「流石にミサイルを撃ち落としたのは初めてね」
式典会場、上空。
飛来した巡航ミサイルを悉く花火へと変えた魔人は何てことないかのように呟いた。
その身体には傍目にも分かるほどの神秘が渦巻いており、真紅の陽炎を漂わせている。
「――マコト、貴女知っていたでしょう?」
ゴミでも見るような厭世観を煮詰めた視線を向けられ、
「いいぃぃいいや、待て! ちょっと待て! ミサイルの破壊はちゃんと依頼に含んでいただろうが!」
「式典会場が狙われたのは分かるわ。この飛行船に向かって飛んできたのも、貴女であれば恨みの十や二十は買っているでしょう」
静かに、平坦に。
けれど悍ましい程の圧を込めて、言葉が紡がれる。
「それで――風紀委員会もターゲットだと知った上で、うちの社員をあの車に乗せたのね」
「このタイミングで飛んでくるのは想定しとらんわ! 式典を台無しにする気なら始まってからぶっ放すだろ!? 私たちまだ現地入りすらしてないんだぞ!?」
最大戦力である風紀委員長がターゲットにされていたのは否定しない。
だがそれとこれとは話が別だ。
条約を破壊するのなら、もっと適切なタイミングがあったはずなのだと。
ゲヘナ学園は破壊と混沌の坩堝。
こと暴動に関しては類例など枚挙に暇がなく、もしあれをぶっ壊すならどうするかなんて、頭を使うタイプのゲヘナ生なら呼吸をするようにまろび出る。
「……まあいいわ。この飛行船の出所も聞かない。仕事が終わるまでは、ビジネスパートナーとして付き合ってあげる」
これが陸八魔アルというアウトローなのかと、マコトは戦慄いた。
正直見くびっていたことは否めない。
温泉開発部や美食研究会のようにゲヘナに数ある問題児集団のひとつだとばかり考えていた。
事実、マコトの知り得た情報でも、便利屋68の経営状況が火の車であることは明らかだ。
大人に騙されて報酬を失ったり、公園で野宿している姿さえ目撃されている。
だが、明らかに違う。
自分の情報網さえも欺いた、無法が罷り通るゲヘナでも数少ない、明確な校則違反を行っている人物。
彼女の視線を追って地上を見下ろせば、そこかしこから武装集団が湧き出てくるのが見て取れる。
もしミサイルなどぶち込まれれば、会場には地獄が形成されていただろう。
だがそんなものはスピーカーから天国と一緒になって流れ始めていた。
『あー、始まりましたエデン条約記念捕り物大会。実況はあたし、議長からなんか出し物考えとけと無茶振りされた木っ端議員、来檎ミミミと』
『同じく上からレクリエーションの企画を任されました、夏日星エルマでお送りいたしますわ』
「……は?」
いやそんな指示出してないんだけどとマコトの脳内に疑問符が舞い上がる。
徒競走を始めようと言わんばかりの軽快な音楽をバックに、実況二人の校内放送は止まらない。
『いやぶっちゃけトリニティとゲヘナが仲良しこよしとか無理だと思ったからさ、一回ちゃんとできるか試してみたほうがいいよねって意気投合しちゃったんだよね』
『というわけでガスマスクがチャームポイントの武装集団にお越しいただきました。捕縛したガスマスクの数が多い学園が勝利ですわ。審判は連邦生徒会に委託しましたので、捕縛したガスマスクさんたちは防衛室の職員に引き渡してくださいな』
『あー、一応言っとくけど適当なトリニティ生にガスマスクかぶせて水増しすんのは減点な。どさくさに紛れてぶっ飛ばすくらいはセーフだけど』
『お互い流れ弾には注意して制圧致しましょう。相手側が気絶させたポイントを横取りするのは……まあ審判の目に見えないところでやってくださいませ』
アリウス分派のエデン条約襲撃計画が、単なる合同レクリエーションに堕とされた瞬間だった。
ご丁寧にトリニティ側の仕掛け人はアリウスの事情を事細かに語っている。
トリニティ内で迫害されていた政治団体であるためにトリニティに恨みを持ち、元はトリニティ生だからゲヘナにもデフォルトで恨みを向けていると。
『今日のために戦闘訓練に励んできたアリウス分派の生徒達に、皆様どうか暖かい拍手をお願いします』
最高に皮肉の効いたトリニティ節が全域に拡散される。
もはや彼女達が何を主張しようとも、そういう設定で攻撃してきてるんだとしか見做されない。
唐突に始まったイベントに上層部も混乱は隠せないだろう。
だがテロリストがミサイルまで持ち出して襲撃してきたのと比べれば、怒られて終わりに出来る程度の混乱だ。
トリニティでどうなのかまでは知らないが、少なくともゲヘナではその程度の騒乱である。
『あらもうポイントに変動が……え、ゲヘナに25点? 風紀委員長がまとめて持ってきた……? 皆様、急がないとゲヘナに全部持っていかれますわ! さあ急いで!』
こんなのは明らかにゲヘナ生の考えられる手法ではない。
トリニティもトリニティで襲撃を察知し、それに対して対応策を打っていたのだろうか。
「ぷっ……」
見ればアルが口元に手を当てて笑っていた。
「ふふっ、何よ、そういうことなら早く言ってちょうだい。もう、勘違いしちゃったじゃないの」
知らん……何それ……怖……。
今度は別の意味でマコトの戦慄が走った。
なんか状況がわけのわからない形で動いている。
しかもなんか勝手に自分が主導したことにされてる。たすけて。
「もしもし、みんな? 放送は聞いてたわね? ――仕事の時間よ!」
面白くなってきたとばかりに仲間と連絡を取りテンションを上げるアルとは引き換えに、マコトの内心には疑問符が溢れて返っていた。
トリニティの地を踏むのがこれほど待ち遠しく思えたのは、彼女にとって初めての経験である。