銃を持たない人は裸で歩いてる人より少ない世界   作:こまつな

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072 空崎ヒナ

 車内の空気は妙にひり付いていた。

 

 万魔殿の用意したやたら高級感溢れる送迎車に乗り込む所までは問題なかった。

 

 エデン条約はトリニティとゲヘナの間に構築される和平条約。

 ゲヘナ側で主導しているのは当然ながら統治機構である万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)

 

 立場上は下部組織である風紀委員は、万魔殿に従っているのだと暗に示したいのだろう。

 自由と混沌のゲヘナ学園で政治家を志すある種の狂人である議長のマコトは、そういうバランス感覚は妙に働くやつなのだ。

 

 ただ、途中で乗り合わせた傭兵は完全に嫌がらせなのだろうと察しも付いた。

 

 ゲヘナ全域で指名手配されている要注意団体、便利屋68。

 違反者を取り締まる風紀委員会にとっては不倶戴天の敵と言ってもいい相手だ。

 

 相手側も予想外だったのか、視線を合わせた瞬間にはピシリと固まっていた。

 前に相手をしたこともあるし、怯えられるのには、まあ慣れている。

 

 だけど、指名手配犯ではあるものの、現状では万魔殿の雇った傭兵であり、客なのだ。

 アコも流石に銃を抜かない程度の理性はあったのか、不機嫌そうに小言をもらすだけでその場面は過ぎ去った。

 

 どういうわけか彼女達の社長は別行動……というよりも、そうなるようにマコトが手配したのだとは簡単に予想が付いた。

 まとめ役不在での暴走でも狙っているのだろうか。正直頭が痛い。

 

 鬼方カヨコはアコと確執があるらしいし、重苦しい空気を無視して浅黄ムツキは絡んで来ている。

 残りのひとりは愛用のショットガンを抱いて縮こまっているけれど、便利屋68で一番爆発物に近いのは彼女だ。いつ起爆するかも分からない。

 

 もうなにもかもめんどくさい。

 

 ダルがらみしてくるムツキをスルーしながら窓から空に視線を移す。

 

 本日は曇天。

 まるで自分の心を映したようだと詩的なことでも言えればいいのだけど、気が乗らないのはみんな同じだろう。

 ドロドロした中身を抑えながら外面だけ立派に見せた高級車だなんて、まるでトリニティのよう。

 

 頬杖を付いて、ため息をひとつ。

 

 おそらくだけど、これでも上手くいっている方なのだ。

 連邦生徒会が間に入っていなければ、もっと拗れに拗れていただろう。

 

 トリニティ側の事情は詳しくないけれど、ゲヘナに関しては確実に言えることがある。

 大半の生徒は条約なんてあってもなくても大して変わらないだろうということだ。

 

 今日調印式があると知っている子もほとんど居ないんじゃないだろうか。

 ゲヘナ生がニュースを見ている姿なんて中々想像ができないし。

 

 そもそもこの条約はゲヘナ-トリニティ間でやらかした誰かをきちんと処罰できるシステムを組み上げるものであって、それ自体に抑止効果があるかと聞かれれば、正直微妙だ。

 堂々と校則違反をやらかしている連中だって乗り合わせている。

 もし罰則が明文化された程度で治まるのなら、ゲヘナの治安はもっとマシになっていただろう。

 

 ただ、風紀委員会の仕事は減る。

 エデン条約機構という新設の組織がその一部を肩代わりしてくれるようになるのだから。

 それが分かっていることだけは数少ない救いと言える。

 

 車の進路はトリニティの古い聖堂へ。

 これもマコトが指定したらしい。

 古いほうが権威があっていいじゃないかとか、そんなことを言われても知ったことではないのだが。

 

「……? 何かしら、あれ」

 

 ぼんやりと見上げていた空に、尾を引く、黒点が。

 

 黒点は次第に大きくなり、近づいてきて、その形が明瞭に。

 

 そして。

 

 それがミサイルだと気付いたときには、取り返しの付かない距離にあって。

 

 意識が加速する。瞳孔が収束する。

 

 びりびりと第六感が悲鳴を上げた。

 ――アレはここに落ちると。

 

 

 迎撃? 無理だ。自分では加害範囲の外から無力化はできない。

 防御? 炸薬量にもよるが、ギリギリ耐えられる。たぶん。

 何故? そんなことは分からない。知らない。考えている暇もない。

 

 焦燥が身体を動かす、より早く。

 

 

 ――真紅の閃光が曇天を貫き、会場には盛大な花火が打ちあがった。

 

 

 二度、三度、立て続けに轟音が響き渡る。

 

 この車を狙っていたものだけではない。

 件の聖堂に向かっていたもの、飛行船に向けられていたもの、きっとここからでは見えない場所を飛んでいたものも。

 

「アルちゃん、やるぅ~♪」

「アル様! さすがです!」

 

 そしてその光景を、便利屋の面々はさも当然といわんばかりに受け入れていた。

 

「ねえ待って、貴女達……もしかして知っていたの?」

 

 安堵からか混乱からか、疑問の声が自然と口から零れ落ちる。

 

「え、だって、私たち依頼を受けてここに居るんだよ? 式典会場の警備と、巡航ミサイルの破壊♪」

「発射前に無力化するものだと思ってたけど……まあ依頼主がマコトで、受けたのは社長だしね」

 

 彼女達の言葉を脳が咀嚼する前に、軽快な音楽が流れ出す。

 

 徒競走のときに流れるアレだ。

 徒競走のときに流れるアレである。正直意味が分からない。

 

『あー、始まりましたエデン条約記念捕り物大会。実況はあたし、議長からなんか出し物考えとけと無茶振りされた木っ端議員、来檎ミミミと』

『同じく上からレクリエーションの企画を任されました、夏日星エルマでお送りいたしますわ』

 

 これも聞いてない。というかなんだそれは。

 フラストレーションが高まっていくのを感じる。

 

 ならあのミサイルもマコトが用意したもの?

 いつもの嫌がらせで済ませるにはあまりにも規模が大き過ぎる。

 

 大事な式典で何をやらかしているんだあの馬鹿は。

 

 校内放送の説明は続いていく。

 

 ルールとか訊いていない。

 設定なんてどうでもいい。

 

『あらもうポイントに変動が……え、ゲヘナに25点? 風紀委員長がまとめて持ってきた……? 皆様、急がないとゲヘナに全部持っていかれますわ! さあ急いで!』

 

「――は?

 

 低い声が出た。

 

 これ、もしかしてトリニティ側も一枚噛んでる?

 しかも私のことをダシにして?

 

「アコ、先に現地入りして挨拶回りを済ませておいて頂戴」

「え、ちょっと、ヒナ委員長……!?」

 

 車から飛び降り、取り囲むように現れていたガスマスクの生徒達を愛銃で薙ぎ払う。

 

「心配しないで。――式典が始まる前には片付けるから」

 

 もういいや、考えるのもめんどくさい。

 こんな馬鹿騒ぎ、目に見えるやつを全部ぶちのめせば終わるんだから……!

 

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