トリニティの大聖堂の一室。
轟音と銃声と、軽快な音楽が鳴り響く中。
歌住サクラコは変わらぬ笑みを湛えて紅茶を楽しんでいた。
自然、にこりと笑みが深まる。
彼女はトリニティの政治団体のひとつ、秘密主義のシスターフッドのトップ。
そして同時に、他の生徒たちと同様に年頃の女の子であるからして。
サプライズイベントなんてされたらワクワクしちゃうのである。
「――なるほど」
重々しくタメをつくり、味わうようにティーカップを傾け、静かに頷き、カップをソーサーに戻す。
一連の流れをこなす最中でも、唐突に始まったイベントに対応するため、各陣営の少女たちは走り回っている。
「防衛室も……面白いことをなさいますね」
本当に面白そうである。
立場さえなければ皆と一緒に銃を持って駆け回りたいほどに。
調印式の警備体制について、連邦生徒会から報告を受けている最中の出来事だった。
対面に座っている少女は特徴的なピンクの癖毛を揺らしながら、サクラコの笑みを歯牙にもかけず静かに紅茶で唇を濡らす。
「ふむ? 実は私、コーヒー党なのですが……なるほど、紅茶を至高と叫ぶ方々の気持ちも、これほどの品ならばどうにか理解が及びますね」
そしてヤギのように瞳を細め、にこりと笑みを深めた。
「まあ……ふふっ。実はトリニティの生徒が栽培している逸品でして……気に入っていただけたのなら幸いです」
外の騒乱など気にも留めていないかのように、二人は上品にカップを傾ける。
だが、カタカタとティーカップが揺れる音で、目の前の少女の手が震えていることに気付いてしまった。
「……あぁ、不安なのでしょうね。お気持ちは……えぇ、お察しします」
身を乗り出し、髪を梳き、頬に手を当て、瞳を覗き込む。
不安に寄り添うのはシスターフッドの、いや、敬虔な信徒として当然の役割だ。
トップであるサクラコはその立場からか相手に遠慮されてしまうことが多いのであまり直接的に相談を受けることはないのだが、いくらなんでも目の前で不安に揺れる相手を放置するような精神性は持ち合わせていない。
「まさかこのような手段を取るなど……夢にも思いませんでした」
「……シスターフッドが把握していないとは、こちらも想定していませんでした。トリニティの生徒からの発案だと聞いていたものでして」
「それは少々買い被りが過ぎるというものです。残念ながら私たちは……ただの聖職者に過ぎませんから」
アリウス分派からの襲撃があるかもしれないと、トリニティ上層部が把握していた情報はそこまでだ。
まさかそれを、誰にとっても利のある形で纏め上げることが可能だとは誰も想像していなかっただろう。
防衛室所属の現場の生徒たちはそれほど動揺しているようには見られない。
想定よりアリウス分派が奮闘しているのに驚いているくらいだろうか。
むしろトリニティ側の少女たちのほうから聞いていないなどと呟きが漏れるほど。
「不知火カヤ防衛室長。トリニティは、シスターフッドは、貴女の活躍を決して……えぇ、決して忘れることはないと、そう誓いましょう」
彼女は、連邦生徒会は、自分たちには出来なかったことを成し遂げたのだ。
どうやったのかは分からないが、ポイント役としてアリウス分派の生徒たちを起用したのも実に見事な采配と言わざるを得ない。
ここまで大々的に、報道陣の目もある中で、トリニティ総合学園のアリウス分派として紹介された生徒たちは、もはや歴史の闇に葬られた存在などではない。
トリニティとゲヘナにおける重要な条約において、レクリエーションを任されるほどに信の置ける団体なのだと、誰もが認識しただろう。
かつて迫害され分かたれたと歴史に刻まれた彼女たちも、連邦生徒会にとっては見守るべき学園のひとつ、ということなのだろうか。
しこりを完全に消すことは出来ないにしても、歩み寄るためのとっかかりとしては十分過ぎるはずだ。
それが本当のことになるかは、まだ分からない。
けれど、そうなってくれれば全てが丸く収まると、状況を纏め上げたのが彼女の手腕なのだ。
直接対話したわけではなく、アリウス分派の実態はわからない。
第一回公会議から続く恨み辛みが彼女たちの中でどう渦巻いているか分かった気になるなど、礼を失する行いだろう。
そもそもトリニティ総合学園への統合を拒んだことが迫害の後押しになったのだと歴史書は語っている。
容易に融和がなされるなどと、決して考えてはいけないはずだ。
机上の空論かもしれない。
だが、綺麗事を唱え続けなくて、何が聖職者なのか。
「シスターフッドはフォローに回りましょう。突発的なイベントで……怪我人も多いはず。救護騎士団に応援を回してください。それと防衛室と共に……アリウス分派に
修道服の少女たちに指示を回す。
エデン条約を経てトリニティがどう変わるのかは誰にもわからない。
だが、確実に何かしらの変化が訪れるだろう。
それがほんの僅かにでも良い方向に向かうように。
今出来ることを最大限に発揮しなければならない。
「私はこれで。紅茶、ありがとうございました」
ティーカップを空にした防衛室長は、そう言い残して去っていった。
白い制服が透けて下着の線が浮き出るほど背に汗を滲ませていたことに誰かが気付くと、可愛らしい悲鳴が響き渡った。