距離の保ち方はアビドス勢にとっては既知のものだ。
なるようにはなるだろうし、その辺はもう割り切るしかない。
「それで、追加の情報って~?」
『時にアビドスの皆さんは、自分たちが返済した利息がカイザーグループの中でどのような事業に使われているのかご存知でしょうか?』
「ん~? ちょっと考えたことなかったかなぁ~?」
目の前の利息の支払いに手一杯だったこともあって、カイザーの内情がどうかなどとは考える暇もなかった。
軽くみんなに話を振ってみても、誰もそんなことは考えたことがなく、分からないという結論しか出ない。
その会話の間にもピンクの痴女は距離を詰めて来ている。
ダンボール箱もカサカサと足跡を残しながら砂漠を進んでいる。
『端的に申し上げれば、私にも分かりません。情報が一切存在していないのです。銀行への入金記録も、何もかも。何十年に渡り、合計で数十億円の利息が返済されているのにも拘らず』
「……私たちの利息の返済は、現金のみって指定されてるよ。それも足が付かないようにするためって事?」
カイザーローンがまともな金融機関でないのは知っている。
だけど、そうなのだとすれば。
カイザーが求めているのは単なる借金の返済ではなく、データに残らない資金の調達だったのだとすれば。
『砂漠の一角に、カイザーPMCの軍事基地が存在しているのはご存知ですか? 不思議なことに、これもまたデータ上は存在していないはずの施設なのです』
「いや待って待って。砂漠って言ってもアビドスの土地でしょ? 何でカイザーが勝手に基地なんて作ってるのさ?」
『……ふむ? でしたら一緒に確かめに行くというのはどうでしょうか?』
元よりそのつもりで連絡を繋いだのだろうという提案が、ミレニアムの天才ハッカーから渡される。
『そうまでして隠している場所で、数十億という資金を注ぎ込んで、いったい何をしているのか……非常に興味深いとは思いませんか?』
ホシノの固い声を聞いていたアビドス廃校対策委員会から反対意見は出なかった。
そして箱と痴女と砂漠の民が集合する。
全てはこの砂漠に眠るオーパーツの謎を解くために。